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留年回避編

第百話 信頼激化大暴走

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「勝負内容は簡単! どっちかが相手を負かせば勝ち! いくよ!」

ジンがこちらに向かって走り出す。
アレクはすかさず、木の魔法でジンを拘束した。

「無詠唱! 流石だね」
「あの……捕まえたんで、勘弁してくれませんか」
「無理だね!」

ジンが拘束から抜け出した。
気づく合間もない、あっという間の出来事であった。
アレクは思わず動揺し、炎魔法を繰り出す。

「ふ、フレイムボム!」

ジンに向かって炎が巻き起こり、爆発するようにして威力が広がる。
そんな魔法を見届け、アレクは非常にドギマギしていた。

(先生に怪我させちゃったらどうしよう……! いやでもこれ絶対怪我してるし。後で治させてもらおう)

その時だった。
炎魔法で生み出された煙の中から、にゅっとジンの腕が伸びてきた。
油断していたので、アレクはそのまま地面に押し倒される。

「勝負あったね」
「う……」

アレク的には別に負けでいいのだが、こんなにもあっさりやられていいのか、という疑問が登る。
それに拘束も緩いもので、その気になればすぐさま外せた。
ここで手を抜くのは、失礼というものではないのか。

「………」
「おっ?」

そう思ったアレクの行動は早かった。
水魔法を展開し、水圧でジンを押し戻す。
自由の身になったところで空中に飛び出し、再び水魔法を使った。

「ウォーターボール!」

簡略化されたといえど、アレクは滅多に呪文というものを唱えることがない。
アレクには、呪文を唱えている時間で、小さいながらに魔法を繰り出したほうが効率的だからだ。
これはアレクの無尽蔵の魔力がなしえていることである。
そのアレクが呪文を唱えるということは、一気に勝負を仕掛けにいっていることの証明であった。
普段より威力の増した水流弾が、ジンに向かっていくつも飛ぶ。

「ハッ」

それらを、ジンは全て弾き飛ばした。

「!?」
「おい、何やったんだあれ!?」

野次を飛ばしていた生徒が、ジンの動きに瞠目して騒ぎ出す。
アレクには見えていた。
ジンがアレクの放った水魔法を、撫でるようにして弾いていたのを。

「見てた? アレク君。ほら、ジン先生とっておきのヒレ」
「ヒレ……?」

ジンが己の手を見せる。
目を凝らした先には、指と指の間にできたヒレがある。
それはまるで、水かきのようだった。

「人魚って知ってるかい? 私はそれのクォーターなんだ。まあ人間側の特徴が出て、ほぼ人みたいなものだけど。水魔法なら負けないのさ」

ニィ、とジンが笑う。
笑った際に見える牙は、人魚のクォーターであることの暗喩なのだろうか。
アレクとジンの勝負を見守っていた生徒が、ヒソヒソと話し出す。

「ジン先生って、凄くいい先生だけどさぁ」
「笑顔だけは怖いよな」
「人を二、三人殺してる凶悪犯の笑顔」
「そんな笑顔の爽やか男子は嫌すぎる」

また、そんな会話が行われているとは梅雨知らず、ジンはアレクを負かすことに夢中であった。

(聞いていたとおり、才能溢れる子供だ。そういうところも彼らに似ている。だからこそーー自分の力を過信する)

水魔法が効かないと悟ったアレクが、炎魔法を重点的に使ってくる。
それらを捌きつつ、ジンは考えた。

(地魔法でも、雷魔法でも、いくらでも使えばいい。でも、それをしないのは、周りと後々のことを考えているからだな? なるほど、あの二人よりは幾分マシな性質か。だが……)

「アレク君、知っているか? 私は大人ぶる子供が嫌いでね。そんな子供を見るとーー性根を叩き直してやりたくなる!」

ここでジンが攻めた。
自らが繰り出した水魔法を足場に、滑るようにしてアレクに突進する。
アレクは咄嗟に〔身体強化〕のスキルを使い、対抗しようとした。
しかし、ここはジンが一枚上手であった。

「悪いけど、人間と人魚のフィジカルは違うんだよ!」

そのままアレクの足を、回し蹴りで攫った。

「っーー!」

衝撃に備えて強く目を瞑ったアレクを、ジンはしっかりと受け止めた。

「チェックメイト……なんちゃって」
「……あ」

その瞬間、周りから割れんばかりの歓声が起こった。

「凄かったー!」
「またやってくれよ!」
「あれどうなってたんだ?」

何が起こったのか、理解が追いついていないアレクに対して、ジンは一言残す。

「君は魔法の実力は桁違いに凄い。だけれど、実戦経験が足りないみたいだ。こうしたフィジカルが関係する勝負になった時、どうしても体に強張りが生じる」

アレクを地面に下ろすと、ようやく現状を把握したアレクが、キラキラとした目でジンを見上げた。

「僕がこうやって負かされたの……初めてです」
「やっぱり? 魔法で問答無用で叩きのめされたら、私も勝てる気しないし。だからさ、今日から毎日特訓しよう!」
「え」
「私の担当教科は体育! 実技は任せたまえ!」

一方、ジンのことを、笑顔が怖い頼りになる大人と認識したアレクにとっても、その宣言はキツいものだった。
毎日特訓。嫌な予感がする。

「ちなみに、それって……」
「朝がいいな! 五時からはどうだ!」
「うへぇ」

朝から特訓の約束に、アレクは思わず呻いた。
しかし拒否権というものは存在しない。
ここで学園長が言っていた「大変」という言葉を思い出す。
英雄学園の教師は、学園長直々に選び抜いた、優れた者ばかりである。
つまりーー生徒を構いたがる者が非常に多い。
アレクが雑用係になったと知るや否や、声をかけてくる者が後を絶たないのも、それが理由だろう。
項垂れるアレクに、そういえばとジンが話題を持ち出す。

「アレク君は、ガディ君とエルルさんと最近会っていないのか?」
「まあ、そうですね。学園長先生から接触禁止命令出されてますから」
「だろうな。あの二人、今頃干からびているぞ」
「干からび……?」
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