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留年回避編

第九十七話 元研究者

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「ふーっ、終わったぁ」
「あ、お掃除お疲れ様です」

アリーシャの机の掃除が終わり、アレクはようやく一息ついた。
あれほど汚かった机の綺麗になった様は、アレクに達成感をもたらしてくれる。
通りがかったハンナが、アレクに労いの言葉をかけた。

「アレク君、これいります? 最近話題のお菓子なんです」
「もらいます!」

甘いものは好きだ。
ハンナから菓子を受け取り、口に放り込む。

「美味しい!」
「よかったです」
「……あの、ハンナ先生。アリーシャ先生はまだ帰ってこないんですか?」
「あの人ならしばらく帰ってこないですよ。なんか今研究中みたいで」
「研究?」

首を傾げるアレクに、ハンナは説明する。

「あの人、昔は歴史学者だったんですよ」
「へ~。だから歴史の先生やってるんですか?」
「まあそんなところです。学会ではそれなりに有名な人で……学園長先生が引き抜いたんです」

ハンナは呆れ顔でアリーシャのことについて語り続ける。

「まあ見ての通り、仕事以外はてんでダメダメな自堕落人間でして。研究バカとか言われてたんですよ。今でも学会に時たま顔を出しては、論争してるんです」
「そうだったんだ」

アリーシャはたまに、寝坊しかけた状態で教室に飛び込んでくる。
それも本人の気質ゆえかと思っていたが、研究熱心な人だったのかもしれない。

「アリーシャ先生も夜まで頑張るから、朝寝坊して慌てる時があるんですね」
「あ、違いますよ? 寝坊した時はだいたい飲み会です。研究してる日は夜の十一時に爆睡してます」

違った。
何だか期待を裏切られた気分である。
ある意味アリーシャらしいと言ったところか。

「たーだいま!」
「アリーシャ先生」
「おっ、アレク君掃除お疲れ様! いやー助かった。ありがとね!」

ここでアリーシャが戻ってくる。
綺麗になった自身の机にご満悦だ。

「じゃあアレク君帰っていいよ。ご苦労様~」
「あ、はい」
「待ってくださいアレク君」

帰ろうとしたアレクを、ハンナがしっかり引き留める。

「なんですか?」
「アレク君、今先生達の雑用やってるんですよね? でしたら、明日の朝に保健室の備品を数えるのを手伝ってください」
「いいですけど……何時からですか」
「朝の六時です!」

早過ぎやしないだろうか。
「六時?」と聞き返すアレクに、「六時です!」とブレることなく返答するハンナ。

「じゃあおやすみなさ~い!」
「あっ、ちょっとハンナ先生」
「寝坊したらただじゃすみませんから♡」
「………」

その笑顔に薄ら寒いものを感じて、アレクは絶対に寝坊してたまるかと決意した。

◆ ◆ ◆

翌朝、ムマに朝起こしてもらったアレクは、寝ぼけ眼のまま学園へと向かった。
あまりの早さに、学園の防犯システムである喋る扉がギョッとする。

『アレクの坊ちゃん、早すぎませんか? まだ六時ですよ?』
「実はハンナ先生から手伝い頼まれてて……」
『ははあ、そういうことでしたら、かしこまりました』
「お願いね、門っち」

最初はこの喋る扉こと「門っち」に戸惑ったものだが、もはや慣れたものである。
門っちが開き、次に目を開ければ保健室の前に立っていた。

「アレク君。ちゃんと遅れずに来たんですね」
「わっ」

後ろから話しかけられ、驚いてアレクが飛び退く。
そこには申し訳なさそうな顔をしたハンナが立っていた。

「ごめんなさいね? 急に声かけちゃって」
「あ、大丈夫です」
「門っちって凄い発明ですよね。アリー先輩いわく、あれってアルスフォードからの寄贈品なんですって。流石、科学の国のアルスフォードですね」

ハンナがそんなことを話すものだから、アレクはふとあることを思い出した。

(そういえば、ラフテルのご先祖様のガーベラさんが、転移装置をトリティカーナに渡すとか言ってたような……)

門っちがその転移装置自体でないにせよ、転移装置をサンプルに作られた可能性は非常に高い。
北の英雄家は世界に影響を及ぼしているらしい。

(ムーンオルト家は潰れちゃったしなぁ)

没落し、平民へと身を落としたムーンオルト。
今やその名を継ぐのは、母であるマリーヌと、兄であるサージュの二人だけだ。

「アレク君? どうしたんですか、ボーッとして」
「あっ、すみません! なんですか?」
「もしかして寝不足ですか? こういう時は早めに寝ないと」
「は、はぁ」
「ほら。これ持ってください」

差し出された薬瓶を受け取り、アレクは中身を覗き見る。

「これ、ポーションですか?」
「はい。私が作ったんですよ。この前調合師の資格取ったんです」
「調合師! それって凄く難しいんじゃ」

調合師とは、薬品を作って販売することを国に認められる資格である。
調合師の資格がなければ、薬を開発した後、正式な手続きを踏む必要がある。
アレクがカプセルを委員会で作った時はそうだったのだが、調合師はそのようなステップを踏まずとも薬品を扱うことが許されている資格であった。

「試験ものすごーく難しかったですよ。でも、アレク君も委員会で、薬作り手伝ってましたよね?」
「手伝って……は、はい! 手伝いました!」

アレク本人が作ったことを言及しようとして、慌てて止まる。
色々な陰謀等の可能性を考慮して、薬の作成者はアレクではなく、レイルということになっているのだ。
自分のうっかりさにアレクは思わず口をつぐんだ。

「……アレク君。作業が終わったら、ポーション造りをしてみませんか?」
「え、いいんですか?」
「商品として扱わなければいいんですよ」
「やってみたいです!」
「わかりました。じゃあ、ちょっと準備しますかね」

初めてのポーション造りに、アレクの心が踊った。


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