追い出されたら、何かと上手くいきまして

雪塚 ゆず

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アルスフォード編

第四十ニ話 ちびっこアレク

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風魔に乗り込んだ後、アレク達はナオの元で歓迎を受けた。
テーブルに茶菓子と紅茶を置いて、可愛らしげに微笑んでみせる。

「どうぞ! アルスフォード特産のもの達です!」
「いただきまーす」

それぞれが出されたものを摘み出したが、アリスが紅茶の酸味に顔を顰めた。

「酸っぱい……」
「柑橘類の味がするだろう。アルスフォードで有名な果実を使った紅茶だ」

ラフテルが説明しながら、アリスに向かって蜂蜜を差し出した。
ナオはラフテルの後ろでニコニコ笑って待機している。
こうしてみると、ラフテルとナオの表情の差が浮き彫りになった。
二人がまるで、双子のようにそっくりだからだろう。

「アレク……昔の、三年前の話をしていいか?」
「えっ」
「アレク君の三年前の話?」
「興味あるわね」

そこで、ユリーカとシオンが身を乗り出した。
アレクの過去は、ほとんどアレクから切り出すことはない。
出たとしてもガディとエルル、二人と共に過ごした日常だけだ。
ここで第三者から語られるアレクの過去には、非常に興味をそそられた。

「話しておきたいんだ。お前が忘れてしまった、俺達のことを」
「……うん。聞きたい」

アレクが頷いたので、ラフテルは過去に思いを巡らせた。






あれは、雨の日のことだった。
ラフテル・アインバイルは、英雄家としての繋がりとして、ムーンオルト家を訪れた。
この両家に表立った交流はないものの、各国の英雄家は一年に一度ほどの頻度で、顔を合わせて情報交換をする場が設けられる。
三年前はムーンオルト家が舞台であった。
アインバイル家の次男坊であったラフテルは、トリティカーナにいる、兄であるレオに会えるのではと、期待に胸を膨らませていた。

「お久しぶりです、ダリオ殿。マリーヌ殿も、お変わりなく」
「ええ。お久しぶりですわ。どうぞこちらへ」

両親が、ムーンオルト家の者に招かれるまま、屋敷へと入って行く。
ラフテルもそれについていった。
しかし大人同士の話し合いとあって、ラフテル達子供は、ここで待つようにと言い聞かせられ、部屋へと案内された。

「………」

暇だ。
ラフテルの他に子供はいたが、いかんせんラフテルは気難しい性格だ。
話しかける気力も起こらず、トイレに行くという体で部屋から抜け出した。
先に風魔に戻ってしまおうと思ったが、外の雨はより一層激しくなり、帰ることもできない。
困ったラフテルの後ろを、小さな子供がすり抜けた。

「……そこのお前」
「!」

ラフテルに呼び止められ、子供は振り返った。
子供は見たこともない、紫の髪と瞳をしていた。
どんぐりみたいに大きな瞳で、泣きそうな顔をしてこちらを見上げている。

「お前。この家に傘はないか?」
「傘……ですか?」
「ああ。お前、メイド見習いか何かだろう」

この時ラフテルは、子供のことを使用人の見習い、もしくは使用人の子供だと考えていた。
子供が質素な格好をしていたからだ。
髪が長いのも相まって、愛らしい娘だな、くらいに思っていた。

「僕……男です……」
「え」
「……」
「ああ、すまない。勘違いしていた」

カアッと子供の顔が朱に染まる。
茹蛸みたいだな、とラフテルは場違いなことを考えた。

「傘……ですね。こっち、です」

子供がどこかへ向かって歩き出す。
ラフテルはそれについていった。
互いに無言の時間がしばらく過ぎる。
ラフテルは子供のことを観察した。
随分と小さな体だ。
華奢だと思うが、それ以前に、着ている衣服が体に対して大きい。

「あ、えと、傘……です」
「ありがとう」

子供が傘を差し出す。
それを受け取ろうとしてーーラフテルは目を見開いた。






「何が……あったんですか?」

沈黙がその場を満たす。
ラフテルはこの先を言い出すことを、躊躇しているらしい。
それにアレクは「いいですよ」と言う。

「アレク……」
「もう、昔のことですから」

アレクはどうやら、ラフテルの言いたいことを察したらしい。
穏やかに笑って頷いた彼に、ラフテルは続きを話し始めた。






「お前っ……なんだその痕は!」

ラフテルは思わず子供の腕を掴んだ。
子供の腕は細い。折れてしまいそうだ。
腕には、大きな青痣が広がっていた。

「誰にやられた。親か?」
「っ……転んだだけです」
「転んだって」
「治せますから」

子供はラフテルの手をすり抜けると、自身の腕に治癒魔法をかけた。
淡い光が患部を包んだと思うと、子供の腕は綺麗な白色となる。

「治せるにしても……何ですぐ、治さなかったんだ」
「………」
「何か、事情があったんじゃ」
「さよなら!」
「あ、おい!」

子供はそのまま走り去っていく。
慌てて追いかけたものの、足が速すぎて追いつけない。
そもそも子供が、あれだけの速さで走れるなど信じられない。
ラフテルはその後、子供を探して屋敷内を駆け回った。
使用人達に子供のことを聞いてみれば、快く居場所を教えてくれる。
そして、必ずついてくる言葉。

「アレク坊ちゃんに、優しくしてやってください」

坊ちゃん。
もしかして子供は、この家の息子だったのだろうか。
だとしたら失礼なことをした。
それにしても、不可解なことが多すぎる。

「あ」
「見つけたぞ」

子供は庭師と共に、手入れされた花壇の前に座り込んでいた。
子供が逃げようとするも、庭師が子供のことを呼び止めた。

「坊ちゃん。お客様じゃないんですか」
「う」
「一旦話してみては?」

子供は渋々といった様子で振り返る。
改めて対峙した子供は、その小ささも相まって、噂に聞く妖精のようだった。

「お前、名前は?」
「アレク……ムーンオルトです」

子供の名を、アレク・ムーンオルト。
この先の未来、捨てられた名前である。



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