131 / 227
超大規模依頼編
第二十五話 我が焦がれる人
しおりを挟む
覚えている。
仲間の死に顔を。
覚えている。
自分の無様さを。
「ーーーっあ」
レンカが目覚め、最初に目にしたのは天井であった。
埃臭い、慣れた空気が鼻をつく。
「起きたかね、レンカさん」
「ギルドマスター……」
どうやら自分は眠っていたことを、レンカはこの時点で初めて気がついた。
「天気の魔物は……」
「安静にしたまえ。全て終わった」
終わった。
あの長い戦いが、終わったのだ。
実感が湧かない。
あまりに強い敵であった。
ガチャガチャと横で音が聞こえる。
ギルドマスターが水桶やら何やらの道具を抱えて駆け回る音だった。
どうやらギルドマスターが、メンバー全員の世話を甲斐甲斐しく焼いているらしい。
テーブルの上に、コップが置いてあるのが見えた。
喉が渇いた。水が飲みたい。
そう思って、コップに向かって手を伸ばした。
「ーーあ」
ない。左腕が、ない。
あまりのことに動揺し、そのまま崩れ落ちてしまう。
ギルドマスターが慌ててこちらにやってきて、レンカの右手を取る。
「大丈夫か」
「すみません……あの、腕」
「……言いづらいのだが、天気の魔物に吹き飛ばされたらしい」
そうだ、思い出した。
天気の魔物の攻撃を食らい、腕が消し飛ばされてレンカは気を失った。
目覚めれば全てが終わっていた。
服の垂れた袖を捲ると、歪な形となった傷口が見える。
「下手っくそな治療痕ね……」
「エルルさんが治癒魔法を使ったらしい」
「どうりで」
エルル、という子供の名前を聞いて、レンカはバカにするように笑った。
実力不足な子供であった。兄も同様だ。
多少は戦力になったものの、使えないの一言に尽きる。
「! エルルさん……もう起きて大丈夫なのかね」
そこで、エルルが起床してフラフラとこちらにやってきた。
その顔は青い。
まるで死人のようだった。
「ギルドマスター……依頼を、受けさせてください」
「何を」
「ミーシャさんに回るはずだった依頼、私にください」
懇願するエルルに、レンカは嫌気が差した。
ギルドマスターは「駄目だ」とエルルの意見を一蹴する。
「どうして!」
「君はまだ療養中の身だ」
「だって、傷はもう治癒魔法で」
「癒えていると言えるのか。復帰できるほどになったと」
「………」
治癒魔法は万能ではない。
よほどの実力者でなければ失った部位が戻ってくるわけがないし、なくなった血が元通りになるわけではない。
実際、レンカは貧血で今にも倒れそうであった。
「そんなっ、お願いします、お願いします」
「休んでいなさい」
「ギルドマスターッ……!」
エルルの悲痛な呼び止めに、レンカは背を向けた。
これ以上は付き合っていられない。
心の折れた者にレンカは興味がない。
反吐が出るくらいだ。
死んだ者の代わりになろうと奮闘する姿が嫌いだ。
いつまでも仲間の死を引き摺るレンカが、まるで馬鹿みたいではないか。
「……まあ、バカか」
◆ ◆ ◆
それからレンカは、アルスフォード出身であったレオのツテを使って義手を付けてもらった。
レオの知り合いである義手師が、レンカの義手を調整しながら思い出を語り出す。
「レオ君はね、本当に真面目だった。弟や妹と守りたいと、もっと強くなりたいといって、修行としてトリティカーナに来ていたくらいだ。まさか、戦死するとは思っていなかった。レオ君は本当に強かったから……」
「アイツの実家は、何て言ってた?」
他国で自身の家の跡継ぎが死んでしまったのだ。
文句の一つでも出るだろうとレンカは思っていたが、義手師は暗い声音で答える。
「戦いの中で死ねたのなら、英雄家として本望だろうと」
「……英雄家って、どこもかしこも腐ってるのかしら」
ムーンオルト家のことを思い出す。
幼い子供を戦場に送り出す家であった。
ギルドには子供も働いていたが、こんなにも頻繁に戦場に行くのは、例の双子だけであった気がする。
「よし。つけるよ」
合図と共に、義手が装着される。
バチンという音が体内に響き、その痛みにレンカは顔を歪めた。
「魔力回路と義手を繋げたから、最初は痛むと思うけど……慣れてくれば、自分の腕のように動かせるから。魔力で動かすんだけど、ちょっとコツがいるから頑張って。定期的にメンテナンスが必要だけど、しょっちゅうアルスフォードには来れないでしょ。セルフケアの方法、書いておいたから」
「ありがとう」
義手師に礼を言い、レンカは店を出る。
早く腕を動かせるようになって、現場に復帰したい。
戦っていなければ、仲間の怨嗟に押しつぶされそうだった。
死なせた仲間全員、レンカを責めている気がしてやまない。
「ままならないわね……」
どうすれば、この苦痛から解放されるのだろうか。
◆ ◆ ◆
それから約半年後。
ギルドに依頼を受けにきたレンカを、誰かが呼び止める。
「レンカ」
振り返ると、銀髪の少女が立っていた。
「……誰かと思えば、アンタじゃない。元気だった?」
嫌味も含めて尋ねると、「ええ」と素直な返事が返ってくる。
「で、何の用。私忙しいんだけど」
「……今日、実家に帰ることにした」
「あっそ」
「一度、手合わせしてほしい」
これにはレンカも驚いた。
もう心が折れ、実家に引っ込むものだと思っていた。
戦場には戻らないと思っていたのに、こんなことを言ってくるとは。
断ろうと思った。
生憎、相手をしている暇はないのだと。
しかし、何の気まぐれかレンカはそれを了承することにした。
エルルの目が真剣だったからかもしれない。
「いいわよ。アンタは私に勝てないだろうけどね」
「! ありがとう……!」
「おい、聞いたか。レンカ・ミゾウとエルル・ムーンオルトが手合わせだってよ」
「今やってんだろ、裏口で」
「見に行くぞ!」
どこからともなく情報を聞きつけたギルドの者達が、現場に向かって駆けていく。
そして、目にした光景に絶句した。
「おい……」
「酷いなありゃ」
そこにいたのは、無表情で立っているレンカと、血だらけのまま息を切らすエルル。
もう既に観客は十分すぎるほどおり、どよめきが上がっている。
「アンタ……治癒魔法使いなさいよ。傷口塞ぐくらいできるでしょ」
「使わない。使ったら、意味ない」
「意味わかんないの」
レンカは無傷だ。
実力差は圧倒的であった。
「じゃ、終わりにしましょ」
パキン、とレンカの手の中で、氷が音を立てて発生する。
「殺す気か」と周りが騒ぐも、レンカはそれを無視して魔法を放った。
「っ!」
ボウ! と突然、炎の柱が上がる。
氷はそれに呑まれて消えていくが、レンカは「芸がないのね」とつまらなさそうに欠伸する。
「どうかしらねっ」
エルルが炎の中、突っ込んでこちらまで攻めてきた。
流石に予想していなかった展開に、レンカの反応が少し遅れる。
対抗するようにして放たれたエルルの氷の魔法が、レンカの腹を僅かながらに掠った。
「っ……アンタ、正気? 焼けてるじゃない」
「いい血止めになるわ」
体が燃えたまま、水魔法で消そうともしないエルルに、レンカは絶句した。
イカれてる。狂ってるコイツ。
「バカねぇ、ほんと」
「はああっ……!」
ボコリ、と足場が盛り上がり、レンカを弾き飛ばさんと揺れる。
観客をも巻き込みそうなくらいの威力に、レンカは涼しい顔をして飛び退いた。
「蹴っ飛ばしてあげるわよ」
そのままエルルの頭目がけて、蹴りを繰り出そうとする。
その足をエルルが掴み、そのまま引き寄せ抱きしめた。
「はあ!? あづっ」
エルルについた炎がそのまま発火源となり、炎の魔法に二人揃って包まれる。
常人なら焼け死んでいるほどの威力だ。
「ウォ、ウォーターボール!」
レンカの唱えた水魔法が、二人に落下した。
鎮火はできたものの、今は水すらも酷く痛い。
「はぁっ……サイアク……!」
「レンカ。私と戦いましょ。もっと、もっと」
エルルは笑っていた。
観客達はエルルに薄寒い気配を感じ、後退する。
しかし火傷が激しいにも関わらず、エルルの美しさは損なわれていない。
「それで、私を殺してみて」
「っーーー! とんだ、殺し文句ね!」
それからは凄まじかった。
魔法の撃ち合い。どちらか倒れたほうが負け。
どちらも大して避けようともしないので、観客に被弾することもなく、順調に傷だらけになっていく。
そんな中でーー二人は、楽しそうに笑い合っていた。
「はは、あはは、はははははっ!」
(楽しい! こんなに楽しいの、いつぶりかしら! それこそ、アイツが生きてた頃のーー!)
ふと、現実に引き戻される。
殺された仲間の姿が、脳裏をよぎる。
レンカの体温が下がっていくのを感じる。
エルルがレンカの手を引いた。
「!」
「よそ見しないで。私を見て!」
間近で光る銀色。
あ、まつ毛長い。綺麗だな。
そんな凡庸なことを考えたのも束の間、レンカは一気にエルルに魅力された。
「ナマ言ってんじゃないわよっ!」
「っ!」
レンカの氷魔法が被弾し、とうとう限界を迎えたエルルが地に倒れ伏した。
シィン、と静まり返る辺りに、レンカは指示を出した。
「治癒魔法使える奴。コイツのこと治しといて」
「……おい、急げ! このままじゃ死にかねないぞ!」
我に返った観客の内の一人が声を荒げる。
エルルに向かって群がり出した彼らを背に、レンカはその場を後にしようとする。
そんなレンカに向かって、一人が声をかけた。
「いいんですか、レンカさん。治療してもらわなくて」
声をかけてきた人物に、レンカは思わず口角が上がる。
「アンタこそ、どうしたってわけ? やけに清々しい顔しちゃって。ーーハウンド」
立て篭っていたはずの、ハウンドが出てきている。
以前気まぐれで中を覗いた時、まるで亡霊のような姿であったのにも関わらず、ハウンドに生命力を感じた。
「ちょっと、励ましてもらいまして」
「あっそ。くたばんないよう、精々頑張りなさい」
レンカはそのままギルドを去った。
傷口が痛い。熱を持ってレンカに襲いかかるようだ。
それに手を這わせ、レンカは笑った。
(……欲しい)
あの銀色が、欲しい。
美しき子供が。力溢れる、獣の如き少女が。
自分の魅力された光が、どうしても欲しい!!
レンカは欲に忠実であった。
「……わかってんのよ。見てんでしょ、アンタ」
どこからか見ているであろう大悪魔に向かって、レンカは呼びかける。
「懐かしかったわ。いい思いした」
そこで、死んだはずの仲間が姿を現す。
「レンカ、死ね……!」
怨嗟の声でさえ、今はどうでもよく思えた。
高揚した気分のまま、それを凍りづかせる。
「アンタは一生、私の中の思い出で眠ってればいいわ」
後生大事に抱えててあげる。
そう笑ったレンカの意識が、くんと上に引っ張られた。
仲間の死に顔を。
覚えている。
自分の無様さを。
「ーーーっあ」
レンカが目覚め、最初に目にしたのは天井であった。
埃臭い、慣れた空気が鼻をつく。
「起きたかね、レンカさん」
「ギルドマスター……」
どうやら自分は眠っていたことを、レンカはこの時点で初めて気がついた。
「天気の魔物は……」
「安静にしたまえ。全て終わった」
終わった。
あの長い戦いが、終わったのだ。
実感が湧かない。
あまりに強い敵であった。
ガチャガチャと横で音が聞こえる。
ギルドマスターが水桶やら何やらの道具を抱えて駆け回る音だった。
どうやらギルドマスターが、メンバー全員の世話を甲斐甲斐しく焼いているらしい。
テーブルの上に、コップが置いてあるのが見えた。
喉が渇いた。水が飲みたい。
そう思って、コップに向かって手を伸ばした。
「ーーあ」
ない。左腕が、ない。
あまりのことに動揺し、そのまま崩れ落ちてしまう。
ギルドマスターが慌ててこちらにやってきて、レンカの右手を取る。
「大丈夫か」
「すみません……あの、腕」
「……言いづらいのだが、天気の魔物に吹き飛ばされたらしい」
そうだ、思い出した。
天気の魔物の攻撃を食らい、腕が消し飛ばされてレンカは気を失った。
目覚めれば全てが終わっていた。
服の垂れた袖を捲ると、歪な形となった傷口が見える。
「下手っくそな治療痕ね……」
「エルルさんが治癒魔法を使ったらしい」
「どうりで」
エルル、という子供の名前を聞いて、レンカはバカにするように笑った。
実力不足な子供であった。兄も同様だ。
多少は戦力になったものの、使えないの一言に尽きる。
「! エルルさん……もう起きて大丈夫なのかね」
そこで、エルルが起床してフラフラとこちらにやってきた。
その顔は青い。
まるで死人のようだった。
「ギルドマスター……依頼を、受けさせてください」
「何を」
「ミーシャさんに回るはずだった依頼、私にください」
懇願するエルルに、レンカは嫌気が差した。
ギルドマスターは「駄目だ」とエルルの意見を一蹴する。
「どうして!」
「君はまだ療養中の身だ」
「だって、傷はもう治癒魔法で」
「癒えていると言えるのか。復帰できるほどになったと」
「………」
治癒魔法は万能ではない。
よほどの実力者でなければ失った部位が戻ってくるわけがないし、なくなった血が元通りになるわけではない。
実際、レンカは貧血で今にも倒れそうであった。
「そんなっ、お願いします、お願いします」
「休んでいなさい」
「ギルドマスターッ……!」
エルルの悲痛な呼び止めに、レンカは背を向けた。
これ以上は付き合っていられない。
心の折れた者にレンカは興味がない。
反吐が出るくらいだ。
死んだ者の代わりになろうと奮闘する姿が嫌いだ。
いつまでも仲間の死を引き摺るレンカが、まるで馬鹿みたいではないか。
「……まあ、バカか」
◆ ◆ ◆
それからレンカは、アルスフォード出身であったレオのツテを使って義手を付けてもらった。
レオの知り合いである義手師が、レンカの義手を調整しながら思い出を語り出す。
「レオ君はね、本当に真面目だった。弟や妹と守りたいと、もっと強くなりたいといって、修行としてトリティカーナに来ていたくらいだ。まさか、戦死するとは思っていなかった。レオ君は本当に強かったから……」
「アイツの実家は、何て言ってた?」
他国で自身の家の跡継ぎが死んでしまったのだ。
文句の一つでも出るだろうとレンカは思っていたが、義手師は暗い声音で答える。
「戦いの中で死ねたのなら、英雄家として本望だろうと」
「……英雄家って、どこもかしこも腐ってるのかしら」
ムーンオルト家のことを思い出す。
幼い子供を戦場に送り出す家であった。
ギルドには子供も働いていたが、こんなにも頻繁に戦場に行くのは、例の双子だけであった気がする。
「よし。つけるよ」
合図と共に、義手が装着される。
バチンという音が体内に響き、その痛みにレンカは顔を歪めた。
「魔力回路と義手を繋げたから、最初は痛むと思うけど……慣れてくれば、自分の腕のように動かせるから。魔力で動かすんだけど、ちょっとコツがいるから頑張って。定期的にメンテナンスが必要だけど、しょっちゅうアルスフォードには来れないでしょ。セルフケアの方法、書いておいたから」
「ありがとう」
義手師に礼を言い、レンカは店を出る。
早く腕を動かせるようになって、現場に復帰したい。
戦っていなければ、仲間の怨嗟に押しつぶされそうだった。
死なせた仲間全員、レンカを責めている気がしてやまない。
「ままならないわね……」
どうすれば、この苦痛から解放されるのだろうか。
◆ ◆ ◆
それから約半年後。
ギルドに依頼を受けにきたレンカを、誰かが呼び止める。
「レンカ」
振り返ると、銀髪の少女が立っていた。
「……誰かと思えば、アンタじゃない。元気だった?」
嫌味も含めて尋ねると、「ええ」と素直な返事が返ってくる。
「で、何の用。私忙しいんだけど」
「……今日、実家に帰ることにした」
「あっそ」
「一度、手合わせしてほしい」
これにはレンカも驚いた。
もう心が折れ、実家に引っ込むものだと思っていた。
戦場には戻らないと思っていたのに、こんなことを言ってくるとは。
断ろうと思った。
生憎、相手をしている暇はないのだと。
しかし、何の気まぐれかレンカはそれを了承することにした。
エルルの目が真剣だったからかもしれない。
「いいわよ。アンタは私に勝てないだろうけどね」
「! ありがとう……!」
「おい、聞いたか。レンカ・ミゾウとエルル・ムーンオルトが手合わせだってよ」
「今やってんだろ、裏口で」
「見に行くぞ!」
どこからともなく情報を聞きつけたギルドの者達が、現場に向かって駆けていく。
そして、目にした光景に絶句した。
「おい……」
「酷いなありゃ」
そこにいたのは、無表情で立っているレンカと、血だらけのまま息を切らすエルル。
もう既に観客は十分すぎるほどおり、どよめきが上がっている。
「アンタ……治癒魔法使いなさいよ。傷口塞ぐくらいできるでしょ」
「使わない。使ったら、意味ない」
「意味わかんないの」
レンカは無傷だ。
実力差は圧倒的であった。
「じゃ、終わりにしましょ」
パキン、とレンカの手の中で、氷が音を立てて発生する。
「殺す気か」と周りが騒ぐも、レンカはそれを無視して魔法を放った。
「っ!」
ボウ! と突然、炎の柱が上がる。
氷はそれに呑まれて消えていくが、レンカは「芸がないのね」とつまらなさそうに欠伸する。
「どうかしらねっ」
エルルが炎の中、突っ込んでこちらまで攻めてきた。
流石に予想していなかった展開に、レンカの反応が少し遅れる。
対抗するようにして放たれたエルルの氷の魔法が、レンカの腹を僅かながらに掠った。
「っ……アンタ、正気? 焼けてるじゃない」
「いい血止めになるわ」
体が燃えたまま、水魔法で消そうともしないエルルに、レンカは絶句した。
イカれてる。狂ってるコイツ。
「バカねぇ、ほんと」
「はああっ……!」
ボコリ、と足場が盛り上がり、レンカを弾き飛ばさんと揺れる。
観客をも巻き込みそうなくらいの威力に、レンカは涼しい顔をして飛び退いた。
「蹴っ飛ばしてあげるわよ」
そのままエルルの頭目がけて、蹴りを繰り出そうとする。
その足をエルルが掴み、そのまま引き寄せ抱きしめた。
「はあ!? あづっ」
エルルについた炎がそのまま発火源となり、炎の魔法に二人揃って包まれる。
常人なら焼け死んでいるほどの威力だ。
「ウォ、ウォーターボール!」
レンカの唱えた水魔法が、二人に落下した。
鎮火はできたものの、今は水すらも酷く痛い。
「はぁっ……サイアク……!」
「レンカ。私と戦いましょ。もっと、もっと」
エルルは笑っていた。
観客達はエルルに薄寒い気配を感じ、後退する。
しかし火傷が激しいにも関わらず、エルルの美しさは損なわれていない。
「それで、私を殺してみて」
「っーーー! とんだ、殺し文句ね!」
それからは凄まじかった。
魔法の撃ち合い。どちらか倒れたほうが負け。
どちらも大して避けようともしないので、観客に被弾することもなく、順調に傷だらけになっていく。
そんな中でーー二人は、楽しそうに笑い合っていた。
「はは、あはは、はははははっ!」
(楽しい! こんなに楽しいの、いつぶりかしら! それこそ、アイツが生きてた頃のーー!)
ふと、現実に引き戻される。
殺された仲間の姿が、脳裏をよぎる。
レンカの体温が下がっていくのを感じる。
エルルがレンカの手を引いた。
「!」
「よそ見しないで。私を見て!」
間近で光る銀色。
あ、まつ毛長い。綺麗だな。
そんな凡庸なことを考えたのも束の間、レンカは一気にエルルに魅力された。
「ナマ言ってんじゃないわよっ!」
「っ!」
レンカの氷魔法が被弾し、とうとう限界を迎えたエルルが地に倒れ伏した。
シィン、と静まり返る辺りに、レンカは指示を出した。
「治癒魔法使える奴。コイツのこと治しといて」
「……おい、急げ! このままじゃ死にかねないぞ!」
我に返った観客の内の一人が声を荒げる。
エルルに向かって群がり出した彼らを背に、レンカはその場を後にしようとする。
そんなレンカに向かって、一人が声をかけた。
「いいんですか、レンカさん。治療してもらわなくて」
声をかけてきた人物に、レンカは思わず口角が上がる。
「アンタこそ、どうしたってわけ? やけに清々しい顔しちゃって。ーーハウンド」
立て篭っていたはずの、ハウンドが出てきている。
以前気まぐれで中を覗いた時、まるで亡霊のような姿であったのにも関わらず、ハウンドに生命力を感じた。
「ちょっと、励ましてもらいまして」
「あっそ。くたばんないよう、精々頑張りなさい」
レンカはそのままギルドを去った。
傷口が痛い。熱を持ってレンカに襲いかかるようだ。
それに手を這わせ、レンカは笑った。
(……欲しい)
あの銀色が、欲しい。
美しき子供が。力溢れる、獣の如き少女が。
自分の魅力された光が、どうしても欲しい!!
レンカは欲に忠実であった。
「……わかってんのよ。見てんでしょ、アンタ」
どこからか見ているであろう大悪魔に向かって、レンカは呼びかける。
「懐かしかったわ。いい思いした」
そこで、死んだはずの仲間が姿を現す。
「レンカ、死ね……!」
怨嗟の声でさえ、今はどうでもよく思えた。
高揚した気分のまま、それを凍りづかせる。
「アンタは一生、私の中の思い出で眠ってればいいわ」
後生大事に抱えててあげる。
そう笑ったレンカの意識が、くんと上に引っ張られた。
0
お気に入りに追加
10,426
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……


双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ
海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。
あぁ、大丈夫よ。
だって彼私の部屋にいるもん。
部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。