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超大規模依頼編

第二十四話 我が道標

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毎日に絶望してハウンドは過ごしていた。
やがて意識も朦朧とし、なぜ自分がこんな目に、と考えた。

(何で僕が……こんな能力もらって、妹を殺して、僕が息を吸っている価値などあるわけない)

「じゃあ兄さんはなんだっていうの?」

ゆっくりと顔を上げれば、妹が目の前に立っていた。
わかっている。これは幻覚だ。
しかしそんなものにも縋りたい気分だった。

「なんだって、どういうこと」
「兄さんは能力なんていらなかった?」
「当たり前だよ……」
「じゃあ、あのまま一生貧乏暮らしだったよ。救った人も存在しなかった」
「それが何だよ。他人がどうなったって、もう、どうでもいい……」
「へえ、そんなこと言えるんだ」

妹が蔑みの眼差しでこちらを見下ろす。
心底呆れた、とばかりであった。

「兄さんは結局自分が一番大切だもんね。私のことなんて、どうでもよかったんでしょ」
「違っ」
「違わない」

はっきりと言われ、ハウンドは何とか弁解しようと、もごもごと口を動かす。

「お前が、一番大切だった……」
「嘘つかないでよ。じゃあ何で私を殺したの?」
「それは……」
「心のどこかで、邪魔だって思ってたんでしょ。使えない妹だって、見下してたんだ」
「違う!」
「違わないよ」

妹はこちらに歩み寄ると、ハウンドの顔を覆って笑った。
生前の妹が浮かべたことのない、歪な笑みであった。

「兄さんって人でなしね。そのままゴミみたいに這いつくばって死んでしまえばいい」

必死でハウンドは言い返そうと、大して働きもしない頭を回す。
しかしもうダメだ。
これ以上は生きていけない。

「ごめん……」

妹への謝罪を口にし、ハウンドは目を瞑った。
次の瞬間。

バキィッ!

自分がずっと立て篭っていた部屋のドアが、いとも簡単に蹴破られた。

「邪魔するぞ」

現れた銀髪に、ハウンドはゆるゆると頭を上げる。

「あなたは……」
「ガディだ。知ってるだろ」
「ああ、最年少でSSSランクになった、双子の」
「失礼する」

ガディはハウンドの横に座ったかと思うと、いきなり水筒を口に押し当ててきた。

「飲め。飲まなきゃ殺す」
「は……」

急に現れて何を言い出すかと思えば、殺人予告である。
普段のハウンドなら怯えて逃げ出すところだが、もうそんな気力も湧かなかった。

「殺せるなら……殺してください」
「……」
「僕には、生きている価値などない」

ガディが無理やり水筒を傾けた。
後頭部を掴まれ口を開かされ、ハウンドは慌てて水を飲み込んだ。

「何をっ」
「飲めっつってんだろ」
「ひゃい」

最近の若者、怖い。
ハウンドはガディの気迫にビクビクしながらも、水筒の中の水を見張られながら飲み干した。

「よし、飲んだな」
「は、はい……って、ええええ!?」

途端、足を掴まれ、引き摺られながら外へと連れ出された。
この部屋から出るのはどれほどぶりだったのか、ハウンドは覚えていない。
やけに外が眩しかった。

「あら、ガディちゃん。そんな大荷物抱えてどこ行くつもり」
「食い物くれ。胃に優しいやつ。あとチキン」
「ふふ、わかったわ」

ギルドの飲食スペースについたかと思えば、ガディは職員と会話をしてようやくハウンドの足から手を離す。

「こ、こんな乱暴な……」
「いいからお前も座れ」

席を強引に勧められ、ハウンドは渋々といった様子で座る。
ガディはハウンドを上から下まで眺めると、ポツリと溢す。

「あんた変わったな。昔はもっと筋肉とかついてただろ」
「そうですかね……」
「まあ、あれだけ引き篭もってたら当たり前か」

ガディは大してこちらに興味もなさそうだった。
態度とは裏腹に、かなりの強硬手段で連れ出された気がする。

「お前……妹のこと、まだ引き摺ってるらしいな」
「!」
「ギルドマスターから聞いた」

ガディのすかした顔が、これほどまで憎く感じた時はなかっただろう。
ギリと奥歯が嫌な音を立てた。

「あなたにっ……何がわかると言うのですか」
「わからねえよ。わからねえに決まってる。だがな、俺にも弟がいる。死んでも絶対守りたい弟が」

ガディの語り口は神妙であった。
ハウンドとは違い、冷静である。

「知ってると思うが、俺は英雄家の出身だ。そこで弟は落ちこぼれとして扱われてる。本当は、俺なんかよりもずっと凄い才能の持ち主なんだ。……クソ親父は、それを認めない」

ぐっと握り拳を作り、ガディは悔しげに言う。

「アレクのことが嫌いなんだと思う。だからあいつがどれだけ強くなろうが、どうでもいいんだろう」
「……弟さんの名前ですか?」
「ああ。可愛いぞ」

弟のことを語り出したガディの目線が、幾許いくばくか柔らかくなった。
本当に弟のことを思っているのだろう。
愛おしげに笑うその様子は、ハウンドに何かを訴えかける。

「ハウンド。妹を殺したお前にこんなこと言うのもなんだが、グズグズしてたって変わらないぞ」
「っ、どの口がそんなことを」
「俺もグズグズしてたからな」

ここで先に、ガディが注文したチキンが届く。
それに齧り付きながら、ガディはゆっくりと説明を始めた。

「超大規模依頼、あったろ」
「……ああ、確かに」

ハウンドには、依頼に参加できなかった後ろめたさがある。
下手に口出しできないこの状況は、ガディが意図的に生み出したのかもしれない。

「そこで、レオ、ミーシャさん、アザールが死んだ」
「えっ……? 三人が?」

ハウンドがまだ現役として働けていた時の、同じSSSランク保持者だ。
よき人格を持ち、桁違いの強さを持つ彼らが、死んだ。
事態を飲み込みきれないハウンドが呆然としていると、ガディは続ける。

「その中でも、ミーシャさんはエルルを庇って死んだ。でもな、本当は、エルルが俺を敵の攻撃から守ろうとしてくれてたんだ。俺が動けないところを身代わりになろうとしてーー代わりにミーシャさんが死んだ」

ハウンドの脳裏に、優しい僧侶の姿が浮かぶ。
優しい人だった。優しすぎる人だった。
最後の最後まで、人のために自分を使ってしまった。

「俺は、しばらく腐ってた。ミーシャさんの代わりに得意でもない治癒魔法使って、現場を邪魔してた。ここで使いまくったせいか、かなり上達したけどな」

ガディの言葉は皮肉にも取れて、ハウンドは黙って耳を傾けるしかない。

「んで、ヨークに殴られて正気に戻った」
「ヨークさんに……」
「ミーシャさんの代わりをしていたことが、相当気に食わなかったらしい」

ああ、なるほど。
これにはハウンドも全面的に同意できる。
ヨークはミーシャのことをとても大切にしていたし、妻として誇りに思っていた。
そんなミーシャを他人に穢されてはたまったものではないということだろう。

「……俺はな、人殺しくらいいくらでもしてきた。そう、いくらでもだ。殺した数はもう十を超えてる」

物騒な内容だ。
しかしそれ以上に、ハウンドは子供である彼らがそんなことをしている意味がわからなかった。

「どうして……」
「依頼だからに決まってるだろ。警察が処理しきれない凶悪犯とかな」
「子供なのに」
「それで賄える現実をお前は生きてきたのか」

そう言われれば、もうハウンドは何も言えない。
ガディはチキンを食べ終えると、骨を皿に置いてナプキンで口と手を拭う。

「その中に、子供もいた。胸糞悪いことだって、いくらでもやってきた。後悔だってした。だがな……立ち止まることはもうしないって決めた」

ガディは真っ直ぐこちらを見据える。
銀の瞳が、この時はやけにはっきりと見えた。

「お前も腐るな。お前には実力があるんだ。俺よりもな。妹のために生きるんじゃない。ちょっとはお前のために生きてみろよ」
「………」
「これは俺の意見の押し付けだがな。あれだろ、冒険者は生きた者勝ち」

そこで、ハウンドに頼まれたであろう粥が出された。
湯気の立ったそれが何だか久々に美味しそうに見えて、ハウンドはゆっくりとした手つきで匙を運ぶ。

「あつっ」
「冷ませよ、バカ」
「酷いですねぇ……」

彼なりの励ましだ。
こんなものに人生を左右されるくらい、ハウンドの意志は弱りきっていたらしい。
だが、粥の薄味が刺激的なくらい、ハウンドの心は生きたいと願っていた。

「……もう、いいです。ありがとうございました」
「いいのか」
「はい」

気づいた。この世界自体が幻覚だ。
まさか大悪魔の幻覚の中で、彼に再び励ましてもらえるとは思ってもみなかった。
そうだ、この時初めて、ハウンドは彼のことを視認したのだ。
彼や仲間を助けねばなるまい。

「どうやって起きるのが正解なんですかね……」

ブツブツとハウンドが呟いていれば、妹の幻影がまたしても現れる。

「あら、兄さん死なないの」
「……」
「兄さんに生きてる価値なんてないって、何度言ったらわかるの。早くこっちに来てよ」
「うん、ごめんな。でも僕は、もっと人を助けたいんだ」
「迷惑しかかけてこなかったのに?」
「ああ」
「ふぅん……じゃあ、私が殺してあげる」

妹の姿が歪んで、魔物となる。
あの時と同じだ。
あの時をなぞろう。

「……ごめんな、本当に」

飛びかかってくる妹に向かって、ハウンドはもう一度叫んだ。
同じようにして妹を消し飛ばす。
これはハウンドの罪だ。
なかったことにはできない。

「でも僕、命が大事なんだ」

世の中の聖人が聞いたらひっくり返る自論であった。
生き汚くあれ。
冒険者の基本である。
その瞬間、ハウンドは自身の意識が引っ張り出されるのを感じた。


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