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6巻
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◆ ◆ ◆
――アレクのいなくなった祈り石の前で、クルミがふいに口を開いた。
「……これで満足?」
ザワリと空気が揺れ、祈り石の後ろから人影が現れる。少年にも少女にも見える、中性的な外見の子供だ。
子供はクルミに向かって返事をする。
「うん。あいつのこと、ずっと見てみたかったから」
その言葉に、クルミは小さく眉根を寄せた。
「救世主様が現れるって、もともとわかっていたの?」
しかし、子供はクルミの問いには答えず、さらなる問いで返す。
「……ねえ、おかしいと思わないの?」
「何が?」
子供はクルミのすぐ前にやってきて、言葉を続ける。
「あれが本当に救世主だと思う?」
「どういうことよ」
「救世主は、紫の髪と瞳をしてるって言われてるんでしょ」
「……」
確かに集落の言い伝えによると、救世主は紫色の髪と瞳を持つとされていた。
しかし、先ほど連れ出したアレクの髪と瞳は、金色である。
言い伝えと異なる色に戸惑いはしたものの、アユム――もといヒノメがそうであると判断したのなら、間違ってはいないだろう。
「別に。ヒノメ様が言うなら、そうなのよ」
「本当に? あれが本当にそうだと?」
「何が言いたいの?」
「あの救世主さぁ、偽物なんじゃないの?」
クルミが言葉を失うと、子供は愉快そうに口角を上げる。
「怪しいじゃん。そもそも三人いるっていうのがおかしい。仮に本物だったとして、出来損ないがいいとこじゃない?」
「……やめて」
「ボクは、あいつのこと気に食わない。それに、この集落を救えるとも思わない」
「やめてってば」
「しかもさ、君は生贄としての存在意義すら奪われるんだよ」
「やめろ!」
畳みかけるように言う子供に向かって、クルミは思わず叫んだ。
眼光鋭く子供を睨むが、子供はおかしそうに笑って首をすくめた。
「そんなに大声を出さないでほしいんだけど? ボクは、君のことを思って言ってるのに」
「嘘つかないで。クルミのことなんて、微塵も考えてないくせに!」
「嘘じゃないさ」
クルミは舌打ちをすると、子供に背を向けた。
「この話はおしまい。私も、もう戻る」
「そっ。じゃあ明日ね」
返事もせずに去ろうとするクルミに、子供は言い募る。
「困ったらいつでも来てよ。力になってあげる」
「っ!」
すぐ耳元で声が聞こえた気がして、クルミは勢いよく振り返る。しかし子供の姿はとっくに消えていた。
「……最悪」
悪態をついたクルミは端整な顔を歪ませ、今度こそその場を後にした。
第三話 アユムとクルミ
翌朝、集落を大雪が襲った。
昨日までは天気がよかったというのに、起きた途端、あまりの寒さにアレクは驚いてしまった。
「凄い……吹雪だ」
家の扉を開けて、アレクは小さくつぶやく。
「救世主様。おはようございます」
その時、長老がアレクに声をかけた。どうやら散歩中だったらしい。
「おはようございます」とアレクが返すと、長老は空を仰いだ。
「もうすぐフロストキングエイプの封印が解ける……その前兆なんでしょうなぁ。ここ最近、天気が不安定でして」
「そうなんですか」
「この気候には、集落の皆が悩まされております。作物も全部ダメにされました。しかし、救世主様がおられるのなら安心ですな」
そう言って朗らかに笑う長老に、アレクは期待の重さを実感した。
失敗したらどうしようという不安もあるが、兄や姉、友人、学園長まで揃っているのだから、最悪の事態にはならないだろう。
「へっぷし」
寒さでくしゃみをしたアレクに、慌てて長老は言った。
「申し訳ございません。暖かいお召し物をお貸しいたしますので、どうぞついてきてください」
寒さに凍えながら長老の後をついていく。昨日も訪れた長老の家に着くと、すぐにクルミが顔を出した。
「おじい様、おかえりなさい……あ」
アレクを見て、クルミは僅かに目を見開いた。
どことなく気まずさを感じて苦笑いするが、長老は気にせずクルミを促した。
「お客様の人数分、上着を用意しておくれ。この大雪では風邪を引いてしまう」
「わかりました。どうぞ、上がってください」
「お言葉に甘えて……」
アレクが家に上がると、アユムとシュウが揃って眠っていた。
この集落の家は、部屋が壁で区切られていないようだ。大きな一つの部屋で、毎晩雑魚寝しているのだろう。
ベッドで寝ることに慣れているライアンとシオン、ユリーカは、昨晩、背中が痛いとしきりに訴えていた。
「アユちゃん、シュウ。起きて。救世主様よ」
「うーん……姉ちゃん?」
「まだ、あと五分」
シュウはあっさり目覚めたものの、アユムはなかなか起き上がらない。布団から出てくる気配のないアユムを、シュウが思い切り蹴飛ばした。
「うええええ!?」
「えぇ~……」
アユムの叫び声と、その起こし方はないだろうとドン引きしたアレクの声が重なる。
そのままアユムはアレクの足元までゴロゴロと転がり、ようやく目覚めた。
「アレク! おはよう!」
「おはよう、アユム。その……怪我してない?」
「平気だ! 毎朝こうやって起こされているからな!」
アユムの発言に驚き、アレクは思わずシュウを見る。するとシュウが呆れた様子でつぶやいた。
「そうやって起こさないとずっと寝てるんだよ、コイツ。俺、悪くないし」
そっぽを向いたシュウに、「そんなことないし!」とアユムが食ってかかる。しかし、シュウは意地悪な表情を浮かべて言葉を続けた。
「本当に? 今まで姉ちゃんの優しい起こし方で、起きられたことがあったか?」
「うっ」
「ないだろ? おまけに俺が蹴っ飛ばさない限り、昼過ぎまで寝てたじゃん」
「うぅ……」
「異論は?」
「ございません」
仲の良い二人のやりとりを見て、アレクは微笑ましくなり「フフ」と笑った。
それに気づいたシュウが、「何、笑ってるんだよ」と刺々しく言う。
「いや、姉弟みたいだなぁって」
「はぁ? 俺がコイツと?」
「まぁ、それに近いからな」
シュウは嫌そうだったが、アユムはそうでもないらしい。そんなアユムに、シュウは厳しく言う。
「誰がお前と姉弟だ! 俺の姉ちゃんは、クルミ姉ちゃんだけだ!」
「わかってるってば」
「……シュウ。そんなこと言わないで」
そこで、クルミがたくさんの上着を抱えて戻ってきた。
アレクの前までやってくると、それらの上着を手渡してくる。
「どうぞ。見た目より重いので、お気をつけて」
「大丈夫です!」
受け取ると、確かにそこそこの重量だったが、このくらいなら平気だ。
ひとまず床に置かせてもらい、そのうちの一枚を羽織る。クルミやアユムが着ているものと同じデザインで、赤い刺繍が魅力的な服だ。
「こういう意匠はあまりみないから、なんだか新鮮だなぁ」
アレクが思わずつぶやくと、アユムが嬉しそうに口を開いた。
「俺達の集落の特産品みたいなものだからな! まぁ、お客さんなんて来ないけど」
「私達しか着てませんしね」
「あったかいだろ。えーっと……なんちゃらボアの毛を使ってるんだ」
「コールボアな」
アユムの説明に、すかさずシュウが補足する。
三人のやりとりは軽快で、友達のような、姉弟のような温かさを感じた。
アレクと双子とはまた違った関係性だが、見ているこちらが穏やかな気分になれる空気だった。
「さっき姉弟に近いって言ってたけど、幼馴染みたいな感じなのかな?」
「あー、俺、小さい頃からこの家で暮らしてるんだよね。親が死んじゃってさ」
「……ごめん」
「気にしないでよ。今はもう慣れちゃったし。父さんと母さんは強かった。俺の家はさ、ヒノメさんを守ってきた家なんだ。ヒノメさんは守り神みたいなものなんだけど、魔物を惹きつけちゃうみたいで……それを守って、二人とも死んじゃった。父さんも母さんも、強かったのにな」
アユムは明るく言うが、両親を懐かしむその瞳には、寂しさが宿っている。アレクは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「……」
「落ち込んでた俺に声をかけてくれたのが、クルミだったんだ。シュウはクルミのことが大好きだったから、取られると思って、俺のことを歓迎してなかったけど」
「おい」
「事実だろ」
シュウは何か言いたげであったが、恥ずかしげにそのまま俯いた。言い返すことができなかったシュウを見て、アユムは得意げに笑う。
「コイツ今も捻くれてるけど、昔はもーっとひどかったんだぞ」
「っ、アユム!!」
「あはははははっ! これ以上言うと本当に怒られるから、この辺で。とにかく、昔から二人とは一緒だったんだ。集落の皆は優しかったし、長老も身寄りのない俺を引き取ってくれた。この集落に恩返しをしたいって、ずっと思ってたんだ」
そこでアユムは、一度口を閉じた。すぐにまた話し出したが、それまで優しげだった声音に、緊張の色が混じっている。
「でも、封印の話が出た。クルミが生贄になるのは、嫌だった。だから俺は、救世主様を探しに出たんだ。集落で一番足が速いのは、俺だから。本当は、学園長の瞬間移動みたいに魔法が使えたらよかったんだけど……俺らは魔法が使えないんだ」
「俺らってことは、他の人も?」
「うん。この集落の人は、魔法が使えない。だから、アレク達とは全然違う暮らし方をしてる」
アユムはアレクの手をギュッと握り、絞り出すように言った。
「アレク達を見つけた時、本当に安心したんだ。倒れた俺を助けて、看病してくれたのもアレク達だ。感謝してる。ついてきてくれて、ありがとう」
「……いいんだよ。倒れていたところを助けたのはユリーカとシオンだし、僕だって放っておけなかった。皆優しいから、無視なんてできないよ」
「うん……うん。ありがとう! でも、ごめん。こんな危険なことを任せるなんて、いくら救世主様でも迷惑だよな」
「大丈夫だって! 兄様や姉様は強いんだから! 僕だって、ちょっとは頼れるんだよ?」
アレクの言葉に、アユムの瞳が揺らいだ。今にも涙がこぼれそうな澄んだ瞳は、綺麗な緑色に光っていた。
「ごめんな……ありがとう。明日は頼んだよ」
「うん。任せて!」
アレクが元気よく返事をした時、ノックの音が響いた。ドアを開けてみると、白い息を吐くユリーカの姿があった。
「あまりに寒いので、防寒具を借していただけ――って、アレク君?」
「ユリーカ! ちょうどよかった! これ、上着を借りたんだ!」
「わっ、ありがとう」
ユリーカはさっそく上着を受け取って袖を通し、ホッと息を吐いた。よほど寒かったのだろう。
彼女の話によると、シオンも凄く寒そうにしており、学園長は鼻水がヤバいらしい。ライアンの姿は見ていないそうだが、どこかに出かけたのだろうか。
「アレク君、いったん戻りましょう」
「そうだね。アユム、クルミ、シュウ! 僕、もう行くね!」
「わかった!」
「また足りないものがあれば、言ってくださいね」
「じゃあな」
アレクとユリーカは皆の上着を抱えて、長老の家を後にした。先ほどは吹雪いていた雪も、ようやく落ち着いたようだ。しかし、寒いものは寒い。
それからしばらく歩いていくと、何やら騒がしい場所を見つけた。
「何あれ」
「んー?」
人々が一ヶ所に身を寄せ合っている。気になって近寄ってみると、ユリーカがギョッとしたような声を上げた。
「え、ライアン? どうしたの……って、ああ、そういうことね」
「おー! ユリーカにアレク!」
なんとライアンを中心に、人だかりができていた。何かしでかしたのかと思ったが、どうやら違うらしい。
ライアンの横には、召喚獣のタイショがいる。
タイショは炎を操る召喚獣なので、体温がとても高い。そのタイショが火を焚いてくれたようで、ライアンとタイショの近くはじんわりと暖かくなっていた。
「ありがたいなぁ。この大雪の中、火は貴重だ」
「ありがとうございます、救世主様!」
人々から口々に礼を言われ、ライアンは困ったように答える。
「俺は救世主じゃないぞ~」
一方タイショは、火を操りながら興奮した様子だ。
「ライアン~。知らない人間がたくさんいる~」
「俺達、この集落を助けに来てるからな!」
「? おう!」
いまいち噛み合っていない会話に、タイショは首を傾げている。しかし、とりあえず笑顔で頷くことにしたらしい。
「あ、それ上着? もらっていい?」
「どーぞ」
ライアンはアレクから上着を受け取り、笑みを浮かべた。
「あったけぇ~。あ、でも集落の人達も、皆これ着てるよな? こんなにあったけぇなら、別に俺いらなくね?」
「まあまあ、いてあげてよ。ライアンとタイショがいると、もっとあったかいからさ」
アレクがそう言うと、ライアンは勢いよく頷いた。
「そうか、わかった!」
ライアンには無事、上着を渡すことができた。残すはシオンと学園長、ガディとエルルだ。双子はともかく、シオンと学園長が心配である。
アレクとユリーカは、急いで家に戻った。
家の扉を開けて中へ入ると、シオンと小さな子供が光る玉のようなものを囲んでいた。
「あ、アレク君! 上着をくれーっ!」
小さな子供がアレクのもとに駆けてくる。
どうやら今日の学園長は、いつにも増して幼い子供の姿のようだ。まだ五歳ほどだろうか。
「えっと、学園長ですよね?」
「そうそう! こんな姿だけどねっ!」
アレクから受け取った上着を羽織る学園長だが、サイズが大きくてぶかぶかだ。袖や裾を引きずってしまっているが、学園長は気にした様子もなく、ありがたそうに微笑んだ。
「シオンも、これ」
「わぁ、素敵! ありがとう、アレク君」
「僕は借りてきただけだから。クルミがこれを用意してくれたんだ」
「クルミって……もしかして、昨日家に来た子?」
「そうそう。ところで、それなに?」
ふよふよと浮かぶ光の玉をアレクが指差すと、学園長が自慢げに答えた。
「ふふん! 私が開発した魔道具だよ! 光るしあったかいし最高!」
「燃費は悪いみたいですけど……」
「ちょ、シオンさん、それは言っちゃダメだって……」
どうやら、意外と魔力を食うらしい。
とそこに、ガディとエルルがやってきた。
昨晩、偵察に出かけた二人は、アレクが眠ってから家に戻り、アレクが起きる前に再び出かけたようだった。こういうところは、流石に凄腕の冒険者だと感じる。
「あ、おはよう。二人とも、どこに行ってたの?」
「ちょっと凄いものを見つけてな」
「ついてきて」
ガディとエルルは、いつもよりどこか淡白な印象だ。何かあったのだろうか。
「凄いもの?」
キョトンとしながら首を傾げるアレクに、ガディは神妙な面差しで頷く。
「石碑だ。多分……求めているものの、手がかりになる石碑」
◆ ◆ ◆
アレクと双子以外は家で留守番となり、三人が向かった先は、集落の最奥だった。一見何もないようだったが、よく見ると木の陰に小道が延びている。
その細い道を進んでいくと、ガディとエルルが揃って立ち止まった。
「あれよ」
エルルが指差した先には、確かに大きな石碑がある。
近づいてみると、その石碑には見たことのない字が刻まれていた。もちろん、アレクには読むことができない。
「なんて書いてあるのかな。僕には読めない……え?」
その時、急に石碑の文字の意味が理解できるようになった。文字そのものを読むことはできないのに、どういうわけか書かれている内容はわかるのだ。
驚きながらも、アレクは夢中で解読を進めていく。
はるか昔、天族と呼ばれる一族あり。
翼を持ち、紫の色彩を持つ彼らは、神の使い。
人々は彼らを天使と呼び、崇め奉る。
天族は魔法を使えたが、人間は使えない。
やがて人間は、天族を裏切った。
天族の力を奪った人間は、天族に代わりこの地を支配した。
天族は死した。その姿を見ることはなし。
決して忘れることなかれ。決して忘れることなかれ。
「…………これって」
石碑には、衝撃的な内容が記されていた。
実際の出来事なのかどうかはわからないが、アレクの背中に嫌な汗が伝っていく。
「兄様、姉様、あのさ――」
アレクが振り返ると、そこに双子の姿はなかった。
「あ、あれ? 兄様? 姉様?」
慌ててあたりを見回すと、こちらに歩いてくる人影が目に入った。
「……アレク!?」
「アユム! ねぇ、兄様と姉様を知らない?」
駆け寄ってきたアユムにそう尋ねるが、アユムは問いには答えず、困惑した様子だ。
「いや、それより……どうしてここにいるんだ!?」
「え?」
「ここは、ヒノメさんを守っている俺の一族しか入れないはずなのに」
アユムの発言に、アレクもまた困惑した。
ひとまずアレクは、これまでの経緯を説明する。ガディとエルルに連れられて、ここへ来たこと、石碑の文字が解読できたこと、いつの間にか一人になっていたこと。
しばらく黙り込んでいたアユムだったが、話を聞き終えると、信じられないとばかりに頭を横に振った。
「こんなことってあるんだな……今までは俺の一族しかここには入れなかったし、この石碑を解読できる人は誰もいなかった。でも、その石碑の内容は真実だ。いつか読める者が現れるって、ずっと伝わってきたんだ」
アユムの言葉に、アレクはふとグラフィール王国での出来事を思い出す。
アレクを兄と慕っていた、スミレ。淡い紫色の瞳を持つ彼女を救うべく、アレクはグラフィール王国へ赴き、元凶となるディラン王を失脚させた。
その後、王の部屋を調べた際にある資料を見つけた。そこには、天使の伝承を守り続けている集落があると記されていた。
もしかすると、ここがその集落なのではないだろうか。
「アユム。アユムは、天族って知ってる?」
「! 知ってるぞ。この集落に伝わる種族の名前だ。……なんでお前が知ってるんだ? もしかして、石碑に?」
「うん。石碑に刻まれていた。天使のことは聞いたことがあったけど、天族は知らなかった」
「種族の名前だからな。おとぎ話として伝わる、空想上の名前は天使なんだろ」
「その、天族について知ってることがあるなら、教えてほしい! 知りたいんだ!」
「いや、実は……秘密なんだ。天族のことは、紫の髪と瞳を持つ者にしか教えてはならない。集落の掟だ。それに、長老の許可がないと」
「うん、わかった!」
「だから、教えられない……って、ん? 妙にものわかりがいいな」
「ついてきて!」
「は?」
アユムの手をぐいぐい引っ張り、アレクは長老のもとへと急ぐ。
長老の家に辿り着き扉を叩くと、シュウが出てきた。シュウは、アレクを見て顔をしかめる。
「今度はなんの用?」
「長老さんに会いたくて」
「じいちゃんに? じいちゃんならそこにいるけど」
シュウが部屋の中に目を向ける。そこには、書物に目を落とす長老の姿があった。隣には、クルミも座っている。
アレクが家に入ると、長老とクルミは不思議そうな表情を浮かべて顔を上げた。
「どうなされましたかね?」
アレクのすぐ後ろに立つアユムも、訝しげに口を開く。
「アレク、急に何を――」
そこでアレクは、自らにかけていたカラーリングを解いた。魔法が解けて、髪と瞳が本来の紫色へと戻る。
その瞬間、クルミの持っていたコップがゴトリと床に転がった。
「僕は、紫の髪と瞳を持っています。どうか天族のことを教えてください」
――アレクのいなくなった祈り石の前で、クルミがふいに口を開いた。
「……これで満足?」
ザワリと空気が揺れ、祈り石の後ろから人影が現れる。少年にも少女にも見える、中性的な外見の子供だ。
子供はクルミに向かって返事をする。
「うん。あいつのこと、ずっと見てみたかったから」
その言葉に、クルミは小さく眉根を寄せた。
「救世主様が現れるって、もともとわかっていたの?」
しかし、子供はクルミの問いには答えず、さらなる問いで返す。
「……ねえ、おかしいと思わないの?」
「何が?」
子供はクルミのすぐ前にやってきて、言葉を続ける。
「あれが本当に救世主だと思う?」
「どういうことよ」
「救世主は、紫の髪と瞳をしてるって言われてるんでしょ」
「……」
確かに集落の言い伝えによると、救世主は紫色の髪と瞳を持つとされていた。
しかし、先ほど連れ出したアレクの髪と瞳は、金色である。
言い伝えと異なる色に戸惑いはしたものの、アユム――もといヒノメがそうであると判断したのなら、間違ってはいないだろう。
「別に。ヒノメ様が言うなら、そうなのよ」
「本当に? あれが本当にそうだと?」
「何が言いたいの?」
「あの救世主さぁ、偽物なんじゃないの?」
クルミが言葉を失うと、子供は愉快そうに口角を上げる。
「怪しいじゃん。そもそも三人いるっていうのがおかしい。仮に本物だったとして、出来損ないがいいとこじゃない?」
「……やめて」
「ボクは、あいつのこと気に食わない。それに、この集落を救えるとも思わない」
「やめてってば」
「しかもさ、君は生贄としての存在意義すら奪われるんだよ」
「やめろ!」
畳みかけるように言う子供に向かって、クルミは思わず叫んだ。
眼光鋭く子供を睨むが、子供はおかしそうに笑って首をすくめた。
「そんなに大声を出さないでほしいんだけど? ボクは、君のことを思って言ってるのに」
「嘘つかないで。クルミのことなんて、微塵も考えてないくせに!」
「嘘じゃないさ」
クルミは舌打ちをすると、子供に背を向けた。
「この話はおしまい。私も、もう戻る」
「そっ。じゃあ明日ね」
返事もせずに去ろうとするクルミに、子供は言い募る。
「困ったらいつでも来てよ。力になってあげる」
「っ!」
すぐ耳元で声が聞こえた気がして、クルミは勢いよく振り返る。しかし子供の姿はとっくに消えていた。
「……最悪」
悪態をついたクルミは端整な顔を歪ませ、今度こそその場を後にした。
第三話 アユムとクルミ
翌朝、集落を大雪が襲った。
昨日までは天気がよかったというのに、起きた途端、あまりの寒さにアレクは驚いてしまった。
「凄い……吹雪だ」
家の扉を開けて、アレクは小さくつぶやく。
「救世主様。おはようございます」
その時、長老がアレクに声をかけた。どうやら散歩中だったらしい。
「おはようございます」とアレクが返すと、長老は空を仰いだ。
「もうすぐフロストキングエイプの封印が解ける……その前兆なんでしょうなぁ。ここ最近、天気が不安定でして」
「そうなんですか」
「この気候には、集落の皆が悩まされております。作物も全部ダメにされました。しかし、救世主様がおられるのなら安心ですな」
そう言って朗らかに笑う長老に、アレクは期待の重さを実感した。
失敗したらどうしようという不安もあるが、兄や姉、友人、学園長まで揃っているのだから、最悪の事態にはならないだろう。
「へっぷし」
寒さでくしゃみをしたアレクに、慌てて長老は言った。
「申し訳ございません。暖かいお召し物をお貸しいたしますので、どうぞついてきてください」
寒さに凍えながら長老の後をついていく。昨日も訪れた長老の家に着くと、すぐにクルミが顔を出した。
「おじい様、おかえりなさい……あ」
アレクを見て、クルミは僅かに目を見開いた。
どことなく気まずさを感じて苦笑いするが、長老は気にせずクルミを促した。
「お客様の人数分、上着を用意しておくれ。この大雪では風邪を引いてしまう」
「わかりました。どうぞ、上がってください」
「お言葉に甘えて……」
アレクが家に上がると、アユムとシュウが揃って眠っていた。
この集落の家は、部屋が壁で区切られていないようだ。大きな一つの部屋で、毎晩雑魚寝しているのだろう。
ベッドで寝ることに慣れているライアンとシオン、ユリーカは、昨晩、背中が痛いとしきりに訴えていた。
「アユちゃん、シュウ。起きて。救世主様よ」
「うーん……姉ちゃん?」
「まだ、あと五分」
シュウはあっさり目覚めたものの、アユムはなかなか起き上がらない。布団から出てくる気配のないアユムを、シュウが思い切り蹴飛ばした。
「うええええ!?」
「えぇ~……」
アユムの叫び声と、その起こし方はないだろうとドン引きしたアレクの声が重なる。
そのままアユムはアレクの足元までゴロゴロと転がり、ようやく目覚めた。
「アレク! おはよう!」
「おはよう、アユム。その……怪我してない?」
「平気だ! 毎朝こうやって起こされているからな!」
アユムの発言に驚き、アレクは思わずシュウを見る。するとシュウが呆れた様子でつぶやいた。
「そうやって起こさないとずっと寝てるんだよ、コイツ。俺、悪くないし」
そっぽを向いたシュウに、「そんなことないし!」とアユムが食ってかかる。しかし、シュウは意地悪な表情を浮かべて言葉を続けた。
「本当に? 今まで姉ちゃんの優しい起こし方で、起きられたことがあったか?」
「うっ」
「ないだろ? おまけに俺が蹴っ飛ばさない限り、昼過ぎまで寝てたじゃん」
「うぅ……」
「異論は?」
「ございません」
仲の良い二人のやりとりを見て、アレクは微笑ましくなり「フフ」と笑った。
それに気づいたシュウが、「何、笑ってるんだよ」と刺々しく言う。
「いや、姉弟みたいだなぁって」
「はぁ? 俺がコイツと?」
「まぁ、それに近いからな」
シュウは嫌そうだったが、アユムはそうでもないらしい。そんなアユムに、シュウは厳しく言う。
「誰がお前と姉弟だ! 俺の姉ちゃんは、クルミ姉ちゃんだけだ!」
「わかってるってば」
「……シュウ。そんなこと言わないで」
そこで、クルミがたくさんの上着を抱えて戻ってきた。
アレクの前までやってくると、それらの上着を手渡してくる。
「どうぞ。見た目より重いので、お気をつけて」
「大丈夫です!」
受け取ると、確かにそこそこの重量だったが、このくらいなら平気だ。
ひとまず床に置かせてもらい、そのうちの一枚を羽織る。クルミやアユムが着ているものと同じデザインで、赤い刺繍が魅力的な服だ。
「こういう意匠はあまりみないから、なんだか新鮮だなぁ」
アレクが思わずつぶやくと、アユムが嬉しそうに口を開いた。
「俺達の集落の特産品みたいなものだからな! まぁ、お客さんなんて来ないけど」
「私達しか着てませんしね」
「あったかいだろ。えーっと……なんちゃらボアの毛を使ってるんだ」
「コールボアな」
アユムの説明に、すかさずシュウが補足する。
三人のやりとりは軽快で、友達のような、姉弟のような温かさを感じた。
アレクと双子とはまた違った関係性だが、見ているこちらが穏やかな気分になれる空気だった。
「さっき姉弟に近いって言ってたけど、幼馴染みたいな感じなのかな?」
「あー、俺、小さい頃からこの家で暮らしてるんだよね。親が死んじゃってさ」
「……ごめん」
「気にしないでよ。今はもう慣れちゃったし。父さんと母さんは強かった。俺の家はさ、ヒノメさんを守ってきた家なんだ。ヒノメさんは守り神みたいなものなんだけど、魔物を惹きつけちゃうみたいで……それを守って、二人とも死んじゃった。父さんも母さんも、強かったのにな」
アユムは明るく言うが、両親を懐かしむその瞳には、寂しさが宿っている。アレクは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「……」
「落ち込んでた俺に声をかけてくれたのが、クルミだったんだ。シュウはクルミのことが大好きだったから、取られると思って、俺のことを歓迎してなかったけど」
「おい」
「事実だろ」
シュウは何か言いたげであったが、恥ずかしげにそのまま俯いた。言い返すことができなかったシュウを見て、アユムは得意げに笑う。
「コイツ今も捻くれてるけど、昔はもーっとひどかったんだぞ」
「っ、アユム!!」
「あはははははっ! これ以上言うと本当に怒られるから、この辺で。とにかく、昔から二人とは一緒だったんだ。集落の皆は優しかったし、長老も身寄りのない俺を引き取ってくれた。この集落に恩返しをしたいって、ずっと思ってたんだ」
そこでアユムは、一度口を閉じた。すぐにまた話し出したが、それまで優しげだった声音に、緊張の色が混じっている。
「でも、封印の話が出た。クルミが生贄になるのは、嫌だった。だから俺は、救世主様を探しに出たんだ。集落で一番足が速いのは、俺だから。本当は、学園長の瞬間移動みたいに魔法が使えたらよかったんだけど……俺らは魔法が使えないんだ」
「俺らってことは、他の人も?」
「うん。この集落の人は、魔法が使えない。だから、アレク達とは全然違う暮らし方をしてる」
アユムはアレクの手をギュッと握り、絞り出すように言った。
「アレク達を見つけた時、本当に安心したんだ。倒れた俺を助けて、看病してくれたのもアレク達だ。感謝してる。ついてきてくれて、ありがとう」
「……いいんだよ。倒れていたところを助けたのはユリーカとシオンだし、僕だって放っておけなかった。皆優しいから、無視なんてできないよ」
「うん……うん。ありがとう! でも、ごめん。こんな危険なことを任せるなんて、いくら救世主様でも迷惑だよな」
「大丈夫だって! 兄様や姉様は強いんだから! 僕だって、ちょっとは頼れるんだよ?」
アレクの言葉に、アユムの瞳が揺らいだ。今にも涙がこぼれそうな澄んだ瞳は、綺麗な緑色に光っていた。
「ごめんな……ありがとう。明日は頼んだよ」
「うん。任せて!」
アレクが元気よく返事をした時、ノックの音が響いた。ドアを開けてみると、白い息を吐くユリーカの姿があった。
「あまりに寒いので、防寒具を借していただけ――って、アレク君?」
「ユリーカ! ちょうどよかった! これ、上着を借りたんだ!」
「わっ、ありがとう」
ユリーカはさっそく上着を受け取って袖を通し、ホッと息を吐いた。よほど寒かったのだろう。
彼女の話によると、シオンも凄く寒そうにしており、学園長は鼻水がヤバいらしい。ライアンの姿は見ていないそうだが、どこかに出かけたのだろうか。
「アレク君、いったん戻りましょう」
「そうだね。アユム、クルミ、シュウ! 僕、もう行くね!」
「わかった!」
「また足りないものがあれば、言ってくださいね」
「じゃあな」
アレクとユリーカは皆の上着を抱えて、長老の家を後にした。先ほどは吹雪いていた雪も、ようやく落ち着いたようだ。しかし、寒いものは寒い。
それからしばらく歩いていくと、何やら騒がしい場所を見つけた。
「何あれ」
「んー?」
人々が一ヶ所に身を寄せ合っている。気になって近寄ってみると、ユリーカがギョッとしたような声を上げた。
「え、ライアン? どうしたの……って、ああ、そういうことね」
「おー! ユリーカにアレク!」
なんとライアンを中心に、人だかりができていた。何かしでかしたのかと思ったが、どうやら違うらしい。
ライアンの横には、召喚獣のタイショがいる。
タイショは炎を操る召喚獣なので、体温がとても高い。そのタイショが火を焚いてくれたようで、ライアンとタイショの近くはじんわりと暖かくなっていた。
「ありがたいなぁ。この大雪の中、火は貴重だ」
「ありがとうございます、救世主様!」
人々から口々に礼を言われ、ライアンは困ったように答える。
「俺は救世主じゃないぞ~」
一方タイショは、火を操りながら興奮した様子だ。
「ライアン~。知らない人間がたくさんいる~」
「俺達、この集落を助けに来てるからな!」
「? おう!」
いまいち噛み合っていない会話に、タイショは首を傾げている。しかし、とりあえず笑顔で頷くことにしたらしい。
「あ、それ上着? もらっていい?」
「どーぞ」
ライアンはアレクから上着を受け取り、笑みを浮かべた。
「あったけぇ~。あ、でも集落の人達も、皆これ着てるよな? こんなにあったけぇなら、別に俺いらなくね?」
「まあまあ、いてあげてよ。ライアンとタイショがいると、もっとあったかいからさ」
アレクがそう言うと、ライアンは勢いよく頷いた。
「そうか、わかった!」
ライアンには無事、上着を渡すことができた。残すはシオンと学園長、ガディとエルルだ。双子はともかく、シオンと学園長が心配である。
アレクとユリーカは、急いで家に戻った。
家の扉を開けて中へ入ると、シオンと小さな子供が光る玉のようなものを囲んでいた。
「あ、アレク君! 上着をくれーっ!」
小さな子供がアレクのもとに駆けてくる。
どうやら今日の学園長は、いつにも増して幼い子供の姿のようだ。まだ五歳ほどだろうか。
「えっと、学園長ですよね?」
「そうそう! こんな姿だけどねっ!」
アレクから受け取った上着を羽織る学園長だが、サイズが大きくてぶかぶかだ。袖や裾を引きずってしまっているが、学園長は気にした様子もなく、ありがたそうに微笑んだ。
「シオンも、これ」
「わぁ、素敵! ありがとう、アレク君」
「僕は借りてきただけだから。クルミがこれを用意してくれたんだ」
「クルミって……もしかして、昨日家に来た子?」
「そうそう。ところで、それなに?」
ふよふよと浮かぶ光の玉をアレクが指差すと、学園長が自慢げに答えた。
「ふふん! 私が開発した魔道具だよ! 光るしあったかいし最高!」
「燃費は悪いみたいですけど……」
「ちょ、シオンさん、それは言っちゃダメだって……」
どうやら、意外と魔力を食うらしい。
とそこに、ガディとエルルがやってきた。
昨晩、偵察に出かけた二人は、アレクが眠ってから家に戻り、アレクが起きる前に再び出かけたようだった。こういうところは、流石に凄腕の冒険者だと感じる。
「あ、おはよう。二人とも、どこに行ってたの?」
「ちょっと凄いものを見つけてな」
「ついてきて」
ガディとエルルは、いつもよりどこか淡白な印象だ。何かあったのだろうか。
「凄いもの?」
キョトンとしながら首を傾げるアレクに、ガディは神妙な面差しで頷く。
「石碑だ。多分……求めているものの、手がかりになる石碑」
◆ ◆ ◆
アレクと双子以外は家で留守番となり、三人が向かった先は、集落の最奥だった。一見何もないようだったが、よく見ると木の陰に小道が延びている。
その細い道を進んでいくと、ガディとエルルが揃って立ち止まった。
「あれよ」
エルルが指差した先には、確かに大きな石碑がある。
近づいてみると、その石碑には見たことのない字が刻まれていた。もちろん、アレクには読むことができない。
「なんて書いてあるのかな。僕には読めない……え?」
その時、急に石碑の文字の意味が理解できるようになった。文字そのものを読むことはできないのに、どういうわけか書かれている内容はわかるのだ。
驚きながらも、アレクは夢中で解読を進めていく。
はるか昔、天族と呼ばれる一族あり。
翼を持ち、紫の色彩を持つ彼らは、神の使い。
人々は彼らを天使と呼び、崇め奉る。
天族は魔法を使えたが、人間は使えない。
やがて人間は、天族を裏切った。
天族の力を奪った人間は、天族に代わりこの地を支配した。
天族は死した。その姿を見ることはなし。
決して忘れることなかれ。決して忘れることなかれ。
「…………これって」
石碑には、衝撃的な内容が記されていた。
実際の出来事なのかどうかはわからないが、アレクの背中に嫌な汗が伝っていく。
「兄様、姉様、あのさ――」
アレクが振り返ると、そこに双子の姿はなかった。
「あ、あれ? 兄様? 姉様?」
慌ててあたりを見回すと、こちらに歩いてくる人影が目に入った。
「……アレク!?」
「アユム! ねぇ、兄様と姉様を知らない?」
駆け寄ってきたアユムにそう尋ねるが、アユムは問いには答えず、困惑した様子だ。
「いや、それより……どうしてここにいるんだ!?」
「え?」
「ここは、ヒノメさんを守っている俺の一族しか入れないはずなのに」
アユムの発言に、アレクもまた困惑した。
ひとまずアレクは、これまでの経緯を説明する。ガディとエルルに連れられて、ここへ来たこと、石碑の文字が解読できたこと、いつの間にか一人になっていたこと。
しばらく黙り込んでいたアユムだったが、話を聞き終えると、信じられないとばかりに頭を横に振った。
「こんなことってあるんだな……今までは俺の一族しかここには入れなかったし、この石碑を解読できる人は誰もいなかった。でも、その石碑の内容は真実だ。いつか読める者が現れるって、ずっと伝わってきたんだ」
アユムの言葉に、アレクはふとグラフィール王国での出来事を思い出す。
アレクを兄と慕っていた、スミレ。淡い紫色の瞳を持つ彼女を救うべく、アレクはグラフィール王国へ赴き、元凶となるディラン王を失脚させた。
その後、王の部屋を調べた際にある資料を見つけた。そこには、天使の伝承を守り続けている集落があると記されていた。
もしかすると、ここがその集落なのではないだろうか。
「アユム。アユムは、天族って知ってる?」
「! 知ってるぞ。この集落に伝わる種族の名前だ。……なんでお前が知ってるんだ? もしかして、石碑に?」
「うん。石碑に刻まれていた。天使のことは聞いたことがあったけど、天族は知らなかった」
「種族の名前だからな。おとぎ話として伝わる、空想上の名前は天使なんだろ」
「その、天族について知ってることがあるなら、教えてほしい! 知りたいんだ!」
「いや、実は……秘密なんだ。天族のことは、紫の髪と瞳を持つ者にしか教えてはならない。集落の掟だ。それに、長老の許可がないと」
「うん、わかった!」
「だから、教えられない……って、ん? 妙にものわかりがいいな」
「ついてきて!」
「は?」
アユムの手をぐいぐい引っ張り、アレクは長老のもとへと急ぐ。
長老の家に辿り着き扉を叩くと、シュウが出てきた。シュウは、アレクを見て顔をしかめる。
「今度はなんの用?」
「長老さんに会いたくて」
「じいちゃんに? じいちゃんならそこにいるけど」
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アレクが家に入ると、長老とクルミは不思議そうな表情を浮かべて顔を上げた。
「どうなされましたかね?」
アレクのすぐ後ろに立つアユムも、訝しげに口を開く。
「アレク、急に何を――」
そこでアレクは、自らにかけていたカラーリングを解いた。魔法が解けて、髪と瞳が本来の紫色へと戻る。
その瞬間、クルミの持っていたコップがゴトリと床に転がった。
「僕は、紫の髪と瞳を持っています。どうか天族のことを教えてください」
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