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3巻

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 第一話 アレク、校外学習へ


 紫の髪と瞳を気味悪がられ、実家を追い出されたアレク・ムーンオルト。彼がじょうを伏せ、周囲に溶け込むために髪と瞳を魔法で金色に染めて英雄学園に入学してから、もうずいぶん経つ。
 季節は冬になり、日増しに寒さは厳しくなっているが、アレクが所属する一年Aクラスの担任、アリーシャはなぜか元気いっぱいだ。
 生徒達を席に座らせ、ニコニコとしながら声を張り上げた。

「はーい! 皆さん注目!」

 その様子を見て、同級生のライアンがニヤニヤしながらアレクに言う。

「なんだなんだ? 先生、いつにも増して上機嫌だな!」

 アリーシャはそれを聞き逃さなかったらしい。

「ライアン君、ちょっと静かにしようか?」
「……はい」

 ギロリと鋭い目でかれ、ライアンは身をすくめる。
 だが、ライアンの発言は他の生徒達が思っていたことと一致していた。
 いつもは気だるげに授業を開始するのだが、今日はキラキラと輝いて見える。
 すると、アリーシャは生徒達に、ばっと一枚の紙を見せつけた。

「……? 何それ……」

 きょとんとしてアレクがつぶやくと、アリーシャは得意そうに胸を張る。

「これは校外学習許可証!! 校外学習に行けることになりました~!」
「「「校外学習!?」」」

 生徒達が驚きの声を上げると、アリーシャはその反応に満足そうにして説明を始める。

「そうそう! 私、学園長を頑張って、頑張って説得してね!」
「二回言った」
「二回言ったね」

 生徒達のツッコミに構うことなく、アリーシャはそのままの勢いでまくしたてる。

「生徒四人で一チームを作って、校外学習に行くことになったの! 山に海に川! それぞれ好きなところに行って、そこでお仕事をしてほしいの! もちろん遠くにも行けるわ! みんな、将来自分のなりたいものが見つかるかもしれないから、しっかりやってきてね!」
「「「おお~~~!」」」

 アリーシャの説明を受け、生徒達のテンションは上がりに上がった。
 実習ではなく、仕事。つまり依頼人がいるということだが、冒険者ギルドに所属している生徒は例外として、一般の生徒が仕事を請け負うことは滅多にない。
 誰かから責任ある仕事を請け負うというのは、将来を考えるうえで貴重な経験になる。

「じゃあ、今からクラスの中でチームを組んで!」

 アリーシャの号令で、生徒達は声をかけ合い固まり始めた。
 アレクが誰かと組まないと、と慌てていると、友人のユリーカが声をかけてくれた。

「ねえ、一緒に組まない?」

 見れば、ユリーカの親友のシオン、ライアンも一緒のようだ。

「うん! いいよ!」

 いつも仲良く一緒にいる四人。これでチームは完成だ。
 そのことをアリーシャに報告しに行くと、忘れていたとばかりにアリーシャはポンと手を打つ。

「そーいえば! アレク君には行ってもらいたい場所があるの。ちょっと遠くだけど、いい?」
「? わかりました!」
「私達はどうなるんですか?」
「ああ、ユリーカさん達も一緒で!」

 そう言われ、四人はほっとする。もしかしたら離れ離れになるかも、と心配していたのだ。

「どんなところなんだろーな」
「楽しみだね!」

 ライアンの言葉にアレクは答え、アリーシャの言う「行ってもらいたい場所」に思いをせた。


 ◆ ◆ ◆


 一週間後、アレク達は馬車で一日たっぷりと時間をかけて、とある山奥に来ていた。
 道は一応あるのだが整備はされておらず、木々の合間を縫うように進んでいる。
 目的地である小さな山小屋にたどり着いた途端、ドタバタとせわしない足音を響かせて真っ先に降りるライアン。そして、自分の尻を押さえて叫んだ。

「いった~~! だから馬車は嫌いなんだよ! しかも、こんな山奥だから石が多くて余計に揺れるし! 運転手さん、スゲェな!」

 怒っているのか、褒めているのかよくわからない言葉に、運転手は困惑しながらもペコリと頭を下げた。
 続いてユリーカ、シオンが降り、最後にアレクが地面に足をつける。
 確かにずっと座っていたので体が痛い。ぐぐっと伸びをすると、わずかに痛みがやわらぐような気がした。
 馬車の到着に気づいたのか、山小屋から一人の男性が出てくる。山の中でも動きやすそうな軽装で、中肉中背、年は三十代だろう。

「こんな山奥に来てくれてありがとうね。俺は君達の校外学習担当の、ティーガ・カーターだ。どうぞよろしく」
「「「「よろしくお願いします!」」」」

 気合い充分、とばかりに、四人は張り切って声を上げた。
 ティーガは眉をひそめて、あごに手を当てながらじーっとアレク達を見つめる。

「……アレク君は、この中にいるかい?」
「あ、僕です」

 アレクが名乗ると、ティーガは驚いた顔をした。

「そうか、君が……薬草採取が得意で体力のある子を頼んだから、てっきり、大柄な少年だと思っていたんだが。かなりきゃしゃだな」
「……! ……!」

 アレクはショックで、口をぱくぱくさせた。確かに背丈は小さいかもしれないが、華奢ではないと思っていたのに。筋肉トレーニングだってそれなりに積んでいるのだ。
 しかし、ライアンはこらえきれずに笑いだし、シオンとユリーカはティーガに同意してうんうん、と頷いていた。
 ティーガはアレクがショックを受けていることに気づいたのか、慌ててフォローする。

「ま、まあ、ともかく! アレク君は薬草に詳しいらしいね。薬草の種類とか、見分けられる?」
「は、はい! それくらいなら」

 ティーガは少しかがんでアレクに目線を合わせ、にっこりと笑う。

「じゃあ、早速で悪いが、荷物を山小屋の中の個室に置いたら、薬草を採取してくれるかい?」
「わかりました!」

 アレクが元気に返事をすると、四人は早速山小屋へ向かった。
 山小屋の中は外観より広く感じられ、入り口からはアレク達用と思われるベッドの並んだ部屋が見える。ベッドの脇には小さめの机が置いてあり、その上にお菓子がいくつか並んでいた。
 アレク達はひとまず机の近くに荷物を置き、外に出て薬草採取を始める。
 山小屋からさほど離れずとも薬草はたくさん生えていたので、四人は近くで採取することにした。

「えーっと……あ! これ、ムーク草だ!」
「ムーク草って?」

 しゃがみ込んだアレクが濃い緑色の草を嬉しそうに摘み取るのを見て、ライアンは尋ねた。
 アレクはムーク草を薬草袋に入れながら説明する。

「ムーク草は、疲労回復や、解熱剤としての効果があるんだよ!」
「へ~、そうなんだ。あ、メモしたほうがいいわよね?」

 ユリーカがイソイソとポケットからメモ帳を取り出し、説明されたことを書き込んだ。
 それから、アレクは薬草を見つけるたびに、ライアン達に一つ一つ丁寧に効果を説明した。
 例えば、イーフ草は腰痛に効く。ミミルス草は、骨折や打撲の際に包帯で巻きつけると傷口を冷やして、少しだけだが癒やしてくれる。
 ポーションのもとになるポーション草も見つけ、アレクは上機嫌だ。
 あまりにアレクが薬草に詳しいので、シオンは疑問に思って尋ねた。

「ねえねえ。アレク君って、何でそんなに薬草の種類を知ってるの?」
「あ、えーっと……そう! 小さい頃、たくさん取ってたからね。家族の手伝いで」
「へー! 偉いね!」
「まあ、それほどでも……」

 実は鍛錬の師匠であるクーヴェルの滅茶苦茶な料理に胃が耐えきれず、洗浄薬となる薬草を必死に探し回った結果だ、などとはカッコ悪くて言えない。
 アレクは、料理を食べきれなかった時の怒った師匠の顔を思い浮かべて、苦い顔をした。
 それからしばらく薬草を摘み取るうちに、お昼時となった。
 ぐー、と大きめの音でライアンのお腹が鳴ったのを聞き、ユリーカがクスリと笑う。

「もう、ライアンったら」
「わ、わりぃ」
「でも、もうそろそろお腹が空いたし、戻りましょう」

 ユリーカの言葉に同意して、アレク達は山小屋に戻った。

「お帰りなさい……って、かなり採ってきたね」

 ティーガは山小屋に帰ってきたアレク達を出迎え、薬草を受け取る。
 大量の薬草。しかも品質の高いものばかりだ。
 シオンがまるで我がことのように、自慢そうにティーガに言う。

「アレク君が、薬草の種類や生えていそうな場所を教えてくれたからです! おかげでたくさん取れました!」
「わわっ、シオン!」

 アレクは恥ずかしさに頬を染め、慌ててシオンを止めようとした。
 しかし、それをティーガはそっと制し、アレクへ向き直って穏やかに笑う。

「聞いていた話は本当だったんだね。助かるよ。さあ、お昼ご飯にしようか。みんな席について」
「「「はい!」」」

 アレクはまだ顔が熱かったが、元気よく返事をしたライアン達に続いて食卓についた。
 ほかほかと湯気が立つスープと、フカフカの白パンを目の前にして目を輝かせる四人。

「さあ、召し上がれ」
「「「「いただきま~す!」」」」

 ティーガに勧められ、皆それぞれに食事を始めた。
 柔らかい鶏肉がごろごろ入った優しい味の、シチューみたいなスープは絶品で、四人はがっつくようにして食べている。
 それを見たティーガは、ついクスクスと笑ってしまった。

(よかった……英雄学園の生徒だから舌がえているだろうし、もしかしたら料理に満足してもらえないかもって思っていたけど……そんなことはないみたいだ)

 あんしながら微笑むティーガに気がついて、ユリーカは恥ずかしそうにうつむく。

「す、すみません……お腹が空いてまして」
「ああ、いいんだよ。こちらこそ、気を悪くしたならごめんね」
「いえ。このお料理、凄く美味しいです!」
「それはよかった」

 特に、この白パンをスープにひたして食べるのが美味しい、とユリーカは熱弁をふるう。
 そして、あっという間に昼食を食べ終えた。

「よし! 薬草取りに行ってきます!」

 アレク達は勢いよく椅子から立ち上がり、外へ出るための支度を整える。
 それを見て「おいおい」と心配そうにティーガは声を上げた。

「まだゆっくりしていたらどうだ? ついさっきまで、薬草採りをしてたじゃないか」
「もう元気になったんで!」
「俺達もだぞ!」

 ライアンは元々そこまで疲れていなかったせいか、ニコニコと余裕たっぷりに笑っている。
 シオンとユリーカは昼食がとても美味しく、夕食が楽しみなのでそれまでにお腹を減らしたいと言った。
 それぞれの意見を聞いたティーガは、納得して頷く。

「そうか……気をつけてな。ここらには、大して強くはないが魔物が出るんだ。出会ったらすぐに逃げてくれ」
「そうなんですか……そんな中で暮らしているなんて、ティーガさんも大変ですね」

 アレクに言われ、ティーガは肩をすくめて笑った。

「俺は慣れたもんさ。ああそれと、この森を抜けた先に大きな川があるので、落ちないように気をつけて。流されてしまうから」
「わかりました! 気をつけます!」

 そう言ってアレク達はバタバタと走り、山小屋から飛び出した。
 先ほどと同じように、薬草が近辺にないかキョロキョロと見回す。
 すると、シオンがあるものを見つけて目を細めた。

「あれは……光ってる?」
「え?」

 ピカピカと光り輝く緑色の草。
 アレクはそれに駆け寄って優しく摘み取ると、いぶかしげな顔をする。

「……これ、多分薬草じゃない」
「え?」
「や、薬草じゃないの!?」

 驚いて大声を上げたユリーカに、アレクはこくりと頷いて説明する。

「光る草は、薬草だとピカリ草しかないんだ……だけど、これはピカリ草じゃない」
「あっちにもあるぞ」

 ライアンが指さす先には、同じように光る草が点々と生えていた。

「……行ってみよう」

 アレク達は、光る謎の草を摘み取りながら、どんどん先へ進んだ。
 草をたどり森の奥へ向かっているのはわかるが、景色はうっそうとした木々から一向に姿を変えることはない。
 どこまで深く続くのかと不安に思ったその時、ついに最後の草が見えた。

「あっ、あれっ、見て!」

 アレクが最後の草を摘み取ると、シオンが何かを見つけてそう言った。

「これが川かぁ~。でけぇな!」

 興味津々といった様子のライアンに、ユリーカが釘を刺す。

「頼むから、川に突っ込まないでよ」
「え? わかってるって!」

 これは、返事だけで絶対にわかっていない――ユリーカが顔をしかめるも、ライアンはどこ吹く風といった様子だ。
 アレクはそんな二人に苦笑した後、握りしめた草に視線を移す。

「結局これ、何だったんだろう……あれ?」

 そこで、草から何かががれ落ち、手についていることに気がついた。

「この草……コケがついてたのか」
「コケ?」

 キョトンとするシオンに、「ほら」とアレクは草を差し出した。
 よくよく見れば、アレクの言う通り、わずかに光を放つコケが草に付着している。

「……ほんとだ」

 すると、アレク達のやりとりに気づいたユリーカがやってきて、同じく草とコケを観察し始めた。

「あっ、これ、光ゴケだわ! 草についているなんて初めて見たから、気づかなかった」

 光ゴケのことは、アレクも聞いたことがある。
 普通のコケはじめじめとした湿気の多いところを好むが、このコケは太陽の光がよく当たるところに生えるらしい。
 光ゴケを草から取り除くと、光る謎の草はただの雑草へと姿を変えた。

「でも、何で草に光ゴケが……」
「あ! あそこにもあるぞ!」

 ライアンが、橋の上にポツンと落ちている草を指さした。
 アレク達はその草も取ろうと、四人で橋を渡る。
 木の板とロープでできた橋は、歩くたびギシギシ鳴って、少し怖い。
 川に落ちないように気をつけながら草を取り、アレクはそれをまじまじと見た。

「……やっぱり、ただの草だ」

 その時だった。


 バツンッ


「……へ?」

 何かが切れる音が響き、その途端、足を支えていた木の板がなくなる。

「キャアアアアアアッ!!」

 橋を繋いでいたロープが切れたらしく、アレク達は真っ逆さまに川に落ちた。



 肌を刺すような冷たさを感じながらも、四人は息を継ごうと必死に水面から顔を出す。

「プハッ!」
「ゲホッ、エホッ!」

 しかし、川の流れが激しすぎて、息をするのもままならない。かといって、水中では体が自由に動かず、魔法を唱える余裕もなかった。
 ――その時。

『あなた達は……いらない……!!』

 誰かの声が聞こえた直後、アレクを除いた三人は川の水によって押し流され、岸に打ち上げられた。
 苦しさに咳き込みながらも、三人はその激流に叫ぶ。

「ゴホッ、ゴホッ! ……アレク!」
「あ、アレク君!!」
「待って!!」

 三人の叫びもむなしく、アレクの姿は、川に呑まれて消えた。




 第二話 双子、きょうがくする


 ユリーカ、ライアン、シオンはしばらくアレクのことを捜し回ったが、まったく見つけることができなかった。
 仕方なくティーガの家へ戻って事情を説明すると、ティーガは顔を真っ青にして、すぐさま連絡用の水晶で英雄学園に報告してくれた。学園からは、「すぐに向かう」という返事があったらしい。
 ティーガはさらに警察に捜索願を出すと、ユリーカ達とともに山小屋でしばらく待機することにした。
 やがて警察官がやってきたので、ティーガは改めて事情を話し、一緒に川を捜索しに行った。
 ユリーカ達は現場の目撃者ではあるが、おぼれかけた身であるため、山小屋での留守番を言い渡された。
 三人が山小屋で待っていると、老人姿の学園長とアレクの双子の兄姉、ガディとエルルがやってきた。どうやら学園長が瞬間移動の魔法を使ったようだ。
 慌ててきたらしく、いつも美麗なガディとエルルの銀髪は乱れている。
 ユリーカ達は、学園長が来たら中に通すことと言われていたので部屋に案内した。
 木で作られた椅子に腰を落ち着けると、学園長は安心させるように落ち着いた口調で、三人に問いかける。

「ティーガさんに一通り事情は聞いたが……君達からも、聞いておきたい。一体、何があったのかね」
「……」

 特異体質の学園長は毎日姿が変わってしまうが、今の老人姿は小柄で優しげな印象を与える。
 そのおかげか、言葉に詰まりながらも、最初にライアンが口を開いた。

「や……薬草取りをしてたんです。もちろん、アレクもいた。そしたら、光る雑草を見つけて……」
「光る雑草? それは薬草ではないのかね?」

 ライアンの代わりに、ユリーカが首を横に振ってポツリと答える。

「いいえ……違います」

 続けて、シオンが説明を始めた。

「その雑草には、光ゴケがついてたんです」
「光ゴケが? 偶然ついたのかい?」
「わ、わかりません。でも、その草が点々と続いていて……橋の上に落ちている草を取った瞬間、橋のロープがちぎれて、それで……」

 そこまで言って、シオンは俯いてしまった。

「なるほど。わかった。説明してくれてありがとう」

 すると、ガディとエルルがガタンッと勢いよく席を立った。

「もう我慢ならない。アレクを捜しに行く」
「アレクが無事かもわからないなんて……! すぐに、行かなきゃ」

 そう言って部屋を出ていこうとする二人に、学園長が声をかけた。

「待ちたまえ」

 うっとうしそうな顔を並べて、二人は不機嫌に「何です」と聞き返す。
 その問いかけに、淡々と学園長は答えた。

「まず重要なのは情報収集だろう。三人の話を最後まで聞いたほうがいい。それに今は、ティーガさんと警察の方々が捜索してくれている。現場の調査はひとまず彼らに任せよう」
「だから、俺達も現場の調査に――」
「土地勘のない君達がやみくもに捜しても、きっと見つかるまい。もう一度言う。三人の話を最後まで聞こう」
「……チッ」

 静かに舌打ちをしてから、ガディとエルルはまた椅子に深く腰掛けた。
 学園長はユリーカ達に向き直り、話の続きを促す。


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