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2巻
2-1
しおりを挟む第一話 アレク、卵を見つける
アレク・ムーンオルトは、十歳の時に英雄ムーンオルト家を、両親と兄サージュによって追い出された。
誕生時の能力測定の値が低かったために「役立たず」「邪魔者」と罵られ、さらには「髪と瞳の色が気持ち悪い」と、ずっと疎まれていたのだ。
アレクは、どの種族にも現れない紫の髪と瞳をしており、そのために外出も制限されていた。
だが、そんなアレクの家族にも、優しい味方が二人いる。
それが、双子の兄と姉、ガディとエルルだった。
冒険者である二人はギルドランク『SSSランク』を取得しており、その美貌も相まって、彼らの名を知らない人はいないと言われるほどの有名人である。
二人はギルドの仕事で一年間家にいなかったのだが、アレクが追放されたことを知り、急いで弟を捜しに出た。
一方のアレクはリリーナとティールという二人の女性に助けられ、英雄学園に入学する。
後を追うようにガディとエルルも入学を果たし、アレクの学園生活は賑やかなものになった。
入学してからしばらく経った頃、アレクの婚約者である、トリティカーナ王国第三王女のシルファがアンチホーンラビットの毒によって倒れる。
アレクは学園長とともにシルファを助けに向かい、見事解毒に成功した。
その後、アレクは国王にある事実を告げられた。
アレクの紫の髪と瞳は、かつて地上最大の危機を救った天使と同じ特徴であること、その力を利用しようとする者から狙われるかもしれないことを。
幸い、天使の伝承を知っているのはそれぞれの種族の王族のみであるため、今のところアレクの日々は穏やかである。
◆ ◆ ◆
「みんな揃ったー?」
初等部一年Aクラスの担任教師アリーシャの声に、生徒全員が返事をした。
今日は薬草採取の授業で森に来ており、薬草は持ち帰れるため、生徒は皆気合いが入っている。
薬草は道具屋などで高く売れるからだ。
「はーい、皆さん注目。私は薬草専門家のハンナ・ロングです。普段は保健室の先生をやっています。よろしくお願いします」
ぺこりと一礼したのは深緑色の髪に、金縁の眼鏡をしたハンナという女性だ。
「ここはちょっと前まで『暗闇の森』と呼ばれていたんですけど、今は呪いが解けて普通の森になっています。でも、一応魔物に気をつけてくださいね」
「「「わかりました!」」」
ハンナの説明を聞いて、生徒達は元気に返事する。
「では、各自薬草を採って、終わったら私に渡してください」
その言葉をきっかけに、わーっと生徒全員が散った。
アレクは同級生のライアン、シオンと一緒に薬草を探し始める。
「おー! これなんていいんじゃない?」
「これはどうかな?」
ライアンとシオンが持って来た薬草を、交互に見つめるアレク。
「う~ん……まずまず、かなぁ?」
「そっか、よし! もっと探すぞ!」
「うん!」
パタパタと二人は元気に去っていった。
二人がなぜそこまで真剣なのかといえば、同級生のユリーカが風邪で寝込んでしまったからだ。
アレク達は、ユリーカに早く良くなってもらうために、薬草を探していた。
以前にアレクが作ったカプセルを使う、という手段もあったが、あれはまだ販売が始まっていない。正式に売り出されるまでは、よほどのことがない限り使用は控えるようにと、学園長から注意を受けている。
「……植物の声、聞こえないなぁ」
アレクは薬草を探しながら、つんっと道端の草をつつく。
前に暗闇の森に来た時には聞こえたのだが、それは呪いに囚われていた聖霊クリアの苦しみを受けて、森が悲鳴を上げていたからだった。
植物が話すことなんてないのか、とがっかりするアレク。
しかし、すぐに気を取り直して薬草探しを再開する。
「ん……? これは……」
目に留まったのは、夕焼け色に輝く花だった。確か、頭痛を治す効果があったはずだ。
美しい光を放ち、アレクの顔を照らす。
「……いただきます」
森への感謝を込めて、アレクは花を摘み取った。
すると花はその瞬間に淡い光を放ち、しかしすぐに収まる。
「……何だろう?」
夕焼け色の花をまじまじと見て首を傾げるが、考えても仕方ないと、あまり気にしないことにした。
「あ! これもいいかな」
点々と生えている薬草をしばらく摘み取り続け、気がつくと。
「……あれっ?」
周りに誰もいない。これは俗に言う、「迷子」というものではないだろうか。
アレクは猛烈に焦った。
「ど、どうしようっ……! あれ?」
その時、目の前に、薄暗い闇に閉ざされる洞窟を見つけた。
そして、アレクはその洞窟に引き寄せられるように近づいていった。
◆ ◆ ◆
「ここ……広いなぁ」
ピチャン、と水が滴り落ちる音を聞きながら、アレクは洞窟に足を踏み入れた。
所々にコケが生えていて、水の匂いが漂う。ここは大分湿度が高いらしい。
じめじめとした空気を吸い込んで、アレクは苦い顔をする。
「うーん……普通の洞窟に見えるんだけど、何か違うような……」
むぅ、と唸りながら考えるアレクだったが、その足を止めることはなかった。
ズンズンとかなりのスピードで洞窟を進んでいき、十五分は経っただろうか。
アレクはふと、先生達に忘れられていないか不安になる。
「みんなに置いていかれるとマズいし、そろそろ戻ろうかな……」
その時、チカリ、と青白い光が一瞬目に入った。
「わ……な、何だろう?」
光った場所に向かって、自然とアレクの足取りは速くなった。コツ、コツと足音が洞窟に響く。
「……何これ!?」
たどり着いた場所で目にしたのは――まるで草花に守られるように囲まれた、虹色の卵であった。
「……」
吸い寄せられるようにして、アレクは虹色の卵の前に立った。
触ろうと手を出しかけたが、草花の様子を見てふと思う。
これはひょっとして――触れてはいけないものではないだろうか?
「……やめとこうかな」
戻ろうと、くるりと体の向きを変えた瞬間だった。
ザザザッという音が響いて振り返ると、草花は卵を露出させるように動いている。
「……え?」
アレクは突然のことに呆然とした。まさか、草花が動くなんて――
「さ、触っていいのかな……?」
まるで頷くかのように草花がざわめいた。
ゴクッと生唾を呑み、そーっと慎重に卵に手を近づけ――ちょん、と指先で触れた。
「……温かい」
優しく卵を持ち上げて、まじまじと見る。
その卵は、アレクの顔を反射して映すほど綺麗だった。
「あっ、でもお母さんがいるよね。持ってっちゃ駄目だ」
そう考えて、元の場所に戻そうとしたのだが。
「えっ? な、何で!?」
草花が、卵を拒んでいる。ぐいぐいと押し込んでもびくともしない。
アレクに「持っていってほしい」と語りかけているようだ。
「……持っていっていいの?」
心なしか、草花がシュルンと緩んだ気がした。
アレクは戸惑いながらも――卵を持ち帰ることにしたのであった。
◆ ◆ ◆
「全員揃いましたか~?」
ハンナの声に、ライアンが反応した。
「先生ー! アレクがいないです!」
「え? アレク君が? 大丈夫かしら……魔物が出てたりして!」
突然慌て始めるハンナを、アリーシャは宥めた。
「だ、大丈夫よ! アレク君、ああ見えて強いし……あ、ほら! 帰ってきたわよ!」
森の奥から出てきたアレクを指差したアリーシャだったが、アレクの手にしているものを見て硬直した。
「あの……遅くなってすみません」
しかし、アレクの言葉など二人とも聞いていない。その視線は――卵に釘付けだった。
「そ、そそ……それは……!!」
アリーシャとハンナが、虹色の卵を指差してプルプルと震えている。
アリーシャが悲鳴に近い勢いでアレクに質問した。
「どこで拾ってきたの!? それ!!」
「洞窟の中です。何か、草花に守られてたんだけど、親も見当たらないし……持ってきちゃいました」
アレクは少し申し訳なさそうに、虹色の卵を撫でた。
二人の教師の顔は真っ青になる。
「ま、マズいわよハンナ……!」
「ですよね……!」
アレクに駆け寄るライアン達の後ろで、コソコソと話し始める二人。
「虹色の卵ってことは……絶対聖獣よ……!」
「本来なら、王族しか持ってはいけない存在……これが知られたら大変なことに……!」
深刻な話し合いをよそに、ライアンが卵をツンツンとつつき、シオンも恐る恐る撫でる。
「聖獣は卵から出た瞬間、目にした者を親と認識する……! これは急いで王宮に渡したほうが……!」
アリーシャがそう言った直後、ピシッと卵に亀裂が入った。
「あ、割れそう」
「「ギャーーーーッ!!」」
二人の教師はそれを聞いて、絶叫しながら慌てて止めようとした。しかし――
パカッ。
「……ぴゅー?」
残念ながら、卵は割れてしまった。
「わあ……綺麗」
アレクはその聖獣をじっと見つめる。
それは、ユニコーンであった。美しい天使のような翼、真っ白な体、頭に生えた一本の小さな角。吸い込まれそうなほど澄んだ青い宝石みたいな瞳は、まっすぐアレクを見つめていた。
『親……さま?』
「え?」
『親さまーーーっ!』
すると突然、ユニコーンがアレクに頬ずりしてきた。
テレパシーのごとく頭に響く声に戸惑いながら、アレクはユニコーンを引き剥がす。
アリーシャは頭を抱え、ハンナは衝撃のあまりヘナヘナとその場に座り込んだ。
「親さまってことは……刷り込み完了しちゃったわけね……」
嬉しそうにアレクに頭をこすりつけるユニコーンを、諦めの目でアリーシャは見つめた。
◆ ◆ ◆
薬草採取を終了し、アリーシャは急いでアレクとユニコーンを学園長のもとへ連れていった。
「へ? 聖獣を?」
「そうなんです!」
鬼気迫る雰囲気で学園長に詰め寄るアリーシャ。
毎日容姿が変化する体質の学園長は現在少年の姿なので、アリーシャに迫力負けしている。
学園長はたじろぎながらも、アリーシャを宥めるように穏やかな声で言った。
「ま、まあいいんじゃない?」
「えぇ!?」
学園長は声の裏返ったアリーシャを落ち着かせるために、お茶を淹れて手渡した。
「はい。落ち着いて」
「あ、ありがとうございます……」
ズズズ、と音を立ててお茶を啜り、多少、冷静になったようだ。
「とりあえず……王宮に行かなきゃね」
「はい! 今すぐお願いします!」
「アリーシャ先生……」
二人のやりとりを横で見ていたアレクには、アリーシャのいつもボサボサの金髪が、今日はさらに乱れて見える。アレクの腕の中では、ユニコーンが眠たそうな顔をしていた。
「じゃあ、行きますか~」
うぅ、と小さく唸りながら学園長は立ち上がった。
そしてアレクのそばに行くと、瞬時にその場から消える。おそらく瞬間移動の魔法だろう。
残されたアリーシャは、心配と不安に押し潰されそうだった。
◆ ◆ ◆
学園長とアレクは、瞬間移動でトリティカーナ王国の城にある玉座の間に移動した。
突然現れた二人の姿に驚いて、メイドの一人が悲鳴を上げる。
そんなメイドを、片手を挙げて制する国王マストール。
「おーい、マストール」
学園長は面倒くさそうに、玉座に深く腰をかける国王に声をかけた。
まるで珍しいものを見るような目で、国王は学園長を見る。
「お前がわざわざ王宮に出向くなんて……こりゃ槍でも降ってくるのか?」
「大事な用だしな……」
むすぅ、と頬を膨らませる学園長。
学園長と国王は仲が悪いらしいが、二人の間に何があったのかはアレクにはわからなかった。
しかし、今は学園長が少年の姿なので、むくれる様子は微笑ましく見える。
そこで国王が、アレクが抱えているものに気がついた。
「……それは?」
「ユ、ユニコーンです……」
アレクの腕に抱えられたユニコーンを、興味深く眺める国王。
「まさか、ユニコーンとはな……珍しい。私も初めて見たぞ」
すると声とともに、バタンッ! と勢いよく玉座の間の扉が開いた。
「父上ー! セバスチャンが口うるさくて……ん?」
そこに立っていたのは、茶髪に若草色の瞳をした、つり目の勝気そうな少年。アレクに気づき、訝しげに見ている。
「お待ちください! アマノス王子!」
続いて、執事とメイドがやってきた。
アレクは彼らの顔を見て、思わず泣きそうになる。そこには、懐かしい人達がいた。かつてムーンオルト家に仕えていた、執事長とメイド長だ。
アレクに気づいたメイド長は驚いた後、感極まって涙声で語りかける。
「アレク坊ちゃま……! お会いしたかったです!」
執事長とメイド長がアレクに駆け寄り、アレクは嬉しそうに二人を迎えた。
「二人とも……! 元気そうでよかった! でも、どうしてここに?」
「いやあ、実は国王様にお声をかけていただきまして。私達はムーンオルト家を出て、ここで働かせていただいているんです。他の使用人達も一緒ですよ」
「お元気そうで何よりです! アレク坊ちゃま!」
執事長とメイド長は目を潤ませ、その場が感動の雰囲気に包まれる。
しかし、その雰囲気をぶち壊しにする者がいた。
「セバスチャン! さっきも言ったが勉強なんかしないぞ! 今日は鍛錬するんだ!」
大股で歩いてくる少年に、セバスチャン――執事長はため息をついた。
「アマノス王子……」
少年は、アマノス・ギルロ・トリティカーナという、この国の第二王子だ。彼は武道が得意で、出会った人物に興味を持てば即座に勝負を申し込むことで有名である。
アマノスは執事長に言いたいことを言うと、今度はアレクをじっと見つめる。
「コイツ……男か女かわかんないなぁ!」
「お、男だよっ!」
アレクはその言葉を聞いて悔しく思いながら言い返した。
メイド長はアマノスに、アレクを紹介する。
「アマノス王子。こちらは、アレク坊ちゃまです。元ムーンオルト家の一員であり、シルファ様の婚約者。つまり、あなたの義理の弟となるお方です」
「弟だと~?」
アマノスにジロジロと見られ、アレクは気圧されて思わず身じろいだ。
すると、アレクの腕の中のユニコーンが不快そうな顔をして「ぴゅうっ!」と鳴いた。
アマノスは顔をしかめ、ぷいっとそっぽを向く。
「ふん! シルファの婚約者なんて断じて認めん! こんなひ弱そうな奴に妹は渡さんぞ!」
「う……」
「ひ弱」と言われて、アレクはさらに悔しさを募らせた。
執事長が、今度はアレクにアマノスを紹介する。
「アレク坊ちゃま。こちらはアマノス・ギルロ・トリティカーナ王子。この国の第二王子です。お話しした通り……将来、あなたの義理の兄となりますね」
「お、お義兄様……か……」
ふと、アレクはガディのことを思い出した。
自分の兄であるガディと、義理の兄になるかもしれないアマノスの態度はあまりにも違う。
アマノスにはガディのような大人びた雰囲気はなく、悪ガキっぽい印象だ。
アマノスは「ふん!」と鼻息を荒くしながらアレクに向かって叫んだ。
「気に入らん! おい! アレクとかいったな!? お前、召喚獣はいるか!?」
「え? あ、はい……い、いますけど……」
「勝負だ!!」
「ええ!?」
戸惑うアレクにアマノスはビシッと人差し指を突きつけた。
「俺と勝負しろっ!! さもなくば――あいたっ!?」
「何をおっしゃるんですか」
執事長が、後ろからアマノスの頭を軽く叩いた。
それから呆気に取られるアレクを前にして、アマノスに諭すように言う。
「いいですか? アレク坊ちゃまは、大事な用があって王宮に来たのです。決して遊ぶためではありません」
「む、ううう……」
「召喚獣を、決してそんなお遊びに使いなさるな」
わかったか、と言わんばかりにギロリと睨まれて、アマノスは縮こまった。
「……わかった」
ふてくされたように俯くアマノスを見ながら、国王は執事長に礼を言う。
「すまんな、セバスチャン。助かったよ」
「……いえ。これも、アマノス王子の教育係たる私の仕事です」
その言葉を聞いて、アレクは驚いた。
執事長はアマノスの教育係らしい。ムーンオルト家にいた時は、誰の教育係にもなっていなかったため、執事長がアマノスに色々教えている光景を想像しようとしても難しかった。
執事長はくるりと振り向いて、アレクに深々と頭を下げる。
「すみません。アマノス王子はもう十五歳だというのに、このように子供でして……」
「何だとっ!?」
突っかかってきたアマノスに、執事長は大きくため息をつき、再び静かに声をかける。
「アマノス王子、大人になってください」
「はぁ!?」
「アレク様は、十一歳になられたばかりですよ」
「シルファより年下じゃん!!」
「ええ。年下なのに、大人びていますね」
「うぐっ」
アマノスは口でも執事長に勝てないと悟り、ブツブツと文句を言いながら引き下がる。
「……さて、フィース。本題に移ろうか」
国王の声で、しばらく成り行きを見守っていた学園長は玉座へ向き直った。
「ユニコーンは強大な力を持つ聖獣だ。一般人が飼育するのは、少々荷が重いと思うが……」
「アレク君はお前の息子になるんだぞ? つまり王族だ。だから大丈夫だろ」
学園長に発言を真っ向から否定されたが、国王は負けじと首を振る。
「いや、ユニコーンを金銭目当ての輩に攫われたら……」
「だとしても、ユニコーンは強いし大丈夫だ。それに……もう刷り込み完了してるぞ?」
一番の問題はそれだった。ユニコーンは刷り込みが完了すると、親と認識した者と離れるのを嫌がる。たとえ離したとしても、他者の言うことは全く聞かない。
国王と学園長のやりとりを聞いていたアマノスが、アレクが抱くユニコーンに近づいた。
「こんなもの、無理やり引き離せばよかろう!」
「あ、アマノス王子!」
ユニコーンに手を伸ばすアマノスを、メイド長が慌てて止めようとした。
しかし、時すでに遅し。
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