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番外編
番外編 双子のギルド依頼
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「すっすっ、好きです!! 付き合ってくださーー」
「無理ね」
覚悟のいる告白を三文字で切り捨てている、美しい女性がいた。
女性、と言うよりは幼いその少女は、ラブレターを差し出した状態で固まっている男子生徒に手を振って、こう言った。
「私、付き合うとか興味ないの」
さっさと消えてしまったその少女を呆然と見つめる男子生徒。
今日も哀れな玉砕者が発生したのであった。
◆ ◆ ◆
「ガディ」
「エルル。何で登校途中なのに断らないんだ」
現れたエルルにガディは不思議そうな顔をした。
寮から学園に移動する時にガディとエルルはたびたび呼び出しをくらっていた。
最もそれを受け取るのはエルルだけであり、ガディはガン無視するのだが。
「だって、重要なお知らせだったら困るじゃない」
「毎度毎度バカな奴らが告ってくるんだろ」
「ま、そうだけど。ガディも昨日呼び出されてたじゃない」
呆れたようにして二人はため息をついた。
学園に到着し、靴箱を開ける。
ドサドサドサッ
「……………」
「……………」
二人の隣どうしの下駄箱からは、色とりどりの手紙が雪崩のように落ちた。
それを無表情でかき分けて靴を置いてシューズを取り出す。
「……ガディ」
「何だ?」
「これどうするの?」
「袋にでも詰めとけ」
毎日持ち歩いているビニール袋に慣れた手つきで手紙を放り込む二人。
それを見ながら生徒はほう、とため息をついた。
「あの二人って何やってても絵になるわよね~」
「だよな。あの銀髪も綺麗だし……」
「美人だよな~」
周りの生徒とは裏腹にはぁぁ……と深いため息をつく双子は教室に向かった。
◆ ◆ ◆
「………?」
教室についてから興味本位で手紙をあさっていたガディがある一通を取り出した。
「どうしたの?」
「見ろよこれ」
その一通は他の便せんの淡い色とは異なる黒色に彩られていた。
その中身を開けると、メモ用紙の字の羅列が目に飛び込んで来た。
「『助けてください。廃墟でフレイムドラゴンが大量発生。お礼はします。もしよろしければ休日にギルドでお会いしましょう』……なにこれ」
「これって、ギルドの依頼?」
「そうみたいだな」
「だとしたら、何でこんな所に……?」
「指名依頼じゃないのか」
指名依頼とは、ギルドの優秀なメンバーが特別指名されてこなす依頼の事だった。
その受け取り方法はさまざま。
ギルドで受け取る場合もあれば、家の宅配便として届いたりと。
今回は手紙に紛れたギルド依頼なのかも、とガディはその手紙を握った。
「行くの?」
「ああ。それにここは街の近くだ。もしもアレクが怪我でもしたらと思うと心配だ」
「そうね。じゃあ、行きましょう」
二人は、コクンと頷きあった。
◆ ◆ ◆
次の日。
戦闘用の動きやすい服に双子は着替えてギルドに向かった。
ここ、ギルド「狼の遠吠え」はナハールの街に唯一存在するギルドであった。
ここで稼ぐ人々も居れば、興味本位で依頼をこなす者をいれば、とさまざまな理由が存在した。
ちなみに双子は七歳の頃に戦闘経験を積む為に親にギルドに放り込まれたのであった。
もちろん才能は有り余る程にあったためそこまで苦労はしなかったのだが。
二人はひさびさに来るギルドを見回した。
いつ来ても変わらない古木の匂いに、見たことがあるようなメンバー揃い。
そんなメンバー達はガディとエルルを見つけてささやいた。
「見ろよ。あの女。SSSランクのエルルだっけ? 子供じゃねーか。ずいぶん仏頂面だなぁ。横にいるガディって奴も」
「おい。止めろよ……」
そう言いながらも柄の悪い連中は双子をからかうように嘲笑った。
もちろん、それが気に入らないのは双子だ。
いつもなら盛大なことになるのだが、今回は悲惨な犠牲者は出なかった。
何故なら、睨みを利かせて連中の後ろに立つ者ーーギルド長と目があったからである。
さすがに最高権力者に逆らうとあれば相当な覚悟が必要だった。
静かに舌打ちをして双子は身を翻した。
「ーー! ガディさん! エルルさん!」
すると、声が響いた。
双子がその声がした方向に振り向くと、少女が立っていた。
亜麻色の髪をショートカットに切りそろえ、大きめの同じく亜麻色の瞳をまたたかせる。
その少女は、双子よりかは年下に見えた。
「……こんにちは。依頼主はあなたですか?」
「はい! 私はマチェールと申します。その手紙を書いた張本人です」
マチェールはガディの手の中にある手紙を指差した。
やや不機嫌そうにガディは問いかけた。
「あなたは英雄学園に通っておいでで?」
「いいえ! 私にそんな力はございません。少々雑でしたが英雄学園を訪れて手紙を仕込ませていただきました」
(こんなに簡単そうに言っているが、間違い無くただ者ではない。何せ、英雄学園には警備員や護衛がいる。極め付きはあの門だ。そう簡単に英雄学園に入れるはずがないーー)
「……どうしました?」
「考え事をしていた」
ガディはその張り巡らせた思考を一旦引っ込めた。
と、マチェールは双子に急かす。
「では、案内しますので着いて来てください!」
「……ああ」
「ええ」
◆ ◆ ◆
「ここが廃墟か」
「はい。数週間前は街の一部だったのですが……Sランクモンスターのフレイムドラゴンが複数発生しまして。他にも多くのギルドメンバーの方々に頼んだのですが、未だにフレイムドラゴン完全討伐はなしえておりません」
「そうか」
「報酬は完全討伐した後ーー金貨千枚をお支払いします」
「ーー何ですって?」
エルルは己の耳を疑った。
金貨千枚とは、通常ではありえない金額だ。
長年ギルドの依頼をこなしてきて、確かにSランクモンスター完全討伐とは命の危機も関わるため高額なものになっているが、一度もそのような大金は見た事がなかった。
マチェールは確認するかのように言った。
「嘘ではございませんよ。何なら今見ますか?」
「いや、いい」
ガディは一歩踏み出した。
「行くぞ」
「ええ」
双子は、廃墟に足を踏み入れた。
◆ ◆ ◆
すぐにフレイムドラゴンは見つかった。
「……これがフレイムドラゴン」
目の前に現れた真紅のドラゴンを冷酷な瞳で見つめるガディ。
獰猛な牙をむき出しにして、獲物を引き裂かんとばかりだ。
そのランランと光る金色の目には、ガディ一人だけが映りこんでいた。
「ギュアアアア!!」
巨体を震わせて迫り来るフレイムドラゴンに、手を差し出すガディ。
短く、唱えた。
「レインソード」
と、フレイムドラゴンの上に大量の水の剣が発生した。
頭上を見る暇もなくフレイムドラゴンにそれが振り下ろされたのは、ほぼ一瞬の時であった。
ドドドドドッ!!
「……………」
フシュウ……と煙を上がった。
静かに足音を響かせ、ガディはフレイムドラゴンを見下ろした。
その巨体は地に倒れ伏せ、水の剣が何本も深く突き刺さっていた。
「これで一匹目」
意外と呆気なかったな、とばかりにガディは額の汗を拭った。
「ガディ。倒したの?」
「エルル。お前は?」
「倒したわ」
クイ、と後ろを指差した先には、フレイムドラゴンが同じように倒れていた。
と、
「もう倒したんですか!!」
「あら? マチェールさん」
駆け寄って来たマチェールを見てエルルは驚いた。
まだ二匹しか倒していないと言うのにもう倒したとは、と首を傾げる。
と、それに答えるかのようにマチェールは言った。
「すみません! 複数発生と言ったのですが、ここで最近発生した自然魔力暴走でフレイムドラゴンが何匹もやられていることが分かりまして。二匹倒したのならば、残すは一匹となっております」
「自然魔力暴走ーーこれで俺らが聞いたのは二回目になるな? エルル」
「ええ。随分と久しぶりね」
エルルは思い出したかのように頷いた。
自然魔力暴走、とは空気中の魔力が暴走し、台風や地震を引き起こすものになっている。
本来、Sランクのモンスターを討伐する依頼はそのモンスターの強さによって報酬が異なる。
Sランク、と言っても幅広いものであった。
大量発生するモンスターはさほど強くないことが多く、一匹あたり金貨十枚ほどが支払われる事が多い。
と、言うことでフレイムドラゴンはさほど強くない部類に入るのだが、金貨千枚と言うならば大量発生と並ではない、と思っていただけだったのだ。
だが、合計三匹となると、報酬が下げられる事がほとんどだ。
「と、言うことは報酬は下げられるのね?」
「………いいえ。報酬は千枚で変わりません」
「? まさか、そこまで強いのか?」
「ほぼSSランクのフレイムドラゴンのボス…フレイムキングドラゴンが残っていますから」
と、マチェールは少しうつむいた。
少し震えながら、ギリと腕を押さえるマチェール。
それは何故かは双子は分からなかった。
「じゃあ、探して来ますね」
「いえ、場所は分かっているのです」
「?」
「場所は、あの屋敷内です」
指を差した先には、焼け落ちた屋敷があった。
「……行くぞ」
「ええ」
物影にじっと潜む双子は、ギロリとフレイムキングドラゴンを睨みつけた。
フレイムキングドラゴンは、通常のフレイムドラゴンよりも一回り、二回りも大きかった。
頭上に王冠のような金色の角を携え、同じく金色の瞳をしたフレイムキングドラゴンは、凶暴な性格を表すかのように焼け落ちた屋敷内をズシンズシンと歩き回っていた。
それを双子は見ながら、機会をうかがう。
と、フレイムキングドラゴンがグルリとその場にうずくまった。
「今だ」
「アイスショット」
エルルはバッと手をフレイムキングドラゴンに向けた。
無数の氷の矢が発生し、降り注ぐ。
と、
「ガアアアアッ!!」
猛烈な熱さの炎を吐き出し、氷の矢を全て溶かしてしまう。
その獰猛さに思わず双子は目を剥いた。
「……へえ、結構強いのね」
まるで面白いおもちゃを見つけたような双子の舌なめずりを見ながら、マチェールは戦慄を覚えた。
相手の強さをこうやって何回も確かめてきたような、凶暴な笑み。
味方ならこれほど頼もしい存在は無いが…もしも敵なら、と怯えを感じてしまった。
と、ガディが飛び出して得意の水魔法を唱える。
「アクアタイフーン!」
台風のような魔法が発生し、フレイムキングドラゴンに襲いかかった。
それを蹴散らすかのようにブンブンッと手足を振るフレイムキングドラゴンに余裕を覚えるガディ。
と、キィィと音をたてて体が発光し始めた敵をまばたきをしながらガディは見つめた。
ドパンッ!
「……ふん」
体の発する熱でガディの繰り出した魔法は激しい勢いではじけた。
ビリビリと伝わる風圧に、マチェールは顔をしかめる。
と、エルルが魔法を唱える。
「ショットマグナム」
ボボホッと炎の玉がフレイムキングドラゴンの周りに発現する。
それを振り払おうとフレイムドラゴンは同じように手足を振り回す。と、触れたその瞬間。
凄まじい破壊音によって炎の玉が一つ破裂し火を噴いた。
それをきっかけとし他の火の玉も破裂していった。
「グ、ガ……」
「大分弱ってきたわね」
ぐらりと傾きかけたその巨体を見て、エルルはつぶやく。
と、物影から思わぬ人物が飛び出して来た。
「やぁあああああっ!!」
「!?」
「え!?」
それはーーー亜麻色の髪を振り乱し、真っ白な剣を振りかざす他の誰でもないマチェールであった。
その剣は見事にフレイムキングドラゴンの心臓を突き刺した。
「やった!」
「! 危ない!!」
ーーーように思えた。
咄嗟にエルルがマチェールに飛びついた。
そのすぐ上を巨大な爪がかする。
「何、で……心臓を刺したのに!」
マチェールは動揺の声を上げた。
確かに剣はフレイムキングドラゴンの中心に突き刺さっていた。
「魔物の上位種になると心臓が一つじゃない場合が多いの。あのドラゴンはーーきっと二つあるわ」
確かに、フレイムキングドラゴンの瞳はまだ光を失っていなかった。
それを見ながらマチェールは「そんな……」と悲嘆にくれる。
「大丈夫よ。あれを貫通させれば」
と、マチェールを支える手を離してそっと構えた。
双子は深く息を吸い込む。
「アースプリズン」
と、ガディが地属性の拘束魔法を唱えた。
地面から無数の太い木の根が飛び出しフレイムキングドラゴンに巻きついた。
これで双子は勝ったも同然だ。
「「はあああああっ!!」」
気合いのかけ声と共に双子は駆け出しーーー純白の剣を深く、深く突き刺した。
「グアアアアァ………」
断末魔の叫び声を上げーーーその巨体はぐらりと傾く。
ドスゥウン……
「やったな」
フレイムキングドラゴンは、地に倒れ伏した。
見れば双子はせいぜいかすり傷程度しか傷はなかった。
まだまだ本気ではない、ということなのだろう。
と、後ろで半分腰の抜けた状態でへたり込んでいたマチェールが叫んだ。
「ありがとうございますっ………!! 本当に、本当に………!!」
「…どうしたの?」
その亜麻色の瞳からは、大粒の涙が溢れていた。
次から次へと流れる涙を拭いながらマチェールは語る。
「実は私、この屋敷の主の娘でしてーーあのフレイムキングドラゴンに家族全員やられてしまったのです。生き残ったのは私だけ……それで、ずっとその形見の剣で敵を討ちたいと……報酬は、残ったお金をかき集めたんです。学園には魔道具で侵入して……」
フレイムキングドラゴンに突き刺さっていた剣は今やエルルが持っていた。
静かに微笑み、剣を渡す。
「形見なら、簡単に手放しちゃ駄目よ」
「は、はい。ありがとうございます。あの、報酬……」
「そんなもん、いらねぇよ」
「え!? で、でもっ」
「な?」
「……ええ」
戸惑うマチェールを置いて双子はくるりと背を向けた。
涙を流し続けるマチェールは、その英雄の背に深い感謝を捧げた。
「無理ね」
覚悟のいる告白を三文字で切り捨てている、美しい女性がいた。
女性、と言うよりは幼いその少女は、ラブレターを差し出した状態で固まっている男子生徒に手を振って、こう言った。
「私、付き合うとか興味ないの」
さっさと消えてしまったその少女を呆然と見つめる男子生徒。
今日も哀れな玉砕者が発生したのであった。
◆ ◆ ◆
「ガディ」
「エルル。何で登校途中なのに断らないんだ」
現れたエルルにガディは不思議そうな顔をした。
寮から学園に移動する時にガディとエルルはたびたび呼び出しをくらっていた。
最もそれを受け取るのはエルルだけであり、ガディはガン無視するのだが。
「だって、重要なお知らせだったら困るじゃない」
「毎度毎度バカな奴らが告ってくるんだろ」
「ま、そうだけど。ガディも昨日呼び出されてたじゃない」
呆れたようにして二人はため息をついた。
学園に到着し、靴箱を開ける。
ドサドサドサッ
「……………」
「……………」
二人の隣どうしの下駄箱からは、色とりどりの手紙が雪崩のように落ちた。
それを無表情でかき分けて靴を置いてシューズを取り出す。
「……ガディ」
「何だ?」
「これどうするの?」
「袋にでも詰めとけ」
毎日持ち歩いているビニール袋に慣れた手つきで手紙を放り込む二人。
それを見ながら生徒はほう、とため息をついた。
「あの二人って何やってても絵になるわよね~」
「だよな。あの銀髪も綺麗だし……」
「美人だよな~」
周りの生徒とは裏腹にはぁぁ……と深いため息をつく双子は教室に向かった。
◆ ◆ ◆
「………?」
教室についてから興味本位で手紙をあさっていたガディがある一通を取り出した。
「どうしたの?」
「見ろよこれ」
その一通は他の便せんの淡い色とは異なる黒色に彩られていた。
その中身を開けると、メモ用紙の字の羅列が目に飛び込んで来た。
「『助けてください。廃墟でフレイムドラゴンが大量発生。お礼はします。もしよろしければ休日にギルドでお会いしましょう』……なにこれ」
「これって、ギルドの依頼?」
「そうみたいだな」
「だとしたら、何でこんな所に……?」
「指名依頼じゃないのか」
指名依頼とは、ギルドの優秀なメンバーが特別指名されてこなす依頼の事だった。
その受け取り方法はさまざま。
ギルドで受け取る場合もあれば、家の宅配便として届いたりと。
今回は手紙に紛れたギルド依頼なのかも、とガディはその手紙を握った。
「行くの?」
「ああ。それにここは街の近くだ。もしもアレクが怪我でもしたらと思うと心配だ」
「そうね。じゃあ、行きましょう」
二人は、コクンと頷きあった。
◆ ◆ ◆
次の日。
戦闘用の動きやすい服に双子は着替えてギルドに向かった。
ここ、ギルド「狼の遠吠え」はナハールの街に唯一存在するギルドであった。
ここで稼ぐ人々も居れば、興味本位で依頼をこなす者をいれば、とさまざまな理由が存在した。
ちなみに双子は七歳の頃に戦闘経験を積む為に親にギルドに放り込まれたのであった。
もちろん才能は有り余る程にあったためそこまで苦労はしなかったのだが。
二人はひさびさに来るギルドを見回した。
いつ来ても変わらない古木の匂いに、見たことがあるようなメンバー揃い。
そんなメンバー達はガディとエルルを見つけてささやいた。
「見ろよ。あの女。SSSランクのエルルだっけ? 子供じゃねーか。ずいぶん仏頂面だなぁ。横にいるガディって奴も」
「おい。止めろよ……」
そう言いながらも柄の悪い連中は双子をからかうように嘲笑った。
もちろん、それが気に入らないのは双子だ。
いつもなら盛大なことになるのだが、今回は悲惨な犠牲者は出なかった。
何故なら、睨みを利かせて連中の後ろに立つ者ーーギルド長と目があったからである。
さすがに最高権力者に逆らうとあれば相当な覚悟が必要だった。
静かに舌打ちをして双子は身を翻した。
「ーー! ガディさん! エルルさん!」
すると、声が響いた。
双子がその声がした方向に振り向くと、少女が立っていた。
亜麻色の髪をショートカットに切りそろえ、大きめの同じく亜麻色の瞳をまたたかせる。
その少女は、双子よりかは年下に見えた。
「……こんにちは。依頼主はあなたですか?」
「はい! 私はマチェールと申します。その手紙を書いた張本人です」
マチェールはガディの手の中にある手紙を指差した。
やや不機嫌そうにガディは問いかけた。
「あなたは英雄学園に通っておいでで?」
「いいえ! 私にそんな力はございません。少々雑でしたが英雄学園を訪れて手紙を仕込ませていただきました」
(こんなに簡単そうに言っているが、間違い無くただ者ではない。何せ、英雄学園には警備員や護衛がいる。極め付きはあの門だ。そう簡単に英雄学園に入れるはずがないーー)
「……どうしました?」
「考え事をしていた」
ガディはその張り巡らせた思考を一旦引っ込めた。
と、マチェールは双子に急かす。
「では、案内しますので着いて来てください!」
「……ああ」
「ええ」
◆ ◆ ◆
「ここが廃墟か」
「はい。数週間前は街の一部だったのですが……Sランクモンスターのフレイムドラゴンが複数発生しまして。他にも多くのギルドメンバーの方々に頼んだのですが、未だにフレイムドラゴン完全討伐はなしえておりません」
「そうか」
「報酬は完全討伐した後ーー金貨千枚をお支払いします」
「ーー何ですって?」
エルルは己の耳を疑った。
金貨千枚とは、通常ではありえない金額だ。
長年ギルドの依頼をこなしてきて、確かにSランクモンスター完全討伐とは命の危機も関わるため高額なものになっているが、一度もそのような大金は見た事がなかった。
マチェールは確認するかのように言った。
「嘘ではございませんよ。何なら今見ますか?」
「いや、いい」
ガディは一歩踏み出した。
「行くぞ」
「ええ」
双子は、廃墟に足を踏み入れた。
◆ ◆ ◆
すぐにフレイムドラゴンは見つかった。
「……これがフレイムドラゴン」
目の前に現れた真紅のドラゴンを冷酷な瞳で見つめるガディ。
獰猛な牙をむき出しにして、獲物を引き裂かんとばかりだ。
そのランランと光る金色の目には、ガディ一人だけが映りこんでいた。
「ギュアアアア!!」
巨体を震わせて迫り来るフレイムドラゴンに、手を差し出すガディ。
短く、唱えた。
「レインソード」
と、フレイムドラゴンの上に大量の水の剣が発生した。
頭上を見る暇もなくフレイムドラゴンにそれが振り下ろされたのは、ほぼ一瞬の時であった。
ドドドドドッ!!
「……………」
フシュウ……と煙を上がった。
静かに足音を響かせ、ガディはフレイムドラゴンを見下ろした。
その巨体は地に倒れ伏せ、水の剣が何本も深く突き刺さっていた。
「これで一匹目」
意外と呆気なかったな、とばかりにガディは額の汗を拭った。
「ガディ。倒したの?」
「エルル。お前は?」
「倒したわ」
クイ、と後ろを指差した先には、フレイムドラゴンが同じように倒れていた。
と、
「もう倒したんですか!!」
「あら? マチェールさん」
駆け寄って来たマチェールを見てエルルは驚いた。
まだ二匹しか倒していないと言うのにもう倒したとは、と首を傾げる。
と、それに答えるかのようにマチェールは言った。
「すみません! 複数発生と言ったのですが、ここで最近発生した自然魔力暴走でフレイムドラゴンが何匹もやられていることが分かりまして。二匹倒したのならば、残すは一匹となっております」
「自然魔力暴走ーーこれで俺らが聞いたのは二回目になるな? エルル」
「ええ。随分と久しぶりね」
エルルは思い出したかのように頷いた。
自然魔力暴走、とは空気中の魔力が暴走し、台風や地震を引き起こすものになっている。
本来、Sランクのモンスターを討伐する依頼はそのモンスターの強さによって報酬が異なる。
Sランク、と言っても幅広いものであった。
大量発生するモンスターはさほど強くないことが多く、一匹あたり金貨十枚ほどが支払われる事が多い。
と、言うことでフレイムドラゴンはさほど強くない部類に入るのだが、金貨千枚と言うならば大量発生と並ではない、と思っていただけだったのだ。
だが、合計三匹となると、報酬が下げられる事がほとんどだ。
「と、言うことは報酬は下げられるのね?」
「………いいえ。報酬は千枚で変わりません」
「? まさか、そこまで強いのか?」
「ほぼSSランクのフレイムドラゴンのボス…フレイムキングドラゴンが残っていますから」
と、マチェールは少しうつむいた。
少し震えながら、ギリと腕を押さえるマチェール。
それは何故かは双子は分からなかった。
「じゃあ、探して来ますね」
「いえ、場所は分かっているのです」
「?」
「場所は、あの屋敷内です」
指を差した先には、焼け落ちた屋敷があった。
「……行くぞ」
「ええ」
物影にじっと潜む双子は、ギロリとフレイムキングドラゴンを睨みつけた。
フレイムキングドラゴンは、通常のフレイムドラゴンよりも一回り、二回りも大きかった。
頭上に王冠のような金色の角を携え、同じく金色の瞳をしたフレイムキングドラゴンは、凶暴な性格を表すかのように焼け落ちた屋敷内をズシンズシンと歩き回っていた。
それを双子は見ながら、機会をうかがう。
と、フレイムキングドラゴンがグルリとその場にうずくまった。
「今だ」
「アイスショット」
エルルはバッと手をフレイムキングドラゴンに向けた。
無数の氷の矢が発生し、降り注ぐ。
と、
「ガアアアアッ!!」
猛烈な熱さの炎を吐き出し、氷の矢を全て溶かしてしまう。
その獰猛さに思わず双子は目を剥いた。
「……へえ、結構強いのね」
まるで面白いおもちゃを見つけたような双子の舌なめずりを見ながら、マチェールは戦慄を覚えた。
相手の強さをこうやって何回も確かめてきたような、凶暴な笑み。
味方ならこれほど頼もしい存在は無いが…もしも敵なら、と怯えを感じてしまった。
と、ガディが飛び出して得意の水魔法を唱える。
「アクアタイフーン!」
台風のような魔法が発生し、フレイムキングドラゴンに襲いかかった。
それを蹴散らすかのようにブンブンッと手足を振るフレイムキングドラゴンに余裕を覚えるガディ。
と、キィィと音をたてて体が発光し始めた敵をまばたきをしながらガディは見つめた。
ドパンッ!
「……ふん」
体の発する熱でガディの繰り出した魔法は激しい勢いではじけた。
ビリビリと伝わる風圧に、マチェールは顔をしかめる。
と、エルルが魔法を唱える。
「ショットマグナム」
ボボホッと炎の玉がフレイムキングドラゴンの周りに発現する。
それを振り払おうとフレイムドラゴンは同じように手足を振り回す。と、触れたその瞬間。
凄まじい破壊音によって炎の玉が一つ破裂し火を噴いた。
それをきっかけとし他の火の玉も破裂していった。
「グ、ガ……」
「大分弱ってきたわね」
ぐらりと傾きかけたその巨体を見て、エルルはつぶやく。
と、物影から思わぬ人物が飛び出して来た。
「やぁあああああっ!!」
「!?」
「え!?」
それはーーー亜麻色の髪を振り乱し、真っ白な剣を振りかざす他の誰でもないマチェールであった。
その剣は見事にフレイムキングドラゴンの心臓を突き刺した。
「やった!」
「! 危ない!!」
ーーーように思えた。
咄嗟にエルルがマチェールに飛びついた。
そのすぐ上を巨大な爪がかする。
「何、で……心臓を刺したのに!」
マチェールは動揺の声を上げた。
確かに剣はフレイムキングドラゴンの中心に突き刺さっていた。
「魔物の上位種になると心臓が一つじゃない場合が多いの。あのドラゴンはーーきっと二つあるわ」
確かに、フレイムキングドラゴンの瞳はまだ光を失っていなかった。
それを見ながらマチェールは「そんな……」と悲嘆にくれる。
「大丈夫よ。あれを貫通させれば」
と、マチェールを支える手を離してそっと構えた。
双子は深く息を吸い込む。
「アースプリズン」
と、ガディが地属性の拘束魔法を唱えた。
地面から無数の太い木の根が飛び出しフレイムキングドラゴンに巻きついた。
これで双子は勝ったも同然だ。
「「はあああああっ!!」」
気合いのかけ声と共に双子は駆け出しーーー純白の剣を深く、深く突き刺した。
「グアアアアァ………」
断末魔の叫び声を上げーーーその巨体はぐらりと傾く。
ドスゥウン……
「やったな」
フレイムキングドラゴンは、地に倒れ伏した。
見れば双子はせいぜいかすり傷程度しか傷はなかった。
まだまだ本気ではない、ということなのだろう。
と、後ろで半分腰の抜けた状態でへたり込んでいたマチェールが叫んだ。
「ありがとうございますっ………!! 本当に、本当に………!!」
「…どうしたの?」
その亜麻色の瞳からは、大粒の涙が溢れていた。
次から次へと流れる涙を拭いながらマチェールは語る。
「実は私、この屋敷の主の娘でしてーーあのフレイムキングドラゴンに家族全員やられてしまったのです。生き残ったのは私だけ……それで、ずっとその形見の剣で敵を討ちたいと……報酬は、残ったお金をかき集めたんです。学園には魔道具で侵入して……」
フレイムキングドラゴンに突き刺さっていた剣は今やエルルが持っていた。
静かに微笑み、剣を渡す。
「形見なら、簡単に手放しちゃ駄目よ」
「は、はい。ありがとうございます。あの、報酬……」
「そんなもん、いらねぇよ」
「え!? で、でもっ」
「な?」
「……ええ」
戸惑うマチェールを置いて双子はくるりと背を向けた。
涙を流し続けるマチェールは、その英雄の背に深い感謝を捧げた。
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