探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず

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ズルいヒト。

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ついたのは城の地下のとある一室でした。
とても大きな扉は荘厳さを感じさせ、見るものを圧倒してきます。
その扉に手をかけた女神教の方が、扉が開かないことに気づきました。

「開かないぞ!」
「開けるための呪文があるんじゃないのか」

わあわあと揉め出した女神教の方達。
扉はうんともすんとも言わずに、黙りっぱなしです。
縛られた縄をどうにかできないかと手を動かしていると、キン! という音が聞こえてきました。

「マオ様!」
「無事か!?」

マオ様でした。
女王様を捕まえていた女神教の方を蹴飛ばし、女王様の手にかけられていた縄を剣で切った音でした。
それに気づいた女神教の方が咄嗟に女王様に飛びかかりますが、もう遅いのでしょう。
すかさずレオン様が氷の魔術で足元を凍らせました。

「う、動かない……!」
「よくやった、レオン」
「はー、ウザ。お前に助けられるとか、癪なんですけどぉ」

不機嫌そうにぼりぼりと頭をかくレオン様でしたが、怒りを隠さず女神教の方達を睨みつけました。

「じゃ、動けないようにしとくか」
「それには賛成だ」
「はっ、珍しい。俺らが意見、合うなんてな」

2人が女神教の方達ににじり寄るのを見ていると、ふとロールの動きに気付きました。

「ロール?」

憶測のない足取りで、フラフラと扉に近づき。
その鉄製の扉に触れた瞬間。
ギギィ、と音を立て、鉄臭さを放ちながらも扉が開きました。

「なっ!?」
「ああ……とうとう、女神が降臨なさるぞ!」
「うるっせぇ!」

女神教の誰かがそう言うのを聞いて、レオン様が声を荒げました。
扉の向こうから、眩い光が見えて。
そこから体が動かなくなりました。

「え?」
「くそっ」
「どうなって」

私も動こうと、足を動かそうとしますが、石のように地面から離れませんでした。
目線だけ動かしてロールを追えば、ロールは光の塊に近づいているようでした。
それが女神の魂でしょう。
ロールが本当に、女神になってしまう。

「シャルロッテ……!」

レオン様の血の滲むような声を、まるで聞こえていないように無視して。
ロールがそれに手を伸ばした瞬間でした。

「ダメだよ、ロールちゃん」

パシリ、とその手を取った人が1人。
エリクル様でした。

「……はぇ?」

ポカン、としてエリクル様を見つめるロール。
その瞬間、かなしばりがあっさりと解けました。

「ロール!」

ロールに駆け寄れば、「ラティ様」ととても驚いた様子で私の名前を呼ぶロール。

「私、どうしたんでしょう。気づいたらここにいて。あれ? エリクル様?」
「……君、女神の魂に触れたらダメじゃないか」
「え? たましい?」

何もわかっていないようで、首を傾げてみせるロールにエリクル様がため息をつきました。
ふと女神の魂がいっとう光り輝き、女性の姿を形取りました。

『あら……久しぶりね、生き物と会うのは』
「!」
『こんにちは、ヒトに獣人。私は女神よ』

光の集合体のせいか、表情までは理解できません。
しかし彼女が微笑んだのはなんとなく雰囲気でわかりました。

『そこの子。あなた、私の体を持っていたりする?』
「か、体?」

指名されたロールは己の腕や足をペタペタと触りますが、それに反応したのはエリクル様でした。

「あなたの体ではないさ。この子はあなたと同じ体質を持って生まれてきた」
『そうなの。なら、苦労してきたのね』
「つ、ついていけないんですけどぉ」

言いづらそうにロールが言うと、女神はキャラキャラと笑い声を上げました。

『ついていけたら逆に凄いわよ。大事にしてもらいなさい』
「は、はい」
「女神よ!!」

押しのけられ、尻もちをつけば、女神教の方達が縋る勢いで女神様に膝まづいているのが目に入ります。

「シャルロッテ様を、神子を!! 貴方様の体にしてください!!」
「っ、テメェら……」
「どうか我々を導いてください……!!」
「いい加減にーー」
『イヤよ』

レオン様の怒鳴り声を遮り、ぷいと女神様がそっぽを向きました。
ポカンとして、まるで魂を抜かれたように、女神教の方達は女神様を凝視します。

「は……」
『だから、イヤだって言ってるの。なんで獣人の体に入らなきゃいけないの? なんで貴方達を導かなきゃいけないの。もううんざりよ! 私、とうの昔に獣人はやめてるの』
「は、え?」
『私は昔、獣人だったのよ』

予想外の展開に、周りの人達も空いた口が塞がりません。
女神様はそんな様子にお構いなしに続けます。

『ちょっと特別に頑丈に生まれてきて、そしたら神子として神格化されて。おまけに神様に気に入られてて、気づけば女神になってた。最悪よ。私は獣人として死にたかった』
「は、はぁ……?」
『でも運命のヒトに会ったの。その人は私が神でも愛してくれた! だから! 私はその人に一生を捧げることを決めたの。その人が悲しむから世界の穢れを引き受けて眠りについた! 世界のためなんかじゃない』

早口でまくしたてられた女神様の独白に、「ハッ」とエリクル様は嘲笑しました。

「これだけ崇められた女神も、僕達と変わらなかったってわけか」
『そうよ。勝手に理想像重ねて、夢を見ないで』
「君、魂になっても意志はあるんだろ?」
『まあそうね』
「だったらなぜ、アストロに逃げ込んだ。1人で森の奥にでも引っ込んでればいいだろ」

神に対して噛み付いてみせるその態度に、女神教ならまだしも、女王様ですら顔面を蒼白にしてみせます。
しかし、女神は不思議そうに答えました。

『だって匿ってくれるって言うもの。都合が良かったのよ』
「女神教とか、厄介な宗教が存在することも知ってたか」
『もちろん。神だし』
「お前の愛した勇者とやらの子孫が、神子の命を狙っていることは」
『まあ知ってるわよ。愚かよね』
「止めないのか」
『止めないわ』
「なぜだ」
『興味がないもの』

女神様はただ淡々と事実を述べていきました。

『私が愛したのは勇者だけよ。勇者が恋した女だって許せた。子供を残そうが許した。だって、死んだら私と一緒にいてくれるって約束してくれたもの』

幸せそうに語る女神様でしたが、エリクル様は普段穏やかそうに浮かべている笑みを消し、低く冷たい声で言いました。

「くだんないんだよ。お前も、勇者も。恋愛ごっこなら2人でやってろよ。なんでアストロにきたんだよ。自分達2人、幸せならそれでいいのか。なあ、」
『当たり前よ。私は神なんだから』

一切の躊躇なく言い切られた言葉に、エリクル様は納得したような、諦めたような声音で吐き捨てます。

「お前の愛とやらは、さぞかし滑稽だな」
『ヒトにはわからないわ。特に、あなたみたいな人種には』
「どういうことだ」
『あなた、神様嫌いでしょ』
「…………そういうとこ、大っ嫌いだよ。人の気持ち考えずに、ずかずか踏み込んでくるとこ」
『そー。まあ、私と勇者を放っておいてくれたら世界は今まで通り守ってあげる。だから、出て行って』

まるで興味を無くしたようで、女神様は私達に背を向けました。
想像するような神々しい方ではありませんでしたね。
エリクル様が先陣を切って出て行ったので、続けてソロソロと扉から抜けていきます。
私もそれについていこうとしましたが、ふと肩を叩かれます。

『あなた……そう。マリヤの家の子孫なのね』
「マリヤとはなんでしょう」
『聖女のことよ。先読みの力、使えるでしょう』
「聖女様なんて、いたんですね」
『いたわ。勇者の仲間だった。珍しく私もあの子を気に入っていたから』

女神様が少し穏やかな声音で、私に囁きました。

『気をつけなさい。神様、あの子のこと、大好きだったから』
「……私と聖女様は似ていますか」
『とぉっても。騙されやすそう。拐かすのだって容易いでしょうね。だから』

女神様は私のつけている指輪をなぞると、ウフ、と笑って。

『旦那様にでも守ってもらいなさい』

それだけ言い放って、私を扉の外へ押しやりました。
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