探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず

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マオside

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気持ち悪い奴がやってきた。
ラティアンカを最初見た時、私はそう思った。
やけにかしこまった態度も、シャルロッテやレオンと仲が良いのも、気に食わなかった。
それに私に付き纏う。
鬱陶しいし、腹が立った。
あまりにイラついたので、一度本気でビビらせてやろうと拳を振おうとした。
それをレオンに止められ、さらに苛立ちが増した。
私ばかりが悪役だ。
もう顔も見たくなかった。
なのにあいつらは庭園に居座った。
庭園は私のお気に入りだ。
人工の花々は、私に似ていると思ったから。
庭園に戻りあいつらがまだいることに気づき、引き返そうとした時。

「別に私は、マオ様のことは嫌いではありません」
「………は」

気づけば出ていた声に慌てて口を塞ぐも、聞こえていなかったようだ。
レオンとシャルロッテの驚く声に、ラティアンカの言い分。
私が嫌いじゃない、だと。
本気でラティアンカが何なのかわからなくなった。
世話焼きだと、そこで気づいた。
一言で言えば、ウザい。
それがラティアンカであった。

◆ ◆ ◆

「……わ、かった」

なのに、何だこの醜態は。
自分で自分に呆れてしまった。
何を思ったかラティアンカを連れ出し、自分の考えを吐き出し。
天津にさえ了承の返事をしていた。
何やってるんだ私は。

「なぜ、レオン様とシャルロッテを嫌うのですか。羨ましいから、だけですか」
「私は……………」

そうだ、思い出した。
幼い頃、私は第一王子として生を受け、国民や臣下、母に期待されて育った。
しかし自分が凡才であることに気づくのに、そう時間はかからなかった。
次に生まれた弟は、本来獣人には使えるはずのない魔術を操ってみせた。
私の気に入りの花を凍らせて。
あの時は花を凍らせたことに怒っていたのだと思ったが、今思えば焦っていたのだ。
このままでは、弟が注目されると。
案の定そうなった。
国民の興味は弟に移り、臣下達の期待はそのまままるっと弟に注がれ、母は私に厳しくすることはなくなった。
辛かった。
身を引き裂かれる思いだった。
急に役立たずになって、世界に放り込まれたみたいな気持ちになった。
何か、何かできることを。
そう思って足踏みしていれば、シャルロッテが生まれた。
神子を崇める者が現れ、もう私はそこにいるだけとなった。
嫌いだった。
存在意義を、全て奪われた。
なのにお前らは、不服を表す。
嫌いなら寄越してくれればいいのに。
それができたら苦労はしない。

「私は……嫌いだ。シャルロッテと、レオンが」
「そうですか。理由は?」
「奪われたから。存在意義を」
「子供ですか」

ラティアンカの容赦のない言葉に、ぐさりと心がえぐられる。
その通りだ。私は子供だったようだ。

「まだまだ甘えたなんですね」
「やめろ。気色悪い」
「あなた達兄弟の口の悪さはどこからなんですか。女王様ではないでしょうに」

それは生活からだとしか言えない。
あの環境で捻くれるのは当たり前だと思う。
現に、記憶をなくす前のシャルロッテですら生意気に育っていた。

「どうすれば仲良くできそうですか?」
「無理だ。私はあいつらを、どうしても好きにはなれん」
「ならなぜわざわざ挑発するんですか。嫌いなら関わらず、必要最低限の会話のほうがお互い楽でしょうに」
「………」
「本当は、話しをしたいんでしょう」

悔しい。
悔しくてたまらない。
何であって数日のこの女に、自分の気持ちを見抜かれねばならないのだ。
何でそれに頷く自分がいるのだ。

「つくづく面倒ですね。私と旦那様も、はたから見ればこんな感じだったんでしょう」
「どういうことだ」
「私、少し前まで旦那様と離婚してたんですよ」

旦那と離婚。
信じられない。
つい私はラティアンカの胸元で光るネックレスを見た。
これを見た時ゾッとした。
執着を表すような、重すぎる魔術。
これをやったのは旦那だというのに、離婚だと。

「正しくは私が勝手に逃げていただけなんですけどね。本当なら女側から離婚を持ち出すことなんてできませんから」
「あ」

忘れていた。
この世界は男女差別が蔓延っていることを。
獣人は女神の魂を匿う一族なので、寧ろ女性が尊重されるものである。
といっても母上が王として初の女性なのだが。

「旦那様は私のことが嫌いで話さないのだと思っていましたが、実際は不器用なだけだったんです。あの方は、私を愛してくれていました。それを信じられない私がいました」
「そんなものをつけてか」
「大抵の人は気味悪がりますよね、これ」

持ち上げられたネックレスが怪しく輝く。
触るなよ、と忠告されているようだった。
思わず目を逸らせば、それが服の中にしまわれたのが音でわかった。

「一度素直になれば、人は変わるものですよ」
「俺が素直じゃないとでも言いたいのか」
「素直じゃありませんよ。ロールやレオン様と話したいのなら、謝罪をしないと」
「誰が話したいだって?」
「あなたですよ、あなた。事実でしょう」

違う、と。
出かかった言葉は、そのまま胃の中に放り込まれた。
ラティアンカの目が、あまりに痛かった。
これは、哀れんでいるのではない。
怒っているのではない。
懐かしんでいる目だ。

「私も、そうでしたから。あなたの劣等感は、痛いほどわかります」
「どの口が……」
「私、捨てられたんです」

は、と。
空気が喉から漏れた。
ラティアンカは気まずげに庭園の花をするりと撫でると、続ける。

「今の両親は孤児院から引き取ってくれたんです。私は6歳の時に孤児院に預けられました。才能がなかったからです」
「ど、どういうことだ……?」
「私の家は、魔術の名家でした。しかも結構特殊な。女のみに受け継がれるという、謎の能力持ちの名家です。ですが、私は期待に答えられなかった。妹が生まれたので、私は用済みとして捨てられました。妹が力を受け継いだかはわかりませんが」
「捨てる、だと? 親が?」
「あなたには、わからないでしょう。親に本当に疎まれて育った子供の気持ちは」

確かに理解できない。
俺は確かに、母上には愛情を注がれた覚えがある。
ラティアンカのように捨てられたわけではない。
俺には彼女の気持ちはわからなかった。

「私も同じように、あなたのことを理解することができません。まあ……私、後悔しているんです。兄と弟は、私に寄り添おうとしてくれたんですけど。私はそれを拒絶した。妹が生まれ、追い出される直後に弟から住所を渡されました。手紙を送ってくれと。返事は絶対すると。その約束通り、今も関係は続いています」
「ラティアンカは、弟や兄をどう思っていた」
「嫌いでしたよ。男というだけで優遇されて。何で自分は女なんだって、枕をいくつ濡らしたことか。でも、今は違います。私と連絡していることは弟との秘密ですので、弟としか話せませんが……弟は、私を大事に思ってくれているんです。だから、私も彼が好きです」
「離婚した時、その弟に頼らなかったのか?」
「頼れるわけないじゃないですか。私はもう、あの家の一員ではないんです。……まあ、マルシム家の一員になったことがわかれば、手のひらは返してくるかもしれないですけどね」

軽蔑するような、それすら仕方ないというような。
そんな態度で、ラティアンカは肩を竦めた。

「私は兄と……できれば、妹と。話してみたいんです。元両親の顔は二度と見たくありませんがね」
「そうか」
「あなたは会えるでしょう? レオン様に。それに、ロールに」

ロール。
ラティアンカが名付けたであろう、記憶を失った頃のシャルロッテの名前。
その名前を呼ばれたシャルロッテは、見たこともないような笑顔で笑っていた。
何も知らなかったほうが、幸せでいられたに違いない。
神子なんて役目を放り出して、国民の期待とかいう重荷を見ぬふりをして。
そうやって過ごしたほうが、格段に楽だったのだろう。

「………少しだぞ」
「?」
「少し、話す」

あいつらのことを理解しようとしたのは、初めてだった。
クスリ、と笑ったラティアンカはあまりに蠱惑的で。
もっと早くこの人に出会えなかったものかと、密かにそう思った。
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