探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず

文字の大きさ
上 下
60 / 99

兄ぃともう、1人。

しおりを挟む
 
レウスの手によりモンドが支配される少し前。

ギルメスド王国王城。
その中のある一室はただならぬ空気感で埋め尽くされていた。

「············」

「············」

 向かい合う者達はつい先日まで命のやり取りをしていた者である。
 席に着いてからベオウルフとラグナルクは目を合わせようとせず別の方向を向き黙り込む。ラグナルクの隣にはベイガルとギシャルの二人が座る。互いに恨みを持つ者達が同じ空間にいる今、いつ剣が抜かれたとしてもおかしくはないという状況だった。

そんな張り詰めた空気の中、長い沈黙にグラムは耐え切れなくなっていた。

「ハハハッ!! 気っまず!!」

 そうしてグラムの高らかな声によりその長い沈黙は終わりの時を迎えたのだ。

「まあ····そうだな。確かに気まずい。このままじゃ埒が明かねえ。話す前にもう一度確認だ」

 その時、ようやく二人の目が合った。

「お前らに俺の仲間は大勢殺された。たとえどんな理由があろうとも許すつもりはねえ。もちろんそれは分かってるだろうな?」

「許しを乞うつもりはない。だが昔もそして今も貴様のことは好かん、故に馴れ合うつもりもない」

「おぅ、珍しく気が合うな。俺もお前のこと嫌いだぜ」

(まあ······変に距離を詰めてくるよりかはマシか)

「まず初めに俺の仲間は今何処にいる。仲間を返すなら味方になってやってもいいぜ」

「ほう、助けられた分際で随分な物言いだな。私達が来なければお前は今頃死んでいたぞ」

「····ああそうだな。だが今はどうでもいい、お前に感謝なんてねえよ。それで俺の条件はのむのか」

「構わない」

 ラグナルクは考えるような素振りも見せずに即答した。

「嘘はねえな?」

「嘘も何も、今日来た目的はお前の仲間とやらを返すことだ。ギシャル」

「クシャシャシャ!! 了解」

 ギシャルが横に目をやるとその先に黒い空間が現れる。
 ハルトとシャドは警戒し剣に手を当てたが中から歩いて出てきたのはゼーラ達四人だった。そして四人はベオウルフの姿を見つけるとすぐさま駆け寄り跪いた。

「ベオウルフ様、どうかこの度の御無礼を私の首一つでお許しくださいませッ」

「いいや、俺の首一つでどうかご勘弁を」

 ゼーラだけでなくバルバダ達も頭を下げた。その様子を見るに疑うまでもなく、四人は正常に戻っていた。

「ミルファちゃッ——」

 そしてシャドはミルファの姿を見つけた瞬間、分かりやすく赤面しバッと立ち上がった。

「まあ待てシャド」

 ベオウルフは跪く四人に手を向け天使の存在を確認する。

(完全に分離されてるか······嘘はねえみたいだな)

「首一つって俺がお前らにそんなことするかよ。一つ聞いておくがこいつらは味方か?」

 そう言われゼーラ達の視線はラグナルク達三人へと向かう。
 その目は決して味方を見るような目ではない。
 ラグナルク達によりギルメスド王国の騎士からは多数死者が出た。
 ゼーラに至って言えば目の前にいるベイガルはラダルスの仇なのだ。

「感謝する気はありませんが、この者達の手により私たちが解放されたのは確かです。ですが、私はこのもの達を許すつもりはありません」

 ゼーラはベイガルの顔を睨みつけそう言い放った。
 見下したようなその視線に容赦はない。ベイガルは先程から目を閉じ何一つ動じるような素振りはない。

「まあ約束は約束だ。勝手にしろ。それとお前ら四人とも疲れただろ。今は休んでこい、後でまた呼ぶ」

「い、いえ。天使に操られていたとはいえ私達の行動はあまりにも·····」

「いいや、休まねえことの方が駄目だ。シャド、四人を連れていけ」

「はっ、はい!」

 シャドは先程から落ち着きはない。いいや、ミルファの姿を見た途端落ち着きを失ったのだ。
 というのもミルファ達がベオウルフを裏切ったという事実をシャドは途中までドッキリと思っていたのだ。
 そうではないと分かったのはペルシャとの戦い、その最中である。
 ミルファの自我が奪われたという事実はシャドを激昂させそれによりペルシャと互角の戦いを繰り広げられたのだ。

 そして五人が部屋に出た後、ベオウルフは改めて話しを始める。

「取り敢えず聞きてぇことは山ほどあるが今は三つだけ聞かせろ」

「構わん」

「俺は帝王だから今も生きてるが、天生前のただの人間のお前が何故生きていた」

「身体の腐敗は魔法で阻止している。臓器は全てつくりものだ」

「ハッ、そこまでして俺に復讐しにきたのかよ。なら二つ目だ。お前ら全員、天生した天使はどうなってんだよ」

「見ての通り自我の強い個性的な者達だ。此奴らだけでなく私の配下は全員天使を支配下に置いた。完全なる天生体となった状態で自我を取り戻せば天使の力を我が物とすることができる。天使どもは単に利用したのみだ」

「はあ······信じられねえが目の前に三人もいるなら仕方ねえか。なら最後だ。こちら側についた理由を具体的に言え」

「······よかろう。だが理由を説明する前に天生体となった私が得た力について説明する必要がある」

 そう言うとラグナルクは窓の方を指差した。

「二秒後、日の光が差し込む」

「———?」

 その言葉にベオウルフ達三人は黙り込み自然と窓の方へと視線が向かった。
 何も説明は無かったが無意識のまま気づけば二秒間待っていた。

 するとラグナルクの言った通り窓からは日の光が差し込んだ。

「おお! やるねおじいちゃん! 長年の勘ってやつかい?」

「いやちげえだろ。要するに未来予知ってことだな。ならその力でこの戦争の勝敗を見たってことか?」

「いいや。数秒程の未来ならば明確に見ることができるが遠い未来はぼやけてはっきりとは見ることができない」

「じゃあ何だよ、ただの自慢か? 俺が聞いてるのはお前がこっちに寝返った理由だ」

「元はお前に復讐するため私はここまで生きてきた。故に寝返るつもりなど全く無かった。だが······私が天使を支配し完全なる天生体となった時、私の目の前に誰かが現れた。顔はぼやけ実体は薄れている。まるでこの世の者とは思えないほどの神秘的なその存在は私の能力に干渉した。そして一時だけ私の眼には遠い未来の光景が目に入った。その時に見た未来が私の求める未来だっただけだ」

「ハッ、そんな何処の誰かも分からねえやつの未来を見てここまで行動に移したってか?」

「お前は、自分が目の前で見殺しにした女の名を覚えているか」

「······何が言いてえ」

「私の見た未来でフィオーレはある者の手により助けられあの戦争で生き延びた」

「ッ———」

 淡々と述べられたその言葉に一切の嘘は感じられない。
 ベオウルフは数秒間小さく口を開けたまま固まった。
 勿論、グラムやハルトは何についての話であるのか見当もつかない。だがこれ程動揺しているベオウルフを見るのは初めてだった。しかしその表情はすぐさま元に戻った。

「未来だ? あの戦争が何年前に起こったのか覚えてねえのか、お前は」

「いいや、”未来を生きる者”によりフィオーレは救われる。たとえその確率が一兆分の一であろうとも私にとってはあまりにも大きい。その”未来を生きる者”がお前の側にいる、私が女神を裏切った理由はそれだけだ」

「············」

「そして力に干渉した者は『きっと私なら』そう言い残して消えていった」

 到底信じられることではなかったがラグナルクには確かな根拠があった。
 この状況でラグナルクを否定することはできなかった。そして確かめるようにラグナルクを見つめる。

「それで、フィオーレは誰が助けんだよ」

「名は———」

「······そんな気もしたがな。分かった、信じてやる」

「そうか、随分と素直なものだな······ならば行くぞ、恩人を救いに」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。 婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。 美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。 そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……? ――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから

毛蟹葵葉
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。 ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。 彼女は別れろ。と、一方的に迫り。 最後には暴言を吐いた。 「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」  洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。 「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」 彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。 ちゃんと、別れ話をしようと。 ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

処理中です...