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前を向いて。
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「エリクルは利己的な奴だった。でも、情がないわけじゃなかったんだ」
「このネックレス、エリクル様が勧めてくれたんですか」
初耳の事実に驚いて、首から下げたネックレスを手に取ります。
ぼんやりと魔術を纏うそれは、私にはとても暖かく思えるのです。
「……まぁ、人の考えてることはそれぞれだ。俺、別にお前らのこと嫌いじゃないし、シャルロッテの恩人だし。何かあったら、力を貸してやるよ」
「ありがとうございます」
照れ臭そうにしながら、王子様はそう言ってくれました。
優しい人です。
緩む頬を向ければ、王子様は更に真っ赤になりました。
「な、なんか、こーゆー雰囲気、よくないんじゃないか?」
「?」
「おい」
旦那様は私を懐に収めると、王子様を睨みました。
「俺の、だぞ」
「わかってるって! 今のは不可抗力だろ」
「ラティアンカを見るな。潰すぞ」
「どこをだよ」
さっきとは打って変わって青ざめた王子様は、私から視線を外しました。
旦那様の耳に響く心地良い声が、上から降ってきます。
「ラティアンカ。あいつは裏切り者だし、ラティアンカ……ロールも不安にさせた。俺はそれを許す気はない」
「そうですか……」
「……が、一方的に怒るのはやめる」
旦那様は私を抱きしめているため、どんな顔をしているかはわかりません。
いつもと変わらぬ声のはずなのに、それが悲しそうでありながらも、決心したようなもので。
「俺は、あいつの親友だ。俺が間違えた時、あいつは助けてくれた。今度は、俺が一発食らわせる」
気づけば、涙が溢れて頬を濡らしていました。
「! ラティ、ラティアンカ」
私をひょいと抱き上げて、涙を拭ってくれる旦那様。
オロオロとしていて、これが世界一の魔術師と疑ってしまうくらいに狼狽えています。
「泣かないでくれ。俺は、お前に泣かれると、どうしていいのかわからない」
「ごめんなさい、つい」
「ラティアンカのせいじゃない。でも、できれば、泣き止んで、ほしい……」
だんだん尻窄みになっていく旦那様の言葉から、自信のなさが伺えます。
はぁあ~っ、と大きなため息をついて、王子様は背を向けました。
「お邪魔なようだし、これで俺は失礼する」
「王子様、ありがとうございます」
「……くそばばーと、シャルロッテによろしく」
気を遣って、王子様は離れていってしまいました。
涙を止めようとそれを手で拭えば、旦那様はあやすように私の背を一定のテンポで優しく叩きました。
「ラティアンカは、自分を役立たずと言ったな。何もできないと」
「……旦那様の妻でいいのかと、時折不安になるんです。私、吊りあわないのに。いつも旦那様に迷惑をかけてばかり」
「俺の帰る場所になってくれ」
予想外の発言にまばたきを繰り返せば、旦那様はそっと私にキスをしました。
労るような優しいキスは、私の心の棘を抜いていきます。
「ラティアンカがいるから、頑張れた。俺は世界一になれたんだ。ラティアンカを、誰よりも愛してる」
「私も、愛してます。旦那様のことを、一番」
「だから、俺が帰れるように。待っていてくれないか」
旦那様の、帰る場所。
そんなものに、なっていいのでしょうか。
私には、過ぎた幸せではないでしょうか。
「ラティ様!」
ロールがぴょこぴょこと跳ねながら、私のほうへやってきました。
女王様とのお話は終わったのでしょうか。
「泣いてるんですか!? 泣かしたんですか!?」
「違う、俺じゃない」
「……わかってますよ、すみません」
最初は凄い形相で旦那様に詰め寄ったロールでしたが、冗談だと肩を竦めました。
「今言うことじゃないと思うんですけど。私、多分……エリクル様のこと、好きです」
「は」
掠れた旦那様の小さな吐息が、空気に溶けました。
気づいてしまいましたか。
ロールのエリクル様に対する態度は、恋する乙女のもの。
こんな残酷な仕打ち、あっていいものなのでしょうか。
神様を一時期恨んでしまったくらい、酷いことじゃありませんか。
でも、私の心配は杞憂に終わりそうです。
「エリクル様は暗殺者側へ行ってしまったんですけど……殴ります! 気がすむまで!」
「………」
肉体派のロールは、思考も割と脳筋だったりします。
かつて強烈な一発をもらった旦那様が、その威力を思い出したのでしょう。
しかも旦那様の時とは違い、気がすむまで。
旦那様はどこか遠い目をしていました。
「それで、理由を聞くんです。どうしてこうしたんですかって。その後、告白します。フラれたって気にしません。……ごめんなさい、嘘です。悲しいです!」
元気に見えて、ロールの耳は下がったまま。
旦那様に下ろしてもらい、旦那様にしてもらったように、ロールの頭を撫でます。
「へへ、久しぶりですね。ラティ様が最初に頭を撫でてくれたの、今でも思い出します」
「ロール、無理しないで」
「へ、へへ……」
ロールは私にしがみつくと、涙で歪んだ声で泣き叫びました。
「何で裏切っちゃうんですかぁ……! 怒りました、私、怒りました!」
「ええ、そうね」
「だからっ、殴ってやるんです! それで泣けばいいんです! また……お話すればいいんです!」
「エリクル様の考えはわかりませんけど、何か理由があるはずです。とにかく、彼に会ってみなければ始まりませんね」
「そうです! 会って、絶対、会って」
支離滅裂になってきたロールでしたが、やがて気が済んだのか、私から離れてニカリと笑いました。
「エリクル様も、ラティ様も、大好きです!」
「俺は」
「アルジェルド様は普通です!」
「っ……」
がーん、とショックを受け、旦那様は落ち込みました。
まあ、ロールは旦那様のことあまり得意ではないでしょうね。
「ひとまず……ロマドに掛け合ってみますか」
「女王を通して、相談してみよう」
「はい!」
どこかへ行ってしまったエリクル様。
私の可愛いロールを傷つけたんです。
私だって旦那様だって怒ってます。
お話、聞かせてくださいね。
「このネックレス、エリクル様が勧めてくれたんですか」
初耳の事実に驚いて、首から下げたネックレスを手に取ります。
ぼんやりと魔術を纏うそれは、私にはとても暖かく思えるのです。
「……まぁ、人の考えてることはそれぞれだ。俺、別にお前らのこと嫌いじゃないし、シャルロッテの恩人だし。何かあったら、力を貸してやるよ」
「ありがとうございます」
照れ臭そうにしながら、王子様はそう言ってくれました。
優しい人です。
緩む頬を向ければ、王子様は更に真っ赤になりました。
「な、なんか、こーゆー雰囲気、よくないんじゃないか?」
「?」
「おい」
旦那様は私を懐に収めると、王子様を睨みました。
「俺の、だぞ」
「わかってるって! 今のは不可抗力だろ」
「ラティアンカを見るな。潰すぞ」
「どこをだよ」
さっきとは打って変わって青ざめた王子様は、私から視線を外しました。
旦那様の耳に響く心地良い声が、上から降ってきます。
「ラティアンカ。あいつは裏切り者だし、ラティアンカ……ロールも不安にさせた。俺はそれを許す気はない」
「そうですか……」
「……が、一方的に怒るのはやめる」
旦那様は私を抱きしめているため、どんな顔をしているかはわかりません。
いつもと変わらぬ声のはずなのに、それが悲しそうでありながらも、決心したようなもので。
「俺は、あいつの親友だ。俺が間違えた時、あいつは助けてくれた。今度は、俺が一発食らわせる」
気づけば、涙が溢れて頬を濡らしていました。
「! ラティ、ラティアンカ」
私をひょいと抱き上げて、涙を拭ってくれる旦那様。
オロオロとしていて、これが世界一の魔術師と疑ってしまうくらいに狼狽えています。
「泣かないでくれ。俺は、お前に泣かれると、どうしていいのかわからない」
「ごめんなさい、つい」
「ラティアンカのせいじゃない。でも、できれば、泣き止んで、ほしい……」
だんだん尻窄みになっていく旦那様の言葉から、自信のなさが伺えます。
はぁあ~っ、と大きなため息をついて、王子様は背を向けました。
「お邪魔なようだし、これで俺は失礼する」
「王子様、ありがとうございます」
「……くそばばーと、シャルロッテによろしく」
気を遣って、王子様は離れていってしまいました。
涙を止めようとそれを手で拭えば、旦那様はあやすように私の背を一定のテンポで優しく叩きました。
「ラティアンカは、自分を役立たずと言ったな。何もできないと」
「……旦那様の妻でいいのかと、時折不安になるんです。私、吊りあわないのに。いつも旦那様に迷惑をかけてばかり」
「俺の帰る場所になってくれ」
予想外の発言にまばたきを繰り返せば、旦那様はそっと私にキスをしました。
労るような優しいキスは、私の心の棘を抜いていきます。
「ラティアンカがいるから、頑張れた。俺は世界一になれたんだ。ラティアンカを、誰よりも愛してる」
「私も、愛してます。旦那様のことを、一番」
「だから、俺が帰れるように。待っていてくれないか」
旦那様の、帰る場所。
そんなものに、なっていいのでしょうか。
私には、過ぎた幸せではないでしょうか。
「ラティ様!」
ロールがぴょこぴょこと跳ねながら、私のほうへやってきました。
女王様とのお話は終わったのでしょうか。
「泣いてるんですか!? 泣かしたんですか!?」
「違う、俺じゃない」
「……わかってますよ、すみません」
最初は凄い形相で旦那様に詰め寄ったロールでしたが、冗談だと肩を竦めました。
「今言うことじゃないと思うんですけど。私、多分……エリクル様のこと、好きです」
「は」
掠れた旦那様の小さな吐息が、空気に溶けました。
気づいてしまいましたか。
ロールのエリクル様に対する態度は、恋する乙女のもの。
こんな残酷な仕打ち、あっていいものなのでしょうか。
神様を一時期恨んでしまったくらい、酷いことじゃありませんか。
でも、私の心配は杞憂に終わりそうです。
「エリクル様は暗殺者側へ行ってしまったんですけど……殴ります! 気がすむまで!」
「………」
肉体派のロールは、思考も割と脳筋だったりします。
かつて強烈な一発をもらった旦那様が、その威力を思い出したのでしょう。
しかも旦那様の時とは違い、気がすむまで。
旦那様はどこか遠い目をしていました。
「それで、理由を聞くんです。どうしてこうしたんですかって。その後、告白します。フラれたって気にしません。……ごめんなさい、嘘です。悲しいです!」
元気に見えて、ロールの耳は下がったまま。
旦那様に下ろしてもらい、旦那様にしてもらったように、ロールの頭を撫でます。
「へへ、久しぶりですね。ラティ様が最初に頭を撫でてくれたの、今でも思い出します」
「ロール、無理しないで」
「へ、へへ……」
ロールは私にしがみつくと、涙で歪んだ声で泣き叫びました。
「何で裏切っちゃうんですかぁ……! 怒りました、私、怒りました!」
「ええ、そうね」
「だからっ、殴ってやるんです! それで泣けばいいんです! また……お話すればいいんです!」
「エリクル様の考えはわかりませんけど、何か理由があるはずです。とにかく、彼に会ってみなければ始まりませんね」
「そうです! 会って、絶対、会って」
支離滅裂になってきたロールでしたが、やがて気が済んだのか、私から離れてニカリと笑いました。
「エリクル様も、ラティ様も、大好きです!」
「俺は」
「アルジェルド様は普通です!」
「っ……」
がーん、とショックを受け、旦那様は落ち込みました。
まあ、ロールは旦那様のことあまり得意ではないでしょうね。
「ひとまず……ロマドに掛け合ってみますか」
「女王を通して、相談してみよう」
「はい!」
どこかへ行ってしまったエリクル様。
私の可愛いロールを傷つけたんです。
私だって旦那様だって怒ってます。
お話、聞かせてくださいね。
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