26 / 99
ロールside
しおりを挟む私の記憶は、少し前から始まっている。
◆ ◆ ◆
最初の記憶は奴隷小屋。
何もわからぬ内に買われて、奴隷として扱われてきた。
一番目のご主人様は、私を観賞用に買った。
私は獣人では珍しいとされるウサギの獣人である。
理由は簡単で、ウサギは弱くて生き残れないから。
だからこその観賞用だったのに、私はウサギの癖に力が強かった。
ご主人様は私を怖がり、労働力を求めている人へと売り渡した。
二番目のご主人様は、乱暴な人だった。
常に怒っている。
そんなご主人様の相手をするのは、本当に命懸けだ。
何か気に食わないことがあれば殺されてしまうし、逆らおうにもできやしない。
理由は、奴隷に刻まれる奴隷紋のせい。
お腹にある刺青のようなもので、主人に逆らえばその刺青が高熱となり、体を内側から焼きこがす。
そんな恐ろしいものつけられちゃ、逆らうにも逆らえない。
毎日怖かった。
自分はいつ死ぬのかと怯える日々が続いた。
ーーそれを助けてくれたのはラティ様。
人によっては偽善だって言う人もいるんだろう。
確かにそれは偽善だったかもしれないけれど、私は凄く嬉しかったんだ。
それに、ラティ様は私を奴隷として扱わない。
そのお陰で、お腹の紋章は役に立たないものとなり消滅した。
一度はお腹を切り裂いてでも消したいと願ったほどの、憎い紋章。
それが消えた時、ラティ様に隠れて泣いてしまった。
ラティ様は優しいお方。
それと同時に、少し臆病なお方。
ラティ様には、旦那様がいたらしい。
彼はラティ様を最後まで愛さず、とうとうラティ様が愛想を尽かして家を出たとか。
それを聞いて、私はその元旦那様を嫌いになった。
ラティ様を傷つける人は大嫌い。
なのに……ラティ様はその人の話をする時、酷く穏やかな顔をする。
何で? どうして?
ラティ様は、その旦那様が嫌いなんじゃないの?
だからフォルテ国の王子様……ルシフェル様にデートに誘われたと聞いて、本当に嬉しかった。
ああ、よかったって。
これでラティ様は幸せになれるって。
ラティ様と離れ離れになるのは凄く嫌だけど、ラティ様が幸せになれるなら、私はそれでよかった。
ーーーでも。
ラティ様は王子様の誘いを断ってしまった。
そのことを風魔に乗っている時に問い詰めれば、寂しそうな顔で答えてくれた。
「あの人のことが、忘れられないのです……変ですね。私から捨てたというのに。でも、私はとっくに捨てられていたのかもしれませんね」
許せない。
こうもラティ様を追い詰めるなんて。
私が元旦那様に会ったら、間違いなく一発殴ってやる。
そう思いながら風魔で移動中の時にトレーニングしていると、エリクル様が私を呼んだ。
「ロールちゃん、ロールちゃん」
「……?」
呼ばれて近づいてみれば、エリクル様は声を潜めて私にこう言った。
「二人になれる時間、探してたんだ」
「!」
まさかエリクル様、私のことすーー
「実は、ラティアンカ嬢のことなんだけど」
きなわけありませんよね。
急展開すぎて驚くところでした。
「ラティアンカ嬢、まだアル……元旦那のこと、忘れられてないだろ?」
「そういえば、エリクル様は元旦那様とお友達でしたね」
「うん」
「今更ですけど、こんなことに手を貸していいんですか?」
「いいんだよ。あいつへの嫌がらせさ」
「……まあ、ラティ様に興味がないなら、私がラティ様をお守りしますから!」
大声で、自慢するように言えば、エリクル様は言いづらそうに後頭部をかく。
「あー、そのこと、なんだけど……」
「?」
「実は元旦那は、ラティアンカ嬢のことデロッデロに愛してるんだよね」
「ええ!?」
意外すぎる。
ひょっとしてエリクル様は、嘘をついているんじゃないだろうか。
怪しむ私に気づいたのか、エリクル様は真剣に、一言一言噛み締めるように私に言った。
「嘘じゃない。嘘だったら、ロールちゃんに何でもしてあげる」
「何でもとは?」
「……ダイヤ100個買うとか」
「わかりました」
いくら魔術師とはいえ、ダイヤ100個は無理でしょう。
大袈裟な話に私は頷きました。
ということは、さまざまな矛盾が生じていることになります。
「ラティ様は旦那様と仲が良くなかったと」
「それはね、元旦那が絶望的に人間に向いてない」
「向いてない?」
「魔術と見た目は一丁前、悪い奴ではないんだが、最悪なほどに口下手。それが全てを台無しにしていると言っても過言ではない」
「口下手……」
「あいつ、ラティアンカ嬢に好きだとか一言も言わなかったんだ。捨てられて当然だろう」
「あの……こう言ってはなんですが、旦那様はその」
「ああ、馬鹿だろう? あいつの馬鹿さ加減にそろそろ呆れてる」
「………」
何だか更に意外。
エリクル様って、言わばお坊ちゃまみたいな人だと思っていたから、こんな風に友人をバカにする発言なんてしないんだと思っていた。
そんなことないか。
彼だって人間だ。
そういう発言ぐらいするだろう。
「多分あいつ、全力で追っかけてきてるよ」
「!」
「どうする? こっちも全力で逃げる?」
「このことは、ラティ様に……?」
「伝えてないよ。彼女に判断を委ねるのは少し酷だと思ってね」
どうする。
世界一と名高い元旦那様なら、追いつくのだってあっという間なんだろう。
何なら、こう会話している今にでもやってきておかしくない。
逃げることだってできるんだろう。
「でも……いいんじゃないでしょうか」
「ほぅ」
「ラティ様、きっと元旦那様のことがまだ好きなんです。忘れられないんです。私の幸せは、ラティ様の幸せです。ラティ様が幸せになってくれるほうを選びます」
「へぇ、そう」
「あ、でも! 元旦那様には悪いですけど、一発は殴ります!」
「フフ、ロールちゃんは面白い子だね」
当たり前です!
ラティ様を悲しませたんですから!
そう叫べば、つられてラティ様がやってきました。
「二人共、ご飯ができましたよ? 何をお話ししているんですか?」
「いえ! ただの世間話です!」
「そうですか」
私はこの人を幸せにしたい。
どうかこの人には笑顔でいて欲しい。
そう思うことは、きっと間違いじゃないはずだ。
「……ほーんと、ラティアンカ嬢は愛されてるね」
エリクル様が小さく、そうぼやいた気がした。
◆ ◆ ◆
「××様。いいですか? 絶対に、見つかってはなりません」
「どうして? とうさまは? かあさまは?」
「逃げるのです。貴方様が殺されてしまえば、終わってしまう」
「なんで、どうして」
「ごめんなさい。守れない私を、許してください」
「やめて、いかないで、お願いーーー!!」
遠い、遠い、思い出。
私は、誰かの役に、立たないと。
だって、私のせいで、私のせい、で。
◆ ◆ ◆
「ーーっ!!」
ベッドから飛び起きた。
じっとりと嫌な汗が、背中を伝う。
あれは、私が忘れていた思い出?
不安になって横を見れば、ラティ様はエリクル様はぐっすりと寝ていた。
「………」
少しだけ思い出した。
私をずっと、守ってくれていた人。
「アンナ、ちゃん」
アンナちゃんにとって、私は、大事な人物だったんだろうか。
◆ ◆ ◆
「行かせてください」
気づけば、名乗り出ていた。
誰かの役に立ちたいという思いで。
少しでも、エリクル様とラティ様の役に立ちたいと願って。
「ああ、ありがとうございます……!」
係の人は凄く感謝してくれたけど、私は頑張らなくてはいけないんだ。
二人のためにも。
それと、アンナちゃんのためにも。
「ロール、大丈夫?」
「はいっ、気合十分ですっ」
手に入れなくてはならない食材は、ヒイロの国に入って、街とは逆方面のほうへ向かった先にあるという。
係の人が案内できるところまでしてもらい、後は私の感覚頼り。
かなり無鉄砲な作戦だけど、やりたい。
「忘れないでくださいね? ロール。私は最初、あなたを護衛として雇った。でも、今は本当の家族みたいに思っているのですよ」
「……へへ、嬉しいな」
「だから、怪我したら悲しいです」
私が怪我をすれば、ラティ様が悲しむ。
なら、決まっている。
「ちゃんと帰ってきます! ラティ様のこと、大好きですから!」
「……ええ。待っています」
「な~んか、僕だけ仲間はずれって感じがするんだけど」
不満げな顔をして、エリクル様がこちらをチラリと見た。
何だか子供っぽい一面に、胸がキュンとする。
……キュン?
「……へ?」
「ロール?」
「なっ、なんでもありません!!」
つい声を張り上げて否定した。
あー、もう。
とんでもなく面倒くさい。
この感情なんて、押し込んでしまおう。
「案内してください!!」
「は、はい……」
私の勢いにビクつきながら、係の人は歩き始めた。
269
お気に入りに追加
6,325
あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから
毛蟹葵葉
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。
ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。
彼女は別れろ。と、一方的に迫り。
最後には暴言を吐いた。
「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」
洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。
「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」
彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。
ちゃんと、別れ話をしようと。
ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

【完結】婚約者と養い親に不要といわれたので、幼馴染の側近と国を出ます
衿乃 光希
恋愛
卒業パーティーの最中、婚約者から突然婚約破棄を告げられたシェリーヌ。
婚約者の心を留めておけないような娘はいらないと、養父からも不要と言われる。
シェリーヌは16年過ごした国を出る。
生まれた時からの側近アランと一緒に・・・。
第18回恋愛小説大賞エントリーしましたので、第2部を執筆中です。
第2部祖国から手紙が届き、養父の体調がすぐれないことを知らされる。迷いながらも一時戻ってきたシェリーヌ。見舞った翌日、養父は天に召された。葬儀後、貴族の死去が相次いでいるという不穏な噂を耳にする。28日の更新で完結します。

手放したくない理由
ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。
しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。
話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、
「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」
と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。
同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。
大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる