上 下
10 / 99

空の旅です。

しおりを挟む
「わあ、凄いですね……」

ロールはエルクル様のお宅へ上がると、感嘆の声を上げました。
それはそうでしょう。
外装も立派ながら、中は豪邸です。
おまけに彼は風の魔術に特化した方なので、風の魔術に関する資料がそこら中にあります。
一枚一枚の紙から小さな模型まで、凄い完成度です。

「さすがはエリクル様ですね」
「いや、僕は普通の魔術師だよ。アルなんかもっと凄いだろ?」
「アルジェルド様ですか……」

思い直せば、旦那様は研究資料などは自分の部屋に溜め込むお方でした。
だからアルジェルド様の部屋はとても広く、ご自分が執筆された本や買い占めた資料が散乱していました。
でも、自分の部屋の外には持ち出さなかったのであまりまじまじと見たことはありませんね。

「アルジェルド様は、溜め込むタイプでしたから」
「ああ、なるほど。万が一の盗難防止だろうな。あいつほどの魔術師の知識が盗まれたら大変だ」

と、そうこうしている内に、エリクル様の部屋へつきました。
そこへ案内され、私とローズが椅子に腰を下ろします。
こういったアンティーク風の家具もいいものです。
集めてみましょうか。

「さて。獣人の国、アストロに行く件だがーー風魔を、使いたいんだね?」
「はい」
「ふうま?」

聞き覚えのない単語にロールは首を傾げてみせます。
ウサギの耳も一緒に垂れてとても可愛らしいです。
エリクル様がロールに説明をします。

「風魔っていうのは、魔石を燃やして飛ぶ大きな気球みたいなものだよ」
「はえー、そんなものがあるんですか……」
「一般の人の中ではあまり出回ってないよ。珍しいものだから」

エリクル様を頼った理由は、その風魔を所有しているからでもありました。
風の魔術を使う分風の読み方も一流ですので、彼は風魔を扱うのはとても上手なのです。
ただ……

「アストロがそもそも遠すぎますわね」
「ラティアンカ嬢の言う通りだ。魔石を何回か入れ替えなきゃならないし、風魔も各地で休ませなきゃならない」

風魔は出回っていない分、なかなか手間のかかるものでもあります。
魔石自体が珍しいので高いし、繊細なものなので手入れが度々必要となります。

「こんなに大変なことを申し込んでしまい、申し訳ありません」
「あの、ラティ様……」

私がエリクル様に謝罪をすると、言いづらそうにロールが私の名前を呼びました。

「その、アストロ、別に私は行かなくて大丈夫です。大変だってわかりましたし」
「………」
「ラティ様はもちろん、エリクル様に迷惑がかかってしまいます」

ロールは私達に気を遣ってくれたのでしょう。
行かなくていいとは言ったものの、その瞳が残念そうにうつむいています。
すると、私が何か言う前に、エリクル様が口を挟みました。

「そんなことないさ。ロールちゃんは、僕やラティアンカ嬢に迷惑だと思うのかい?」
「は、はい」
「僕、最近誰かと出かけるなんてことなかったんだ。正直凄くワクワクしてる。だって空の旅だよ? 楽しくないわけがない」

歌うようにそう言うと、「ね?」とエリクル様は茶目っ気たっぷりにウインクしてみせます。
ロールはそれを聞いて、少しだけ瞳を期待の色へと変えます。

「で、でも、魔石は調達できるのですか?」
「うん。高いけど、僕は魔術師だよ? 魔術師ならお金はあまるくらいあるさ」
「決まりですね」

私はぺこりとエリクル様に頭を下げ、これからの空の旅を想像して笑いました。

「お世話になります。きっと楽しい旅になるでしょう。このお礼は忘れませんわ」
「わ、私も! 忘れません!」
「やだなぁ。そんなの忘れてくれたっていいのに」

にしても、本当に楽しみです。
遠出すること自体が久しぶりですから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

処理中です...