6 / 99
綺麗な護衛。
しおりを挟む
ギルドの一部屋を借りて、私は少女にまず名前を聞くことにしました。
「あなた、名前は何といいます?」
「……えと、私、数ヶ月前に記憶喪失になってしまいまして。自分の名前を覚えてないんです」
「記憶喪失?」
少女は困ったように私に言いました。
ここで嘘をついても彼女にメリットはありませんし、そもそも嘘をつく理由が見当たりません。
ということは、本当に記憶喪失なのでしょう。
「では、何と呼ばれていたんです?」
「私はおい、とか、お前、とか呼ばれていました」
「………」
呼び名すら与えられていなかったのですか。
私は驚きのあまり、口が開いてしまいました。
男尊女卑は世界に根付いた悪いルールですね。
男性が優先的につきたい仕事につき、女性にはあまり物の仕事が回されることが多いです。
奴隷も、男性の奴隷のほうが若干ですが丁寧に扱われます。
この子も色々と苦労をしてきたのでしょう。
「そうですか……一旦、お風呂に入りましょうか。その後私が名前をつけてもいいですか?」
「えっ。い、いいんですか? ら、ラティ様につけていただけるなんて……」
オドオドとして申し訳なさそうにする彼女に、私は再度言い聞かせます。
「あなたはもう奴隷じゃないんですよ。私はあなたを護衛として雇っていますので、名前がないと不便でしょう?」
「……ありがとう、ございます」
ほぅ、と安心したように、彼女が息をつきました。
受付係さんにお風呂の場所を聞き、彼女がお風呂を上がるのを待ちます。
それから数十分後。
「お待たせしてしまいすみませんっ」
「……まぁ」
とても彼女が綺麗になったので、私は声を上げました。
泥だらけだった体は白く、彼女が白ウサギの獣人であることがわかります。
ピンク色の大きな瞳が庇護欲を誘ってきます。
「……あの?」
気づけば私は彼女の頭を撫でていました。
「! すみません、つい……」
ぽろ。
「!」
彼女はポロポロと涙を流していました。
私、何かやってしまいましたでしょうか。
頭を撫でられるのは嫌だったでしょうか。
「ご、ごめんなさい! 嫌でした?」
「と、とんでも、ありませんっ……あったかくて、何だか、懐かしくて……」
目をゴシゴシと擦り、しゃくり上げる彼女。
見れば十五歳くらいでしょうか。
その若さで記憶喪失、おまけに奴隷という立場。
辛くて当然でしょう。
私には彼女の境遇はわかりませんので、下手に同情することもできません。
でも彼女を慰めたくて、ただひたすらに泣き止むまで彼女の頭を撫で続けました。
◆ ◆ ◆
「その、大変お見苦しいところをお見せしました」
「いいんですよ」
泣き止んだ彼女は、恥ずかしそうに顔を赤らめながらそう言いました。
「私、嬉しかったです。ラティ様に撫でていただいて」
「ならよかったのですが……嫌なことがあったら言ってくださいね。遠慮はいりませんから」
「はい」
柔らかく微笑むと、彼女は「それで……」と続けます。
「名前のほう、なんですが……」
「ああ、ちゃんと考えてありますよ」
「本当ですか!」
「ええ。あなたの名前は、今日からロールです」
「ロール……」
「私の好きな、花の名前ですよ」
淡いピンクの花のロールは、彼女にきっと似合うだろう。
そう思って名付けさせていただきました。
彼女は嬉しそうに「ロール、ロール」と確かめるようにつぶやくと、私に向かって膝まづきました。
「私、ロールは今日から護衛として、ラティ様を全力でお守りいたします」
「ええ。よろしくね、ロール」
彼女ーーロールは頼りになるでしょう。
ロールさえよければ、一緒に暮らしても楽しそうです。
「っと、忘れるところでした」
荷物から薬瓶を取り出すと、それをロールに差し出します。
「これは?」
「飲めば傷が多少は癒えますよ」
「! で、でも、さっきのと同じですよね? 宿代が賄えるほどの薬を私が……」
「あなたは私の仲間となりましたから。このくらい当然です」
別に誇るようなことでもありません。
彼女が傷を負っているのを放置するなんてこと、したくありませんから。
ロールは薬瓶を開けると、それを一気に飲み干しました。
「うっ」
「あー、一気に飲んでしまいましたか」
それは効果が強い分大分苦いので、ゆっくり飲むものです。
ロールは苦そうな顔をしたものの、何事もなかったように「ありがとうございます」と薬瓶を返してくれました。
「……あれ? 痛くない?」
早いですね。
ロールの傷が癒え始めたようです。
さすが元旦那様のレシピとも思いますが、彼女が獣人なのも関係しているでしょう。
獣人は魔術が使えない分、身体能力が突出した一族です。
その分回復も早いのでしょう。
「ラティ様は、有名な魔術師様なのですか?」
「……いいえ。私はただの、ラティです」
あの人の嫁であったのは、もう過去の話。
今の私はただのラティアンカなのです。
「あなた、名前は何といいます?」
「……えと、私、数ヶ月前に記憶喪失になってしまいまして。自分の名前を覚えてないんです」
「記憶喪失?」
少女は困ったように私に言いました。
ここで嘘をついても彼女にメリットはありませんし、そもそも嘘をつく理由が見当たりません。
ということは、本当に記憶喪失なのでしょう。
「では、何と呼ばれていたんです?」
「私はおい、とか、お前、とか呼ばれていました」
「………」
呼び名すら与えられていなかったのですか。
私は驚きのあまり、口が開いてしまいました。
男尊女卑は世界に根付いた悪いルールですね。
男性が優先的につきたい仕事につき、女性にはあまり物の仕事が回されることが多いです。
奴隷も、男性の奴隷のほうが若干ですが丁寧に扱われます。
この子も色々と苦労をしてきたのでしょう。
「そうですか……一旦、お風呂に入りましょうか。その後私が名前をつけてもいいですか?」
「えっ。い、いいんですか? ら、ラティ様につけていただけるなんて……」
オドオドとして申し訳なさそうにする彼女に、私は再度言い聞かせます。
「あなたはもう奴隷じゃないんですよ。私はあなたを護衛として雇っていますので、名前がないと不便でしょう?」
「……ありがとう、ございます」
ほぅ、と安心したように、彼女が息をつきました。
受付係さんにお風呂の場所を聞き、彼女がお風呂を上がるのを待ちます。
それから数十分後。
「お待たせしてしまいすみませんっ」
「……まぁ」
とても彼女が綺麗になったので、私は声を上げました。
泥だらけだった体は白く、彼女が白ウサギの獣人であることがわかります。
ピンク色の大きな瞳が庇護欲を誘ってきます。
「……あの?」
気づけば私は彼女の頭を撫でていました。
「! すみません、つい……」
ぽろ。
「!」
彼女はポロポロと涙を流していました。
私、何かやってしまいましたでしょうか。
頭を撫でられるのは嫌だったでしょうか。
「ご、ごめんなさい! 嫌でした?」
「と、とんでも、ありませんっ……あったかくて、何だか、懐かしくて……」
目をゴシゴシと擦り、しゃくり上げる彼女。
見れば十五歳くらいでしょうか。
その若さで記憶喪失、おまけに奴隷という立場。
辛くて当然でしょう。
私には彼女の境遇はわかりませんので、下手に同情することもできません。
でも彼女を慰めたくて、ただひたすらに泣き止むまで彼女の頭を撫で続けました。
◆ ◆ ◆
「その、大変お見苦しいところをお見せしました」
「いいんですよ」
泣き止んだ彼女は、恥ずかしそうに顔を赤らめながらそう言いました。
「私、嬉しかったです。ラティ様に撫でていただいて」
「ならよかったのですが……嫌なことがあったら言ってくださいね。遠慮はいりませんから」
「はい」
柔らかく微笑むと、彼女は「それで……」と続けます。
「名前のほう、なんですが……」
「ああ、ちゃんと考えてありますよ」
「本当ですか!」
「ええ。あなたの名前は、今日からロールです」
「ロール……」
「私の好きな、花の名前ですよ」
淡いピンクの花のロールは、彼女にきっと似合うだろう。
そう思って名付けさせていただきました。
彼女は嬉しそうに「ロール、ロール」と確かめるようにつぶやくと、私に向かって膝まづきました。
「私、ロールは今日から護衛として、ラティ様を全力でお守りいたします」
「ええ。よろしくね、ロール」
彼女ーーロールは頼りになるでしょう。
ロールさえよければ、一緒に暮らしても楽しそうです。
「っと、忘れるところでした」
荷物から薬瓶を取り出すと、それをロールに差し出します。
「これは?」
「飲めば傷が多少は癒えますよ」
「! で、でも、さっきのと同じですよね? 宿代が賄えるほどの薬を私が……」
「あなたは私の仲間となりましたから。このくらい当然です」
別に誇るようなことでもありません。
彼女が傷を負っているのを放置するなんてこと、したくありませんから。
ロールは薬瓶を開けると、それを一気に飲み干しました。
「うっ」
「あー、一気に飲んでしまいましたか」
それは効果が強い分大分苦いので、ゆっくり飲むものです。
ロールは苦そうな顔をしたものの、何事もなかったように「ありがとうございます」と薬瓶を返してくれました。
「……あれ? 痛くない?」
早いですね。
ロールの傷が癒え始めたようです。
さすが元旦那様のレシピとも思いますが、彼女が獣人なのも関係しているでしょう。
獣人は魔術が使えない分、身体能力が突出した一族です。
その分回復も早いのでしょう。
「ラティ様は、有名な魔術師様なのですか?」
「……いいえ。私はただの、ラティです」
あの人の嫁であったのは、もう過去の話。
今の私はただのラティアンカなのです。
726
お気に入りに追加
6,319
あなたにおすすめの小説
望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】
男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。
少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。
けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。
少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。
それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。
その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。
そこには残酷な現実が待っていた――
*他サイトでも投稿中

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。
そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ……
※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。
※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。
※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ
曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。
婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。
美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。
そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……?
――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから
毛蟹葵葉
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。
ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。
彼女は別れろ。と、一方的に迫り。
最後には暴言を吐いた。
「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」
洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。
「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」
彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。
ちゃんと、別れ話をしようと。
ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる