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婚約破棄の前
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事態は婚約破棄前、レオーネが留学する前へと遡る。
小国アルデバランは遊牧の民が国を作り、広げていったことで、独自の文化を築き上げていた。
そんな中大切に育てられたレオーネだったが、現在は女王である母親は政治を行うことができないので、代わりに姉であるルージュが執務をこなしている。
「私のかわいいレオーネ。何かあったらすぐこの姉様に相談するのよ」
レオーネのことを非常に可愛がっていたルージュは、レオーネが反応を示せばすぐさま飛んできた。
幼い頃、牧畜の動物に吠えられ泣いてしまった時も。
迷子になって、困り果てた時も。
ルージュは何よりもレオーネを大切にし、そんな妹を嫁に出すことを随分と渋っていた。
「大国のウルゲの目的は、レオーネの魔力よ。あっちに行って、変な実験にでも使われやしないかしら」
「大丈夫よ姉様。何かあったら自分で何とかするわ」
何とかする、の文言の通り、レオーネには力があった。
レオーネは生まれつき人よりも魔力の所有量が多く、力が強かった。
その力は各国に知れ渡り、ウルゲの王子ミティスに見初められることやや五年。
愛らしい顔も相まって、レオーネの噂は回るばかりである。
「それでも姉様心配なのよ。……そうだわ。学友として、ヴィジーを連れていきなさい」
「ヴィジーって、姉様の護衛じゃない」
「ええそう。わたくしの護衛のヴィジー。あの子は凄く優秀よ。今も魔物退治に派遣中だし」
「でもそれじゃあ、誰が姉様のことを守るって言うの?」
「あら愚問ね」
ルージュは椅子から立ち上がると、くいとレオーネの顎を指で上げてみせた。
その真っ赤な唇も相まって、さながら彼女は姫というよりボスに近い。
「わたくしの身はわたくしが守るの。レオーネ、あなたも守られていればいいのよ」
「姉様……」
「お母様もわたくしが何とかしてみせます。あなたは何も心配しなくていい」
レオーネを無垢だと信じ切る姉に、レオーネは何も言えないままであった。
そんな自分を変えたくて留学に行くのだと、密かな反論すらできない。
姉の過保護でつけられた護衛は、自分と年も変わらぬ少女であった。
ヴィジーはレオーネを蝶よ花よとばかりに繊細に扱うものだから、姉の教育が行き届いているのを嫌でも理解させられる。
ルージュの愛はくすぐったくて、どことなく重いのだ。
そんな姉に、まさか自分が婚約破棄を進めようとしていることなど、レオーネはいうことができなかった。
◆ ◆ ◆
ミティスに婚約破棄の協力要請をされた、次の日。
レオーネは目を真っ赤に腫らしたことで、ヴィジーに学園に行くことを止められた。
別にこれくらい何ともないのだが、ヴィジーは心配性であった。
「お嬢様、お加減はいかがですか」
「大丈夫よヴィジー。あなたは学園に行ってちょうだい。私の護衛とはいっても、あなたもこの学園の生徒なんだから」
「いいえ。お嬢様を放っていけるわけがありません」
ヴィジーは頑なに首を横に振ると、レオーネに紅茶を差し出した。
「これを飲んでください。気分が落ち着きます」
「……ありがとう」
「お嬢様。昨日なにがあったのか、私は知っています」
「でしょうね。あなたは私の護衛だから、見ていると思っていたわ」
「どうしますか? ミティス様を気づかれないよう、制裁することは可能ですが」
「絶対やめて」
どうしてこうも血の気が多いのだろうか。
気を悩ませるレオーネだったが、ヴィジーは少々鈍感の気があり、レオーネが悩んでいるのはミティスの件のみであると思い込んでいる。
頭が重い。
協力するとは宣ったものの、未だ恋心は捨てきれないままだ。
「ミティス様は、好きな人と一緒になれたのかしら」
他に思い人がいると口にしたその姿を、レオーネは一生忘れない。
もう休んでしまったのだから、今日ばかりはゆっくりしていよう。
そう思い、レオーネはベッドに潜った。
小国アルデバランは遊牧の民が国を作り、広げていったことで、独自の文化を築き上げていた。
そんな中大切に育てられたレオーネだったが、現在は女王である母親は政治を行うことができないので、代わりに姉であるルージュが執務をこなしている。
「私のかわいいレオーネ。何かあったらすぐこの姉様に相談するのよ」
レオーネのことを非常に可愛がっていたルージュは、レオーネが反応を示せばすぐさま飛んできた。
幼い頃、牧畜の動物に吠えられ泣いてしまった時も。
迷子になって、困り果てた時も。
ルージュは何よりもレオーネを大切にし、そんな妹を嫁に出すことを随分と渋っていた。
「大国のウルゲの目的は、レオーネの魔力よ。あっちに行って、変な実験にでも使われやしないかしら」
「大丈夫よ姉様。何かあったら自分で何とかするわ」
何とかする、の文言の通り、レオーネには力があった。
レオーネは生まれつき人よりも魔力の所有量が多く、力が強かった。
その力は各国に知れ渡り、ウルゲの王子ミティスに見初められることやや五年。
愛らしい顔も相まって、レオーネの噂は回るばかりである。
「それでも姉様心配なのよ。……そうだわ。学友として、ヴィジーを連れていきなさい」
「ヴィジーって、姉様の護衛じゃない」
「ええそう。わたくしの護衛のヴィジー。あの子は凄く優秀よ。今も魔物退治に派遣中だし」
「でもそれじゃあ、誰が姉様のことを守るって言うの?」
「あら愚問ね」
ルージュは椅子から立ち上がると、くいとレオーネの顎を指で上げてみせた。
その真っ赤な唇も相まって、さながら彼女は姫というよりボスに近い。
「わたくしの身はわたくしが守るの。レオーネ、あなたも守られていればいいのよ」
「姉様……」
「お母様もわたくしが何とかしてみせます。あなたは何も心配しなくていい」
レオーネを無垢だと信じ切る姉に、レオーネは何も言えないままであった。
そんな自分を変えたくて留学に行くのだと、密かな反論すらできない。
姉の過保護でつけられた護衛は、自分と年も変わらぬ少女であった。
ヴィジーはレオーネを蝶よ花よとばかりに繊細に扱うものだから、姉の教育が行き届いているのを嫌でも理解させられる。
ルージュの愛はくすぐったくて、どことなく重いのだ。
そんな姉に、まさか自分が婚約破棄を進めようとしていることなど、レオーネはいうことができなかった。
◆ ◆ ◆
ミティスに婚約破棄の協力要請をされた、次の日。
レオーネは目を真っ赤に腫らしたことで、ヴィジーに学園に行くことを止められた。
別にこれくらい何ともないのだが、ヴィジーは心配性であった。
「お嬢様、お加減はいかがですか」
「大丈夫よヴィジー。あなたは学園に行ってちょうだい。私の護衛とはいっても、あなたもこの学園の生徒なんだから」
「いいえ。お嬢様を放っていけるわけがありません」
ヴィジーは頑なに首を横に振ると、レオーネに紅茶を差し出した。
「これを飲んでください。気分が落ち着きます」
「……ありがとう」
「お嬢様。昨日なにがあったのか、私は知っています」
「でしょうね。あなたは私の護衛だから、見ていると思っていたわ」
「どうしますか? ミティス様を気づかれないよう、制裁することは可能ですが」
「絶対やめて」
どうしてこうも血の気が多いのだろうか。
気を悩ませるレオーネだったが、ヴィジーは少々鈍感の気があり、レオーネが悩んでいるのはミティスの件のみであると思い込んでいる。
頭が重い。
協力するとは宣ったものの、未だ恋心は捨てきれないままだ。
「ミティス様は、好きな人と一緒になれたのかしら」
他に思い人がいると口にしたその姿を、レオーネは一生忘れない。
もう休んでしまったのだから、今日ばかりはゆっくりしていよう。
そう思い、レオーネはベッドに潜った。
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