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#12. 印(Side智行)
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正直、レセプションパーティーでの彼女の振る舞いは想像以上のものだった。
完璧と言っていいだろう。
ドレスアップした姿は目を惹きつける美しさだったし、場の雰囲気に合わせた優雅な振る舞い、婚約者としての堂々とした態度や仕草は見事だった。
驚いたのは、いつも家で彼女に触れるとあんなに動揺して身を強ばらせているのに、パーティーの最中は全く動じずだったことだ。
さも当然というふうに身を預け、微笑み、幸せそうなオーラを振り撒きながら、まるで僕を本当に愛してるかのような瞳で見つめてくる。
普段とのあまりの違いに、彼女の真骨頂を見た気がした。
やはり演技をかじっていたと言っていたのは本当のことだったのだろう。
気になってインターネットで「秋月環菜」と検索してみたが、特にヒットすることはなかった。
おそらくアマチュアで活動していたか、芸名で活動していたかのどちらかだと思う。
婚約者役としての振る舞いもそうだが、もっと驚かされたのはノヴァコバ議員のご夫人経由で、次の約束を取り付けたことだ。
大人数が集まるパーティーと、個人的なお付き合いというのは全く意味が違ってくる。
個人的に親交を深められれば、根回ししやすいし、有事の際に力にもなってもらいやすい。
特にノヴァコバ議員は大臣も務めている権力者である。
日本国としても、両国の関係強化においてぜひ押さえておきたい相手なのだ。
ノヴァコバ議員が日本食が好きだという情報は得ていたので、これまでも日本食レストランにお誘いするなどはしていたがなかなか首を縦に降らせることができなかった。
まさか夫人が日本の家庭料理、しかも手作りに反応するとは思ってもみない展開だ。
仕事面においても予想以上の収穫である。
そんな活躍をしてくれた環菜だが、当の本人は全くそれを自覚していない。
しかも家に着くと、スイッチが切れたようにいつもの環菜に戻り、僕に対して急によそよそしくなるのだ。
疲れ果てて玄関で環菜がへなへなになっていたから、さっきまでのパーティーのように腰を抱いて支えると、その途端にビクッと身体を強ばらせる。
その瞳にはさっきのあの愛しい者を見るような色はない。
この変わりように、本当に僕に興味がないことを感じてなぜだか少し苛立ちを感じる。
それに、パーティーでの環菜は、あまりにも他の男の視線を集めていて、その時にも実はイライラしていたのだ。
男たちが情欲の目で舐めるように環菜を見るたびに隠してしまいたい衝動に駆られた。
それに帰り際には一人でいるところを男に声をかけられていたし。
思い出すとまた微かに苛立ちが蘇ってきた。
それを感じ取ったのか、玄関からリビングに向かっている途中、環菜が上目遣いでやや機嫌を伺うように僕を見てくる。
「なんか怒ってる?」
「いや、別に」
「もしかして私何か失敗しちゃった?」
「そんなことないよ。完璧だったよ」
僕はニコリと笑って誤魔化した。
今後に向けて反省会をしようと環菜が言い出し、僕たちはリビングでコーヒーを片手にソファーに座る。
演じることに対しての環菜の熱意はとても高く、向上心があるなと思う。
「それじゃあ、婚約者役として何か改善点があれば教えて?次から気をつけるから」
「本当に見事だったよ。特に改善点はないんじゃないかな」
「本当に?何もない?」
心配そうに真剣な目で確認してくる環菜を見て、僕はふと1つ改善点を思い出した。
ニッコリと極上の笑みを浮かべながら環菜を見据え、ゆっくりと口を開く。
「ああ、そういえば1つあった」
「え、なに?」
「環菜は僕のものだっていう自覚が薄すぎるんじゃないかな。他の男とも楽しそうに話してたし、相手の男は鼻の下伸ばしてたよ?」
「えっ、そんなつもりないんだけど‥‥!」
「帰る間際も口説かれてたじゃない」
「あれはそういうのじゃないってば!口説かれてないよ!」
そうは言うが、会話こそ聞こえなかったものの、あの欧米人の男は完全に環菜に興味を持っている目だった。
恋情とは違うようには見えたが、いずれにしても興味を持たれて近づかれていることに変わりはない。
「そう言うんだったら、じゃあ私はどう改善すればいいの?全く男性と口を聞かないわけにはいかないよね」
不満げに言い募る環菜に、僕はある提案をする。
「そうだなぁ。確かにそれは無理だろうから、環菜は僕のものだっていう印をつけとこうか」
「印?」
首を傾げる環菜を自分の方へ呼び寄せると、演技の改善事項だと思ったのか、彼女は素直に近寄ってきた。
「じゃあまず僕の隣に座って、こっち向いて?」
「うん」
向かい合わせになったところで、環菜の肩を掴み自分の方へ引き寄せた。
「えっ‥‥!」
動揺する環菜を無視し、そのまま彼女の首元に唇を寄せる。
環菜の陶器のように白いふっくらした肌に吸い付いて、そこに赤い花を咲かせた。
環菜の肌に自分がつけた印があるのは実に気分が良かった。
「ちょ、ちょっと!何するの!チクッとしたんだけど!」
「僕のものっていう印をつけたんだよ」
そう言うと環菜は目を潤ませて真っ赤になっている。
パーティーでのあの堂々とした振る舞いからは信じられない照れようだ。
「今度からパーティーに出席する時は、行く前につけてあげるよ」
「じょ、冗談だよね?こんな目立つところに付けられたら恥ずかしい‥‥」
「見えないところに付けて欲しいってこと?」
今度は鎖骨の下あたりに唇を寄せようとしたところ、さすがに次の行動に気付いたのか、顔を掴まれて静止させられた。
「そういう意味じゃないから‥‥!だからストップ!」
「そう、残念。じゃあ首筋に毎回印を付けさせてね」
「ダメに決まってるでしょ‥‥!そんなの恥ずかしくて婚約者役を演じるどころじゃなくなっちゃう。全然改善にならないよ」
「そうかな。じゃあどうしようか」
考える素振りを見せると、環菜は掴んでいた僕の顔から手を離した。
首筋の印を気にしているようで、しきりに手で触っている様子が可愛いかった。
そんな姿を目に留めながら、僕は次なる提案をする。
「それじゃあ、これはどう?」
そう言うと、そのままソファーの上に環菜を押し倒し、両手首を押さえた。
突然後ろに倒されて、環菜は驚きで目を丸くしている。
そんな環菜をニッコリ笑いながら見下ろし、そのまま覆い被さってキスをした。
「‥‥んっ!」
思わずといったように漏れた声に煽られ、ますます深く口づけ、舌を絡める。
環菜の唇の感触は驚くほど柔らかくて、誘われるように何度も貪ってしまう。
ピチャピチャと水音が静かな部屋に響き渡った。
事前リハーサルという名目でこの前キスした時も、まるで吸い寄せられるようにやめられなかった。
不思議なほど環菜とのキスは心地よく、もっともっとと求めてしまう。
環菜は僕が女慣れしていて誰にでもこういうことをしていると思ってるかもしれないが、そもそも自分の欲求で人に触れることはこれまでなかった。
恋人がいても、「こういうことを求めているんだろうな」と向こうの意図を汲み取って相手をしているという感じだった。
もちろん気が乗らない時は笑顔でスルーだ。
なのに、環菜には自分からつい触れたいと思ってしまい、なんだかんだ大義名分を作り上げてしまっている部分がある。
それはおそらく環菜の努力家の一面や、外見からは想像できない負けん気の強さ、いちいち可愛い反応などに惹かれているからだろう。
(都合が良い相手がいいと思っていたのに、僕の方がのめり込んでるじゃないか。こんなつもりじゃなかったのにな‥‥)
自分のことに興味を持たないだろう相手を選んだのに、興味を持たれないと腹立たしく感じるとは自分勝手にもほどがある。
策士策に溺れるってやつかもしれない。
「んんっ‥‥はぁ、んっ‥‥」
環菜の口から艶かし声が漏れ出し、これ以上すると止められなくなりそうで理性を働かせて唇を離した。
環菜の顔を見下ろすと、目をトロンとさせて放心している。
(やばいな‥‥。婚約者のふりを超えてしまってる自覚はあるけど、やめられない‥‥)
放心していた環菜はしばらくして正気を取り戻すと、僕を下から見上げながら問いかけてくる。
「‥‥これはどうって、こんなの改善案じゃないでしょ?どういう意味?」
僕は努めて平然としながら笑う。
「環菜は僕のものだって分かるように、毎回パーティーの後にこうやって僕にキスしてくれたら嬉しいなと思って。婚約者らしさも醸成できるし一石二鳥でしょ?」
「なんかこじつけの気がするんだけど‥‥」
疑う目を向けられるが、残念ながらいつものようにすぐ言い含める良いアイディアが浮かばなかった。
環菜は正しく、完全にこじつけなのだ。
ただ僕が環菜に触れたいし、キスしたいだけなのをそれっぽく理由付けしているだけだったのだからーー。
完璧と言っていいだろう。
ドレスアップした姿は目を惹きつける美しさだったし、場の雰囲気に合わせた優雅な振る舞い、婚約者としての堂々とした態度や仕草は見事だった。
驚いたのは、いつも家で彼女に触れるとあんなに動揺して身を強ばらせているのに、パーティーの最中は全く動じずだったことだ。
さも当然というふうに身を預け、微笑み、幸せそうなオーラを振り撒きながら、まるで僕を本当に愛してるかのような瞳で見つめてくる。
普段とのあまりの違いに、彼女の真骨頂を見た気がした。
やはり演技をかじっていたと言っていたのは本当のことだったのだろう。
気になってインターネットで「秋月環菜」と検索してみたが、特にヒットすることはなかった。
おそらくアマチュアで活動していたか、芸名で活動していたかのどちらかだと思う。
婚約者役としての振る舞いもそうだが、もっと驚かされたのはノヴァコバ議員のご夫人経由で、次の約束を取り付けたことだ。
大人数が集まるパーティーと、個人的なお付き合いというのは全く意味が違ってくる。
個人的に親交を深められれば、根回ししやすいし、有事の際に力にもなってもらいやすい。
特にノヴァコバ議員は大臣も務めている権力者である。
日本国としても、両国の関係強化においてぜひ押さえておきたい相手なのだ。
ノヴァコバ議員が日本食が好きだという情報は得ていたので、これまでも日本食レストランにお誘いするなどはしていたがなかなか首を縦に降らせることができなかった。
まさか夫人が日本の家庭料理、しかも手作りに反応するとは思ってもみない展開だ。
仕事面においても予想以上の収穫である。
そんな活躍をしてくれた環菜だが、当の本人は全くそれを自覚していない。
しかも家に着くと、スイッチが切れたようにいつもの環菜に戻り、僕に対して急によそよそしくなるのだ。
疲れ果てて玄関で環菜がへなへなになっていたから、さっきまでのパーティーのように腰を抱いて支えると、その途端にビクッと身体を強ばらせる。
その瞳にはさっきのあの愛しい者を見るような色はない。
この変わりように、本当に僕に興味がないことを感じてなぜだか少し苛立ちを感じる。
それに、パーティーでの環菜は、あまりにも他の男の視線を集めていて、その時にも実はイライラしていたのだ。
男たちが情欲の目で舐めるように環菜を見るたびに隠してしまいたい衝動に駆られた。
それに帰り際には一人でいるところを男に声をかけられていたし。
思い出すとまた微かに苛立ちが蘇ってきた。
それを感じ取ったのか、玄関からリビングに向かっている途中、環菜が上目遣いでやや機嫌を伺うように僕を見てくる。
「なんか怒ってる?」
「いや、別に」
「もしかして私何か失敗しちゃった?」
「そんなことないよ。完璧だったよ」
僕はニコリと笑って誤魔化した。
今後に向けて反省会をしようと環菜が言い出し、僕たちはリビングでコーヒーを片手にソファーに座る。
演じることに対しての環菜の熱意はとても高く、向上心があるなと思う。
「それじゃあ、婚約者役として何か改善点があれば教えて?次から気をつけるから」
「本当に見事だったよ。特に改善点はないんじゃないかな」
「本当に?何もない?」
心配そうに真剣な目で確認してくる環菜を見て、僕はふと1つ改善点を思い出した。
ニッコリと極上の笑みを浮かべながら環菜を見据え、ゆっくりと口を開く。
「ああ、そういえば1つあった」
「え、なに?」
「環菜は僕のものだっていう自覚が薄すぎるんじゃないかな。他の男とも楽しそうに話してたし、相手の男は鼻の下伸ばしてたよ?」
「えっ、そんなつもりないんだけど‥‥!」
「帰る間際も口説かれてたじゃない」
「あれはそういうのじゃないってば!口説かれてないよ!」
そうは言うが、会話こそ聞こえなかったものの、あの欧米人の男は完全に環菜に興味を持っている目だった。
恋情とは違うようには見えたが、いずれにしても興味を持たれて近づかれていることに変わりはない。
「そう言うんだったら、じゃあ私はどう改善すればいいの?全く男性と口を聞かないわけにはいかないよね」
不満げに言い募る環菜に、僕はある提案をする。
「そうだなぁ。確かにそれは無理だろうから、環菜は僕のものだっていう印をつけとこうか」
「印?」
首を傾げる環菜を自分の方へ呼び寄せると、演技の改善事項だと思ったのか、彼女は素直に近寄ってきた。
「じゃあまず僕の隣に座って、こっち向いて?」
「うん」
向かい合わせになったところで、環菜の肩を掴み自分の方へ引き寄せた。
「えっ‥‥!」
動揺する環菜を無視し、そのまま彼女の首元に唇を寄せる。
環菜の陶器のように白いふっくらした肌に吸い付いて、そこに赤い花を咲かせた。
環菜の肌に自分がつけた印があるのは実に気分が良かった。
「ちょ、ちょっと!何するの!チクッとしたんだけど!」
「僕のものっていう印をつけたんだよ」
そう言うと環菜は目を潤ませて真っ赤になっている。
パーティーでのあの堂々とした振る舞いからは信じられない照れようだ。
「今度からパーティーに出席する時は、行く前につけてあげるよ」
「じょ、冗談だよね?こんな目立つところに付けられたら恥ずかしい‥‥」
「見えないところに付けて欲しいってこと?」
今度は鎖骨の下あたりに唇を寄せようとしたところ、さすがに次の行動に気付いたのか、顔を掴まれて静止させられた。
「そういう意味じゃないから‥‥!だからストップ!」
「そう、残念。じゃあ首筋に毎回印を付けさせてね」
「ダメに決まってるでしょ‥‥!そんなの恥ずかしくて婚約者役を演じるどころじゃなくなっちゃう。全然改善にならないよ」
「そうかな。じゃあどうしようか」
考える素振りを見せると、環菜は掴んでいた僕の顔から手を離した。
首筋の印を気にしているようで、しきりに手で触っている様子が可愛いかった。
そんな姿を目に留めながら、僕は次なる提案をする。
「それじゃあ、これはどう?」
そう言うと、そのままソファーの上に環菜を押し倒し、両手首を押さえた。
突然後ろに倒されて、環菜は驚きで目を丸くしている。
そんな環菜をニッコリ笑いながら見下ろし、そのまま覆い被さってキスをした。
「‥‥んっ!」
思わずといったように漏れた声に煽られ、ますます深く口づけ、舌を絡める。
環菜の唇の感触は驚くほど柔らかくて、誘われるように何度も貪ってしまう。
ピチャピチャと水音が静かな部屋に響き渡った。
事前リハーサルという名目でこの前キスした時も、まるで吸い寄せられるようにやめられなかった。
不思議なほど環菜とのキスは心地よく、もっともっとと求めてしまう。
環菜は僕が女慣れしていて誰にでもこういうことをしていると思ってるかもしれないが、そもそも自分の欲求で人に触れることはこれまでなかった。
恋人がいても、「こういうことを求めているんだろうな」と向こうの意図を汲み取って相手をしているという感じだった。
もちろん気が乗らない時は笑顔でスルーだ。
なのに、環菜には自分からつい触れたいと思ってしまい、なんだかんだ大義名分を作り上げてしまっている部分がある。
それはおそらく環菜の努力家の一面や、外見からは想像できない負けん気の強さ、いちいち可愛い反応などに惹かれているからだろう。
(都合が良い相手がいいと思っていたのに、僕の方がのめり込んでるじゃないか。こんなつもりじゃなかったのにな‥‥)
自分のことに興味を持たないだろう相手を選んだのに、興味を持たれないと腹立たしく感じるとは自分勝手にもほどがある。
策士策に溺れるってやつかもしれない。
「んんっ‥‥はぁ、んっ‥‥」
環菜の口から艶かし声が漏れ出し、これ以上すると止められなくなりそうで理性を働かせて唇を離した。
環菜の顔を見下ろすと、目をトロンとさせて放心している。
(やばいな‥‥。婚約者のふりを超えてしまってる自覚はあるけど、やめられない‥‥)
放心していた環菜はしばらくして正気を取り戻すと、僕を下から見上げながら問いかけてくる。
「‥‥これはどうって、こんなの改善案じゃないでしょ?どういう意味?」
僕は努めて平然としながら笑う。
「環菜は僕のものだって分かるように、毎回パーティーの後にこうやって僕にキスしてくれたら嬉しいなと思って。婚約者らしさも醸成できるし一石二鳥でしょ?」
「なんかこじつけの気がするんだけど‥‥」
疑う目を向けられるが、残念ながらいつものようにすぐ言い含める良いアイディアが浮かばなかった。
環菜は正しく、完全にこじつけなのだ。
ただ僕が環菜に触れたいし、キスしたいだけなのをそれっぽく理由付けしているだけだったのだからーー。
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