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#11. レセプションパーティー
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いよいよ婚約者役として本番の機会がやってきた。
今日は例のレセプションパーティーの日だ。
私は朝からパーティーに向けてドレスアップするべく、ドレスに身を包み、自分でヘアメイクをしていた。
今日のドレスは智くんが用意しておいてくれた、身体のラインがきれいに出る大人っぽい黒のタイトドレスだ。
髪は、ガーデンパーティーらしいので、風でぐちゃぐちゃにならないように、編み込みのポニーテールにした。
メイクはドレスに合わせて、大人っぽい感じにしておく。
全体的にシックな感じなので、キラキラと光って揺れるピアスとパールのネックレスで少し華やかさをプラスした。
こんな感じかなと鏡を見ていると、ちょうどコンコンとドアがノックされる。
「環菜、準備はどう?そろそろ出れる?」
「うん、ちょうど今できたからすぐ行くね!リビングで待ってて」
「分かった」
小さめのクラッチバックに必要な身の回り品を入れ手に持つと、私は部屋を出てリビングに向かった。
リビングでは普段の仕事の時よりフォーマルな格好の智くんが待っていた。
(うわぁ、さすがに似合うな。モデルみたいなんだけど‥‥!)
ダークネイビーの三揃いスーツに、ポケットチーフやネクタイピン、カフスボタンで華やかを添えているのがオシャレで、なんとも洗練された姿だ。
思わず目を奪われていると、彼が手を差し出してエスコートしてくれる。
「今日の環菜はいつもより大人っぽい感じだね。似合ってるよ」
「ありがとう」
「じゃあ行こうか」
「うん。いよいよ本番だね!」
気合を入れる私に、智くんは機嫌良さそうに笑うと、励ますように言う。
「いつも通りしていれば大丈夫だよ。事前リハーサルも入念にしたしね」
その言葉にあの日のことが脳裏に浮かび、カッと身体が熱くなった。
(いけない、いけない!今日は本番なんだから動揺してる場合じゃない!これまで培ってきた女優としての演技力の見せ場なんだから!)
再び自分に喝を入れ、智くんに続いて私はタクシーに乗り込んだ。
今日のレセプションパーティーは、プラハ議員の中でも大臣を務めるような要人の邸宅で開かれるガーデンパーティーだそうだ。
招待されているのは、議員や企業の社長、各国の大使館員などだという。
顔繋ぎと情報交換が主目的のようだった。
タクシーに乗って数分で到着すると、そこは庭が非常に広い立派な邸宅だった。
私たちは受付を済ませ、ガーデンに案内され、フルートグラスに入ったシャンパンを手渡される。
飲み物に警戒しがちな私は、他の人が問題なく飲んでいるのをチラリと確認してから口をつけた。
そして儀式のように、軽く目を閉じて役に入り込む。
(これは約2~3時間程度の舞台だ。そして私はこの舞台上では、桜庭智行の婚約者役。昔から憧れていた人と結ばれて幸せ絶頂な女の子)
設定を再度刷り込むように脳裏に刻み、目を開けると、いよいよ本番の舞台が開幕した。
舞台となるガーデン内にはドレスアップした煌びやかな雰囲気の男女が、会話をしながら楽しんでいる。
おそらくただ楽しんでいるのではなく、水面下では情報の探り合いが繰り広げられているのであろう。
智くんがガーデン内に足を踏み入れると、たくさんの人の視線が集まる。
特に女性からは熱い視線が注がれ、隣の私を値踏みするように見ている気がする。
私たちはまず主催の議員夫婦に挨拶へ向かった。
智くんの腕に手を添えてエスコートされながら、彼のパートナーとして優雅に振る舞う。
『Mr.ノヴァコバ、Mrs.ノヴァコバ、本日はお招きありがとうございます』
『やぁMr.桜庭、久しぶりだね。今日はずいぶん綺麗なパートナーを連れているじゃないか。君が若い女性をパートナーにしているのを初めて見るよ』
『紹介します。彼女は僕の婚約者です』
そう紹介され、私はニッコリと上品に微笑みながら挨拶をする。
『まぁ!Mr.桜庭にこんなに素敵な女性がいらっしゃったなんて!あなたって、私の周りにもファンが多かったのよ?』
ご夫人は「ふふふっ」と上品に笑いながら茶目っ気たっぷりな口調だ。
そのまま智くんはノヴァコバ議員と、私はご夫人と男女で別れるようになり会話が続く。
『あなたと一緒にいるMr.桜庭は、なんだか顔色がとっても良く見えるわ。きっと幸せなのね』
『もしかすると食事が変わったせいかもしれません』
『あら、食事?』
『ええ、一緒に住むようになって私が作っているんです。といっても、豪華なものではなく、日本の家庭料理なんですけどね』
こんな豪邸で話すことじゃないかもと私は苦笑いぎみにしていると、ご夫人は爛々と目を輝かせる。
『あなた料理ができるの?しかも日本の家庭料理だなんて!プラハでは日本食ってそんなに食べられないから、私とっても興味があるのよ。今度うちで作って振る舞っていただけないかしら?』
どうやらご夫人は以前日本に旅行に行った時に食べた日本食が大層お気に召したそうなのだ。
プラハにも数件、お寿司や和食、ラーメンを提供するレストランはあるものの、それ以外の日本食に興味があるらしい。
断る理由もないかと思い、本当に庶民が食べる家庭料理だと念を押しつつ私は了承する。
ご夫人はご満悦で隣にいるノヴァコバ議員に話しかけた。
『ねぇ、あなた。今度環菜がうちで日本の家庭料理を振る舞ってくれることになったの。あなたも日本食好きでしょう?とっても楽しみだわ!』
『へぇ、そうなのか。それは楽しみだ!』
『ということで、Mr.桜庭、環菜をお借りするわね。もちろんあなたも一緒に来てもいいわよ』
ご夫人は上品に笑いながら智くんに目を向ける。
『ちゃんと僕の元に返して頂けるなら、もちろん構いませんよ』
そう言うと、智くんは私の腰を引き寄せ、見せつけるように頬にチュッとキスをした。
『まぁ!ラブラブだこと!』
『ははは。Mr.桜庭は彼女にゾッコンなんだな。仕事に一直線な笑顔の貴公子の意外な一面が見れて面白いな』
Mr.ノヴァコバとMrs.ノヴァコバは実に楽しそうだった。
舞台の上にいる私はもちろん動揺することなく、「好きな人にこんなに愛されて幸せっ!」
というオーラを放ちながら微笑んだ。
ちょうど他の参加者が主催者である2人に挨拶に来たので、私たちはその場をあとにする。
その後も次々に様々な人と挨拶を交わし、そのたびに智くんは婚約者との仲の良さを見せつけるように私に触れた。
余裕が出てきた私は、それにちゃんと応えつつ、きれいに見える角度やより親密に見える仕草も計算しつつ演じた。
ガーデンパーティーも終盤に差し掛かった頃、ふいに『環菜!』と名前を呼ばれて振り返る。
この場で智くんではなく、私の名前を呼ばれることはないはずなので少し驚いてそちらを見ると、カタリーナとアンドレイの姿があった。
『カタリーナ!アンドレイ!』
『メッセージでやりとりはしてたけど会うのは久しぶりね!今日の環菜はとっても綺麗だわ!素敵!』
『カタリーナもそのドレスすごく似合ってるよ!』
私とカタリーナはキャッキャと2人で盛り上がる。
『環菜、そちらは?』
智くんにそう言われて、智くんとカタリーナが顔を合わせるのは初めてだったことに思い至った。
いつも会話の中で出していたから、すっかり顔見知りだという気分だったのだ。
『こちらはアンドレイの恋人のカタリーナ。私の友人で、プラハに呼んでくれた張本人だよ』
『はじめまして、桜庭智行です。カタリーナさんのことは環菜からいつも聞いていたので、実際にお会いできて嬉しいです』
智くんが王子様スマイルを浮かべてカタリーナに微笑みかける。
カタリーナはその笑顔にやや驚きながら、眩しそうに目を細めていた。
『カタリーナです。噂には聞いてましたけど、すごい破壊力の笑顔ですね‥‥。環菜から2人の経緯は聞きました。環菜がプラハに来てすぐ婚約を決められましたよね。きっとおモテになるでしょうに、そんなに即決で大丈夫なんですか?』
もともとカタリーナはあまり設定話を信じておらず疑っていたので、智くんに探るような質問を投げかけてきた。
きっと私のことを心配してのことだろう。
そんな疑いのこもった質問にも、智くんは全く嫌な顔をすることなくサラリと答える。
『もちろんです。むしろ即決しないと、こんなに魅力的な女性はすぐ他の男に取られてしまいますしね。僕は愛する環菜を婚約者にできてラッキーですよ』
歯の浮くような甘いセリフを口にしながら、私の腰を引き寄せて、愛しい人を見る眼差しで私を見つめてきた。
もちろん私も「嬉しい!幸せ!」というハッピーなオーラを放ち、同じく最愛の人を見る瞳で見つめ返す。
『ものすごい熱愛ぶりじゃないか。こんな智行は初めて見るよ。カタリーナ、環菜を心配していたようだけど、見ただろう?これはどう見ても相思相愛じゃないか』
アンドレイが感心するように私と智くんを交互に見て、カタリーナに同意を求める。
『確かにそうね。環菜が幸せそうで良かったわ。プラハに来た当初は本当に苦しそうだったから。智行さんと再会できて良かったわね!』
『‥‥ありがとう!』
カタリーナを騙しているようで少し胸が痛んだ。
でも今はまだ舞台の上なのだ。
いつかこの婚約者役が終わりを迎え、しばらく経ったらカタリーナには本当のことを打ち明けようと心に刻んだ。
まだ他に挨拶に行くというカタリーナとアンドレイと別れ、私たちはそろそろ帰ろうかという話になった。
まもなく舞台の終幕である。
「帰る前にノヴァコバ議員にちょっと声をかけてくるよ。ご夫人の姿はないから環菜は大丈夫。すぐ戻るからここで待ってて」
「うん、分かった。ここで待ってるね」
智くんは足早にノヴァコバ議員の方へ向かい、私は近くにあったベンチに腰を下ろした。
しばらくガーデン内の人の様子をぼんやり見ていると、「Excuse me」と横から声をかけられた。
洗練された渋い雰囲気のある50歳前後の欧米人の男性だった。
いわゆるイケオジというやつである。
『私ですか?』
『そう、君だよ。君は日本人かな?』
『そうですけど』
この場に集まっているのは要人ばかりだから変な人ではないと思うが、突然1人の時に知らない人に声をかけられてやや警戒してしまう。
『唐突な質問なんだけど、君はもしかして演劇をしてる人?』
意外なことを言われて驚いた。
なぜそんなことを思ったのだろうと疑問に思っていると、その男性は品良く笑いながら説明してくれる。
『さっき君が他の人と話している様子を遠目で見ていたんだけどね、見せ方や仕草を計算しているように思えたんだ。まるでカメラワークを気にするように。だから演劇、特にカメラで撮られるような例えば映画とか、そういう経験があるのかなと思ってね』
その推測はズバリその通りで、彼の観察眼の鋭さに度肝を抜かれた。
きっとこの人は只者ではないと直感的に思う。
『すごいですね。おっしゃる通りです』
『やはりね。今は日本で活動してるの?』
『いいえ。今はこちらに住んでいます』
『演技の仕事は?』
『‥‥‥』
答えあぐねていると、ちょうどそこに智くんが戻ってきた。
私が困っているように見えたのだろう。
私の横に立って牽制するようにニコリと笑いながらその男性を見る。
『僕の婚約者になにか?』
『あぁ、ちょっと話をしていただけだよ。もうお暇する。じゃあね、お嬢さん、また会えるといいね』
そう言い残すとその男性は風のように去って行った。
何者だったんだろう?と疑問に思いながら、その男性の背中を見つめていると、智くんに腕を掴まれてベンチから立つ。
「なに話してたの?」
「なんかよく分かんないけど、日本人か?とか、ここに住んでるのか?とかかな」
演技のことは芋づる式に過去の話に繋がりそうだからあえて言わなかった。
「困ってるように見えたけど?」
「そんなことないよ。あの人、何者なんだろう。智くん知ってる人?」
「いや、初めて見るな。議員ではないだろうし」
「英語のアクセント的にはアメリカ人っぽい感じがしたんだよね。それよりもう挨拶はいいの?帰る?」
「大丈夫だよ。帰ろうか」
彼に腕を差し出されて、そこに手を添えてエスコートしてもらいながら、私たちは議員の邸宅をあとにしてタクシーに乗り込んだ。
「それにしても、環菜がノヴァコバ議員のご夫人と次の約束を取り付けたのには驚いたよ。あの人、結構気難しいって有名なのに」
「そうなの?チャーミングな人だと思ったけど。それにただ世間話してたら勝手にそうなっただけで、私こそ驚いたんだけど。勝手に話が進んじゃって大丈夫だった?」
「むしろ大助かりだよ。こういうパーティーじゃなくて、個人的に邸宅に招かれるなんてなかなか得られない貴重なチャンスだしね」
「ふぅん、そういうものなんだ」
とりあえず問題ないみたいで良かったと胸を撫で下ろす。
そうこうしてると、あっという間に家に着き、ようやく舞台の幕が降りたのだったーー。
今日は例のレセプションパーティーの日だ。
私は朝からパーティーに向けてドレスアップするべく、ドレスに身を包み、自分でヘアメイクをしていた。
今日のドレスは智くんが用意しておいてくれた、身体のラインがきれいに出る大人っぽい黒のタイトドレスだ。
髪は、ガーデンパーティーらしいので、風でぐちゃぐちゃにならないように、編み込みのポニーテールにした。
メイクはドレスに合わせて、大人っぽい感じにしておく。
全体的にシックな感じなので、キラキラと光って揺れるピアスとパールのネックレスで少し華やかさをプラスした。
こんな感じかなと鏡を見ていると、ちょうどコンコンとドアがノックされる。
「環菜、準備はどう?そろそろ出れる?」
「うん、ちょうど今できたからすぐ行くね!リビングで待ってて」
「分かった」
小さめのクラッチバックに必要な身の回り品を入れ手に持つと、私は部屋を出てリビングに向かった。
リビングでは普段の仕事の時よりフォーマルな格好の智くんが待っていた。
(うわぁ、さすがに似合うな。モデルみたいなんだけど‥‥!)
ダークネイビーの三揃いスーツに、ポケットチーフやネクタイピン、カフスボタンで華やかを添えているのがオシャレで、なんとも洗練された姿だ。
思わず目を奪われていると、彼が手を差し出してエスコートしてくれる。
「今日の環菜はいつもより大人っぽい感じだね。似合ってるよ」
「ありがとう」
「じゃあ行こうか」
「うん。いよいよ本番だね!」
気合を入れる私に、智くんは機嫌良さそうに笑うと、励ますように言う。
「いつも通りしていれば大丈夫だよ。事前リハーサルも入念にしたしね」
その言葉にあの日のことが脳裏に浮かび、カッと身体が熱くなった。
(いけない、いけない!今日は本番なんだから動揺してる場合じゃない!これまで培ってきた女優としての演技力の見せ場なんだから!)
再び自分に喝を入れ、智くんに続いて私はタクシーに乗り込んだ。
今日のレセプションパーティーは、プラハ議員の中でも大臣を務めるような要人の邸宅で開かれるガーデンパーティーだそうだ。
招待されているのは、議員や企業の社長、各国の大使館員などだという。
顔繋ぎと情報交換が主目的のようだった。
タクシーに乗って数分で到着すると、そこは庭が非常に広い立派な邸宅だった。
私たちは受付を済ませ、ガーデンに案内され、フルートグラスに入ったシャンパンを手渡される。
飲み物に警戒しがちな私は、他の人が問題なく飲んでいるのをチラリと確認してから口をつけた。
そして儀式のように、軽く目を閉じて役に入り込む。
(これは約2~3時間程度の舞台だ。そして私はこの舞台上では、桜庭智行の婚約者役。昔から憧れていた人と結ばれて幸せ絶頂な女の子)
設定を再度刷り込むように脳裏に刻み、目を開けると、いよいよ本番の舞台が開幕した。
舞台となるガーデン内にはドレスアップした煌びやかな雰囲気の男女が、会話をしながら楽しんでいる。
おそらくただ楽しんでいるのではなく、水面下では情報の探り合いが繰り広げられているのであろう。
智くんがガーデン内に足を踏み入れると、たくさんの人の視線が集まる。
特に女性からは熱い視線が注がれ、隣の私を値踏みするように見ている気がする。
私たちはまず主催の議員夫婦に挨拶へ向かった。
智くんの腕に手を添えてエスコートされながら、彼のパートナーとして優雅に振る舞う。
『Mr.ノヴァコバ、Mrs.ノヴァコバ、本日はお招きありがとうございます』
『やぁMr.桜庭、久しぶりだね。今日はずいぶん綺麗なパートナーを連れているじゃないか。君が若い女性をパートナーにしているのを初めて見るよ』
『紹介します。彼女は僕の婚約者です』
そう紹介され、私はニッコリと上品に微笑みながら挨拶をする。
『まぁ!Mr.桜庭にこんなに素敵な女性がいらっしゃったなんて!あなたって、私の周りにもファンが多かったのよ?』
ご夫人は「ふふふっ」と上品に笑いながら茶目っ気たっぷりな口調だ。
そのまま智くんはノヴァコバ議員と、私はご夫人と男女で別れるようになり会話が続く。
『あなたと一緒にいるMr.桜庭は、なんだか顔色がとっても良く見えるわ。きっと幸せなのね』
『もしかすると食事が変わったせいかもしれません』
『あら、食事?』
『ええ、一緒に住むようになって私が作っているんです。といっても、豪華なものではなく、日本の家庭料理なんですけどね』
こんな豪邸で話すことじゃないかもと私は苦笑いぎみにしていると、ご夫人は爛々と目を輝かせる。
『あなた料理ができるの?しかも日本の家庭料理だなんて!プラハでは日本食ってそんなに食べられないから、私とっても興味があるのよ。今度うちで作って振る舞っていただけないかしら?』
どうやらご夫人は以前日本に旅行に行った時に食べた日本食が大層お気に召したそうなのだ。
プラハにも数件、お寿司や和食、ラーメンを提供するレストランはあるものの、それ以外の日本食に興味があるらしい。
断る理由もないかと思い、本当に庶民が食べる家庭料理だと念を押しつつ私は了承する。
ご夫人はご満悦で隣にいるノヴァコバ議員に話しかけた。
『ねぇ、あなた。今度環菜がうちで日本の家庭料理を振る舞ってくれることになったの。あなたも日本食好きでしょう?とっても楽しみだわ!』
『へぇ、そうなのか。それは楽しみだ!』
『ということで、Mr.桜庭、環菜をお借りするわね。もちろんあなたも一緒に来てもいいわよ』
ご夫人は上品に笑いながら智くんに目を向ける。
『ちゃんと僕の元に返して頂けるなら、もちろん構いませんよ』
そう言うと、智くんは私の腰を引き寄せ、見せつけるように頬にチュッとキスをした。
『まぁ!ラブラブだこと!』
『ははは。Mr.桜庭は彼女にゾッコンなんだな。仕事に一直線な笑顔の貴公子の意外な一面が見れて面白いな』
Mr.ノヴァコバとMrs.ノヴァコバは実に楽しそうだった。
舞台の上にいる私はもちろん動揺することなく、「好きな人にこんなに愛されて幸せっ!」
というオーラを放ちながら微笑んだ。
ちょうど他の参加者が主催者である2人に挨拶に来たので、私たちはその場をあとにする。
その後も次々に様々な人と挨拶を交わし、そのたびに智くんは婚約者との仲の良さを見せつけるように私に触れた。
余裕が出てきた私は、それにちゃんと応えつつ、きれいに見える角度やより親密に見える仕草も計算しつつ演じた。
ガーデンパーティーも終盤に差し掛かった頃、ふいに『環菜!』と名前を呼ばれて振り返る。
この場で智くんではなく、私の名前を呼ばれることはないはずなので少し驚いてそちらを見ると、カタリーナとアンドレイの姿があった。
『カタリーナ!アンドレイ!』
『メッセージでやりとりはしてたけど会うのは久しぶりね!今日の環菜はとっても綺麗だわ!素敵!』
『カタリーナもそのドレスすごく似合ってるよ!』
私とカタリーナはキャッキャと2人で盛り上がる。
『環菜、そちらは?』
智くんにそう言われて、智くんとカタリーナが顔を合わせるのは初めてだったことに思い至った。
いつも会話の中で出していたから、すっかり顔見知りだという気分だったのだ。
『こちらはアンドレイの恋人のカタリーナ。私の友人で、プラハに呼んでくれた張本人だよ』
『はじめまして、桜庭智行です。カタリーナさんのことは環菜からいつも聞いていたので、実際にお会いできて嬉しいです』
智くんが王子様スマイルを浮かべてカタリーナに微笑みかける。
カタリーナはその笑顔にやや驚きながら、眩しそうに目を細めていた。
『カタリーナです。噂には聞いてましたけど、すごい破壊力の笑顔ですね‥‥。環菜から2人の経緯は聞きました。環菜がプラハに来てすぐ婚約を決められましたよね。きっとおモテになるでしょうに、そんなに即決で大丈夫なんですか?』
もともとカタリーナはあまり設定話を信じておらず疑っていたので、智くんに探るような質問を投げかけてきた。
きっと私のことを心配してのことだろう。
そんな疑いのこもった質問にも、智くんは全く嫌な顔をすることなくサラリと答える。
『もちろんです。むしろ即決しないと、こんなに魅力的な女性はすぐ他の男に取られてしまいますしね。僕は愛する環菜を婚約者にできてラッキーですよ』
歯の浮くような甘いセリフを口にしながら、私の腰を引き寄せて、愛しい人を見る眼差しで私を見つめてきた。
もちろん私も「嬉しい!幸せ!」というハッピーなオーラを放ち、同じく最愛の人を見る瞳で見つめ返す。
『ものすごい熱愛ぶりじゃないか。こんな智行は初めて見るよ。カタリーナ、環菜を心配していたようだけど、見ただろう?これはどう見ても相思相愛じゃないか』
アンドレイが感心するように私と智くんを交互に見て、カタリーナに同意を求める。
『確かにそうね。環菜が幸せそうで良かったわ。プラハに来た当初は本当に苦しそうだったから。智行さんと再会できて良かったわね!』
『‥‥ありがとう!』
カタリーナを騙しているようで少し胸が痛んだ。
でも今はまだ舞台の上なのだ。
いつかこの婚約者役が終わりを迎え、しばらく経ったらカタリーナには本当のことを打ち明けようと心に刻んだ。
まだ他に挨拶に行くというカタリーナとアンドレイと別れ、私たちはそろそろ帰ろうかという話になった。
まもなく舞台の終幕である。
「帰る前にノヴァコバ議員にちょっと声をかけてくるよ。ご夫人の姿はないから環菜は大丈夫。すぐ戻るからここで待ってて」
「うん、分かった。ここで待ってるね」
智くんは足早にノヴァコバ議員の方へ向かい、私は近くにあったベンチに腰を下ろした。
しばらくガーデン内の人の様子をぼんやり見ていると、「Excuse me」と横から声をかけられた。
洗練された渋い雰囲気のある50歳前後の欧米人の男性だった。
いわゆるイケオジというやつである。
『私ですか?』
『そう、君だよ。君は日本人かな?』
『そうですけど』
この場に集まっているのは要人ばかりだから変な人ではないと思うが、突然1人の時に知らない人に声をかけられてやや警戒してしまう。
『唐突な質問なんだけど、君はもしかして演劇をしてる人?』
意外なことを言われて驚いた。
なぜそんなことを思ったのだろうと疑問に思っていると、その男性は品良く笑いながら説明してくれる。
『さっき君が他の人と話している様子を遠目で見ていたんだけどね、見せ方や仕草を計算しているように思えたんだ。まるでカメラワークを気にするように。だから演劇、特にカメラで撮られるような例えば映画とか、そういう経験があるのかなと思ってね』
その推測はズバリその通りで、彼の観察眼の鋭さに度肝を抜かれた。
きっとこの人は只者ではないと直感的に思う。
『すごいですね。おっしゃる通りです』
『やはりね。今は日本で活動してるの?』
『いいえ。今はこちらに住んでいます』
『演技の仕事は?』
『‥‥‥』
答えあぐねていると、ちょうどそこに智くんが戻ってきた。
私が困っているように見えたのだろう。
私の横に立って牽制するようにニコリと笑いながらその男性を見る。
『僕の婚約者になにか?』
『あぁ、ちょっと話をしていただけだよ。もうお暇する。じゃあね、お嬢さん、また会えるといいね』
そう言い残すとその男性は風のように去って行った。
何者だったんだろう?と疑問に思いながら、その男性の背中を見つめていると、智くんに腕を掴まれてベンチから立つ。
「なに話してたの?」
「なんかよく分かんないけど、日本人か?とか、ここに住んでるのか?とかかな」
演技のことは芋づる式に過去の話に繋がりそうだからあえて言わなかった。
「困ってるように見えたけど?」
「そんなことないよ。あの人、何者なんだろう。智くん知ってる人?」
「いや、初めて見るな。議員ではないだろうし」
「英語のアクセント的にはアメリカ人っぽい感じがしたんだよね。それよりもう挨拶はいいの?帰る?」
「大丈夫だよ。帰ろうか」
彼に腕を差し出されて、そこに手を添えてエスコートしてもらいながら、私たちは議員の邸宅をあとにしてタクシーに乗り込んだ。
「それにしても、環菜がノヴァコバ議員のご夫人と次の約束を取り付けたのには驚いたよ。あの人、結構気難しいって有名なのに」
「そうなの?チャーミングな人だと思ったけど。それにただ世間話してたら勝手にそうなっただけで、私こそ驚いたんだけど。勝手に話が進んじゃって大丈夫だった?」
「むしろ大助かりだよ。こういうパーティーじゃなくて、個人的に邸宅に招かれるなんてなかなか得られない貴重なチャンスだしね」
「ふぅん、そういうものなんだ」
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