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「そっか、やっぱり吉住さんからお誘いあったのね!それで順調にデート重ねてるんだぁ!」
利々香の嬉々とした声が電話口から聞こえてきた。
その後どうなってるのかと電話してきた利々香に、土曜日に吉住さんとデートすることになったことを報告していたのだ。
利々香は失恋で苦しむ私のことを気にしてくれていたのだろう。
その優しさが嬉しい一方、心情面としてはそんなに喜んでもらうほどの進展はないことに申し訳なく思う。
「う~ん、順調というか、お誘い頂いたから行くことにしたけど‥‥。正直、吉住さんのことは良い人だとは思ってるけど、それ以上の感情はなくって‥‥」
「今はそれでいいんだよ!失恋で傷ついた心は時間が癒してくれるから。そのうち吉住さんのこともいいなって思い始めるよ、きっと!」
「そうだといいけど‥‥」
私は懐疑的だった。
吉住さんのことを蒼太くんのように好きだと思っている自分が想像できないのだ。
でも前に進もうと決めて、お誘いを受け入れたのは私だ。
だから相手に失礼にならないよう自分なりにベストを尽くそうと思い、私は利々香に服装やメイクについてアドバイスをもらう。
頭の中に叩き込みながら、ふとあることに気付く。
(そういえば今週は蒼太くんから飲みに行くお誘いないな‥‥)
これは前に進もうとする私が蒼太くんと会うことで気持ちが揺らいでしまわないように配慮した神の采配だろうか。
ただの偶然なのだろうけど、そんなふうに紐づけて考えてしまった。
そして迎えた土曜日。
私は朝から利々香のアドバイスを思い出して準備に取り掛かる。
今日は七分丈のカットソーにシフォン素材の膝丈スカートを合わせた、カジュアルかつフェミニンなスタイルだ。
唇はウルウルに!というアドバイスを受けて、グロスをしっかり塗った。
吉住さんとは六本木の駅で待ち合わせだ。
お昼はお互い済ませて来る約束だったので、私は少し早く家を出ると、家の近くのカフェでランチを食べた。
食事をしながらSNSをチェックしていると、なぜかこの日に限ってモンエクの情報ばかりが目に入ってくる。
自動的に蒼太くんを思い出してしまい、最後に会った時に腕を掴まれた時の手の感触までもが鮮明に蘇る。
途端にジワリと体温が上がった。
(なんで今日に限ってこんなこと思い出すの!蒼太くんを忘れて前に進むためのデートなのに‥‥!)
私は振り切るように立ち上がると、お会計を済ませて電車に飛び乗った。
待合せの駅には、時間より30分くらい早く着いてしまった。
時間を持て余した私は、駅のすぐ近くの本屋さんへ足を運ぶことにした。
雑誌を手にとってパラパラとめくって眺めていると、目に飛び込んできた特集ページに思わずビクッと身を固くしてしまった。
それは、蒼太くんと前に一緒に行った美術館の特集だった。
あの美術館に行った日の、蒼太くんが耳元で話しかけてきたこととか、自分のケーキを私にもくれたこととかの出来事が次々に頭に浮かんでくる。
(さっきのモンエクといい、今日に限ってなんでこんなに蒼太くんに関連する情報が目に付くんだろう‥‥!思い出しちゃうじゃない!)
その場にいなくても私を動揺させる蒼太くんを恨めしく思う。
いつの間にやら、蒼太くんの存在は私の深層心理にまで深くに根を張っていたようだ。
その時、スマホのバイブが振動し、吉住さんからのメッセージが届いた。
ちょうど駅に着いたようで「改札の近くにいますね」と知らせてくれている。
私は意識を思い出から引き剥がすように、手に持っていた雑誌を急いで閉じると吉住さんとの待合せ場所へ向かった。
「あ、高岸さん!こっちです!」
「吉住さん、こんにちは!」
「駅の改札から出てくると思ったのに、午前中このあたりで予定でもあったんですか?」
「いえ!思ったより早く着いたんで、近くの本屋さんにいたんです」
「それなら言ってくれれば、そちらに僕が向かったのに」
「私の都合なんで全然大丈夫です!じゃあ行きましょうか」
「そうですね」
私たちは駅から映画館のある商業施設に向かって歩き出す。
チラリと吉住さんを見やれば、これまで会った時と違って、今日はスーツではなく休日仕様のラフな格好だ。
メガネもこの前と違う気がする。
「メガネも平日と休日で変えてるんですか?」
「あぁ、そうなんですよ。平日はパソコン見る時間が長いからブルーライトカットレンズなんです」
「それ私も興味あるんですけど、どうですか!?効果あります?視力良くても使えるやつあるんですよね??」
仕事中パソコンやスマホを見ていることが多い私は興味があり、ついつい突っ込んで聞いてしまった。
吉住さんは私の質問責めにも嫌な顔ひとつせずに丁寧に答えてくれる。
さながら、うるさい生徒に優しく対応する教師のようだ。
「何かすみません!会うなり質問責めにしちゃって!」
「全然構わないですよ。高岸さんが話してくれるから僕は答えてるだけなのに楽しいですし」
心底そう思っているのが分かる穏やかな笑顔を向けられて、失恋を忘れるために利用しちゃってることに少し罪悪感を感じた。
(こんないい人が好意を向けてくれていて、それを私は前に進むために利用しちゃってるんだよね‥‥。付き合いたいとも思ってくれてるって言ってたし‥‥。本当にこのままでいいのかな‥‥!?)
吉住さんがいい人なだけに、私の気持ちに迷いがムクムクと湧き起こってきてしまった。
そんな私の気を知るはずもなく、吉住さんは笑顔で会話を続ける。
「高岸さんは普段どんな映画観ます?」
「えっと、そうですね、ファンタジーが多いかもです!あと最近は話題になっているアニメ映画も観たりしますね!」
「アニメも観るんですか!なんか嬉しいな。最近はアニメ映画も良作が多いですからね」
自分の趣味に関連する話とあって、吉住さんはテンションが上がり、ますます笑顔が深まっている。
推しの話をしている時の私もこんな感じに違いない。
「ちょうど今アニメ映画上映してて話題になってますけど、それはもう観ました?」
「観てないです」
「今日それでもいいですか?デートでアニメとか嫌ですか?」
「全然いいですよ!それにしましょう!」
ちょっと機嫌を伺うように見られていたが、私が快諾するやいなや、吉住さんの表情がパッと明るくなった。
そんな会話をしながらのんびり歩いていると、すぐに映画館に到着した。
ちょうど話題作が豊富に上映されている時期だということもあり、休日の映画館はカップルや友人同士のグループで混雑している。
「じゃあ、僕はチケット買ってきますね」
「あ、はい!ありがとうございます!」
吉住さんがチケット売り場に向かおうと私に話しかけたその時だ。
突然、私は後ろから誰かに腕を掴まれて引っ張られた。
驚いて勢いよく後ろを振り向く。
そこにいたのは、なんと蒼太くんだったーー。
(ええっ!?蒼太くん!?何でここに!?)
思いもよらない人物がそこにいたことで、私の頭はパニックだ。
ビックリしすぎて声も出せず、驚きで目を見開いたまま硬直してしまう。
私と同じく驚いていたらしい吉住さんは、私が固まっているので先に口を開いた。
「‥‥あの?高岸さんの知り合いですか?」
私と蒼太くんを交互に見ながら、どちらともなく問いかけた。
私は想定外の事態に、そしてなんで蒼太くんがここにいるのか分からずに動揺し、口を開こうにもモゴモゴと言葉にならない。
代わりに答えるように蒼太くんが吉住さんを見ながら答える。
「そうです。由美ちゃんの知り合いです。知り合いというか、それよりもっと親密な関係ですね」
「‥‥!」
そう言いながら、掴んでいた私の腕を自分の方へ引き、腰も引き寄せられた。
絶句したのは吉住さんだけでなく、私もだ。
(なにそれ!蒼太くんは一体何を言ってるの!?ていうか、この体勢はなに!?ち、近いんだけど‥‥!!)
背後から密着しているような体勢になり、あまりの距離の近さに心臓がバクバクする。
「これから映画を観ようとしていたところ申し訳ないんですが、由美ちゃんに緊急の用事があるんで今日は連れて帰らせて頂いてよろしいですか?」
NOを言わせない無言の圧力を発しながら、蒼太くんは吉住さんに話しかけた。
私は意味が分からず、オロオロしながら横目で蒼太くんを見上げる。
でも蒼太くんは私の背後から吉住さんの方をまっすぐ見つめていて私の視線には気付かない。
「‥‥緊急の用事というのは?」
「詳しくは話せないんですけど、まぁ由美ちゃんの推しに関することですね」
「えっ!百合さんに何かあったの!?」
そこで初めて私は声を発した。
カバっと身体を蒼太くんの方へ向け、彼の目をまっすぐに見つめる。
そこで初めてちゃんと目が合った。
(蒼太くんがわざわざここにいるってことはよっぽどのことに違いない!これは映画どころじゃない‥‥!急がなきゃ‥‥!!)
そう判断した私は、吉住さんの方に向き直り、カバっと頭を下げる。
「吉住さん、すみません!今日はこれで帰らせてください!!来たばっかりなのに本当にすみません!!この埋め合わせはまた今度必ず!!」
そう謝罪の言葉を連ねた。
私の勢いに驚いた様子の吉住さんは、何も言わず諦めたように眉を下げて曖昧に微笑むだけだった。
「行こう!急がなきゃ!」
それを了承と受け取った私は、蒼太くんの手を引き、急いで駆け出す。
映画館の入った商業施設を出たところで、初めて「あれ?どこに向かえばいいんだっけ?」と自分が状況を全く分かっていないことに思い至り、歩みを止めた。
「あの、蒼太くん?どこに行けばいいの?」
勇み足でここまで来たはいいが、百合さんに何があったのか、どこに行けばいいのか、そしてなぜ蒼太くんがここにいるのか、聞きたいことは盛りだくさんだ。
少し冷静になれば、思わず蒼太くんの手をとって走っていたことに気付く。
(やばっ!勝手に手をとっちゃってた!恥ずかしい‥‥!!)
急に恥ずかしさが襲ってきて、私はぱっと手を離そうとした。
なのに、それに気付いた蒼太くんは逆に手を強く握って私の手に指を絡めてくる。
(こ、これは‥‥!恋人繋ぎというやつではないですかぁーー!!)
驚いて蒼太くんを見上げると、蒼太くんはイタズラっぽく笑いながら私を見た。
「離さなくてもいいのに」
「‥‥!そ、それより急がないと!」
「急がなくていいよ。別に姉ちゃんに何かあったわけじゃないから」
「ええっ!?」
「俺、別に姉ちゃんに何かあったなんて一言も言ってないんだけど。推しに関することとしか言ってないよね?」
そう言われればそうだ。
確かに蒼太くんは百合さんに何かあったとは言っていない。
「けど、緊急って‥‥」
「それは本当。推しに関すること、つまり推しの弟である俺のこと。で、俺が今日、まさに今、由美ちゃんに用事があるから」
「えっ?どういうこと‥‥!?」
全く意味が分からない。
蒼太くんが私に緊急で用事があるってことなのだろうが、その要件も理由も全く心当たりがないのだ。
それにわざわざここに来るっていうのもどうしてなのか。
頭は疑問符が大量に浮かんでパンクしそうだ。
「とりあえず場所を移して話そう。そうだな、せっかくだし、由美ちゃんの推しに関係するところに連れて行くよ」
私の頭が情報処理に追いついていない間に、蒼太くんはサッサと行き先を決めて、今度は蒼太くんが私の手を引いて歩き出した。
混乱の中、言われるがままに蒼太くんの後に続いてついていき、私はまた驚いた。
着いたところが、蒼太くんが住むマンションだったのだからーー。
利々香の嬉々とした声が電話口から聞こえてきた。
その後どうなってるのかと電話してきた利々香に、土曜日に吉住さんとデートすることになったことを報告していたのだ。
利々香は失恋で苦しむ私のことを気にしてくれていたのだろう。
その優しさが嬉しい一方、心情面としてはそんなに喜んでもらうほどの進展はないことに申し訳なく思う。
「う~ん、順調というか、お誘い頂いたから行くことにしたけど‥‥。正直、吉住さんのことは良い人だとは思ってるけど、それ以上の感情はなくって‥‥」
「今はそれでいいんだよ!失恋で傷ついた心は時間が癒してくれるから。そのうち吉住さんのこともいいなって思い始めるよ、きっと!」
「そうだといいけど‥‥」
私は懐疑的だった。
吉住さんのことを蒼太くんのように好きだと思っている自分が想像できないのだ。
でも前に進もうと決めて、お誘いを受け入れたのは私だ。
だから相手に失礼にならないよう自分なりにベストを尽くそうと思い、私は利々香に服装やメイクについてアドバイスをもらう。
頭の中に叩き込みながら、ふとあることに気付く。
(そういえば今週は蒼太くんから飲みに行くお誘いないな‥‥)
これは前に進もうとする私が蒼太くんと会うことで気持ちが揺らいでしまわないように配慮した神の采配だろうか。
ただの偶然なのだろうけど、そんなふうに紐づけて考えてしまった。
そして迎えた土曜日。
私は朝から利々香のアドバイスを思い出して準備に取り掛かる。
今日は七分丈のカットソーにシフォン素材の膝丈スカートを合わせた、カジュアルかつフェミニンなスタイルだ。
唇はウルウルに!というアドバイスを受けて、グロスをしっかり塗った。
吉住さんとは六本木の駅で待ち合わせだ。
お昼はお互い済ませて来る約束だったので、私は少し早く家を出ると、家の近くのカフェでランチを食べた。
食事をしながらSNSをチェックしていると、なぜかこの日に限ってモンエクの情報ばかりが目に入ってくる。
自動的に蒼太くんを思い出してしまい、最後に会った時に腕を掴まれた時の手の感触までもが鮮明に蘇る。
途端にジワリと体温が上がった。
(なんで今日に限ってこんなこと思い出すの!蒼太くんを忘れて前に進むためのデートなのに‥‥!)
私は振り切るように立ち上がると、お会計を済ませて電車に飛び乗った。
待合せの駅には、時間より30分くらい早く着いてしまった。
時間を持て余した私は、駅のすぐ近くの本屋さんへ足を運ぶことにした。
雑誌を手にとってパラパラとめくって眺めていると、目に飛び込んできた特集ページに思わずビクッと身を固くしてしまった。
それは、蒼太くんと前に一緒に行った美術館の特集だった。
あの美術館に行った日の、蒼太くんが耳元で話しかけてきたこととか、自分のケーキを私にもくれたこととかの出来事が次々に頭に浮かんでくる。
(さっきのモンエクといい、今日に限ってなんでこんなに蒼太くんに関連する情報が目に付くんだろう‥‥!思い出しちゃうじゃない!)
その場にいなくても私を動揺させる蒼太くんを恨めしく思う。
いつの間にやら、蒼太くんの存在は私の深層心理にまで深くに根を張っていたようだ。
その時、スマホのバイブが振動し、吉住さんからのメッセージが届いた。
ちょうど駅に着いたようで「改札の近くにいますね」と知らせてくれている。
私は意識を思い出から引き剥がすように、手に持っていた雑誌を急いで閉じると吉住さんとの待合せ場所へ向かった。
「あ、高岸さん!こっちです!」
「吉住さん、こんにちは!」
「駅の改札から出てくると思ったのに、午前中このあたりで予定でもあったんですか?」
「いえ!思ったより早く着いたんで、近くの本屋さんにいたんです」
「それなら言ってくれれば、そちらに僕が向かったのに」
「私の都合なんで全然大丈夫です!じゃあ行きましょうか」
「そうですね」
私たちは駅から映画館のある商業施設に向かって歩き出す。
チラリと吉住さんを見やれば、これまで会った時と違って、今日はスーツではなく休日仕様のラフな格好だ。
メガネもこの前と違う気がする。
「メガネも平日と休日で変えてるんですか?」
「あぁ、そうなんですよ。平日はパソコン見る時間が長いからブルーライトカットレンズなんです」
「それ私も興味あるんですけど、どうですか!?効果あります?視力良くても使えるやつあるんですよね??」
仕事中パソコンやスマホを見ていることが多い私は興味があり、ついつい突っ込んで聞いてしまった。
吉住さんは私の質問責めにも嫌な顔ひとつせずに丁寧に答えてくれる。
さながら、うるさい生徒に優しく対応する教師のようだ。
「何かすみません!会うなり質問責めにしちゃって!」
「全然構わないですよ。高岸さんが話してくれるから僕は答えてるだけなのに楽しいですし」
心底そう思っているのが分かる穏やかな笑顔を向けられて、失恋を忘れるために利用しちゃってることに少し罪悪感を感じた。
(こんないい人が好意を向けてくれていて、それを私は前に進むために利用しちゃってるんだよね‥‥。付き合いたいとも思ってくれてるって言ってたし‥‥。本当にこのままでいいのかな‥‥!?)
吉住さんがいい人なだけに、私の気持ちに迷いがムクムクと湧き起こってきてしまった。
そんな私の気を知るはずもなく、吉住さんは笑顔で会話を続ける。
「高岸さんは普段どんな映画観ます?」
「えっと、そうですね、ファンタジーが多いかもです!あと最近は話題になっているアニメ映画も観たりしますね!」
「アニメも観るんですか!なんか嬉しいな。最近はアニメ映画も良作が多いですからね」
自分の趣味に関連する話とあって、吉住さんはテンションが上がり、ますます笑顔が深まっている。
推しの話をしている時の私もこんな感じに違いない。
「ちょうど今アニメ映画上映してて話題になってますけど、それはもう観ました?」
「観てないです」
「今日それでもいいですか?デートでアニメとか嫌ですか?」
「全然いいですよ!それにしましょう!」
ちょっと機嫌を伺うように見られていたが、私が快諾するやいなや、吉住さんの表情がパッと明るくなった。
そんな会話をしながらのんびり歩いていると、すぐに映画館に到着した。
ちょうど話題作が豊富に上映されている時期だということもあり、休日の映画館はカップルや友人同士のグループで混雑している。
「じゃあ、僕はチケット買ってきますね」
「あ、はい!ありがとうございます!」
吉住さんがチケット売り場に向かおうと私に話しかけたその時だ。
突然、私は後ろから誰かに腕を掴まれて引っ張られた。
驚いて勢いよく後ろを振り向く。
そこにいたのは、なんと蒼太くんだったーー。
(ええっ!?蒼太くん!?何でここに!?)
思いもよらない人物がそこにいたことで、私の頭はパニックだ。
ビックリしすぎて声も出せず、驚きで目を見開いたまま硬直してしまう。
私と同じく驚いていたらしい吉住さんは、私が固まっているので先に口を開いた。
「‥‥あの?高岸さんの知り合いですか?」
私と蒼太くんを交互に見ながら、どちらともなく問いかけた。
私は想定外の事態に、そしてなんで蒼太くんがここにいるのか分からずに動揺し、口を開こうにもモゴモゴと言葉にならない。
代わりに答えるように蒼太くんが吉住さんを見ながら答える。
「そうです。由美ちゃんの知り合いです。知り合いというか、それよりもっと親密な関係ですね」
「‥‥!」
そう言いながら、掴んでいた私の腕を自分の方へ引き、腰も引き寄せられた。
絶句したのは吉住さんだけでなく、私もだ。
(なにそれ!蒼太くんは一体何を言ってるの!?ていうか、この体勢はなに!?ち、近いんだけど‥‥!!)
背後から密着しているような体勢になり、あまりの距離の近さに心臓がバクバクする。
「これから映画を観ようとしていたところ申し訳ないんですが、由美ちゃんに緊急の用事があるんで今日は連れて帰らせて頂いてよろしいですか?」
NOを言わせない無言の圧力を発しながら、蒼太くんは吉住さんに話しかけた。
私は意味が分からず、オロオロしながら横目で蒼太くんを見上げる。
でも蒼太くんは私の背後から吉住さんの方をまっすぐ見つめていて私の視線には気付かない。
「‥‥緊急の用事というのは?」
「詳しくは話せないんですけど、まぁ由美ちゃんの推しに関することですね」
「えっ!百合さんに何かあったの!?」
そこで初めて私は声を発した。
カバっと身体を蒼太くんの方へ向け、彼の目をまっすぐに見つめる。
そこで初めてちゃんと目が合った。
(蒼太くんがわざわざここにいるってことはよっぽどのことに違いない!これは映画どころじゃない‥‥!急がなきゃ‥‥!!)
そう判断した私は、吉住さんの方に向き直り、カバっと頭を下げる。
「吉住さん、すみません!今日はこれで帰らせてください!!来たばっかりなのに本当にすみません!!この埋め合わせはまた今度必ず!!」
そう謝罪の言葉を連ねた。
私の勢いに驚いた様子の吉住さんは、何も言わず諦めたように眉を下げて曖昧に微笑むだけだった。
「行こう!急がなきゃ!」
それを了承と受け取った私は、蒼太くんの手を引き、急いで駆け出す。
映画館の入った商業施設を出たところで、初めて「あれ?どこに向かえばいいんだっけ?」と自分が状況を全く分かっていないことに思い至り、歩みを止めた。
「あの、蒼太くん?どこに行けばいいの?」
勇み足でここまで来たはいいが、百合さんに何があったのか、どこに行けばいいのか、そしてなぜ蒼太くんがここにいるのか、聞きたいことは盛りだくさんだ。
少し冷静になれば、思わず蒼太くんの手をとって走っていたことに気付く。
(やばっ!勝手に手をとっちゃってた!恥ずかしい‥‥!!)
急に恥ずかしさが襲ってきて、私はぱっと手を離そうとした。
なのに、それに気付いた蒼太くんは逆に手を強く握って私の手に指を絡めてくる。
(こ、これは‥‥!恋人繋ぎというやつではないですかぁーー!!)
驚いて蒼太くんを見上げると、蒼太くんはイタズラっぽく笑いながら私を見た。
「離さなくてもいいのに」
「‥‥!そ、それより急がないと!」
「急がなくていいよ。別に姉ちゃんに何かあったわけじゃないから」
「ええっ!?」
「俺、別に姉ちゃんに何かあったなんて一言も言ってないんだけど。推しに関することとしか言ってないよね?」
そう言われればそうだ。
確かに蒼太くんは百合さんに何かあったとは言っていない。
「けど、緊急って‥‥」
「それは本当。推しに関すること、つまり推しの弟である俺のこと。で、俺が今日、まさに今、由美ちゃんに用事があるから」
「えっ?どういうこと‥‥!?」
全く意味が分からない。
蒼太くんが私に緊急で用事があるってことなのだろうが、その要件も理由も全く心当たりがないのだ。
それにわざわざここに来るっていうのもどうしてなのか。
頭は疑問符が大量に浮かんでパンクしそうだ。
「とりあえず場所を移して話そう。そうだな、せっかくだし、由美ちゃんの推しに関係するところに連れて行くよ」
私の頭が情報処理に追いついていない間に、蒼太くんはサッサと行き先を決めて、今度は蒼太くんが私の手を引いて歩き出した。
混乱の中、言われるがままに蒼太くんの後に続いてついていき、私はまた驚いた。
着いたところが、蒼太くんが住むマンションだったのだからーー。
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