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ーー昨日はありがとうございました。推しの話が聞けて楽しかったです。良かったら今度一緒に食事にでも行きませんか?
朝起きてスマホを見ると、吉住さんからこんなメッセージが入っていた。
ストレートにデートに誘われて、昨夜の利々香の言葉が頭に蘇る。
まさかあんな推し賛美を繰り広げていただけの私に好感を持ってくださっていたなんて驚きだった。
一瞬、蒼太くんの顔が頭をよぎり、胸がギュッとなる。
(いつまでも胸を痛めてるだけだなんて、私らしくないよね。なんてったって絶対に蒼太くんの恋愛対象になることはないんだし、先のない恋なんだもん。この気持ちを捨てて、前みたいに本当の飲み友達に戻らなきゃ‥‥!じゃないと蒼太くんにも迷惑かけちゃうしね)
私は自分に言い聞かせるように納得すると、吉住さんに了承の返信を送る。
トントン拍子に話が進み、来週の平日仕事終わりにさっそく食事に行くことになった。
そしてその食事の日、私はこの前みたいに残業になることはなく、予定通り定時に仕事を終えると待合せのお店へ向かう。
吉住さんはすでにお店の中に入って席に座っていた。
私が店内に入ってくるのに気付くと、穏やかな笑みで迎えてくれる。
「お待たせしました!」
「いえ、僕も今来たところです」
メガネの奥から優しそうな瞳がのぞく。
決してイケメンというわけではないが、清潔感があり知的で落ち着いた人だ。
確か私の4つ年上で30歳だと言っていたはずだ。
「何飲みますか?」
「あ、じゃあ私はビールで!」
「じゃあ僕も」
私たちは飲み物と料理を手早く注文すると、お酒を飲みながら話し始めた。
「今日は残業じゃなかったんですね」
「この前はちょっと突発事項が急に入っちゃって致し方なかったんです。普段は特になにもなければ定時で帰れますよ!吉住さんは残業多いんですか?」
「僕は結構多い方かもしれないです。土日はしっかり休めますけどね」
「土日しっかり休みなのは嬉しいですね!お休みの日は何してるんですか?」
「録画したアニメ見たり、ゲームしたりインドアです。一緒に出掛けるような女性もいないですし」
「そうなんですか~。インドアもいいですよね!」
サラッと彼女はいないと言われた気がしたが、あえてそこには触れずにおく。
普通に話すのは楽しいが、恋愛の話はあまり触れてほしくなかった。
「あ、聞いてくださいよー!今日も私の推しはすっごく麗しかったんですよ!新しいリップグロスを買ったらしいんですけど、唇がぷるっぷるで目を奪われちゃいました!!」
私は話題を逸らすように、百合さんの話を持ち出した。
やはり吉住さんは嫌な顔をすることなく、私の推し賛美を聞いてくれる。
(こんなふうに推しの話を聞いてくれる人って稀なんだよね。本当にいい人だ‥‥!)
そう思う反面、特に恋愛的な感じで心が動く気配はなかった。
しばらく推し話を穏やかに聞いてくれていた吉住さんだったが、私の話がひと段落したところで突如話題を切り替えた。
「ところで、この前2次会でお友達に聞いたんですけど、高岸さんは彼氏いないんですか?」
「‥‥いませんよ!いたら合コンに参加なんてしてないですよー!」
突然の切り込みに、一瞬ビクッとしてしまったが、私は平然と事実を返す。
答えながら蒼太くんの顔が思い浮かぶが、彼は彼氏でもなんでもない、ただの飲み友達だ。
「お友達が言ってたことは本当だったんですね。こんなに明るくて可愛いから彼氏いないのが不思議で」
「えっ?明るくて可愛い!?吉住さん、目と耳は大丈夫ですか!?うるさいの間違いでは!?」
思わぬ言葉に目を見開いて聞き返してしまった。
すると吉住さんは大人の余裕を見せながら、穏やかに微笑み私を見つめる。
「そんなことないですよ。それに僕のオタクの話にも引かないし、話してて楽しいし。正直、初対面の頃からいいなって思ってます。付き合って欲しいなと思ってたりもします。でも高岸さんはまだそんなつもりないだろうし、まずは今度休日にデートしてもらえませんか?」
「‥‥!」
ものすごくストレートに好意を伝えられて身体が固まってしまう。
(この人は私のこと恋愛対象に見てくれるんだ。恋愛対象として見てくれる男の人もいるんだ‥‥)
また蒼太くんのことを思い出して胸が少しズキッとした。
気付けば私は首を縦に振り、吉住さんからのデートの申し出を了承していた。
もしかしたら蒼太くんに心が囚われていることから逃げたいだけで、恋愛的に惹かれているわけでもないのに了承するのは、吉住さんに対して誠実じゃないのかもしれない。
これでいいのかな?と躊躇する気持ちもあったけど前に進まなきゃという想いで私はいっぱいだった。
何の因果か、吉住さんと食事をした翌日、急に蒼太くんから連絡が来て、私たちはいつものダイニングバーで仕事終わりに飲むことになった。
「由美ちゃん、お疲れ!最近忙しくて会ってなかったから姉ちゃんの結婚式以来じゃない?」
「そうかも。3週間ぶりくらいかな?」
「3週間だけだっけ?由美ちゃんと会えないの寂しかったしもっと長い感じがするな~」
仲の良い飲み友達として言っている言葉だと頭では分かってはいるけど、心がドキッとするからそんなこと言わないで欲しいと思った。
そんな些細な言葉を嬉しいと思ってしまう私はまだまだ蒼太くんへの恋心を捨てられていないらしい。
「結婚式の時、由美ちゃんめっちゃ目を輝かせて写真撮りまくってたでしょ?イキイキしてて見てて面白かったよ」
「そ、そりゃ最高の環境だったもん!女神降臨って感じだったし!」
「ははっ、女神降臨って!そんな大したもんじゃないでしょ。姉ちゃんは普通の人間だし。あ~やっぱこうやって笑うと由美ちゃんと話してるって感じがするな」
蒼太くんは目尻に涙を浮かべて笑っている。
そんな屈託なく笑う顔が可愛いと思って視線が吸い寄せられてしまった。
「ていうか今気付いたけど、由美ちゃん今日もちゃんとメイクしてるね。服装もなんか変えた?」
そう言われて自分の服に目を落とす。
実は最近はちゃんとメイクを普段からするようにしているし、服装も利々香のアドバイスを取り入れて気を使うようになった。
きっかけはあの合コンの時だったけど、きっと蒼太くんに可愛く見られたい、恋愛対象に思って欲しいという思いが内心あるのかもしれないと自分でも分かっている。
「え?あ、まぁね!」
「ふぅん。何か心境の変化でもあった?」
「ええ?そ、そんなことないよ~。私ももう26歳だしちゃんとしようかなと思って!」
「そう」
何か思うところがあったのか蒼太くんは怪しげに私を見やる。
(あなたに恋愛対象に見て欲しくてとか知られたくないのです!無理なことは分かってるんだからそっとしておいて‥‥!)
「あ、そういえばさ、モンエクって前にアニメともコラボしてたの?」
私は話を変えたくて、この前吉住さんから聞いた話を思い出して言ってみた。
蒼太くんの会社が提供しているゲームだからちょうど良い話題だろうと思ったのだ。
「そうだよ。確か1年半前くらいだったかな。今回ほど話題にはならなかったけど、アニメファンには好評だったみたい」
「そうなんだ~!」
「よく知ってたね。由美ちゃんってアニメ好きだっけ?」
「え?そうでもないけど」
「誰かから聞いたの?」
「あ、うん、そう!」
「へぇ、ちなみに誰に?」
「‥‥えっと、誰だったかなぁ~?忘れちゃった!あはは!」
なんとなく吉住さんのことは蒼太くんには話したくなくて、私は咄嗟に誤魔化し、そのままグラスのお酒をグッと飲み干す。
「店長さん、ビールおかわりくださーい!」
「はいよ~。ちょっと待ってね」
これ以上追求されるのを避けるため、私は店長の洋一さんに話しかけてお酒を注文する。
店長さんがおかわりのビールを持ってきてくれると、亮祐常務のご友人であり結婚式にも出席していた店長さんも交えて、私たちはあの結婚式の話で盛り上がった。
蒼太くんもあれ以上は話をほじくり返すことはなかった。
楽しく飲んでいる途中、私はお手洗いに行きたくなってカウンターの席を立つ。
立とうとしたところで、足がもつれてちょっとよろけてしまった。
すると、大きな手にガシッと腕を掴まれる。
蒼太くんが振り向いて私が転けないように支えてくれたのだった。
「大丈夫?危ないから気をつけて」
「あ、ありがとう!」
掴まれた腕に蒼太くんの手の体温を生々しく感じて、一気に脈が早くなる。
顔が真っ赤になっていそうで、隠すように俯き、そのままお手洗いに駆け込んだ。
ドキドキドキドキ‥‥
心臓は壊れてしまったんじゃないかと思うくらいの早さだ。
(こんなちょっとしたことで、こんなにも動揺してしまうなんて!やっぱりまだこんなに好きなんだな。全然前に進めてないじゃん、私!)
改めて蒼太くんへの想いがまだ根深いことを自覚してしまう。
今もまだ掴まれた部分の腕が熱い。
(今はまだ好きでも、少しずつでも前に進まなきゃ‥‥!)
その時、ちょうどスマホのバイブ音が鳴った。
吉住さんからの電話だった。
私はお手洗いを出て、お手洗い近くの人がいない静かなスペースで電話に出る。
「もしもし」
「もしもし高岸さん?今大丈夫?外ですか?」
「あ、はい。外ですけど大丈夫です!」
「なら良かった。昨日お誘いしたデートですけど、来週の土曜日はどうですか?」
「‥‥はい、大丈夫です」
今さっき別の男性にドキドキして、まだ好きだと自覚したばっかりの自分なのに良いのだろうかと思うと、一瞬言葉に詰まってしまった。
でも前に進むしかないのだと思い、了承する。
「じゃあ行きたいところ考えといてくださいね!またメッセージ送ります」
「‥‥分かりました。じゃあ失礼します」
吉住さんからの好意は嬉しいし、前に進むしかない私にとってはありがたい話なのだけど、どうにもモヤモヤしてしまう。
そんなモヤモヤを振り払うように、お酒を煽り、その日は帰路に着いた。
翌日の私は若干二日酔いぎみだった。
ガンガンする頭を抱えながらどんよりした雰囲気で出社する。
「あら、高岸さん大丈夫?今日は調子悪そうね」
安西部長から心配されるが、ただの二日酔いなので申し訳ない気分になる。
「すみません、ただの二日酔いで‥‥。仕事はちゃんと頑張りますので!」
「高岸さんが二日酔いなんて珍しいじゃない。無理はしないようにね?」
「はい、お気遣いありがとうございます」
良い上司に恵まれて私は幸せ者だと感じるとともに、その優しさが骨身に染みるようだった。
さらに幸せ者な私は、私を心配した百合さんにランチに誘ってもらった。
「由美ちゃん、二日酔いって言ってたけど何か悩み事でもあるの?なんだか思い詰めてるように見えて‥‥」
推しの潤んだ瞳に見つめられ、私は悩んでいることを少し吐露する。
もちろん蒼太くんを想っていることは省略してだ。
「実はこの前合コンで出会った人に来週の土曜日にデートに誘われたんです。でもなんだかモヤモヤしていて‥‥」
「そうなの?モヤモヤしてるっていうのは何か気掛かりなことでもあるの?」
「相手の好意は感じてるんです。けど、私はいい人だとは思ってるんですが、同じようには感じていなくって。こんな気持ちで良いのかなって申し訳ない感じもして。でも前に進みたい気持ちもあるんです」
「そうなんだ‥‥。前に進みたいって気持ちは私も分かるなぁ。今は同じように気持ちを返せなくても、流れに身を委ねてみるのも悪くないんじゃないかな?」
「流れに身を委ねる‥‥ですか?」
「うん。途中でやっぱり無理だって思うかもしれないけど、今はまだ結論を出せないなら前に進んでみても良いのかなって」
百合さんの優しい微笑みを受け、なんだか私の心も軽くなる。
(そうだよね!今はまだ蒼太くんに気持ちが向いてるけど、前に進みたい気持ちは本当だから。流れに身を委ねてみよう!)
「ありがとうございます。何か気持ちが軽くなりました!ちなみにデートってどこ行ったらいいと思います?」
「2人で会うのは何度目なの?」
「合コンで出会って、その後一度2人で食事に行ったので2回目です」
「そうなんだ。土曜日だし、食事だけじゃなくて例えば映画館とか、美術館とかに行ってみるのはどう?相手を知る機会にもなるだろうし」
「映画館いいですね!」
私は百合さんとのランチを終えると、さっそく吉住さんに映画館はどうかとメッセージを入れた。
賛成という返事が来て、土曜日はお昼過ぎに待ち合わせて映画館に行くことになったのだったーー。
朝起きてスマホを見ると、吉住さんからこんなメッセージが入っていた。
ストレートにデートに誘われて、昨夜の利々香の言葉が頭に蘇る。
まさかあんな推し賛美を繰り広げていただけの私に好感を持ってくださっていたなんて驚きだった。
一瞬、蒼太くんの顔が頭をよぎり、胸がギュッとなる。
(いつまでも胸を痛めてるだけだなんて、私らしくないよね。なんてったって絶対に蒼太くんの恋愛対象になることはないんだし、先のない恋なんだもん。この気持ちを捨てて、前みたいに本当の飲み友達に戻らなきゃ‥‥!じゃないと蒼太くんにも迷惑かけちゃうしね)
私は自分に言い聞かせるように納得すると、吉住さんに了承の返信を送る。
トントン拍子に話が進み、来週の平日仕事終わりにさっそく食事に行くことになった。
そしてその食事の日、私はこの前みたいに残業になることはなく、予定通り定時に仕事を終えると待合せのお店へ向かう。
吉住さんはすでにお店の中に入って席に座っていた。
私が店内に入ってくるのに気付くと、穏やかな笑みで迎えてくれる。
「お待たせしました!」
「いえ、僕も今来たところです」
メガネの奥から優しそうな瞳がのぞく。
決してイケメンというわけではないが、清潔感があり知的で落ち着いた人だ。
確か私の4つ年上で30歳だと言っていたはずだ。
「何飲みますか?」
「あ、じゃあ私はビールで!」
「じゃあ僕も」
私たちは飲み物と料理を手早く注文すると、お酒を飲みながら話し始めた。
「今日は残業じゃなかったんですね」
「この前はちょっと突発事項が急に入っちゃって致し方なかったんです。普段は特になにもなければ定時で帰れますよ!吉住さんは残業多いんですか?」
「僕は結構多い方かもしれないです。土日はしっかり休めますけどね」
「土日しっかり休みなのは嬉しいですね!お休みの日は何してるんですか?」
「録画したアニメ見たり、ゲームしたりインドアです。一緒に出掛けるような女性もいないですし」
「そうなんですか~。インドアもいいですよね!」
サラッと彼女はいないと言われた気がしたが、あえてそこには触れずにおく。
普通に話すのは楽しいが、恋愛の話はあまり触れてほしくなかった。
「あ、聞いてくださいよー!今日も私の推しはすっごく麗しかったんですよ!新しいリップグロスを買ったらしいんですけど、唇がぷるっぷるで目を奪われちゃいました!!」
私は話題を逸らすように、百合さんの話を持ち出した。
やはり吉住さんは嫌な顔をすることなく、私の推し賛美を聞いてくれる。
(こんなふうに推しの話を聞いてくれる人って稀なんだよね。本当にいい人だ‥‥!)
そう思う反面、特に恋愛的な感じで心が動く気配はなかった。
しばらく推し話を穏やかに聞いてくれていた吉住さんだったが、私の話がひと段落したところで突如話題を切り替えた。
「ところで、この前2次会でお友達に聞いたんですけど、高岸さんは彼氏いないんですか?」
「‥‥いませんよ!いたら合コンに参加なんてしてないですよー!」
突然の切り込みに、一瞬ビクッとしてしまったが、私は平然と事実を返す。
答えながら蒼太くんの顔が思い浮かぶが、彼は彼氏でもなんでもない、ただの飲み友達だ。
「お友達が言ってたことは本当だったんですね。こんなに明るくて可愛いから彼氏いないのが不思議で」
「えっ?明るくて可愛い!?吉住さん、目と耳は大丈夫ですか!?うるさいの間違いでは!?」
思わぬ言葉に目を見開いて聞き返してしまった。
すると吉住さんは大人の余裕を見せながら、穏やかに微笑み私を見つめる。
「そんなことないですよ。それに僕のオタクの話にも引かないし、話してて楽しいし。正直、初対面の頃からいいなって思ってます。付き合って欲しいなと思ってたりもします。でも高岸さんはまだそんなつもりないだろうし、まずは今度休日にデートしてもらえませんか?」
「‥‥!」
ものすごくストレートに好意を伝えられて身体が固まってしまう。
(この人は私のこと恋愛対象に見てくれるんだ。恋愛対象として見てくれる男の人もいるんだ‥‥)
また蒼太くんのことを思い出して胸が少しズキッとした。
気付けば私は首を縦に振り、吉住さんからのデートの申し出を了承していた。
もしかしたら蒼太くんに心が囚われていることから逃げたいだけで、恋愛的に惹かれているわけでもないのに了承するのは、吉住さんに対して誠実じゃないのかもしれない。
これでいいのかな?と躊躇する気持ちもあったけど前に進まなきゃという想いで私はいっぱいだった。
何の因果か、吉住さんと食事をした翌日、急に蒼太くんから連絡が来て、私たちはいつものダイニングバーで仕事終わりに飲むことになった。
「由美ちゃん、お疲れ!最近忙しくて会ってなかったから姉ちゃんの結婚式以来じゃない?」
「そうかも。3週間ぶりくらいかな?」
「3週間だけだっけ?由美ちゃんと会えないの寂しかったしもっと長い感じがするな~」
仲の良い飲み友達として言っている言葉だと頭では分かってはいるけど、心がドキッとするからそんなこと言わないで欲しいと思った。
そんな些細な言葉を嬉しいと思ってしまう私はまだまだ蒼太くんへの恋心を捨てられていないらしい。
「結婚式の時、由美ちゃんめっちゃ目を輝かせて写真撮りまくってたでしょ?イキイキしてて見てて面白かったよ」
「そ、そりゃ最高の環境だったもん!女神降臨って感じだったし!」
「ははっ、女神降臨って!そんな大したもんじゃないでしょ。姉ちゃんは普通の人間だし。あ~やっぱこうやって笑うと由美ちゃんと話してるって感じがするな」
蒼太くんは目尻に涙を浮かべて笑っている。
そんな屈託なく笑う顔が可愛いと思って視線が吸い寄せられてしまった。
「ていうか今気付いたけど、由美ちゃん今日もちゃんとメイクしてるね。服装もなんか変えた?」
そう言われて自分の服に目を落とす。
実は最近はちゃんとメイクを普段からするようにしているし、服装も利々香のアドバイスを取り入れて気を使うようになった。
きっかけはあの合コンの時だったけど、きっと蒼太くんに可愛く見られたい、恋愛対象に思って欲しいという思いが内心あるのかもしれないと自分でも分かっている。
「え?あ、まぁね!」
「ふぅん。何か心境の変化でもあった?」
「ええ?そ、そんなことないよ~。私ももう26歳だしちゃんとしようかなと思って!」
「そう」
何か思うところがあったのか蒼太くんは怪しげに私を見やる。
(あなたに恋愛対象に見て欲しくてとか知られたくないのです!無理なことは分かってるんだからそっとしておいて‥‥!)
「あ、そういえばさ、モンエクって前にアニメともコラボしてたの?」
私は話を変えたくて、この前吉住さんから聞いた話を思い出して言ってみた。
蒼太くんの会社が提供しているゲームだからちょうど良い話題だろうと思ったのだ。
「そうだよ。確か1年半前くらいだったかな。今回ほど話題にはならなかったけど、アニメファンには好評だったみたい」
「そうなんだ~!」
「よく知ってたね。由美ちゃんってアニメ好きだっけ?」
「え?そうでもないけど」
「誰かから聞いたの?」
「あ、うん、そう!」
「へぇ、ちなみに誰に?」
「‥‥えっと、誰だったかなぁ~?忘れちゃった!あはは!」
なんとなく吉住さんのことは蒼太くんには話したくなくて、私は咄嗟に誤魔化し、そのままグラスのお酒をグッと飲み干す。
「店長さん、ビールおかわりくださーい!」
「はいよ~。ちょっと待ってね」
これ以上追求されるのを避けるため、私は店長の洋一さんに話しかけてお酒を注文する。
店長さんがおかわりのビールを持ってきてくれると、亮祐常務のご友人であり結婚式にも出席していた店長さんも交えて、私たちはあの結婚式の話で盛り上がった。
蒼太くんもあれ以上は話をほじくり返すことはなかった。
楽しく飲んでいる途中、私はお手洗いに行きたくなってカウンターの席を立つ。
立とうとしたところで、足がもつれてちょっとよろけてしまった。
すると、大きな手にガシッと腕を掴まれる。
蒼太くんが振り向いて私が転けないように支えてくれたのだった。
「大丈夫?危ないから気をつけて」
「あ、ありがとう!」
掴まれた腕に蒼太くんの手の体温を生々しく感じて、一気に脈が早くなる。
顔が真っ赤になっていそうで、隠すように俯き、そのままお手洗いに駆け込んだ。
ドキドキドキドキ‥‥
心臓は壊れてしまったんじゃないかと思うくらいの早さだ。
(こんなちょっとしたことで、こんなにも動揺してしまうなんて!やっぱりまだこんなに好きなんだな。全然前に進めてないじゃん、私!)
改めて蒼太くんへの想いがまだ根深いことを自覚してしまう。
今もまだ掴まれた部分の腕が熱い。
(今はまだ好きでも、少しずつでも前に進まなきゃ‥‥!)
その時、ちょうどスマホのバイブ音が鳴った。
吉住さんからの電話だった。
私はお手洗いを出て、お手洗い近くの人がいない静かなスペースで電話に出る。
「もしもし」
「もしもし高岸さん?今大丈夫?外ですか?」
「あ、はい。外ですけど大丈夫です!」
「なら良かった。昨日お誘いしたデートですけど、来週の土曜日はどうですか?」
「‥‥はい、大丈夫です」
今さっき別の男性にドキドキして、まだ好きだと自覚したばっかりの自分なのに良いのだろうかと思うと、一瞬言葉に詰まってしまった。
でも前に進むしかないのだと思い、了承する。
「じゃあ行きたいところ考えといてくださいね!またメッセージ送ります」
「‥‥分かりました。じゃあ失礼します」
吉住さんからの好意は嬉しいし、前に進むしかない私にとってはありがたい話なのだけど、どうにもモヤモヤしてしまう。
そんなモヤモヤを振り払うように、お酒を煽り、その日は帰路に着いた。
翌日の私は若干二日酔いぎみだった。
ガンガンする頭を抱えながらどんよりした雰囲気で出社する。
「あら、高岸さん大丈夫?今日は調子悪そうね」
安西部長から心配されるが、ただの二日酔いなので申し訳ない気分になる。
「すみません、ただの二日酔いで‥‥。仕事はちゃんと頑張りますので!」
「高岸さんが二日酔いなんて珍しいじゃない。無理はしないようにね?」
「はい、お気遣いありがとうございます」
良い上司に恵まれて私は幸せ者だと感じるとともに、その優しさが骨身に染みるようだった。
さらに幸せ者な私は、私を心配した百合さんにランチに誘ってもらった。
「由美ちゃん、二日酔いって言ってたけど何か悩み事でもあるの?なんだか思い詰めてるように見えて‥‥」
推しの潤んだ瞳に見つめられ、私は悩んでいることを少し吐露する。
もちろん蒼太くんを想っていることは省略してだ。
「実はこの前合コンで出会った人に来週の土曜日にデートに誘われたんです。でもなんだかモヤモヤしていて‥‥」
「そうなの?モヤモヤしてるっていうのは何か気掛かりなことでもあるの?」
「相手の好意は感じてるんです。けど、私はいい人だとは思ってるんですが、同じようには感じていなくって。こんな気持ちで良いのかなって申し訳ない感じもして。でも前に進みたい気持ちもあるんです」
「そうなんだ‥‥。前に進みたいって気持ちは私も分かるなぁ。今は同じように気持ちを返せなくても、流れに身を委ねてみるのも悪くないんじゃないかな?」
「流れに身を委ねる‥‥ですか?」
「うん。途中でやっぱり無理だって思うかもしれないけど、今はまだ結論を出せないなら前に進んでみても良いのかなって」
百合さんの優しい微笑みを受け、なんだか私の心も軽くなる。
(そうだよね!今はまだ蒼太くんに気持ちが向いてるけど、前に進みたい気持ちは本当だから。流れに身を委ねてみよう!)
「ありがとうございます。何か気持ちが軽くなりました!ちなみにデートってどこ行ったらいいと思います?」
「2人で会うのは何度目なの?」
「合コンで出会って、その後一度2人で食事に行ったので2回目です」
「そうなんだ。土曜日だし、食事だけじゃなくて例えば映画館とか、美術館とかに行ってみるのはどう?相手を知る機会にもなるだろうし」
「映画館いいですね!」
私は百合さんとのランチを終えると、さっそく吉住さんに映画館はどうかとメッセージを入れた。
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(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
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