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♯15

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今年の3月21日は平日だった。

だから蒼太くんとは仕事終わりに、ちょっとお高い、回らないお寿司を食べに行くことになっている。

朝出社すると百合さんがニコニコと微笑みながら話しかけてきた。

「由美ちゃん、誕生日おめでとう!はい、これ。ちょっとしたもので申し訳ないんだけど私からプレゼントです」

そういって可愛くラッピングされた小さな包みを手渡してくれる。

女神と崇める推しから誕生日プレゼントがもらえるなんて嬉しすぎて、思わず踊り出したくなった。

「えーー!ありがとうございますーー!本当に本当に本当に、めちゃくちゃ嬉しいです!!」

私は壊れ物を扱うようにその包みを両手でそっと受け取った。

片手に収まるくらいの小さなものだ。

「開けてみてもいいですか!?」

「うん、どうぞ」

百合さんから承諾を得て、その包みを開けると、プレゼントは有名ブランドの口紅だった。

私に口紅?っと一瞬思って百合さんに視線を向ける。

というのも、私は仕事で必要な時に使うくらいで、普段は色付きリップクリームで済ませているのだ。

百合さんは私の視線に気付くと、私の疑問を察したのか言葉を重ねてくれる。

「由美ちゃんはあんまり口紅つけないから意外に思った?」

「正直に言うと、はい」

「実はね、去年の私の誕生日に蒼太が私にくれたのが口紅だったの。当時付き合ってなかったんだけど、亮祐さんと誕生日にデートする予定があってそれを見越してね。デートする時につけて行ってって言われて」

「そうだったんですか!」

「うん。それで、2人は飲み友達だからデートではないんだろうけど、せっかく誕生日に出掛けるんだからぜひ由美ちゃんにも口紅つけていってもらえたらなと思って。由美ちゃんに絶対似合うと思う色にしてみたの」

「素敵ですね!ぜひ今日つけて行きます!というか、今からつけてきますー!!」

百合さんが私に似合うと選んでくれた色だなんて嬉しすぎる。

それにデートではないけど、蒼太くんを好きと自覚した私にとっては似たようなものだ。

そんな時に口紅で気合を入れられるとは、まさに今ナイスなプレゼントだった。

(さすが百合さん!ナイスなタイミングで私に足りない女子力を授けてくださってありがたいっ!!)

意気揚々とお手洗いに駆け込むと、さっそく私はその口紅で唇をいろどった。

その日の日中は、夜に蒼太くんに会うと思うと正直ずっとソワソワしていた。

好きと自覚して以来、初めて会うのだ。

電話でも最初動揺がすごかったのに、対面だとどうなってしまうのだろうと、ちょっと自分自身が読めなくてこわくもある。

そんな調子だから、ソワソワしているうちに時間はさっさと過ぎて行き、あっという間に終業時間になっていた。

私は定時で仕事を終えると、再びお手洗いに行って、今朝百合さんにもらった口紅を塗り直す。

たいしてしていないお化粧も崩れていないか念のために見直して、確認が終わるとそのまま会社を出た。

スマホを見ると、蒼太くんからメッセージが入っていて、どうやら蒼太くんも定時で仕事を終えられたようだった。

今日はお店で待ち合わせではなく、銀座の駅で先に落ち合うことになっている。

駅に着いてあたりを見回すと、改札の近くで蒼太くんが待っていた。

その姿を一目見た瞬間、ドクンと私の心臓が飛び跳ねる。

やっぱり生の蒼太くんは電話以上に威力が強いようだ。

脈打つ心臓を落ち着かせながら、私は蒼太くんに歩み寄る。

「お待たせ!」

「お疲れ~。じゃあ行こっか」

「うん!」

私たちは横に並んで歩き出す。

歩いている最中に、なんだかいつもより人の視線を感じて変に思っていると、その視線が蒼太くんに向かっていることに気付く。

(なるほど。このイケメンを皆チラチラと見てるわけですね。やっぱこの人カッコいいんだよね~。そんな人と一緒にいるのが私って大丈夫!?)

飲み友達として一緒にいる時にはなんとも思わなかったのに、急に周りの視線が気になり出した。

なんとなく髪を撫でつけて整えてみた。

「どうしたの?」

「えっ?べ、別になんでもないよー!」

私の態度を不審に思ったのか、蒼太くんは顔を覗き込んでくる。

(そ、そんなに見ないでーー!心臓がやばいからぁーーー!!)

「あれ?由美ちゃん、今日は口紅塗ってるの?珍しいね」

蒼太くんは目敏く口紅に気付いた。

嬉しいような恥ずかしいような気持ちでムズムズする。

「そ、そうなの!実は百合さんから誕生日プレゼントで今日もらったんだよ!女神が私に美をお裾分けしてくださったのです!」

「ははっ。女神からの美のお裾分けって!でも姉ちゃんが選んだだけあって由美ちゃんに似合ってると思うよ」

「あ、ありがとうー!」

好きな人に似合うと褒められるとやっぱり嬉しい。

こんな素敵なプレゼントをしてくれた百合さんに、私は心の中で合掌しながら感謝の念を送った。

予約していたお寿司屋さんに着くと、個室のテーブル席へと案内される。

私たちは季節の旬握りというコースを選んで注文した。

「個室なんてドキドキするね!」

「ゆっくり食べられるしいいかな~と思って。誕生日だしね。あ、由美ちゃん誕生日おめでとう」

「蒼太くんもおめでとう!」

「由美ちゃんは26歳になったんだっけ?で、俺が27歳か」

「あ、これ。誕生日プレゼント!」

私は用意しておいたプレゼントの包みを蒼太くんへ差し出す。

プレゼントは、靴をケアするためのクリーナーやワックスなどの詰め合わせであるシューケアボックスだ。

何がいいか悩みに悩んだ。

友達という立場を踏まえて、身につけるものではなく、消耗品であり実用品であるものにしたのだ。

「ありがとう。へぇ、靴のケア用品か。営業職だから助かるわ~。必要だけどなかなか自分では買わない品だし」

包の中を見ながら蒼太くんが微笑む。

その顔を見て、喜んでもらえて良かったと私も嬉しくなった。


「じゃあ俺もプレゼント。はい、これどうぞ」

今度は蒼太くんが私に包みを差し出してきた。

私も袋を開けて中身を確認する。

それはボックスに入ったお花だった。

「わ、可愛い!お花?」

「それ花の入浴剤だよ。本物の花みたいでしょ?部屋に飾ってインテリアにもできるらしいから好みで使ってもらえれば」

なんて洒落たプレゼントだろう。

好きな人から貰ったプレゼントを入浴剤として使うなんてもったいなくて、私は部屋に飾ることを即座に決意した。

ちょうど注文したコースのお寿司が運ばれてきて、私たちはそれぞれプレゼントを片付け、お寿司に舌鼓を打つ。

ネタが新鮮でとっても美味しかった。

でも正直なところ、ずっとドキドキしている自分の心臓がうるさすぎて、味を邪魔してよく分からない。

蒼太くんの方をそっと盗み見ると、彼はとてもきれいにお箸を使ってお寿司を食べている。

そのお箸を持つ長い指に、そしてお寿司を食べる形の良い口元に、自然と目が吸い寄せられてしまう。

(蒼太くんの指も口もきれいだなぁ~。って、あ~もう!何ジロジロ見てんの私は!)

それでも蒼太くんの一挙一動が気になって仕方なかった。

なんで今までの私は蒼太くんと2人で飲んでいて、何も緊張せずにあんなに平然としていられたのだろうか。

過去の自分が信じられない。

今日はもうずーっとドキドキしっぱなしで苦しいくらいだった。

「ていうか、改めて誕生日が同じとか奇遇すぎるよね。俺、女の子と誕生日に食事するの久しぶりだな~」

蒼太くんがふと思い出したようにつぶやいた。

その言葉に私は疑問を感じる。

「え、あれ?彼女がいたんじゃなかったっけ?」

「あぁ前に話した別れた彼女のこと?あの子とは去年の誕生日の後に付き合い出したから」

「その前は?」

「その前はしばらく彼女いなかったんだよね。それこそ大学の時にいたのが最後だったかな」

「へぇー。そうなんだ!ちょっと意外かも」

「前も話したけどさ、結局いつもシスコンが理由で振られるし。由美ちゃんに色々指摘されて、まぁ俺もシスコンと思われても仕方なかったのかなと今は思うけど。でもこれからどうすっかなぁ~」

そんなふうにちょっと嘆くように言われて、私は「私がいるよ!」と叫んでしまいたい衝動に駆られる。

ドキドキをずっと抱えていて、初めて感じるこの気持ちを持て余していたのもある。

なにせ私は25年、いや26年生きてきて、初めて恋をしているのだ。

こんな自分が自分じゃないような感覚を扱いかねているし、必死に隠してはいるものの、もう爆発しそうだった。

だから衝動のままについ言ってしまったのだ。

「‥‥じゃ、じゃあさ!私とかどう!?私と恋愛してみるとかさ!?」

軽い口調を装いながら、抱えきれなくて本音を吐き出した。

蒼太くんはその言葉にピタッと動きを止めて一瞬目を丸くしたが、すぐにいつも通りに戻ると平然とした様子で答える。

「突然どうしたの?でもまぁ、由美ちゃんだけはないかな~」

その言葉が胸にズキッと突き刺さる。

はないって完全に対象外だとハッキリ言われたのだ。

軽い口調で言ったから冗談だと思われた可能性もあるけど、これだけハッキリ言われたら、私でも分かる。

(つまりやっぱり私は蒼太くんにとって、恋愛対象外なんだな。分かってたけど!分かってたけど一縷の望みもないフラれ方だ‥‥)

「はははっ!そうだよね~!ごめん、ごめん、ちょっと言ってみただけー!」

私は必死に笑顔を作り、冗談だったように思わせるために努めて明るく振る舞う。

これからも仕事で会うし、百合さんの弟だし、大切な飲み友達だし、これで気まずくなるわけにはいかないのだ。

何事もなかったように私はサラリと話題を切り替えて、いつも以上に笑顔を振りまく。

その笑顔とは裏腹に、心の中は「私だけはない」とフラれたことに胸がキシキシと軋んで痛かったーー。

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