初恋〜推しの弟を好きになったみたいです〜

美並ナナ

文字の大きさ
上 下
15 / 25

♯14 (Side蒼太)

しおりを挟む
いつもは平日の仕事終わりに飲んでいた由美ちゃんと休日に出掛けることになったのは、ただの思い付きがキッカケだった。

年明けに飲んでいた時に、「今年も推し活を充実させる!」と意気込む由美ちゃんの話を聞いて、単純な興味でどんなことをしてるのか聞いてみたのだ。

てっきり平日の仕事中だけなのかと思ったら、休日も推し(つまり俺の姉)に勧められたことや場所を体験しているという。

それなら、弟である俺が知ってることも役に立つかもと思って、姉の好きな場所へ休日に連れていこうか?と提案したのだ。

思い付きで言ったけど、由美ちゃんは目をキラキラさせて興奮していた。

まるで高価なアクセサリーをプレゼントされたような喜びようで、こんな提案でこんなふうな反応をされるのは新鮮である。

姉の好きな美術館に行くことになったのだが、休日に初めて会った由美ちゃんも新鮮だった。

カジュアルで女の子らしいニットのワンピースに身を包んだ由美ちゃんはいつもとは違った雰囲気だ。

女性を褒めると勘違いされることがあるから控えているのだけど、由美ちゃんには「可愛い」という言葉が自然と口をついて出た。

ちょっと照れた様子なのも初々しい。

それにしてもやっぱり由美ちゃんは面白い、飽きないな~と思ったのは展覧会を見て回ってる時だった。

表情がクルクル変わって、展示物を見てるより由美ちゃんを見てる方がよっぽど面白かったのだ。

由美ちゃんに喜んでもらえればと、俺は時々姉の情報を伝える。

そのたびに、わずかに頬を赤く染めて、推し情報に静かに興奮しているようだった。

正直、美術館なんて芸術に造詣のない俺はさほど興味はなく、行っても楽しめるのか疑問だったが、その日は素直に楽しいと感じられ充実した休日となった。

その日の夜、用事があり姉と電話していた際、会話の中で姉につられて俺もついポロッと「由美ちゃん」と言ってしまった。

コラボの打合せの時は「高岸さん」と呼んでいたので、姉は違和感を感じたらしかった。

その流れで、俺は由美ちゃんと飲み友達になったことを姉に話した。

別に隠していたわけではないが、由美ちゃんに姉を推しと崇めていることは秘密にして欲しいと以前言われてたこともあり、なんとなく話してなかったのだった。

「由美ちゃん、すっごく良い子でしょ?話してると明るくなれるよね。蒼太は女の子の友達っていないから、2人が仲良くしてるのは私も嬉しいよ」

姉の声のトーンが上がり、喜んでいるのが分かった。

そんなこともあり、後日姉から3人で食事に行こうと言われてそれが実行されることになったのだった。

その食事に行く日の仕事中、デスクでメールチェックをしていた俺のところに伊藤さんがやってきた。

「この前取引先の新年会に蒼太さんが参加された時に行ったお店が良かったって言ってたじゃないですかぁ?あれってどこでしたっけ?」

「あぁ、新宿の駅から近くのオフィスビルに入ってるお店だよ」

それはまさに今日、由美ちゃんと姉と一緒に行くために予約した店だった。

今年参加した新年会で行った時に雰囲気もいいし、料理も美味しかったからちょうどいいと思ったのだ。

「新宿かぁ~!パスタが美味しいって言ってましたよねぇ?」

「そうだけど?」

「今度連れてってくれませんかぁ?私、パスタが大好きで、この前蒼太さんが話してるのを聞いた時からずっと気になってたんです~!」

伊藤さんは上目遣いでおねだりするように俺を見つめてくる。

この前話したというのは、営業メンバー数人と雑談してる時にちょっと話題に出しただけだった。

(目敏く覚えてんな~。それに「一緒に行こう」じゃなく、「連れてって」っていうのがなんとも伊藤さんらしいというか‥‥)

俺は角が立たないように断るにはどうしようかと頭を働かせる。

結局、うまい言葉が見つからず、率直に事実を言うことにした。

「その店、近々他の人と行く予定があるから、しばらくはいいかな~。ごめんね、店の場所は教えるから誰かに連れてってもらってよ」

「えっ?他の人?」

「そう。あ、そうだ取引先に電話しないといけなかった。ごめん、電話するから」

もう話は終わりだと言わんばかりに、俺はスマホを取り出して電話をかけ出す。

あえて姉とは言わず、他の人と言って、女の影を匂わせたからだろう。

伊藤さんは何か物言いたげだったが、俺が電話で話し出すと引き下がって自分のデスクに戻っていった。

彼女と別れてからの伊藤さんの猛攻に、ここ数ヶ月で俺は疲れを感じていた。


仕事が終わると、予定通りに由美ちゃんと姉と店で落ち合い、食事を楽しんだ。

気心の知れた2人と話すのは本当に楽だ。

姉は血の繋がった姉弟で長年の付き合いだから当たり前ではあるのだが、由美ちゃんとはまだ知り合って半年くらいなのに不思議なものである。

日中の伊藤さんとの腹の探り合いみたいな会話とは正反対というくらい、飾り気のない自然体の会話に俺は心底楽しんでいた。
 
(恋愛が絡んでなくて楽しく話せる人は貴重だ。由美ちゃんとは、これからも飲み友達として仲良くしたい!)

改めてそう感じる。

由美ちゃんが俺を好きになるとは思わないが(なんせ推しに関する情報源としか思われてないし)、みすみす恋愛絡みにしたくない。

なぜなら、彼女を作るよりも、こんな気楽に話せる女友達を作る方が至難の業だから。

由美ちゃんと誕生日が同じ日という驚きの事実以上に、2人と話しながらも俺はそんなことを心の中で考えていたーー。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

契約結婚のはずが、幼馴染の御曹司は溺愛婚をお望みです

紬 祥子(まつやちかこ)
恋愛
旧題:幼なじみと契約結婚しましたが、いつの間にか溺愛婚になっています。 夢破れて帰ってきた故郷で、再会した彼との契約婚の日々。 ★第17回恋愛小説大賞(2024年)にて、奨励賞を受賞いたしました!★ ☆改題&加筆修正ののち、単行本として刊行されることになりました!☆ ※作品のレンタル開始に伴い、旧題で掲載していた本文は2025年2月13日に非公開となりました。  お楽しみくださっていた方々には申し訳ありませんが、何卒ご了承くださいませ。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——?

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

転生令嬢、シスコンになる ~お姉様を悪役令嬢になんかさせません!~

浅海 景
恋愛
物心ついた時から前世の記憶を持つ平民の子供、アネットは平凡な生活を送っていた。だが侯爵家に引き取られ母親違いの姉クロエと出会いアネットの人生は一変する。 (え、天使?!妖精?!もしかしてこの超絶美少女が私のお姉様に?!) その容姿や雰囲気にクロエを「推し」認定したアネットは、クロエの冷たい態度も意に介さず推しへの好意を隠さない。やがてクロエの背景を知ったアネットは、悪役令嬢のような振る舞いのクロエを素敵な令嬢として育て上げようとアネットは心に誓う。 お姉様至上主義の転生令嬢、そんな妹に絆されたクーデレ完璧令嬢の成長物語。 恋愛要素は後半あたりから出てきます。

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...