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♯6

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その日の午後8時。

先週末と同じあのダイニングバーのカウンターで、先週末と同じように蒼太くんと並んで座り、私はお酒を飲んでいたーー。



「いや、まさか取引先としてまた会うことになるとはね。驚いたわ」

仕事終わりの蒼太くんは、ビールを飲みながらケラケラと笑っている。

「本当にビックリだよー!」

「あの日朝起きたらいなくて1万円だけ置いてあったのにもビックリだったけど?」

「1万円で足りた?」

「気にするとこ、そこ!?」

「え、だって足りなかったら申し訳ないな~って。とりあえず1万円置いておいたけど、あの後ネット検索して、ああいうところの値段相場調べたし!」

「マジで!なにそれ、由美ちゃんってやっぱ面白いね」

蒼太くんはまた声を出して笑っている。

最初こそまた会うことになって面食らったけど、いざ会って話し出すとこの前のようにポンポンと会話は弾んだ。

「でも本当にあの日はごめんね!酔っ払って初対面の人に介抱させちゃうなんてさ。迷惑だったでしょ?」

私はずっと気になっていたことを謝罪した。

迷惑をかけてしまって本当に申し訳なく思っていたのだ。

それに対して蒼太くんは意外にも逆に謝ってきたのだ。

「俺こそ住所分かんないからって、あんな場所に運び込んでごめんね。起きた時驚いたんじゃない?」

「うん、驚いたけど、好奇心で色々観察はしちゃったかな~。お風呂スケスケで面白かったし!」

「観察って!」

「え、初めてのところに行ったら観察するでしょー!?そういうもんだよー!」

「まさかそんな返答されるとは。ははっ」

心底面白いものを見るような目で蒼太くんは私を見た。

(さっきから本当に笑ってばっかりだな蒼太くん。笑い上戸なのかな?笑顔のイケメンの威力すごいわ~)

なんとなく周囲の女性のお客さんの視線が蒼太くんに集まっているように感じた。

まぁ、この威力すごいからね~と、そんな女性たちに私は共感する。



その時、笑っていた蒼太くんが空気を切り替えて一瞬真面目な顔をした。

そしておそらく今日一番確認したかったであろうことを切り出した。

「ていうかさ、今日会社で会ったことで色々分かっちゃったんだけど、つまり由美ちゃんが語ってたあの推しって並木百合?」

「そういうあなたは、私の推しの弟?」

「「‥‥‥」」

私たちはお互いを探るような目でじっと見つめ合う。

きっとお互い先週末に他人だと思ってベラベラと話したことを思い出している。

しばらく探り合いをしていたのだけど、その沈黙に耐えきれず2人同時にプッと吹き出した。

「「‥‥‥はははっ!」」

その瞬間、さっきまでの探るような雰囲気も飛び散っていく。


「まさか由美ちゃんの推しが俺の姉とはね~。なんだっけ、女神のような美しさだっけ?私の目の保養で心の栄養とも言ってたよなぁ~」

「そうだよ!あなたのお姉さまは女神なの!そういう蒼太くんだって、確か私の話聞いて姉を思い出すって言ってたよね!!」

「で、実際それが本当に姉だったというわけですか」

「そういうわけです。そして蒼太くんは、そんなお姉さま大好きなシスコンだったわけですね?」

「いや、別に大好きとかでは‥‥」

「ていうか、ね!ね!ね!よく考えれば、私たちって同じ人を好きってことじゃない!?私は百合さんを推しとして好きだし、蒼太くんはシスコンなくらい百合さんを好きなんでしょ!?うわ~ある意味奇跡的~!!!」


ある重大な事実に思い至り、私は大興奮だ。

なんでこんな大事なことに今まで気付かなかったのか。

つまり、思う存分に百合さんの素晴らしさを語り合えて、共感し合える相手ではないか!


「あとさ、蒼太くんにはぜひぜひ私の知らない百合さんのことを教えて欲しいの!子供の頃とか学生の頃の話とかさ!」

私は期待に満ちた目を蒼太くんに向ける。

蒼太くんは私のテンションに引くわけでもなく、呆れるでもなく、むしろなぜか尊敬するような眼差しだ。

「それはまぁ別に話せる範囲だったらいいけど。てか、俺の姉に推しとしてそこまで熱を上げられるのに感心するわ。別にアイドルでもない普通のOLなのに」

「あのね、あなたのお姉さまは普通のOLだけど普通じゃないの!あの神々しさが分かる!?きっと身内だから麻痺してるんだって!」

「神々しいねぇ。まぁ容姿は整ってる方だとは思うけど」

「整ってる方!?何を言うかっ!神が作った最高傑作の1人に違いないってば~!」

まぁその弟である蒼太くんも十分整ってますけどねと心の中で思う。

蒼太くんは私の話を聞きながら、楽しそうに笑ってビールを飲んでいた。

「ところでさ、この前蒼太くんはお姉さんとの約束を彼女より優先させちゃうから、シスコンって言って振られるって話してたじゃない?」

「‥‥よく覚えてんね。忘れてほしいけど」

「あれさ、お姉さんが百合さんだと分かると不思議なんだよね~。だって百合さんって自分を優先してとか絶対言わないでしょ。むしろ遠慮しそう」

私は疑問に思っていたことを率直に聞いてみた。

どうもあの話と百合さんが紐づかないのだ。

「別に優先しろって言われたわけじゃないよ。むしろ姉ちゃんは知らない」

つまり、百合さんが預かり知らぬところで、察しの良いこの男は勝手に色々姉のために動いているのではないだろうか。

「なんていうか、色々気にかけてやんないと危うい感じがあったんだよね~。まぁ結婚したし、もう大丈夫だと思うけど」

「あ、そっか!蒼太くんって亮祐常務の義弟にもなるのか!」

「それ知ってんだ?」

「うん、入籍した時は社内ですごい騒ぎだったよ~」

私がかいつまんでその日の社内の反応や発覚した経緯を教えてあげた。

「へぇ~。要は亮祐さんが見せびらかしたのか。姉ちゃん愛されてんじゃん。良かったなぁ」

そう話す蒼太くんの目は本当に優しい色が浮かんでいて、心から祝福していることが伝わる。

きっと2人を見守ってきたんだろうなぁというのがなんとなく分かった。

「素朴な疑問なんだけど、彼女にそんなこと言われるならさ、彼女に百合さんに会ってもらって安心してもらうとかはしなかったの?」

「したよ。でも実際に会わせると、なんかそれ以降俺が姉ちゃんのことをちょっと話題に出すだけで嫌がられるようになんだよね。比べられてる気がして嫌なんだってさ」

「はぁ~なるほど。あの女神を見ちゃうと女として自信を無くすのかな。私みたいに推しとして崇めればいいのに!」

「いや、それ由美ちゃんがレアケースっしょ!はははっ!」

顔をくしゃっとさせて笑うと蒼太くんはその甘い顔立ちにさらに甘さが宿る。

そういえば百合さんは、蒼太くんは2つ年下って言ってたな。

ということは、蒼太くんは私の1つ上ということか。

蒼太くんの笑い顔を見ながら、ふとそんなことを考えていると、カウンターにこの前会った店長さんがやってきた。

「お、なになに?何か楽しそうだな」

ニマニマと笑いながら、私と蒼太くんを交互に見る。

「あ、洋一さん。聞いてくださいよ、今日由美ちゃんに取引先として会社で偶然会ったんですよ。由美ちゃん、大塚フードウェイの社員だったんです」

「え?マジで?世間狭っ!」

「しかも、由美ちゃんがこの前語ってた推し、誰だと思います?俺の姉ちゃんですよ」

「はぁ!?百合ちゃん!?」

店長さんが驚愕の表情を浮かべた。

洋一さんと呼ばれた店長さんは、どうやら百合さんのことも知っているようだった。

どういう関係だろう?百合さんもここの常連さんってことかな?と私の頭には疑問符が浮かぶ。

「店長さんも百合さんをご存知なんですか?」

「知ってるよ。というか、正確には俺がよく知ってるのは百合ちゃんの旦那の方ね。学生の頃からの友人なんだよ」

「亮祐常務のご友人!」

「あぁそっか。大塚フードウェイの社員だったら亮祐のことも知ってるのか」

店長さんは納得の表情で頷いた。

まさか亮祐常務の友人がやっているお店だったとは私もビックリである。

「あれ、由美ちゃん知らなかったの?てっきり姉ちゃんに聞いて来たのかと思ってた」

「百合さんに素敵なお店があるよって勧めてもらったことはあるけど、店長さんとの関係性とかは全然知らなかった~!」

「俺はその2人にここ連れて来てもらって、それ以来1人でもよく来るようになったんだよ」

「そうなんだ!じゃあある意味、百合さんを推しと崇める私とここで会うのは必然だったのかもね」

「確かに。ははっ」

本当に蒼太くんはよく笑うな~と思っていると、店長さんは意外なものを見る眼差しを蒼太くんに送りながら口を開く。

「蒼太くんがそんなに声出して笑ってるのって珍しいな。いつも飄々としてて、どこか冷めてる感じなのに」

「そうですか?まぁ由美ちゃんは何かいちいち言動が面白くて、つい笑っちゃう感じはあるかも」

「え、私!?もともと笑い上戸なんじゃないの!?」

「いや違うから。別に笑い上戸じゃないし。姉ちゃんに聞いてみてもいいよ?」

試すようなことを言いながら、蒼太くんはまた笑った。


私たちはそのあともお酒を飲みながら、あーだこーだと話す。

そして最後には、名刺に書いてある仕事用の連絡先ではなく、プライベートの連絡先を交換したーー。

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