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25. 卒業パーティー①

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「シェイラ、卒業と成人おめでとう。娘がこんなに美しく立派に育って私はとても誇らしいよ」

王立学園の卒業パーティー当日。

自室で身支度を終えた私を父が出迎え、お祝いの言葉を贈ってくれる。

エスコートのためスッと腕を差し出してくれたので、私はそこへそっと手を添えた。

「おめでとう。パーティーではアイゼヘルム家の令嬢として恥ずかしくない振る舞いをするのですよ」

「お嬢様、おめでとうございます。いつにも増してお美しいですよ。旦那様とパーティーを楽しんで来られてくださいね」

祖母とエバからも玄関先でお祝いの言葉をかけられ、馬車に乗り込むのを見送られた。

祖母も父もエバも、先日の事件などなかったかのようにいつも通りの態度だ。

それもそのはず。

誰もなにも知らないからだ。

あんな事件が起こったことすら誰も気がついていない。

これはもちろんフェリクス様の采配によるものである。

実はあの時フェリクス様は数人の部下を私が囚われていた場所へ連れて来ており、外で犯人の捕縛と情報の統制をさせていた。

加えて、リオネル様をマクシム商会へと派遣し、私の不在がフェリクス様の要請によるものだと説明してくれていたらしい。

エバは以前にも私がフェリクス様と視察に行っているのを知っていたし、商会長においては私とフェリクス様が近しい関係だということを知っている。

だから二人とも疑問に思わなかったようで、騒ぎにならなかったのだ。

これにより何事もなかったこととなっているのだが、フェリクス様は別れ際に私に一言こう言い残した。

「シェイラはなにも気にしなくていいよ。あとは僕に任せておいて」

フェリクス様は私のために執務を途中で放り投げて駆けつけてくれたようで、慌ただしそうに王城へ戻って行ったため、それ以上は具体的に聞けなかった。

ただ、なにかしらの考えがあることだけは窺える。

それがなにで、どんなことかまでは分からない。

 ……今日のパーティーにはフェリクス様もマルグリット様のパートナーとして出席しているはずだから、その時に教えてもらえるかしら?

顔を合わせるのはあの時以来ぶりになる。

会えることを嬉しく思うし、あの口づけを思い出してしまうと少々恥ずかしくもある。

ちなみにフェリクス様から後で聞いたのだが、あの直前にマルグリット様が「シェイラを悲しませるな」と突然王城へ怒鳴り込んできたらしい。

「喝を入れてもらったよ」と語るフェリクス様の様子から大変激しい舌戦が繰り広げられたことが窺えた。

 ……マルグリット様にも御礼を伝えなくてはね。私を心配してフェリクス様に会いに行ってくださったんだろうから。

気高く美しいマルグリット様が笑顔ながらも辛辣な口調でフェリクス様に迫る姿を想像し、私はついふふっと小さく笑いを漏らした。

◇◇◇

学園内にあるダンスホールは、さすが学園生活の最後を飾る舞踏会というだけあって、非常に華やかな場だった。

気合いを入れた令嬢達が纏うドレスが色彩豊かで、まるで色とりどりの華が咲いているようだ。

学生だけでなく保護者の出席も目立つ。

卒業と成人を祝う場であるため、誰も彼もが明るい笑顔を浮かべている。

そんな中、場違いに憮然とした顔をした二人が目に飛び込んできた。

ギルバート様とカトリーヌ様だ。

二人はパートナーとして出席しているものの、傍目から見ても空気が冷え切っている。

相手を見ようともせずお互いから視線を逸らす様子は、義務感から一緒にいるが本当は嫌だという本音が丸分かりだった。

遠巻きに見ていたら、ふいにカトリーヌ様と視線がぶつかる。

途端にカトリーヌ様の瞳には憎悪が浮かび、私を刺し貫くほどめつけてきた。

未遂で済んだものの、私への非道な行いを仕組んだ張本人だ。

カトリーヌ様はおそらく自分の計画が上手くいかなかったことを知っているのだろう。

見届け人であったメイドが捕縛されているのだから、彼女が戻って来なかった時点で察していると思う。

だからこそ、作戦失敗でさらに憤慨して、こんなふうに私を睨んでくるのだ。

私はその眼差しをただ無言で見つめ返した。

フェリクス様に任せた以上、私が勝手に動くわけにはいかない。

「……お父様、私はあちらで少し休憩してきますね」

カトリーヌ様との無言の応酬は私の精神を少なからず消耗させ、私は父に断りを入れてその場を離れた。

やはり人からあのような激しい悪意を向けられるのは分かっていても辛いものがある。

飲み物スペースから葡萄ジュースのグラスを手に取り、私は少し風に当たろうとバルコニーの方へ向かった。

だが、これは失敗だった。

「シェイラ嬢、一曲お相手願えませんか?」

「いえいえ、ぜひ私と踊って頂けませんか?」

「いや、俺とだ! 俺と踊ろう!」

「僕ともお願いします!」


父から離れて一人になった途端、多くの男性に囲まれてしまったのだ。

皆が口々にダンスを申し込んでくる。

パートナーが婚約者や恋人であったのならば、これほど熱心に声を掛けられることはなかったはずだが、私のパートナーが父だからだろう。

 ……困ったわ。少し風に当たるだけのつもりだったのに。それに誰とも踊るつもりはないのだけれど。

この場でダンスを共にすれば、その気があると相手に期待させてしまうことになる。

パーティー後に縁談が進むことになりかねない。

フェリクス様と今後どうなっていくのかはまだ話し合えていないが、私の心がフェリクス様にある以上、他の男性と踊るようなことはしたくなかった。

ダンスを申し込んでくれている男性は、私よりも家格が上の方ばかりだ。

どうすれば角を立てずに断れるか私は思案する。

ちょうどその時、ダンスホールの入り口辺りが突如ザワザワとし始めた。

何事かと男性達の意識がそちらへ逸れ、私も騒ぎのする方へ目を向ける。

するとそこには圧倒的な存在感で周囲の注目を集める一組の男女が会場へ現れたところだった。

言わずもがな、フェリクス様とマルグリット様である。

「フェリクス殿下よ!」

「実物を初めて目にしたわ! 素敵ね!」

「なんだか雰囲気が変わられた? とてもお幸せそうなオーラを感じるわ」

「きっとマルグリット様とご結婚が近いのよ!」

ちょうど音楽の切れ目だったこともあり、瞬く間に二人の周囲に人集ひとだかりができる。

挨拶して顔を覚えられたい者、なんとか誼を結びたい者、この機会に取り入りたい者など、野心に燃える目をした人々が二人を取り囲んだ。

「フェリクス殿下、ぜひうちの息子を側近に加えてください。必ずやお役に立ちます」

「うちの娘はぜひ王太子妃になられるマルグリット様の侍女にお引き立てください!」

「お二方のご結婚の折には、ぜひ我が侯爵家が出資しているドレスショップをご利用くださいませ!」

「新婚旅行の際にはリゾート地としても名高い我が領地へお越しになりませんか?」

マルグリット様の卒業と成人を機に、お二人は結婚するのだろうと信じて疑わない貴族達は、その前提で次々に提案や要望を口にする。

口を挟まず静かに佇んでいた二人だったが、ふいにフェリクス様が軽く手を上げ、皆を黙らせた。

「黙って聞いていたけど、どうやら皆、誤解しているようだね。まあ、仕方がないけど」

「ご、誤解ですか?」

「そう。僕はマルグリットとは結婚しないよ。今パートナーとして一緒にいるのは、ちょっとした理由があるからだけど、こうしてマルグリットをエスコートするのも今日限りだしね」

「マルグリット様とご結婚されない……?」

「ああ、ちなみに結婚自体はするよ? 僕の愛する人とね」

「あ、愛する人……!?」

淡々と答えるフェリクス様に対し、想定外の言葉を耳にした貴族達は一様に戸惑いの顔を浮かべて騒めき出す。

そんな周囲を尻目に、フェリクス様は人集りを割って歩き出した。

その足に迷いはない。

まっすぐとある場所へ向かって歩みを進め、目的地に達すると満面の笑顔を浮かべた。

「シェイラ!」

そう、フェリクス様は人目も気にせず私のいるバルコニーの前までやって来たのだ。

 ……えっ、うそ……!

もちろん事前に聞かされていたわけでもない私は心臓が止まるかと思うほど驚く。

私を囲んでいた男性達も一様に面食らった顔をして、即座に私から離れて道を開けた。

その開いた道を進んで来たフェリクス様は、私の目の前まで来るとスッと手のひらを差し出してきた。

あまりのことに言葉を失いつつも、私の中ではフェリクス様の手を取らないという選択肢はない。

そっと自身の手を重ねる。

すると、そのままぐいっと引き寄せられ、フェリクス様は周囲に見せつけるかのように私の腰を抱いた。

「皆にも紹介するよ。彼女、アイゼヘルム子爵令嬢のシェイラが僕の愛する人。僕はシェイラ以外とは結婚を考えられないんだ。マルグリットは確かに長年婚約者筆頭ではあったけど、僕たちは良き友人なだけなんだよね」

「ええ、殿下のおっしゃる通りですわ。わたくしも殿下とシェイラの二人を応援しておりますのよ」

フェリクス様の堂々とした宣言に唖然とした人々は、畳み掛けるように加えられたマルグリット様の言葉にさらに騒然となる。

本人達がこう言うのだから二人の結婚はないのだとジワジワと理解が進むと、続いてその視線は一斉に私へと向けられた。

見定めるような視線、やっかむような視線、羨むような視線、降り注ぐ視線……その種類は多種多様だ。

その中でも一際強い視線が私に突き刺さった。

カトリーヌ様の血走った瞳から放たれる憎悪の視線だ。

その鋭い眼差しに射抜かれ、私は怯みそうになる。

だけど、まるで「大丈夫」と言うように腰を抱くフェリクスの腕に力がこもり、私を励ましてくれた。

そしてフェリクス様は未だにどよめく人々に向けて再び口を開く。
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