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〈閑話〉後悔(Sideギルバート)
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……俺はなぜシェイラとの婚約を破棄してしまったのだろうか……。
後悔というものは後からやって来ると聞くが、それは本当のことだった。
シェイラとの婚約破棄から日が経てば経つほど、後悔は強くなってきている。
それに比例して、今の婚約者であるカトリーヌへの気持ちは冷める一方だ。
一時とはいえ、なぜカトリーヌにあれほど心惹かれたのか、過去の自分に問いただしたい。
なしろ、美しさと愛らしい人柄を兼ね備えた俺に相応しい婚約者だと思っていたカトリーヌはただの我儘女だったのだから。
その本性を婚約者として共に過ごす機会が増えるようになってから知った。
「今王都で一番人気のドレスを贈って欲しい」
「同じクラスの令嬢よりも高価な宝石が欲しい」
「もっと一緒に夜会に出席して欲しい」
「わたくしとの時間を一番に優先して欲しい」
欲しい、欲しい、欲しい、欲しい。
カトリーヌが口にするのは、物をねだることから始まり俺の行動への要望まで、とにかく自分本意な願いばかりなのだ。
最初は可愛いと思っていた。
シェイラは無口で何も言って来なかったから、こうも素直に自分の願いを口にするカトリーヌが新鮮だったのだ。
しかし、それも続けば嫌になる。
特に一向に俺の状況を鑑みないで自分の都合だけを押し付けてくるのが我慢ならなかった。
というのも、俺は学園を卒業し、今年から王城へ勤め出したばかりだ。
次期公爵の俺であろうとも、王城内ではまだ功績もない新参者であり、大臣である父の権力を後ろ盾にしているだけである。
仕事を覚えて功績を上げ、他の公爵家を凌駕する権力を手に入れるためにも王城内で出世をしていかなければならない。
つまり俺はそれなりに忙しい。
そういう俺の状況をカトリーヌは全く理解しておらず、いや理解しようともせず、ただただ「欲しい」を押し付けて来るのだ。
シェイラならばこんな時きっと俺のことを理解してくれて、何も言わずにそっと側で支えてくれたはずだ。
俺はなによりもシェイラの美貌が一番好きだったわけだが、こういう控えめなところも好ましいと思っていたことを今になって思い出した。
一度それを認識してしまえば、あとはもう次から次へとシェイラの良さが脳裏に蘇ってくる。
……なぜ俺はシェイラのことを容姿だけしか取り柄がないなどと断じてしまったのか。確かに容姿は誰とも比較できないほど飛び抜けて美しいが、中身がないということは決してなかったのに。
冷静になればそれがよく分かる。
あの時の俺は冷静ではなかった。
婚約者だというのになんだかんだと言って俺との触れ合いを避けるシェイラへの不満が燻っていたところをカトリーヌに上手く転がされてしまったのだ。
抱擁や口づけなどシェイラはさせてくれないことをカトリーヌは受け入れてくれて、自分の方からも積極的にしてきてくれた。
……ああ、そうだ。俺はそれに惑わされてしまったんだな。
今思えば婚約者でもない男と簡単にそういうことをするカトリーヌはただの身持ちの悪い女だ。
逆にシェイラは多少堅物すぎるきらいはあるが、貞操観のある身持ちの良い女性だと言える。
あの美しさに魅せられてどうしてもシェイラに触れたいという思いが溢れ出てしまい、結果として俺はその欲求を他の女で発散し、あろうことか一時の心変わりをしてしまったというわけだ。
……俺は馬鹿だったな。シェイラの卒業まで待ちさえすれば、彼女は俺の妻となり、思う存分に我が物にできたというのに。あと一年だけ我慢すれば良かったのだ。
その一年がまもなくに迫っている。
数ヶ月もすればシェイラは卒業を迎え、晴れて成人となるのだ。
この前偶然に王城で顔を合わせた時には、ますます美しさに磨きのかかったシェイラを目にしてなぜ手放してしまったのかと悔やんでも悔やみきれない気持ちになった。
だが、まだ遅くはない。
シェイラはまだ誰とも婚約しておらず、誰の物でもないのだ。
最近は王太子殿下と親しくしているという噂も社交界でまことしやかに囁かれているが、王太子殿下にはマルグリット様という実質的な婚約者がいるわけで、眉唾物の噂だと俺は思っている。
まあ身持ちの悪い馬鹿女カトリーヌは、最近になってその王太子殿下に突如として迫っていると聞くが。
仮にもカトリーヌは俺の現在の婚約者だが、不敬でも働いて罰せられれば良いと密かに思っている。
そうすればカトリーヌの愚行を理由に婚約破棄も容易いだろう。
いくら我が公爵家といえど、家格が四階級も下の子爵令嬢であったシェイラの時とは違い、侯爵令嬢との婚約破棄となればそれなりの理由が必要になるのだ。
……どうせカトリーヌは俺の時と同じような手で王太子殿下に迫っているに違いない。であれば、王太子殿下の不興を買うのは時間の問題だ。万が一、いや億が一、王太子殿下がカトリーヌに好意を抱いたとして、それはそれで俺には好都合だしな。
カトリーヌのことなどこれっぽちも関心のない今の俺には、どちらに転んでも利点しかない。
それよりもシェイラだ。
カトリーヌのことは放置しておくとして、卒業を数ヶ月後に控えたシェイラを俺のもとに取り返さなくては。
今は婚約者がいなくとも、卒業パーティーに向けて新たな婚約者を決める可能性は高い。
シェイラはあの美貌だ。
おそらく相当な数の縁談が舞い込んでいることだろう。
……誰にも渡さない。そもそもシェイラは俺のものだ。俺がいち早く見初めて手に入れていたのだからな。手放してしまったからには責任を持って取り戻す。絶対に。
後悔の念から生まれた執着にも似た仄暗い感情が俺の心を支配する。
今の俺はシェイラを再び手にすることしか頭になかった。
後悔というものは後からやって来ると聞くが、それは本当のことだった。
シェイラとの婚約破棄から日が経てば経つほど、後悔は強くなってきている。
それに比例して、今の婚約者であるカトリーヌへの気持ちは冷める一方だ。
一時とはいえ、なぜカトリーヌにあれほど心惹かれたのか、過去の自分に問いただしたい。
なしろ、美しさと愛らしい人柄を兼ね備えた俺に相応しい婚約者だと思っていたカトリーヌはただの我儘女だったのだから。
その本性を婚約者として共に過ごす機会が増えるようになってから知った。
「今王都で一番人気のドレスを贈って欲しい」
「同じクラスの令嬢よりも高価な宝石が欲しい」
「もっと一緒に夜会に出席して欲しい」
「わたくしとの時間を一番に優先して欲しい」
欲しい、欲しい、欲しい、欲しい。
カトリーヌが口にするのは、物をねだることから始まり俺の行動への要望まで、とにかく自分本意な願いばかりなのだ。
最初は可愛いと思っていた。
シェイラは無口で何も言って来なかったから、こうも素直に自分の願いを口にするカトリーヌが新鮮だったのだ。
しかし、それも続けば嫌になる。
特に一向に俺の状況を鑑みないで自分の都合だけを押し付けてくるのが我慢ならなかった。
というのも、俺は学園を卒業し、今年から王城へ勤め出したばかりだ。
次期公爵の俺であろうとも、王城内ではまだ功績もない新参者であり、大臣である父の権力を後ろ盾にしているだけである。
仕事を覚えて功績を上げ、他の公爵家を凌駕する権力を手に入れるためにも王城内で出世をしていかなければならない。
つまり俺はそれなりに忙しい。
そういう俺の状況をカトリーヌは全く理解しておらず、いや理解しようともせず、ただただ「欲しい」を押し付けて来るのだ。
シェイラならばこんな時きっと俺のことを理解してくれて、何も言わずにそっと側で支えてくれたはずだ。
俺はなによりもシェイラの美貌が一番好きだったわけだが、こういう控えめなところも好ましいと思っていたことを今になって思い出した。
一度それを認識してしまえば、あとはもう次から次へとシェイラの良さが脳裏に蘇ってくる。
……なぜ俺はシェイラのことを容姿だけしか取り柄がないなどと断じてしまったのか。確かに容姿は誰とも比較できないほど飛び抜けて美しいが、中身がないということは決してなかったのに。
冷静になればそれがよく分かる。
あの時の俺は冷静ではなかった。
婚約者だというのになんだかんだと言って俺との触れ合いを避けるシェイラへの不満が燻っていたところをカトリーヌに上手く転がされてしまったのだ。
抱擁や口づけなどシェイラはさせてくれないことをカトリーヌは受け入れてくれて、自分の方からも積極的にしてきてくれた。
……ああ、そうだ。俺はそれに惑わされてしまったんだな。
今思えば婚約者でもない男と簡単にそういうことをするカトリーヌはただの身持ちの悪い女だ。
逆にシェイラは多少堅物すぎるきらいはあるが、貞操観のある身持ちの良い女性だと言える。
あの美しさに魅せられてどうしてもシェイラに触れたいという思いが溢れ出てしまい、結果として俺はその欲求を他の女で発散し、あろうことか一時の心変わりをしてしまったというわけだ。
……俺は馬鹿だったな。シェイラの卒業まで待ちさえすれば、彼女は俺の妻となり、思う存分に我が物にできたというのに。あと一年だけ我慢すれば良かったのだ。
その一年がまもなくに迫っている。
数ヶ月もすればシェイラは卒業を迎え、晴れて成人となるのだ。
この前偶然に王城で顔を合わせた時には、ますます美しさに磨きのかかったシェイラを目にしてなぜ手放してしまったのかと悔やんでも悔やみきれない気持ちになった。
だが、まだ遅くはない。
シェイラはまだ誰とも婚約しておらず、誰の物でもないのだ。
最近は王太子殿下と親しくしているという噂も社交界でまことしやかに囁かれているが、王太子殿下にはマルグリット様という実質的な婚約者がいるわけで、眉唾物の噂だと俺は思っている。
まあ身持ちの悪い馬鹿女カトリーヌは、最近になってその王太子殿下に突如として迫っていると聞くが。
仮にもカトリーヌは俺の現在の婚約者だが、不敬でも働いて罰せられれば良いと密かに思っている。
そうすればカトリーヌの愚行を理由に婚約破棄も容易いだろう。
いくら我が公爵家といえど、家格が四階級も下の子爵令嬢であったシェイラの時とは違い、侯爵令嬢との婚約破棄となればそれなりの理由が必要になるのだ。
……どうせカトリーヌは俺の時と同じような手で王太子殿下に迫っているに違いない。であれば、王太子殿下の不興を買うのは時間の問題だ。万が一、いや億が一、王太子殿下がカトリーヌに好意を抱いたとして、それはそれで俺には好都合だしな。
カトリーヌのことなどこれっぽちも関心のない今の俺には、どちらに転んでも利点しかない。
それよりもシェイラだ。
カトリーヌのことは放置しておくとして、卒業を数ヶ月後に控えたシェイラを俺のもとに取り返さなくては。
今は婚約者がいなくとも、卒業パーティーに向けて新たな婚約者を決める可能性は高い。
シェイラはあの美貌だ。
おそらく相当な数の縁談が舞い込んでいることだろう。
……誰にも渡さない。そもそもシェイラは俺のものだ。俺がいち早く見初めて手に入れていたのだからな。手放してしまったからには責任を持って取り戻す。絶対に。
後悔の念から生まれた執着にも似た仄暗い感情が俺の心を支配する。
今の俺はシェイラを再び手にすることしか頭になかった。
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