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12. 可愛い色仕掛け(Sideフェリクス)

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正直なところ、マルグリットがシェイラに目を付けた時には「面倒なことになった」と頭を悩ませた。

お友達だと言い放ち、僕を邪魔者扱いしてシェイラに近付けないよう追い払ってくるのだから参る。

だが、結果的にその後マルグリットがシェイラを非公式な生徒会メンバーとして引き入れて自身の近くに置いたことが好機をもたらしてくれた。

 ……セイゲル語の授業の打合せという正当な理由でシェイラと会えるようになったのは大きいね。口実が作れた感じかな。

学園会議を終え、僕は満足気にほくそ笑む。

この展開は会議前の時点では全く予期していなかった。

その場で機転を働かせて、シェイラと会う建前を作り出したのだ。

多分に私情が絡んではいるものの、もちろん学園の管理者としても妥当な判断だと思っている。

贔屓目なしにシェイラのセイゲル語は素晴らしく、授業を新設するにあたってぜひ意見を取り入れたいというのは本音だからだ。

特にシェイラが言語を習得するまでの成長過程を知っているからこそ、最適な人選だと感じている。

「ということで、シェイラとさっそく話し合いがしたいから生徒会長室に向かうよ」

「……なにがどうなって“ということで”なのかはあえて突っ込みませんが、承知しました。お打合せなら記録を残す人員も必要でしょうし私も同席いたしますよ」

会議後に学園長と話し込んでいる隙にいなくなってしまったシェイラは、おそらくマルグリットと一緒にいることだろう。

そう予測して、僕はリオネルへ生徒会長室へこれから行くことを告げる。

少しばかりの小言を言葉に織り交ぜて返答してくるリオネルは、いつもながらに真面目だ。

だが、今回ばかりは気が利かないぁと思ってしまう。

「いや、同席はいいよ。話した内容は覚えていられるだろうし、あとから記録に残せばいいからね。それよりもリオネルには頼みたいことがあるんだ」

「私に、ですか?」

「そう。シェイラと話し合いをしている間、僕に代わってマルグリットから聞き取りをして欲しい」

「マルグリット様から聞き取りですか? 何の聞き取りでしょう?」

「学園を卒業して今年王城勤務になった者や、来年卒業予定の者の情報をマルグリットから得て欲しい。もちろん王城でも情報は把握しているけど、複数の情報源から得た方が精度が高まるし、多角的な内容を知れるからね。マルグリットは生徒会長かつ公爵令嬢で人脈も広いだろう? この機会に話を聞くのもいいかと思って」

おそらくマルグリットはシェイラとの話し合いに同席すると十中八九主張するだろう。

僕としてはシェイラと二人で話したい。

邪魔者でしかないマルグリットは他に引き付けておく必要があるのだ。

それがリオネルである。

僕はマルグリットがリオネルのことを好いていることを知っている。

見ていれば明らかだからだ。

マルグリットとは幼少期からの付き合いであり、それこそリオネルよりも古い付き合いである。

双方の父親が将来的に婚姻を結ばせたいと願っていた結果、幼い頃から何度も顔を合わせていたからだ。

残念ながら父親達の思惑は上手くいかず、今に至っている。

なにしろ僕たちはお互いを面倒な奴だと認識しており、結婚なんてもってのほかだと思っている。

いわゆる同族嫌悪だ。

恵まれた身分と容姿により、何もせずとも周囲からチヤホヤされる点が全く同じだった。

マルグリットと接していれば、上辺だけ笑顔を作り、内心でつまらなさを感じている自分と同じ匂いを感じ取った。

似た者同士が仲良くなるということもあるようだが、僕たちの場合はそれが逆に働いた。

 ……似ているからこそ、マルグリットがシェイラに好感を持つのも、リオネルに好意を寄せるのも分かってしまうんだよね。

とはいえ、マルグリットの気持ちに気づいていても特にこれまでリオネルとの間を取り持つようなことはしなかった。

マルグリットは公の場では婚約者候補らしく「殿下」と呼んで慇懃な態度で振る舞っているが、裏では僕のことを「あの男」と散々に言っているのを知っている。

そんなマルグリットのために僕がそこまで気を利かせる義理もない。

学園に会議で訪れる際に僕があの庭へ息抜きに行く間だけは、リオネルと話せるようにほんの少しだけ配慮していたのだから、感謝されてもいいくらいだと思っている。

でも今、僕がシェイラと二人で話したい状況においては、リオネルを餌にしない手はない。

きっとマルグリットは食いつくはずだ。

似た者同士だからこそその心の動きを読むのは簡単なことだ。

マルグリットの気持ちなど何も気づいてないリオネルには、もっともらしい内容の頼み事をしたから大丈夫だろう。

真面目なリオネルは職務を全うしてくれると信じられる。

こんな算段で生徒会長室に辿り着いた僕だったが、そこからの流れはまるで未来を先読みしてきたかのようなものだった。

マルグリットを部屋から追い払い、シェイラと二人きりになった僕は自分の思い通りの展開にすこぶる気分を良くする。

こうしてシェイラと真正面から顔を合わせるのも久しぶりのことだ。

つい彼女の顔をじっと眺めてしまう。

相変わらず綺麗な容貌だとは思うが、それよりも僕はシェイラの内面に強く惹かれている。

セイゲル語を真摯に学ぶところも、無防備に独り言をつぶやくところも、好物のローストビーフを夢中で頬張るところも、僕に笑顔を向けつつ冷めた目で見てくるところも、僕から距離を取ろうと足掻いているところも、興味のあることに対しては可愛い笑顔を見せてくれるところも。

見ているだけで飽きないし面白い。

僕を常に楽しい気分にさせてくれる。

なんとか僕を避けようとする姿からは、儚く大人しそうな外見に反して彼女の意思の強さや頑固さ、さらには計算高さも窺えるが、そこもまたいいと思うのだから、どれほど自分が彼女に傾倒しているかが分かる。

 ……まったく僕はすでにシェイラに囚われているなぁ。マルグリットも想い人であるリオネルに会える機会をこんなふうに心待ちにしていたのかもね。今ならもう少し気を利かせてあげれば良かったかなって思うよ。

初めてマルグリットに共感を抱きつつ、いつまでもシェイラを見つめているわけなはいかないと僕はまずは主目的であるセイゲル語授業の件を切り出した。

シェイラと意見を交わして、今後の進め方や次の打合せの議題なども決めていく。

一通りの話が終わったところで、さてここからは私的な話をしても良いかなと話題を変えようとした。

そこで予想外のことが起きる。

「そんなことよりフェリクス様。今日のフェリクス様はいつにも増して麗しくていらっしゃいますね。お召し物もとてもお似合いです。フェリクス様の綺麗な髪の色が映えると思います!」

いきなりシェイラが話を切り替えてきた。

そこまではいい。
そういうこともあるだろう。

だが、シェイラがあからさまに僕の容姿を褒めてくる上に、澄んだ水色の瞳を潤ませて僕を見つめてくるのは明らかに異常事態だった。

 ……ん? これは一体……?

今までにないシェイラの言動に首を傾げざるを得ない。

思わず自分の身に付けている服を見下ろし、シェイラが突然褒め出すような何か特別な要素があったか確認してしまったくらいだ。

そうしている間にもシェイラはにっこり微笑みながらさらに僕への褒め言葉を紡ぐ。

 ……この感じ、なんだか既視感があるな。

そこでふと思い出したのは、夜会で僕にすり寄って来る令嬢達のことだ。

僕の関心を引こうとあの手この手で迫ってくる姿に今のシェイラは重なる。

 ……何が狙いか分からないけど、しばらく様子見も兼ねてシェイラに付き合ってみようかな。シェイラに褒められること自体は嬉しいしね。

上目遣いで見つめてくる珍しい姿のシェイラに目を向け、僕はにこりと笑顔を返す。

「シェイラが僕の容姿を褒めてくれるなんて珍しいね。でも嬉しいな」

率直な感想を述べつつ、お返しとばかりにシェイラのことをとことん褒め倒した。

容姿だけに限らず、内面にも言及し、最後には「そういうところも好きだなぁ」とハッキリ好意を口にした。

褒め言葉が返って来ることは予期していなかったのか、シェイラは目を丸くしている。

まだ褒め足りないし、どこが好きかも聞かせてあげたいくらいなのに、「もう十分です!」と言わんばかりの表情なのが残念だ。

「フェリクス様からお褒め頂けるなんて嬉しいです。……あら? フェリクス様、ここに何か付いているみたいですよ?」

驚いた顔からまたにこやかな微笑みに切り替わったシェイラは、何を思ったのかふいにソファーから立ち上がった。

その動きを目で追っていると、こちらへ近寄ってきて、ゴミが付いていると言って僕の肩へ触れる。

シェイラの方から僕に触れてくるとは思わなかったから、予想外のことに一瞬言葉を失った。

これが夜会で近寄ってくるような有象無象の令嬢達ならば、不快に感じたことだろう。

でもそれはシェイラには当てはまらない。

彼女に触れられるのは不快どころか嬉しく感じるくらいだ。

シェイラの指先から温かい体温が服越しに伝わってきて、気持ちが華やぐ。

チラリとシェイラに視線を向けると、彼女は自分から僕に触れてきたにも関わらず、頬をうっすら赤くして恥じらう様子があった。

加えて、まるで何かに必死に耐えるような表情も窺え、本意ではないが頑張って触れているという意図が透けて見える。

 ……この触れてくる感じも夜会での令嬢達のような振る舞いだ。なるほど、もしかするとそれを真似してるのかな? 僕がそういう女性を苦手にしているのをマルグリット辺りに聞いたんだろうね。

とすれば、シェイラの一連の珍しい言動のすべては僕に嫌われるためだと推測できる。

いやはや、やはり彼女は頑固で、なおかつ計算高い。

一筋縄では僕に心を許してはくれないようだ。

 ……シェイラがそのつもりなら、僕はこの状況を逆手に取るだけだ。

そう結論付けた僕は、ゴミを取ってくれたお礼を口にしたのちに、肩に触れているシェイラの手に自身の手を重ねた。

彼女の滑らかな肌の感触が直に伝わってくる。

この僕の行動にはシェイラも驚愕を見せ、目を白黒していた。

手を振り払っていいのかどうか相当苦悩しているようであたふたしている様子が可愛い。

困ったように僕を見つめてくるが、その視線には気づかないふりをして僕はこれ幸いと手を握り続けた。

 ……そもそもシェイラが仕掛けてきたのだから僕は悪くないよね? 自業自得だよ。

シェイラが密かに悔しそうな顔をしているのを鑑みるに、おそらく彼女はまた次も何か仕掛けてきそうだ。

僕に嫌われるために有効だと思っているのだろうが、他の令嬢ならば不快極まりないものの、シェイラであれば全く問題ない。

むしろ嬉しいくらいだ。

好きな女性が積極的に迫って来るのを嫌がる男なんていないだろう。

だからそもそもシェイラの狙いは破綻している。

でもそれを僕がわざわざ教えてあげる義務もないので、僕はこの状況を十分に利用させてもらうつもりだった。


◇◇◇

次にシェイラに会ったのは王城の応接室でだった。

政務が重なり、しばらく忙しくしていたため、シェイラには王城までご足労願った次第だ。

ちなみに邪魔者となりそうなマルグリットと離すという意図もある。

念には念を入れ、リオネルには同席不要の旨を告げ、学園に行ってマルグリットに意見を聞いて来て欲しいと仕事を頼んだ。

もちろん架空の仕事ではなくちゃんとした正規の仕事だ。

マルグリットへはリオネルと会える機会を提供したのだから、双方が利益を得られる素晴らしい采配ではないだろうか。

そうして作り出したシェイラとの二人での打合せだが、予想は的中することとなった。

案の定、シェイラがまた仕掛けてきたのだ。

しかも今回はこの前を上回るものだった。

まず初手から全力だ。

真面目な話し合いを終えるやいなや、シェイラは僕の隣に座ってきた。

一つのソファーに並んで腰掛ける形になり、物理的に一気に距離が近くなる。

少し横にずれれば身体が触れる近さで、仲睦まじい婚約者や恋人同士が好む座り方だ。

この距離感の中、シェイラは「暑いですね」と溢し、おもむろに身に付けていた羽織物を脱ぎ出した。

すぐ目の前でシェイラの白い肌が露わになり、吸い込まれるように目が釘付けになる。

 ……見てしまうのは不可抗力だなぁ。それにしてもこうも大胆に来るとは。

この前はひたすら可愛い感じだったが、今日は色っぽさも加算されている。

誰かに入れ知恵でもされたのだろうか。

そんなふうに考察していると、シェイラはさらに積極的に動いた。

「フェリクス様が召し上がっていた紅茶は私が頂いたものとは違う茶葉なのですよね? そちらの味わいも気になります。一口だけ味見させて頂きますね?」

そう言って僕が飲んでいた紅茶を手に取り飲み始めたのだ。

彼女の柔らかそうな唇が、僕が口をつけたばかりのティーカップに触れる様は色っぽくてなかなかに悩ましい。

ちょっと驚いてその様子を眺めていたら、それなりに無理をしていたのか、シェイラの耳が赤くなっていることに気づいた。

すぐに口づけたカップも戻すと、照れ隠しのようにスコーンを頬張り出す。

 ……あ~可愛い。無理しながらも一生懸命頑張ってる感じがたまらないなぁ。

つい楽しくて笑いが漏れてしまう。

どうやらシェイラは一通り仕掛け終わったようなので、今度は僕からお返しをする番だ。

「僕が飲んでいた方の紅茶の茶葉はどう?」

「お、美味しいです!」

「一口で味見できたの? なんだったらもっと飲んでくれても構わないよ。あ、口移しで飲ましてあげようか?」

「えっ? く、口移し……ですか!?  いいえ、結構です……! ま、間に合っております……!!」

シェイラが動揺しそうな言葉をあえて口にして、彼女をからかう。

もちろん言葉だけに留まらない。

間接的な口づけを僕からも仕掛け返すのだ。

僕はシェイラの唇の端に付いたクリームを指で拭って、それを彼女に見せつけるように舐めて見せた。

シェイラは絶句し、瞬時に顔を真っ赤に染める。

「指で拭うより直接舌で舐めとった方が良かった?」

追い討ちをかけると、心が折れたのか急に大人しくなってしまった。

それにしてもこんな色仕掛けは絶対に他の男にはして欲しくない。

ものすごく目に毒なのだ。

シェイラに恋慕を抱く者が瞬く間に量産され、下手したら血生臭い争いにまで発展しかねないと思う。

 ……それに単純にこんな可愛くて色っぽいシェイラの姿を他の男に見せたくないしね。僕だけが独占したいところだけど、その道のりはまだ長そうだなぁ。僕に嫌われたくてこんなことをしているわけだしね。

積極的に迫られて嬉しいのやら悲しいのやら複雑な心境だった。


◇◇◇

「ただいま戻りました」

シェイラとの面会を終え、執務室で書類仕事に励んでいると、リオネルが学園から戻ってきた。

リオネルの表情や態度から察するに、特にマルグリットとは何事も進展はなかったようだ。

もしマルグリットの気持ちにリオネルが気がついたのであれば、もっと動揺が顔に出るはずである。

 ……マルグリットも鈍いリオネル相手だと大変だろうね。ちょっと同情するよ。まあ、マルグリットの場合は僕と違って好意を相手に知られたくない可能性も否めないけど。

「マルグリット様からは色々女性視点で助言を頂いてきました。あとで報告書にまとめますね。フェリクス様の方はシェイラ嬢との話し合いはいかがでしたか?」

「こちらも順調に進んだよ」

僕たちは軽く口頭でそれぞれの打合せ内容について報告をし合う。

必要な報告を済ませ、リオネルは執務室内にある自身の机に向かおうとしたところで、何かを思い出したのかふと足を止めた。

「そういえば、先程王城内でシェイラ嬢とバッケルン公爵子息が話しているのを見かけましたよ。どうやら偶然出くわしたようでした」

それは心穏やかではいられない報告だ。

なにしろ二人は約半年前まで婚約者だった間柄なのだから。

「……それで、どんな様子だった?」

「遠目でしたのではっきりは分かりませんが、なんとなくバッケルン公爵子息の方からシェイラ嬢に話しかけているように見えましたね。シェイラ嬢は相槌をうつだけで受身な印象でした」

もしやギルバートはまだシェイラに未練でもあるのだろうか。

自分から婚約破棄を申し渡しておいてそれはないと思いたいが。

「ちょっと小耳に挟んだところ、このところバッケルン公爵子息とストラーテン侯爵令嬢の仲は上手くいってないらしいですよ。バッケルン公爵子息はシェイラ嬢とよりを戻したいと仲間内に溢しているという噂もあります」

リオネルによると社交界で囁かれる出所不明の噂だというが、先程の目撃談も考慮すると、あながち馬鹿にできない話だと肌で感じる。

事実だとすれば、身勝手な振る舞いをするギルバートに怒りが込み上げてくる。

 ……自分からシェイラを手放したのはギルバートだ。今更もう遅い。絶対にシェイラは渡したくない。

とは思いつつも、無念ながら現状僕自身も決してシェイラを手に入れているわけではない。

今日も今日とて攻防戦を繰り広げたばかりだ。

ギルバートが再びシェイラを手中に収めてしまうかもしれないと考えると、にわかに焦りを感じる。

 ……これは僕ももっと積極的に動くべきかもな。シェイラの仕掛けを受けるだけではなく、こちらからも仕掛けて僕を意識させて振り向かせよう。


こうして彼女の元婚約者の噂を耳にして芽生えた嫉妬心から、僕の行動はますます加速していくことになる。
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