上 下
10 / 30

09. 学園からの協力依頼

しおりを挟む
「では、シェイラ様、あとはお願いいたしますね。会長はお一人だと無理をされるので」

「分かりました」

コソッと耳打ちされた言葉に私が了承を示して軽く頷くと、生徒会の面々はホッとした顔をして生徒会長室を出て行く。

その場に残されたのは、私、マルグリット様、マルグリット様の専属メイドであるキャシーだ。

キャシーは素早く紅茶を淹れ始め、私に目配せしてくる。

それを受けて私はマルグリット様に声を掛けた。

「マルグリット様、少し休憩しませんか? キャシーが珍しい紅茶を淹れてくれたみたいです。マルグリット様のお好きなフィナンシェもありますよ」

「でも、わたくし今の会議の内容を報告書としてまとめてしまいたいのよ。明後日は学園会議の日だもの。準備万端で挑みたいわ」

「根を詰め過ぎるのはお身体の毒になります。肝心の会議の日に体調を崩されたら台無しになりますから、少し休憩いたしましょう?」

「そう、ね」

ようやくマルグリット様は資料から手を離し、渋々とティーセットの並ぶテーブルの前に腰を掛けてくれた。

私とキャシーは再び視線を合わせ、お互いの健闘を讃えあうように笑顔を浮かべる。

ここ最近、毎日こんな感じだ。

なぜかというと、あのマルグリット様に突然呼び出され成り行きでお友達となった日から、私は生徒会へ引き摺り込まれてしまったからだ。

正確に言えば私は生徒会の正規メンバーではない。

生徒会は役割や人数、任期がすでに決まっていて、後から介在する余地がない。

そんな中、私の立ち位置はというと、マルグリット様の秘書という名のお話し相手である。

主従の関係であるメイドでは難しいことを、お友達の私が担っているのだ。

具体的には、マルグリット様の働き過ぎを諌めるというものである。

これは私もマルグリット様の近くで過ごすようになって初めて知ったのだが、彼女は公爵令嬢という高貴な身分でありながら非常に働き者なのだ。

学園をより良く導くべくため生徒会長として尽力していて、容姿の美しさのみならず、志まで誇り高く美しい。

フェリクス殿下を簡単にあしらう手腕の素晴らしさに感激していた私だったが、ますますマルグリット様という方に尊敬の念を抱いた。

「明後日の学園会議は、学園長と生徒会、そして王族が出席されるのですよね?」

「そうよ。リオネルにも会えるのよ」

「リオネル様もご出席される会議だからこそ、いつも以上に準備に精を出されているのですよね?」

「……もう! シェイラったらなんでもお見通しなのね」

フィナンシェを上品に食べながら、マルグリット様は頬をうっすら赤く染める。

 ……女神のようなお姿ね。眼福だわ。

キャシーによると、マルグリット様のこの秘めた恋心を知っているのはごく限られた人のみだそうだ。

ちなみにリオネル様ご本人は全く気付いていないらしい。

こんな分かりやすいのに?と思ったが、リオネル様を前にした時のマルグリット様は、上級貴族として鍛え上げられた感情制御の技術が遺憾無く発揮されてしまうという。

 ……こんなお綺麗かつお可愛らしい姿を目にしたらリオネル様だってイチコロになるに違いないわ。心まで気高く美しい方なのだから。

「そうそう。分かっているとは思うけど、会議にはもちろんあの男も来るわよ?」

「……フェリクス殿下、ですよね?」

「ええ。あの男はあれでも学園の管理者を王族として担当しているのですもの」

リオネル様が来るということは、当然だがそのあるじであるフェリクス殿下も参上することは分かっていた。

それでいて気にしないように目を逸らしていた私である。

 ……これを現実逃避というのかしら。

マルグリット様のお友達になり、生徒会へ引き摺り込まれてからというものの、実は私の毎日はあらゆる意味で平穏が訪れている。

まず以前のようなフェリクス殿下からの接触が止まった。

余程マルグリット様が苦手で避けているのか、はたまたただ忙しいだけなのか、もしくは私にもう興味をなくしてくれたのか、その理由は不明だが。

どういう理由であれ、避けたい人が近寄って来ないというのは非常に助かる。

さらに、マルグリット様と親交を得たことで、なんとクラスでの陰口も収まるという変化が起こった。

学園で一番身分の高い公爵令嬢かつ生徒会長を味方につけた私に表立って悪口を言いづらくなったようだ。

マルグリット様とお友達になったのは、特にこれを意図したものではなかったため、嬉しい誤算だった。

「会議の後にきっとあの男はシェイラに近付いてくるでしょうけど、安心していいわよ。わたくしが同席してあげるわ」

「マルグリット様……!!」

 ……なんて心強い味方! いくら好意を向けられようとも二人きりにならなければ安心だものね。

懸念が解消されて私はホッと息を吐き出す。

フェリクス殿下、マルグリット様、どちらも遥か上の身分の方々だが、両者に対する私の心証は全くの真逆となっていた。


◇◇◇

「それでは会議を始めます。本日の議題は、来期の生徒会選挙の概要報告および生徒から上がっている陳述の検討となります。皆様、よろしくお願いいたします」

迎えた会議の日。

私はマルグリット様や生徒会メンバーとともに、学園長室に隣接する会議室にいた。

正規のメンバーではないため、みんなが囲む長テーブルから離れた場所に控えている。

目の前では、主に学園長と生徒会メンバーが積極的な議論を交わしていた。

フェリクス殿下は一番上座の席に座り、基本的な口を挟まずに議論に耳を傾け、時折的確に質問や結論を述べている。

その表情は思いのほか真剣で、初めて目にする表情だった。

 ……にこやかに笑いながら、人を食ったような態度のフェリクス殿下しか見たことなかったけれど、こうして政務に取り組むお姿を間近で見るとやっぱり「無敵王子」と呼ばれるだけの能力なのがよく分かるわ。

さすがだとフェリクス殿下を見直していた私だったが、その時ふいに気になる議題が耳に飛び込んできた。

「――最後に最近増えている生徒からの陳述についてです。セイゲル語を教える授業を加えて欲しいとの要望が増えています」

「わたくしから補足させて頂くと、この要望の背景には昨今のセイゲル共和国の顕著な繁栄があると思われますわ。王都にあるマクシム商会の店舗でもセイゲルの珍しい品を取り扱っていて、それらが人気であることも一因のようです。加えて、殿下が学生時代に留学されていたという点からも、セイゲル語ができる者が将来的に王城で要職に就ける可能性があると考える男子生徒が多いようですわね」

生徒会メンバーの一人からの報告に、マルグリット様がさらに詳しい説明を加える。

セイゲルの話題とあって私も興味を引かれる内容だ。

それにしても授業が望まれるほどセイゲル語への関心が高まっているとは初耳だった。

説明を終えたマルグリット様は、名前を挙げたフェリクス殿下の方へ視線を向ける。

「セイゲル語か……」

その視線を受け止め、フェリクス殿下は顎に手を当て何か考えを巡らせる素振りをしながらポツリつぶやいた。

続いて何を思ったのか、わずかに唇の端を持ち上げるとなぜか私に視線を動かす。

楽しげな光を宿したコバルトブルーの瞳と一瞬視線が絡み、嫌な予感が背筋を冷たく流れる。

そしてそれは残念なことに的中してしまった。

「それならその要望に応えるために、そちらにいるシェイラ嬢に協力を願うのが良いんじゃないかな?」

突然フェリクス殿下の口から爆弾発言が投下されたのだ。

その場にいた学園長や生徒会長メンバーの目が一斉に私に集まる。

「シェイラの協力、ですって……?」

予想外の展開だったらしくマルグリット様も疑問を口にしながら珍しく感情を露わに目を丸くしていた。

 ……また変なことに巻き込まれそうだわ。先程さすがだとフェリクス殿下のことを見直したのは早計だったわね……。

「シェイラ嬢はセイゲル語がとても流暢なんだよ。しかも独学で学んだらしくて。それであれば経験に基づく知見もあるだろうから、授業の開講に先駆けて授業内容を考えてもらうのはどうかな?」

「シェイラ、殿下のおっしゃることは本当なの? あなたセイゲル語が話せるの?」

私の内心などお構いなしにフェリクス殿下が自身の発言に対する理由を述べ、それを聞きマルグリット様が驚いたように私に問いかける。

セイゲル語を話せる事実は特に誰かに言ったことはないから意外そうな顔をされるのは無理からぬことだ。

「……はい、本当です。日常会話程度でしたら話せます」

「日常会話どころか仕事でも十分使えるレベルだと思うけどね? ……ということで、せっかくセイゲル語を実際に習得した彼女がここにいるのだから協力を得ない手はないと思うんだ。彼女も今年で卒業だから、今年中に授業内容を検討して教師を決め、来年から学園で授業を提供できるように進めるのがいいと僕は考えるんだけど、みんなはどう思う?」

私が事実を認めると、満足そうに頷いたフェリクス殿下は、その有能さを発揮して、さっさと結論をまとめ始めた。

フェリクス殿下の説得力と人を惹きつける力を前にして、その場にいるみんなは諸手を挙げて賛成を口にする。

唯一マルグリット様だけは困ったように眉を下げ私を見ていた。

「ではみんなの賛同も得たことだし、この件はこれで可決で。シェイラ嬢、よろしく。……ああ、もちろん僕も手伝うから。先程マルグリット嬢が述べた通り、僕も留学経験があるし役に立てると思うよ」

なす術もないとはまさにこのことだ。

にこりと笑って最後に付け加えられた一言――これは学園からの正式な協力依頼の一貫でフェリクス殿下と今後も顔を合わせざるを得ないという意味だ。

逃げようと思えば逃げられた今までの非公式な邂逅とは違う。

 ……フェリクス殿下と関わらざるを得ない理由ができてしまったわ……。せっかくしばらくは心安らかな落ち着いた日々を送れていたというのに……。


私の望む平穏はまた遠ざかっていくのであった。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました

Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。 どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も… これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない… そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが… 5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。 よろしくお願いしますm(__)m

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

処理中です...