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22. 謝恩会での再会

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喧嘩っぽくなった航さんとあれからちゃんと仲直りをしないまま、この日私は都内ホテルで開催されている謝恩会に出席していた。

受付のところで久しぶりに果湖ちゃんと顔を合わせ、運営メンバーとして仕事に励む彼女と別れて私は一人で会場に足を踏み入れる。

会場内は多くの人々で賑わっていて、現役大学生と思われる若者から、幅広い年代のOB・OG、そして教授の同僚だと思われる先生方や大学関係者がひしめき合っていた。

知り合いはいるかな?とあたりをキョロキョロしていたところ、すぐに数人の女性に声を掛けられた。

「志穂も来てたんだ! 久しぶりー!」

「志穂ってば全然大学の頃と変わってないじゃない。ホント童顔だよね。羨ましい!」

同じ学年の友人たちだった。

顔見知りを見つけてホッとした私はそのまま友人たちとの会話に興じる。

立食パーティー形式のため、お酒の入ったグラスを片手に私たちが話す話題は、学生時代からの変化だ。

「大学卒業しちゃうとなかなかこうして集まる機会ないよね。まだ卒業して3年しか経ってないのに、結構みんな変わっててビックリした」

「分かる! 学生の頃は冴えない感じだったのに、すっかり今風イケメンに様変わりしてる人もいたし」

「子持ちの子もいたりね。なーんか、みんなそれぞれ別々の人生歩んでるんだなぁってしみじみしちゃうよね」

最初は三人で話していたのだが、次第に「あれ? 久しぶりー!」と顔見知りが声を掛けてきて、どんどんその輪は広がっていく。

やはりこれだけ人数がいると自然と知り合い同士が集まるため、プチ同窓会が各所で繰り広げられているようだった。

「あ、ねぇ、志穂。あそこに宏明ひろあきくんいるよ」

「あ、本当だね」

指し示された方に視線を送れば、そこにはやはりと言うべきか、元カレであり初めての彼氏であった人がいた。

出席しているかもと想定はしていたから、さほどの驚きはない。

交際していた大学1年生の時は、隠さずオープンな付き合いだったため、同じ学科の周囲の人々はほとんど私たちの昔の関係を知っていた。

でももうずいぶん前の話だし、今更どうこう言ってくることはない。

彼がいることを教えてくれた友人も、私が気付いていないようだったから気を利かせて存在だけ知らせてくれたのだろう。

彼とは一瞬だけ目が合ったが、友人の輪の端と端にいる私たちは特に言葉を交わすわけでもなかった。

ただ同じ空間にいて久しぶりに顔を合わせただけという感じだ。

別れ方があまり円満ではなかったこともあり、ヒロくんとは破局して以降、在学中も距離を置いていた。

彼が今何をしているのかも知らないし、興味もない。

それくらい私にとって過去であり、トラウマの最初のキッカケになったという意味で傷みを思い出させる存在の人だった。

謝恩会は基本的に食事や会話を楽しみつつ、途中で在校生から槙本教授に向けて花束の贈呈や感謝の手紙の朗読があったり、思い出の映像が流れたりと和やかな雰囲気に包まれていた。

きっと槙本教授の人柄ゆえのことだろう。

常に人に囲まれていた槙本教授にはなかなか挨拶に行くタイミングがなかったのだが、最後の方でようやく話をすることができた。

私のことを覚えていてくださって「あなたは素直で芯が強いところが強みだけど、たまに一人で物事を変な方向に結論付けて突っ走るところがあるから気をつけなさい」とありがたい助言まで頂いた。

多少その自覚はあるが、学生時代から教授にはそう見えていたのかと思うと少し恥ずかしい。

 ……先週、まさに航さんも「変な方向に結論導き出してる気がする」って口走ってたよね。思わず話を遮って帰っちゃったけど、何かを打ち明けようとしていた航さんの話に最後までちゃんと耳を傾けるべきだったのかなぁ。

今更ながらに後悔と罪悪感が押し寄せてくる。

会ってちゃんと謝りたい。

仮に航さんが他の女性の方へ行くと考えていたとしても、「嫌だ、一緒にいて欲しい!」って自分の想いを素直に伝えて足掻きたい。

 ……今日この謝恩会が終わったら連絡してみよう……!

槙本教授の一言から内省した私は即座にそう決心する。

約2時間の謝恩会がお開きになると、このまま二次会をしようと友人達に誘われたのを断って私は一人で会場をあとにした。

外に出ると曇り空が広がっていて、パラパラと小雨が降ってきている状態だった。

最寄駅まで走り、駅に滑り込んだ頃には本格的に雨が降り出していた。

少し濡れてしまった私は、改札に入る前の広いスペースのところで服をハンカチでぬぐう。

微妙に服が体に張り付いて気持ち悪い。

せっかくホテルでの謝恩会用に、いつもよりおめかししていたのに台無しだ。

 ……服もこんな感じになっちゃったし、航さんに会うのは明日にした方がいいかなぁ。今日のうちに、明日会える?って連絡してみよう。

私はメッセージを送るべくさっそくスマホを鞄から取り出す。

「志穂」

その時、そんな私の背後に声が投げかけられた。

聞き馴染みのある懐かしい声だ。

なんで?と思いながら振り向くと、そこにはやはり思った通りの人物――ヒロくんが立っていた。

「……二次会に行ったんじゃなかったの?」

「志穂と話したくて追いかけてきた」

私同様ヒロくんも少し濡れていて、ここまで走って来たのか息が弾んでいる。

話したいと言われても、こちらは特に話すことはないため正直困ってしまう。

そんな気持ちがそのまま顔に出ていたのだろうか、ヒロくんは悲しげな表情を浮かべて私を見た。

「志穂が俺と話したくないのは分かってる。別れた後、徹底的に避けられてたし。もちろん悪いのは俺だからそれも仕方ないって思おうとした。この数年俺なりに前に進もうとしたんだ」

「……そうなんだ」

「でも今日久しぶりに会った志穂があまりにあの頃と変わってなさすぎて、あーやっぱ好きだなって思い知らされた」

「勝手なこと言わないで。浮気したのはヒロくんだし、私じゃダメだったこと忘れたの? それにいずれにしてももう過去のことだから」

「あの時も言ったけど、あれは浮気じゃなくてただの練習だったんだ。志穂にあれ以上カッコ悪いところ見せたくなかったから」

なんで私はまた古傷を抉られなければならないのだろうか。

あの頃と同じ釈明をするヒロくんにだんだん腹が立ってくる。

その上、「今も好きだ」と言うなんてどうかしている。

「もういいってば。その話は5年前にも聞いたし、それにもう関係ないから」

「今だから言うけど、あの頃は俺も経験なかったし緊張しすぎてデキなかったんだ。志穂のことが好きすぎて。でも今なら絶対大丈夫。あんな思いは絶対させない。だからもう一回俺とやり直してくれない?」

「無理!」

意味不明で自分勝手なことを口走り始めたヒロくんにイライラが募る。

私は考えるまでもなく、彼の申し出をバッサリと一刀両断した。

なのに、ハッキリ拒絶する私にヒロくんは必死に好意を述べてさらに言い募る。

「じゃあせめて連絡先教えて。また会いたい。前みたいにまた好きになってもらえるように頑張るから。もう一回チャンスが欲しいんだ」

そして縋り付くように私の方へ手を伸ばしてきた。

こんなふうにに言われても全く心が揺らがない私はその手を振り払おうと一歩後ろへ下がる。

だが、背後をまったく気にしていなかったため、ドンッと人にぶつかってしまった。

慌てて謝罪しなきゃと振り返ろうとしたが、結局それはできなかった。

なぜなら背後からそのまま抱きしめられてしまったからだ。

驚いて一瞬ビクッとしたのだが、すぐにその温もりが慣れ親しんだ私が一番安心するものだと気がつく。

そう、航さんだったのだ。

「なにか揉めてるみたいだけど大丈夫?」

頭上から航さんの落ち着いた声が降ってくる。

でもその声はいつもと違ってなんだか苛立ちが含まれているような気がした。

バックハグをされながら、私は首だけ振り返り航さんを見上げた。

「なんでここにいるんですか?」

「志穂を迎えに来たんだよ。時間と場所は聞いていたから。……ところでそちらは?」

航さんは私と視線を合わせた後、その眼差しを目の前にいるヒロくんへと移動させた。

「あ、いや、その……」

この航さんの登場に明らかに動揺しているのはヒロくんだった。

彼が目を泳がせている姿を視界に入れながら、私は簡潔に航さんへ説明する。

一切やましいことも後ろ暗いこともないから、私は全く動揺していなかった。

「大学の時の知り合いです。謝恩会が終わってちょっとだけ話していたんですけど、もう話は終わりました。なので行きましょう」

この場を切り上げるべく航さんを促す。

ヒロくんには「じゃあそういうことだから。元気でね」とだけ言い放った。

航さんが誰かなどはいちいち彼に説明しなくても、この状況を目の当たりにすれば一目瞭然だろう。

それに、チャンスが欲しいというさっきの言葉に対してそのつもりは一切ないという明確な返答にもなると思った。

ヒロくんをその場に置き去りにして歩き出した私と航さんだったが、向かう先はなぜか改札ではなかった。

私はついて行っているだけなのだが、航さんの足は改札とは別の方向へ進んでいる。

「航さん、どこ行くんですか?」

「近くのホテル。ここから俺の家までは結構遠いし、濡れたままだと風邪ひくから」

ふと電車の時刻表が掲載された電光掲示板を見ると、ずいぶん遅延が発生しているようだ。

いつの間にか雨は地面を叩きつけるように激しく降っていて、交通網に影響を及ぼしている。

そんな状況からも家まで時間がかかると判断したのだろう。

「なんだか台風の時のことを思い出しますね。あの時もホテルに行くことになったし、航さんに風邪ひくからお風呂入れって言われましたし」

「もはや懐かしいな。志穂は警戒心丸出しだったっけ?」

いつものからかう口調で言われて、先週の喧嘩なんかなかったようなすっかりいつも通りの空気感になんだかホッとする。

思わず歩きながら航さんの大きな手をギュッと握りしめた。

「……先週のこと、ごめんなさい。話も聞かずに勝手に帰ってしまって反省してます」

「いや、俺も悪かったよ。志穂に話すのを先延ばしにして隠していたから。とりあえずホテル着いたらちゃんと話そう?」

「はい」

その後は2人とも手を繋いだまま黙って歩いた。

途中コンビニに寄り、駅からすぐ近くにあるビジネスホテルに到着すると、あの嵐の日と同じように私たちはダブルルームにチェックインしたのだった。
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