デキナイ私たちの秘密な関係

美並ナナ

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07. 念願の週末イチャイチャ

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その週の平日は、週末が楽しみすぎて、夏休みを指折り数える子供のような心境だった。

あと4日、あと3日、あと2日、あと1日とカウントダウンまでする始末だ。

速水さんとはプライベート携帯でメッセージを数回やり取りし、金曜日の仕事終わりに速水さんのマンションにお邪魔してお泊まり、翌日の土曜日はそのまま家で一緒に過ごすことになっている。

家の中だから誰かの目を気にする必要もない。

思いっきりイチャイチャさせてもらおうと企んでいる。

そしていよいよ迎えた金曜日。

この日は若菜とランチに外へ出ることになり、オフィスから程近い洋食屋さんへ。

私はカルボナーラを、若菜はデミグラスハンバーグを注文し、お腹がペコペコだった私たちは料理が来るなり勢い良く頬張る。

食事をしながら、いつも藤沢くんとラブラブな若菜に私はある話題を投げかけた。

「ねぇ、若菜と藤沢くんは二人で家で過ごす時ってどんなことしてるの?」

「う~ん、おうちデートの日はやっぱり映画鑑賞が一番多いかなぁ。あと一緒に料理作ったり、ゲームしたりもするよ」

「いいね。楽しそう!」

「外に出歩くのもいいけど、おうちデートはまったりできるのがいいよね。個人的には、くっつきながらの映画鑑賞がすごく好き! 横に並んで肩抱き寄せられるとキュンとするの」

「それはキュンとするよね。いいなぁ~!」

二人の仲良しエピソードに羨む声を上げるが、先週までの私とはその心情は全く違う。

なにしろイチャイチャさせてくれる人を見つけたのだから。

 ……私も映画鑑賞しながらくっつかせてもらおう!

若菜の話を聞きながら、心の中で私は自分がしたいことのリストに付け加える。

照れることなくラブラブっぷりを語ってくれる若菜は、私の参考書みたいなものだった。

「なんか今日の志穂はどことなく浮かれてるね。なにかいい事でもあったの?」

「え、そう?」

「うん。声が弾んでるよ。それに肌の調子もいつもより良いみたい。プルンプルンで羨ましいなぁ」

どうやら第三者から見ても私の浮かれ具合と肌の調子の良さは分かるらしい。

ハグしたり、添い寝するだけで、こんなに心と肌に潤いをもたらすとは、思った以上の効果だ。

でもこの事実は若菜にも秘密にしないといけないから私は咄嗟に仕事のことを持ち出した。

「実はね、仕事で色々任せてもらえることになったの。仕事ぶりを認めてもらえて嬉しくて」

「そうなんだ、良かったね! いつも志穂は朝早く出社して頑張ってるもんね。一度用事があって早めに出社した時、志穂にオフィスで出会してビックリしたもん」

朝早く出社しているのは、少しでも始業前に雑務を終えて、その分の時間を新規顧客開拓や、既存の取引先への訪問に回すためだった。

ただでさえ男性の方が多い会社で、なおかつ童顔でナメられやすい容姿の私だからこそ、数をこなすためにいつの頃からかルーティンになっている。

始業前の時間帯より朝早い方が満員電車も多少マシだという点も大きい。

痴漢回避の一環でもあるのだ。

「速水さんってちゃんと部下のことも見ていてくれて評価してくれるんだね。顔がいいだけじゃなくて、ますますカッコいい! ホントあんな素敵な人が夫だなんて、奥様鼻が高いだろうね」

「あー、うん、そうだろうね……!」

若菜の口から実在しない速水さんの奥様のことが飛び出し、私は曖昧に相槌をうった。

若菜の反応を見ていると、口が裂けても速水さんが実は独身であるという事実は言えないなと改めて思う。

ラブラブな彼氏のいる若菜でさえこの調子なのだ。

本気で速水さんを想っている又は狙っている女性陣なんかに知られた暁には大変なことになるだろう。

それは速水さんが独身だということだけでなく、私がハフレ&ソフレをしてもらっているという事実もそうだ。

思わずぶるっと身震いした。

 ……浮かれていないで冷静にならなきゃ! 速水さんのマンションに行く時も細心の注意を払わなきゃね。

改めて気を引き締めた私は、その日の夜、「家に帰った」という速水さんからのメッセージを受信すると、予め教えてもらっていた住所をMAPアプリで確認し、知り合いに見られていないか背後を入念に確認しながら慎重に向かった。

速水さんのマンションは、会社の最寄駅から乗り換えなしで電車で30分くらいの場所にあった。

偶然にも私と同じ路線で、私の最寄駅の2つ隣だと知った時には驚いた。

意外と近くに住んでいたのだ。

 ……あ、ここかな?

MAPが目的地を示したため、その場に立ち止まり建物を見ると5階建てくらいの綺麗なマンションが佇んでいた。

入り口はオートロックになっている。

私は教えられていた部屋番号を入力し呼び出しボタンを押した。

「はい」

「あ、神崎です」

「お疲れ。開けるからエレベーターで上がってきて」

「分かりました」

すぐにエントランスのガラス扉が開き、中に足を踏み入れる。

午後は営業活動のため私はずっと外出していたし、逆に速水さんは打合せで午前中オフィスを不在にしていたから、今日は一度も顔を合わせていない。

さっきインターフォン越しに聞いた声が今日初めての速水さんだった。

エレベーターで4階へ進み、降りてすぐ近くのところに速水さんの部屋はあった。

ピンポンを鳴らすと、すぐに玄関のドアが開いて迎え入れられる。

まだ帰宅してそれほど時間が経っていなかったのか、速水さんはジャケットは脱いでいるもののスーツ姿のままだ。

だけどあの夜みたいに、コンタクトを外してメガネになっている。

 ……スーツにメガネってフェチ心をくすぐるよね。そんな趣向はないはずなんだけど、これは何かグッとくるものがあるかも。

思わず玄関先で、会社では見たことのないレアな速水さんの姿に見入っていると、ふいに速水さんの手が伸びてきた。

そしてそのまま私の首に腕を巻き付かせるように絡ませ、引き寄せられる。

ぽすっと広い胸の中に抱き込まれた。

「えっ、速水さん⁉︎」

会って早々、速水さんの方からハグをしてきたことにビックリして驚きの声が漏れる。

速水さんは至って平然とした様子だ。

「どうかした? ハフレなんだから、ハグするのは普通だろう?」

「そ、そうですけど。いきなりだったんで、ちょっとビックリして」

「いやさ、今日の会議がすごくストレス溜まる感じだったから何か一日中ずっとモヤモヤしてて。神崎見たら思わず」

「人肌による癒しを求めてたんですね?」

「たぶんそうかな」

いつも落ち着いていて余裕たっぷりに見える速水さんでも、仕事でモヤモヤすることもあるんだなぁと新鮮に感じる。

なんていうか、尊敬する上司だということもあって、すごく自分からは遠い人なのだと思っていたけど、そうでもないのかもしれない。

 ……なんかちょっと親近感湧いちゃうな。

ここが速水さんのマンションだということも相まって、上司の知らない一面を垣間見た気がしてドキドキする。

速水さんは少しの間そのまま私を抱きしめた後に体を離すと、何事もなかったかのように「どうぞ」と部屋の中へ招き入れてくれた。

玄関から廊下を進み扉を開けると、そこは白い壁と木の温もりを感じるフローリング10帖ほどのゆったりとしたリビングだった。

もう一部屋6帖くらいの洋室があるらしく、1LDKの間取りらしい。

「すごくキレイなお家ですね」

「リノベーション物件らしいから、築年数のわりにキレイかもね」

「いつからここに住んでるんですか?」

「3年前くらいかな」

「じゃあ私が入社する前からなんですね。それにしても速水さんの家が私と同じ路線で、しかも2駅隣だなんて知りませんでした。通勤で会ったこともなかったですし」

「俺は一度見かけたことあるけど」

「えっ? そうなんですか?」

「まだ2係にいた頃の話だけどね」

そう言いながら「とりあえず座れば?」と促され、私はリビングのソファーに腰掛ける。

リビング内にあるキッチンで冷蔵庫の中を覗き込んでいた速水さんは、ふいに確認するように私の方を振り向いた。

「神崎はもう夜メシは食った?」

「あ、はい。済ませてあります」

「何か飲む? お酒は飲めるんだっけ?」

「少しなら飲めます」

「ビールか、ハイボールか、ワインか、何がいい?」

「じゃあワインでお願いします。もし赤と白の両方あるなら、白が嬉しいです」

「了解」


ほどなくして白ワインのボトルとグラス2脚、おつまみのチーズを手にした速水さんがこちらにやって来た。

私の隣に座ると、ボトルを開けてグラスにワインを注いでくれる。

「ご自宅に色々お酒あるんですね」

「休みの日はほとんど家にいるから、飲み物は自然とストックしてしまうんだ。それにネットで注文すると、箱買いになることも多いしね」

手渡されたグラスを速水さんのグラスと重ね、乾杯をして私たちはそれぞれワインに口をつける。

すっきりフルーティーな味わいのワインをちびちびゆっくり飲みながら、私はおつまみのチーズにも手を伸ばした。

あまりお酒は強くないから、ワインだけを飲んでいるとすぐ酔っ払ってしまいそうだ。

「神崎は今日午後ずっと外回りだっただろう? どうだった?」

「はい、中津さんの顧客のところに数件同行させてもらって、これから一緒に担当になると紹介してもらいました。完全に引き継いで主担当になれるように頑張ります」

仕事の話を振られ、会社での業務報告の感じで私は答える。

最近は前に速水さんが向いていると言ってくれたように、新規開拓ではなく、先輩の既存顧客の引き継ぎの方へ注力している。

まさに今日もそれで午後はずっと外出しっぱなしだったのだ。

「中津からも神崎が頑張ってるって報告は受けてる。中津なら色々聞きやすいだろうし、頼りになるヤツだから、神崎も使い倒すといいよ」

「確かに中津さんは新入社員の頃からお世話になってますし頼りになりますけど、使い倒すって……! そんな風におっしゃるってことは、速水さんと中津さんって相当気心知れた仲なんですね」

「中津は1年下の後輩だし、アイツは俺が独身だって知ってる数少ない一人だから」

「えっ、中津さんはご存知なんですか⁉︎」

全然そんな素振りがなかったから驚いた。

でも言われてみれば、確かに中津さんは速水さんの奥様について話の中で触れたりしたことがないなと思い至る。

知らなかったけど、どうやら速水さんと中津さんは思っていた以上に親しい間柄のようだ。

「中津には指輪をつけ出した当初に協力してもらったからね」

昔を思い出しているような表情を浮かべた速水さんの左手をなにげなく見れば、その手にはいつもの指輪がなかった。

どうやら指輪をつけているのは外でだけで、家でははずしているようだ。

「……てか、悪い、結局仕事の話になってる。プライベートな時間くらい仕事から離れたいよな?」

「いえ、別に大丈夫です! あとでいっぱい抱きつかせてもらえれば。今日は一緒に寝ていいですか?」

「ソフレなんだろう? 俺もそのつもりだよ」

小さく笑いながらくしゃっと頭を撫でられて、触れられた気持ち良さにうっとりする。

女性のそれとは違う大きな手は異性を感じ、胸が高鳴った。

 ……ああ、やっぱりこういう触れ合いにすっごく飢えてるみたい。スキンシップは好きだけど、彼氏を作るのは避けてたから、溜まってたんだろうなぁ。

その触れ合いをもっと感じたくて、自然と瞼を閉じていたら、急にその手が止まり私から離れていく。

ん?と思って目を開けると、速水さんと視線が絡まった。

「神崎は頭を撫でられると眠くなるの? 癖?」

「え、そういうわけではないと思いますけど? この前はたまたまです。今は別に眠くなったわけじゃないですよ?」

「完全にこの前と同じ表情してた。あのままだったら寝てたと思う。特にアルコールも入ってるし。寝てしまう前に風呂入ってきたら?」

「確かに、それは一理ありますね。お酒はそんなに強くない自覚があるので」

「すでに目がトロンとしてるしね。浴室に案内するから来て。今日はシャワーだけでいい?」

「あ、はい。全然大丈夫です」

ワイングラスをテーブルの上に置いて立ち上がった速水さんに続き、その背中を追う。

浴室とトイレ、洗面台の場所と使い方を聞き、その場に残された私は持参した着替えを準備してからシャワーを浴びた。

この前は同じホテルの部屋に速水さんがいることにソワソワしてお風呂に入ったが、今日はここが速水さんの自宅だということにソワソワする。

男性の家にお泊まりするためシャワーを浴びるなんて何年ぶりだろうか。

 ……3年ぶりくらいかな。最後に彼氏がいたのが大学4年の最初あたりだもんね。

芋づる式に過去の嫌な思い出も脳裏に浮かんできて、私はそれを急いで振り払った。

ささっとシャワーを済ませると、ナイトブラを付け、その上から体のラインがあまり出ないゆったりとした半袖短パンのルームウェアを着た。

スキンケアをして髪を乾かしてからリビングに戻れば、速水さんも服装が変わっていてスーツから部屋着になっていた。

涼やかな綿麻素材の半袖長ズボンのセットアップがよくに似合っている。

「俺も続けて風呂入るよ。あんまり遅いとすぐ神崎が寝てしまいそうだし」

ちょっとからかい口調で言われ、抗議するように私は頬を膨らませる。

すれ違い様に軽く頭を撫でられ「ちょっと待ってて」と言って速水さんは浴室の方へ消えて行った。

どうやらすぐ寝てしまう人認定されてしまったらしい。

 ……一緒に寝たいから絶対起きて待ってるのに。何か子供扱いされてる?

普段は上司と部下であり、年齢も5歳違い、年代も20代と30代だからだろうか。

ソファーの上で三角座りをしながら、またちびちびと白ワインを飲んでいたら、ものの10分くらいで速水さんはリビングに戻って来た。

「早いですね」

「男の風呂なんてこんなもんだと思うけど? 待ってる間ワイン飲んでたのか。さっきより眠そうな顔してる」

「そんなことないですよ? 速水さんと添い寝したいからちゃんと起きてます」

「とりあえず洗面所で歯磨いてきて。もう24時になるからその後寝室に行こう」

時間を言われて時計を見ればもう深夜だ。

ここに来たのが21時半頃だったから、なんだかんだでもう2時間半近く経っていたようだ。

言われた通り歯を磨き、寝る準備が整ったところでリビングから寝室へ移動する。

寝室はセミダブルのベッドとサイドテーブル、そしてパソコン机があるシンプルな感じの部屋だった。

ベッドに入ると、この前のホテルはダブルベッドだったこともあり、前回よりも速水さんとの距離が近い。

必然的にくっつきやすい環境に、私は遠慮なく速水さんに身を寄せた。

今回は腕枕をしてくれるみたいで、負担にならないよう、頭ではなく首をのせる。

私はその欲求が顕在化していて、速水さんは潜在的に感じていたというだけの違いかもしれない。

同志を見つけた、分かり合えた気分になり「その気持ち分かりますよ!」と伝えたくて、抱きついていた腕に力を込めた。

それに応えるように私を抱きしめる速水さんの腕にも力がこもる。

「だから今後も定期的にこうしたい」

「私もです!」

再び私の方に顔を向けた速水さんと視線が重なり、私たちは見つめ合った。

私からの一方的な申し入れを速水さんが受諾してくれる形で始まったハフレ&ソフレの関係は、この日改めてお互いの利害が一致し、正式なものへと進化した。

つまりハプニング的な単発で終わらず、この関係を続けていこうとお互いに合意するに至ったのだった。
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