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#29. Genuine Feeling
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香澄へ
この手紙を香澄が読んでいる頃、俺は日本にもういないと思う。
直接会って説明すると約束したのに、手紙で伝えることになってしまってたことは許して欲しい。
まず最初に、香澄、生きていてくれてありがとう。
香澄の無事を聞いて本当に良かったと心から思っているよ。
そして同時にこんなことになってしまって本当に申し訳なく思ってる。
すべての元凶は俺だ。
俺のせいなんだ。
俺が香澄に近づかなかったら、こんなことにはならなかったのではないかと思えてならない。
そもそも俺が香澄に近づいたのは、電話でも話した通り、意図的だったことは本当だ。
香澄の父親、東條清隆氏に恨みを抱いてのことだった。
西織さんとのなにげない会話で、東條清隆氏が娘を溺愛していることを知って、同時に香澄の存在を知ったんだ。
それから香澄のことを調べた。
スマホを拾ってもらったのも、鎌倉で再会したのも、偶然ではなく俺がわざと仕組んだ。
香澄を俺に惚れさせて、婚約者を捨てさせ、その後でアッサリ捨て傷付けてやろうと思っていた。
大切な人がぞんざいに扱われて傷付けられるやるせなさを東條清隆氏に味わせて復讐したかった。
でも気付けば香澄のことを本気で想うようになっていた。
信じてもらえないかもしれないけど、復讐なんてどうでもいいと思うようになるほど、香澄を愛していたよ。本当に心から。
以上が、あの日俺が香澄に会って話そうと思っていたこと。
改めて謝らせて欲しい。
復讐という愚かなことを考えた俺の身勝手で香澄を巻き込み、心も身体も傷付けてしまって本当にごめん。
時間が巻き戻せるなら、香澄とは普通に出会って、普通に好きになって、普通に恋人になりたかった。
そうしたら香澄がこんなに傷付くことはなかったはずなのに。
いずれにしても、もうこれ以上香澄の人生の邪魔はしたくない。
さようなら、香澄。
香澄の幸せを心より祈っているよ。
久坂春臣
◇◇◇
「春臣さん……」
手紙を読みながら、涙が頬を伝う。
簡潔にまとめられた文章からは、春臣さんの深い後悔がヒシヒシと伝わってくる。
私の身に起こったことを彼が自分のせいだと罪の意識を感じていることがよく分かった。
それに経緯はどうあれ、春臣さんは私を本当に想ってくれていたようだ。
……でも、さようならって? 日本にいないってどういうこと?
手紙から視線を上げると、私が読んでいる間静かに佇んでいた眞帆と目が合う。
眞帆は邪魔しないように静かに様子を見守っていてくれたようだ。
「……眞帆。さっき春臣さんがもう日本にいないって言っていたけど、あれはどういうこと……?」
「久坂先生ね、年末に事務所を辞めたんだよ。海外に戻ったみたい。私が担当している弁護士の池先生にゆかりさんのことを頼みますって頭下げに来て。その時にこの手紙を私は久坂先生から託されたの」
「そうだったんだ……」
こうして手紙を残した上にさよならと書くのだから、春臣さんはもう私に会うつもりがないのかもしれない。
記憶の中にいる笑顔の春臣さんを思い出すと胸がギュッと締め付けられた。
「ねぇ、香澄。私も聞いてもいい? 一体、久坂先生と何があったの? 久坂先生から香澄と男女の関係だったと聞いた時は本当にビックリしたんだから……!」
眞帆がそう言うのは無理もない。
これまで一言だって周囲に春臣さんのことは話していないのだ。
面識のある眞帆にしてみれば、寝耳に水という状態だっただろう。
私はこれまで話したくても話せなかったことを打ち明ける。
春臣さんが意図的に近づいたことや目的が復讐だったことには触れず、私の目線から起こった出来事を口にした。
「それじゃあ、やっぱり久坂先生は香澄とゆかりさんを二股していたわけじゃないんだね。ゆかりさんは香澄に取られたって言ってたけど……」
佐々木さんがそう口にしているとは初めて知ったけど、確かにあの日も「手を出さないでってお願いしたのに」と最後叫んでいた気がする。
あの時は理解ができなかったけど、佐々木さんの事情を聞いた今、少し分かる気がした。
彼女にとってはずっと好きだった人と運命的な再会を果たして、もう春臣さんしか見えなかったのだろう。
盲目的になるくらい春臣さんのことが好きだったのだと思う。
「……佐々木さんがあんなことをしたのは私のせいでもあると思う。私が婚約者がいながら春臣さんを好きになってしまったから……」
ダメだと思っても惹かれてしまった。
自分を抑制できずに春臣さんを愛してしまった私も罪深いのだ。
「あの、眞帆。私が佐々木さんに面会することってできたりするかな?」
「えっ、面会? 香澄が?」
「うん。佐々木さんの事情を眞帆から聞いて、私も思うところがあって。一度真正面から話してみたいの」
春臣さんの手紙を読んで改めて思った。
私は何も知らなかった。
春臣さんのことを知ろうともしていなかった。
もっと注意深く春臣さんと接していれば、気付けたこともきっとある。
敷かれたレールを歩く人生の中、すっかり私は流されるまま惰性で生きるようになっていた。
もっと自分の目で見て、聞いて、考えなきゃ。
そんな思いから、佐々木さんと向き合ってみたいと思ったのだ。
私の申し出に戸惑っていた眞帆だったが、私の表情を見て何か感じるものがあったのだろう。
その後調整してくれたようで、数日後に弁護人の申立により接見が可能になった。
◇◇◇
何もない殺風景な部屋に通され、ポツンと一つ置かれたパイプ椅子に私は座る。
アクリル板で仕切られた向こう側には、まだ誰もいない。
佐々木さんは起訴されて、現在はここの拘置所に身を置いているそうだ。
しばらくして向こう側にある扉が開き、刑務官とともに佐々木さんが入って来た。
やはりマンションの前で二度顔を合わせたあの女性だった。
佐々木さんも椅子に腰掛け、私たちは仕切り板越しに向かい合う。
「……お名前、佐々木ゆかりさんっておっしゃるんですね。今まで知らなかったので。佐々木さんとお呼びさせて頂きますね」
緊張を孕んだ重苦しい雰囲気の中、私はまず自ら口を開く。
気まずそうに少し下を向いていた佐々木さんは、私が話し出したことで顔を上げた。
そして目が合うなり、絞り出すような声を発する。
「本当に、本当に……申し訳ありませんでした……。冷静になったら私、なんてことしたんだって。あなたが一命を取り留めたから良かったものの、もし亡くなっていたらと思うと……。取り返しのつかないバカなことをしたって深く反省しています……」
「佐々木さん……」
「逮捕された後、一度だけ春くんとも話す機会があったんですけど、その時に事情も聞きました。春くんの方から意図的にあなたに近づいたんだって。私はてっきりあなたが春くんを誑かしたんだって思い違いをしていました……。本当に申し訳ありませんでした……」
もともと真面目な人なのだろう。
狂気が去った佐々木さんは理知的で、自分の罪を正しく理解し、深く反省しているようだった。
「私こそ申し訳ありませんでした」
「えっ?」
今度は私が謝罪の言葉を口にすると、佐々木さんは弾かれたように私を見て、驚きの色を顔に浮かべる。
「確かに春臣さんは意図的に私に近づいたようで私はそれを知りませんでした。ただ、きっと気づくチャンスはあったと思うんです。でも私は知ろうとはしませんでした。……それに結果的に婚約者がいるにも関わらず彼を愛してしまいました。それは私の罪です」
「それは……」
「あの頃、婚約者に婚約破棄を願い出ていたのですけど正式に決着がついていませんでした。きちんと清算してから春臣さんと向き合うべきでした。私の弱さのせいです。……それらが積み重なって佐々木さんをあんな犯行に及ばせてしまったのかもしれません……」
「待って! あなたが自分を責める必要はないですよ……! だって私が冷静ではなかったから。春くんが好きだという想いから周りが見えなくなっていて……」
「それなら私も春臣さんが好きで自分を制御できず不貞を重ねてしまったので……」
私がそう言葉を重ねると、佐々木さんは先程以上にぐったりと項垂れた。
顔に後悔が深く刻み込まれている。
「……あなたとは二度会ったけど私は一方的に言い募るだけで対話をしようとしなかった。あの時もっと冷静に向き合っていれば良かった……。あなたがこんなに心の綺麗な人だなんて。春くんがあなたを好きなのも納得ができるもの。……改めてもう一度言わせてください。本当に本当に申し訳ありませんでした」
佐々木さんは深々と頭を下げる。
これは彼女なりのケジメであり、私はしっかりと受け止めるべきだろうと思い、私はまっすぐとその様子を見つめた。
彼女の謝罪の気持ちが深く伝わってきて、やはり佐々木さんとしっかりと向き合う機会を作れて良かったと感じた。
刑事事件は示談がないので、佐々木さんは刑罰を受けることになるだろう。
だけど、本人が深く反省していることが減刑に繋がるそうなので、きっと彼女なら最小の懲役になるはずだ。
チラリと腕時計を確認すると、そろそろ面会時間の終わりが迫ってきていた。
もう話したいことは話し終えたので席を立ち上がろと考えていると、そんな私の様子を察した佐々木さんが最後に話し掛けてきた。
「……私が聞くのもアレなんですけど……これからどうするんですか? 婚約者と別れて春くんと付き合うんですか?」
「……実は春臣さん、いなくなってしまったんです。それに今の私では彼に相応しくないと思っています」
私は春臣さんが事務所を辞めて海外へ去ったという眞帆から聞いた話を伝える。
佐々木さんは神妙な表情で耳を傾けてたのち、私に語りかけるように口を開いた。
「以前、春くんにあなたのことを聞いたことがあるんです。その時、春くん言っていました。……初めて本気で愛しいと思った人だって」
「春臣、さんが……?」
「はい。潔いくらいハッキリと。実際、春くんはあなたと出会って変わったんだと思います。私があなたの存在に気が付いたのは、春くんの言動がいつもと違うなって思ったのがキッカケです。どことなく浮かれてるというか、ソワソワしてるというか。たまに遠くを見る目で何かを思い出して微笑んでいたし。きっとあなたのことを考えていたんだと思いますよ。……だからあなたには相応しくないと言わずに、春くんと幸せになってもらえると嬉しいです」
最後に佐々木さんがそう微笑んだところで刑務官から声がかかり、面会が終了となる。
私は面会室から出るとその足でお手洗いに駆け込んだ。
なぜなら涙が止まらなかったから。
……最初は意図的だったとしても、春臣さんの心は嘘じゃなかった。私を想っていてくれたんだ……。
手紙でもそう綴ってくれていたが、第三者から春臣さんの気持ちを聞いてその実感が強くなる。
春臣さんはそんな言葉を人に言うくらい、私を好きでいてくれたのだ、と。
……恭吾さんから春臣さんのことを聞かされたあの時、なんでもっと春臣さんの言葉を冷静に聞こうとしなかったんだろう。私が知っている彼をもっと信じれば良かったのに。
一瞬でも春臣さんの気持ちを疑ってしまった自分を恥じる。
春臣さんだって憎む相手の娘である私を好きになっただなんて認めるのは苦しかったはずだ。
葛藤があったのではないかと想像する。
それなのに彼は復讐はもういいと、復讐より私を選んでくれていたのだ。
それぐらい想ってくれていたということだ。
今更ながら手紙の言葉一つ一つが深く胸に染み渡っていく。
……私はもっと強くならなきゃ。
もっと周りをしっかり見て、周囲に流されず、自分で考えて、自分の足で立って生きていけるようにならなければいけない。
もう敷かれたレールに従うだけの人生から脱却しよう。
私は涙を拭いながら、自分で自分の人生の舵を切る決意を心に刻み、一歩を踏み出した。
この手紙を香澄が読んでいる頃、俺は日本にもういないと思う。
直接会って説明すると約束したのに、手紙で伝えることになってしまってたことは許して欲しい。
まず最初に、香澄、生きていてくれてありがとう。
香澄の無事を聞いて本当に良かったと心から思っているよ。
そして同時にこんなことになってしまって本当に申し訳なく思ってる。
すべての元凶は俺だ。
俺のせいなんだ。
俺が香澄に近づかなかったら、こんなことにはならなかったのではないかと思えてならない。
そもそも俺が香澄に近づいたのは、電話でも話した通り、意図的だったことは本当だ。
香澄の父親、東條清隆氏に恨みを抱いてのことだった。
西織さんとのなにげない会話で、東條清隆氏が娘を溺愛していることを知って、同時に香澄の存在を知ったんだ。
それから香澄のことを調べた。
スマホを拾ってもらったのも、鎌倉で再会したのも、偶然ではなく俺がわざと仕組んだ。
香澄を俺に惚れさせて、婚約者を捨てさせ、その後でアッサリ捨て傷付けてやろうと思っていた。
大切な人がぞんざいに扱われて傷付けられるやるせなさを東條清隆氏に味わせて復讐したかった。
でも気付けば香澄のことを本気で想うようになっていた。
信じてもらえないかもしれないけど、復讐なんてどうでもいいと思うようになるほど、香澄を愛していたよ。本当に心から。
以上が、あの日俺が香澄に会って話そうと思っていたこと。
改めて謝らせて欲しい。
復讐という愚かなことを考えた俺の身勝手で香澄を巻き込み、心も身体も傷付けてしまって本当にごめん。
時間が巻き戻せるなら、香澄とは普通に出会って、普通に好きになって、普通に恋人になりたかった。
そうしたら香澄がこんなに傷付くことはなかったはずなのに。
いずれにしても、もうこれ以上香澄の人生の邪魔はしたくない。
さようなら、香澄。
香澄の幸せを心より祈っているよ。
久坂春臣
◇◇◇
「春臣さん……」
手紙を読みながら、涙が頬を伝う。
簡潔にまとめられた文章からは、春臣さんの深い後悔がヒシヒシと伝わってくる。
私の身に起こったことを彼が自分のせいだと罪の意識を感じていることがよく分かった。
それに経緯はどうあれ、春臣さんは私を本当に想ってくれていたようだ。
……でも、さようならって? 日本にいないってどういうこと?
手紙から視線を上げると、私が読んでいる間静かに佇んでいた眞帆と目が合う。
眞帆は邪魔しないように静かに様子を見守っていてくれたようだ。
「……眞帆。さっき春臣さんがもう日本にいないって言っていたけど、あれはどういうこと……?」
「久坂先生ね、年末に事務所を辞めたんだよ。海外に戻ったみたい。私が担当している弁護士の池先生にゆかりさんのことを頼みますって頭下げに来て。その時にこの手紙を私は久坂先生から託されたの」
「そうだったんだ……」
こうして手紙を残した上にさよならと書くのだから、春臣さんはもう私に会うつもりがないのかもしれない。
記憶の中にいる笑顔の春臣さんを思い出すと胸がギュッと締め付けられた。
「ねぇ、香澄。私も聞いてもいい? 一体、久坂先生と何があったの? 久坂先生から香澄と男女の関係だったと聞いた時は本当にビックリしたんだから……!」
眞帆がそう言うのは無理もない。
これまで一言だって周囲に春臣さんのことは話していないのだ。
面識のある眞帆にしてみれば、寝耳に水という状態だっただろう。
私はこれまで話したくても話せなかったことを打ち明ける。
春臣さんが意図的に近づいたことや目的が復讐だったことには触れず、私の目線から起こった出来事を口にした。
「それじゃあ、やっぱり久坂先生は香澄とゆかりさんを二股していたわけじゃないんだね。ゆかりさんは香澄に取られたって言ってたけど……」
佐々木さんがそう口にしているとは初めて知ったけど、確かにあの日も「手を出さないでってお願いしたのに」と最後叫んでいた気がする。
あの時は理解ができなかったけど、佐々木さんの事情を聞いた今、少し分かる気がした。
彼女にとってはずっと好きだった人と運命的な再会を果たして、もう春臣さんしか見えなかったのだろう。
盲目的になるくらい春臣さんのことが好きだったのだと思う。
「……佐々木さんがあんなことをしたのは私のせいでもあると思う。私が婚約者がいながら春臣さんを好きになってしまったから……」
ダメだと思っても惹かれてしまった。
自分を抑制できずに春臣さんを愛してしまった私も罪深いのだ。
「あの、眞帆。私が佐々木さんに面会することってできたりするかな?」
「えっ、面会? 香澄が?」
「うん。佐々木さんの事情を眞帆から聞いて、私も思うところがあって。一度真正面から話してみたいの」
春臣さんの手紙を読んで改めて思った。
私は何も知らなかった。
春臣さんのことを知ろうともしていなかった。
もっと注意深く春臣さんと接していれば、気付けたこともきっとある。
敷かれたレールを歩く人生の中、すっかり私は流されるまま惰性で生きるようになっていた。
もっと自分の目で見て、聞いて、考えなきゃ。
そんな思いから、佐々木さんと向き合ってみたいと思ったのだ。
私の申し出に戸惑っていた眞帆だったが、私の表情を見て何か感じるものがあったのだろう。
その後調整してくれたようで、数日後に弁護人の申立により接見が可能になった。
◇◇◇
何もない殺風景な部屋に通され、ポツンと一つ置かれたパイプ椅子に私は座る。
アクリル板で仕切られた向こう側には、まだ誰もいない。
佐々木さんは起訴されて、現在はここの拘置所に身を置いているそうだ。
しばらくして向こう側にある扉が開き、刑務官とともに佐々木さんが入って来た。
やはりマンションの前で二度顔を合わせたあの女性だった。
佐々木さんも椅子に腰掛け、私たちは仕切り板越しに向かい合う。
「……お名前、佐々木ゆかりさんっておっしゃるんですね。今まで知らなかったので。佐々木さんとお呼びさせて頂きますね」
緊張を孕んだ重苦しい雰囲気の中、私はまず自ら口を開く。
気まずそうに少し下を向いていた佐々木さんは、私が話し出したことで顔を上げた。
そして目が合うなり、絞り出すような声を発する。
「本当に、本当に……申し訳ありませんでした……。冷静になったら私、なんてことしたんだって。あなたが一命を取り留めたから良かったものの、もし亡くなっていたらと思うと……。取り返しのつかないバカなことをしたって深く反省しています……」
「佐々木さん……」
「逮捕された後、一度だけ春くんとも話す機会があったんですけど、その時に事情も聞きました。春くんの方から意図的にあなたに近づいたんだって。私はてっきりあなたが春くんを誑かしたんだって思い違いをしていました……。本当に申し訳ありませんでした……」
もともと真面目な人なのだろう。
狂気が去った佐々木さんは理知的で、自分の罪を正しく理解し、深く反省しているようだった。
「私こそ申し訳ありませんでした」
「えっ?」
今度は私が謝罪の言葉を口にすると、佐々木さんは弾かれたように私を見て、驚きの色を顔に浮かべる。
「確かに春臣さんは意図的に私に近づいたようで私はそれを知りませんでした。ただ、きっと気づくチャンスはあったと思うんです。でも私は知ろうとはしませんでした。……それに結果的に婚約者がいるにも関わらず彼を愛してしまいました。それは私の罪です」
「それは……」
「あの頃、婚約者に婚約破棄を願い出ていたのですけど正式に決着がついていませんでした。きちんと清算してから春臣さんと向き合うべきでした。私の弱さのせいです。……それらが積み重なって佐々木さんをあんな犯行に及ばせてしまったのかもしれません……」
「待って! あなたが自分を責める必要はないですよ……! だって私が冷静ではなかったから。春くんが好きだという想いから周りが見えなくなっていて……」
「それなら私も春臣さんが好きで自分を制御できず不貞を重ねてしまったので……」
私がそう言葉を重ねると、佐々木さんは先程以上にぐったりと項垂れた。
顔に後悔が深く刻み込まれている。
「……あなたとは二度会ったけど私は一方的に言い募るだけで対話をしようとしなかった。あの時もっと冷静に向き合っていれば良かった……。あなたがこんなに心の綺麗な人だなんて。春くんがあなたを好きなのも納得ができるもの。……改めてもう一度言わせてください。本当に本当に申し訳ありませんでした」
佐々木さんは深々と頭を下げる。
これは彼女なりのケジメであり、私はしっかりと受け止めるべきだろうと思い、私はまっすぐとその様子を見つめた。
彼女の謝罪の気持ちが深く伝わってきて、やはり佐々木さんとしっかりと向き合う機会を作れて良かったと感じた。
刑事事件は示談がないので、佐々木さんは刑罰を受けることになるだろう。
だけど、本人が深く反省していることが減刑に繋がるそうなので、きっと彼女なら最小の懲役になるはずだ。
チラリと腕時計を確認すると、そろそろ面会時間の終わりが迫ってきていた。
もう話したいことは話し終えたので席を立ち上がろと考えていると、そんな私の様子を察した佐々木さんが最後に話し掛けてきた。
「……私が聞くのもアレなんですけど……これからどうするんですか? 婚約者と別れて春くんと付き合うんですか?」
「……実は春臣さん、いなくなってしまったんです。それに今の私では彼に相応しくないと思っています」
私は春臣さんが事務所を辞めて海外へ去ったという眞帆から聞いた話を伝える。
佐々木さんは神妙な表情で耳を傾けてたのち、私に語りかけるように口を開いた。
「以前、春くんにあなたのことを聞いたことがあるんです。その時、春くん言っていました。……初めて本気で愛しいと思った人だって」
「春臣、さんが……?」
「はい。潔いくらいハッキリと。実際、春くんはあなたと出会って変わったんだと思います。私があなたの存在に気が付いたのは、春くんの言動がいつもと違うなって思ったのがキッカケです。どことなく浮かれてるというか、ソワソワしてるというか。たまに遠くを見る目で何かを思い出して微笑んでいたし。きっとあなたのことを考えていたんだと思いますよ。……だからあなたには相応しくないと言わずに、春くんと幸せになってもらえると嬉しいです」
最後に佐々木さんがそう微笑んだところで刑務官から声がかかり、面会が終了となる。
私は面会室から出るとその足でお手洗いに駆け込んだ。
なぜなら涙が止まらなかったから。
……最初は意図的だったとしても、春臣さんの心は嘘じゃなかった。私を想っていてくれたんだ……。
手紙でもそう綴ってくれていたが、第三者から春臣さんの気持ちを聞いてその実感が強くなる。
春臣さんはそんな言葉を人に言うくらい、私を好きでいてくれたのだ、と。
……恭吾さんから春臣さんのことを聞かされたあの時、なんでもっと春臣さんの言葉を冷静に聞こうとしなかったんだろう。私が知っている彼をもっと信じれば良かったのに。
一瞬でも春臣さんの気持ちを疑ってしまった自分を恥じる。
春臣さんだって憎む相手の娘である私を好きになっただなんて認めるのは苦しかったはずだ。
葛藤があったのではないかと想像する。
それなのに彼は復讐はもういいと、復讐より私を選んでくれていたのだ。
それぐらい想ってくれていたということだ。
今更ながら手紙の言葉一つ一つが深く胸に染み渡っていく。
……私はもっと強くならなきゃ。
もっと周りをしっかり見て、周囲に流されず、自分で考えて、自分の足で立って生きていけるようにならなければいけない。
もう敷かれたレールに従うだけの人生から脱却しよう。
私は涙を拭いながら、自分で自分の人生の舵を切る決意を心に刻み、一歩を踏み出した。
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