運命的に出会ったエリート弁護士に身も心も甘く深く堕とされました

美並ナナ

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#12. Bad timing Phone call

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 ……今日こそは絶対に切り出そう……!

眞帆と女子会をした日以降、春臣さんとは二度会った。

彼に完全に堕ち切ってしまう前に「もう会うのをやめましょう」と伝えて関係を終わらせるつもりだった。

だけど、二度ともそれは失敗に終わる。

春臣さんと顔を合わせて言葉を交わし始めた途端に、固く心に決めたはずの想いは簡単に揺らいだ。

もっと話したい、もっと一緒にいたい……その気持ちが溢れてきてしまうからだ。

さらに彼に見つめられ、触れられ、甘く囁かれてしまえば、もう決心など跡形もなくなる。

彼が私の名前を呼び、「好き」という言葉をキスとともに降らせると、乾いた私の心に水が行き渡るように潤って満たされるのを感じた。

加えて、恐ろしいことに、心が惹かれていることを自覚した上での身体を重ねる行為は、今まで以上に甘美な悦びを私にもたす始末だった。

そして焦る。

このままだとダメだ。
本当に彼から離れられなくなる、と。

そんな焦燥感に駆られる日々を過ごして約1ヶ月。

本格的な秋の訪れを感じ始めた10月上旬に、三度目となる今日を迎えた。

今度こそちゃんと春臣さんに正面から切り出すつもりだ。

三度目の正直とするべく、私は並々ならぬ気合いを入れていた。

「遅くなってごめん。結構待たせたよね?」

その時、春臣さんがちょうど待ち合わせ場所の割烹料理店に到着し、私の待つ個室へ案内されて来た。

「大丈夫です。事前に少し遅くなりそうってメッセージも貰っていましたから」

「事務所を出ようとしたタイミングで運悪く電話がかかってきて。顧客からの急ぎの相談だったから対応せざるを得なくてね」

「平日の仕事終わりの時間が待ち合わせですから、そういうこともありますよね。むしろお忙しいのに平日に呼び出してすみません」

今日はまだ週の半ばの水曜日だ。

基本的に土日祝休みのスケジュールだという春臣さんとは大体いつも金曜日や週末に会うことが多い。

だから今日は少々イレギュラーだった。

「香澄からの誘いなら嬉しいよ。ただ水曜日は珍しいね。何かあった?」

「もう秋だなぁと思ったら、なんだか急に秋の味覚を愉しみたくなって。それで春臣さんと一緒に食べられたら嬉しいなとつい連絡してしまいました」

私は予め用意していた台詞を口にする。

そう、これは三度目の正直にするための私なりの作戦だ。

過去二回を振り返れば、問題は二つあった。

一つは会う日が週末で翌日が休みだったということ。

そしてもう一つは、場所が私のマンションだったことだ。

つまり、容易に身体を重ねる雰囲気に雪崩れ込みやすい状況で、ひとたびその流れになってしまえば私の決意はグラグラに揺れてしまう。

そこで三度目の今日は、まず会う日をウィークデー中にし、場所もお店の個室にすることにしたのだ。

「秋の味覚か。いいね」

「はい。ここは松茸を使用した料理が絶品なんです!」

「長く海外にいたから旬の食材を活かした和食は楽しみだな」

そう話していた直後、絶妙なタイミングで店員さんが予約しておいたコース料理を運んできてくれる。

いきなり本題を切り出すわけにもいかないため、まずは口実通りに食事を愉しむことにした。

旬の食材を使ったこだわりの料理はどれも極上の味だ。

特に優しく松茸とお出汁が香る「旬の魚と松茸のお椀」と、脂ののった秋刀魚と一緒に炊き込む「松茸と秋刀魚御飯」は最高だった。

「どれも筆舌に尽くしがたい美味しさだったね」

「はい! 素材の味を引き出すこの繊細な味わいが素晴らしかったです! 日本人に生まれて良かった~って思う瞬間ですね」

「ああ、それ分かる。この繊細さは和食ならではだと俺も思うよ」

最後にデザートを食べながら、あまりの松茸料理の美味しさに私たちは口々に大絶賛した。

美味しい食事は人を幸せにする力がある。

しかも一緒に舌鼓を打つの相手が春臣さんであれば尚更だ。

いつのまにか「言わなければ」という焦燥感はすっかり消え失せ、ただただ私は自然に笑顔を溢していた。

だが、その事実に気が付きハッとする。

 ……もう食事も終盤。そろそろあの話をしないと……!

思わずデザートスプーンを握る手に力が入る。

この和やかな雰囲気の中いきなり切り出すのはかなり勇気がいるが、今しかない。

これ以上春臣さんと一緒にいれば、私はきっともう取り返しのつかない深みにハマってしまう予感がする。

「あの……」

意を決して口を開いたその時だ。

Rururururu……

個室にスマートフォンの着信音が鳴り響いた。

必死の思いで切り出した言葉は掻き消されてしまう。

「俺のではないな。香澄じゃない?」

「え? あ、はい」

促されて自分のスマートフォンを手に取って確認する。

着信は父からだった。

父が私に電話を掛けてくるなんてとても珍しい。

連絡事項があれば、いつもは使用人経由で伝えてくることが多いのに。

必然的に何を言われるのだろうと警戒する気持ちが湧き、私は電話を取るのを躊躇った。

「…………」

「香澄?」

電話も取らずに黙りこくっている私の様子に違和感を感じたのだろう。

春臣さんが顔を覗き込んでくる。

「俺のことは気にせず電話出てくれていいよ」

「……はい。すみません」

ぎこちなく微笑みを返し、ずっと鳴り続けている電話に渋々出ることにした。

父との会話を春臣さんに聞かれて特に困ることはないのだが、目の前で電話で話すのもどうかと思い、私はその場を立ち個室内の隅の方へ移動する。

「……もしもし」

「出るのが遅いではないか」

電話に出た途端、第一声は不機嫌そうな父の声が耳に飛び込んできた。

第三者がいる場で溺愛する娘に話し掛ける時とは違う、ぞんざいな話し方だ。

「すみません。少し手が離せなかったので」

「手が離せないだと? どうせお前もくだらんことに時間を使っていたのだろう? アイツも韓国ドラマを観るのに忙しいから邪魔するなといつも言ってくるからな」

アイツというのは母のことだろう。

完全に冷え切った仮面夫婦の両親は、お互いに興味がなく、それぞれ不倫している上に、家の中で顔を合わせると非常に仲が悪い。

こうしてそれぞれの悪口を聞かされることはよくあることだった。

外では仲の良い円満な夫婦を演じているから、愚痴る相手が娘である私か使用人しかいないのだ。

「……韓国ドラマを観ていたわけではありませんが、電話に出るのが遅くなりすみませんでした」

「ふん。まぁいい。それでアレはどうなってる?」

「アレ、ですか……?」

そう言われても、父が示すことがピンと来なかった。

私は父の言葉を復唱しながら、答えを探すために頭をぐるぐる回転させる。

だが、私が答えに辿り着くよりも父の声に不機嫌さが増す方が早かった。

「結婚式の準備のことだ。列席者を検討する段階に入ったら報告しろと言っておいたではないか! あれからもう4ヶ月近く経っているのだ。どうなっている!」

父と恭吾さんと話し合った時に確かに父はそう私に命じていた。

そのことは認識していたが、最近準備の手が止まってしまっていてまだ報告できるほど列席者の選定が進んでいないのが実情だった。

私の落ち度だろう。

だから私は言い訳はせず、そのことを素直に報告して謝罪を伝えた。

「結婚式の列席者は東條家としてよくよく吟味する必要があるのだぞ。医学界での政治バランスも考慮せねばならんし、将来的なことを見越して有力者と繋がっておく必要もある。逆に下手な人物を招けば東條家の沽券に関わることになる。そのことを分かっているのか?」

「……はい」

その後もくどくどとした説教が続く。

父が私に直接電話してきてまでこの話をするのは「東條家のメンツ」のためだろう。

それほど立場や名誉、世間体を守ることが父にとっては大切なのだ。

その点においては昔から父は驚くほど一貫している。

「――ということだ。分かったな? くれぐれも片桐くんの手を煩わせるのではないぞ。彼は東條家の婿として相応しさを身に付けるために忙しいのだからな。ではな」

最後に父は恭吾さんを気遣うようで結局のところ家のことしか考えていない言葉を残し、ようやく電話を切った。

私はスマートフォンを耳から離すと同時に「ふぅ」と小さく息を吐き出す。

通話時間はほんの数分だけだったが、体感時間はもっと長く感じた。

通話を終えて個室の隅の方から席へと戻る。

春臣さんはデザートを食べ終えていて、私が話している間タブレットで何かを見ていたようだった。

たぶんできるだけ話を聞かないように気を遣ってくれたのだろう。

「食事中にすみませんでした」

「俺もメールチェックしたりしてたから。だから気にしないでいいよ」

春臣さんはタブレットをオフして鞄に片付けると、店員さんを呼んで温かいお茶を頼んだ。

すぐにお茶が注がれた湯呑みが運ばれて来て、私たちはそれぞれ口をつける。

温かなお茶になんだかほっこり癒される心地だ。

先程までは春臣さんとの関係を断たなければと心を奮い立たせていた私だったが、父からのあの電話でもうすっかり勢いを削がれてしまっていた。

父が言った事には意を唱えず粛々と従うのは慣れているものの、今日はなんだかとても心が重い。

父は家のことしか頭になくて、私のことを道具としか思っていないのだなと改めて突き付けられた。

「あのさ」

そんなことを考えながらお茶を啜っていると、ふいに春臣さんが口を開く。

そして少し躊躇う様子を見せながら問いかけてきた。

「さっきの電話って誰から……って聞いていい?」

「はい。電話は父からです」

聞かないようにしていても同じ個室内にいたのだから耳に届いた言葉もあって気に掛かったのだろう。

もとより隠すつもりもない私は率直に答えた。

「……お父さんと仲悪いの?」

「…………」

でも続いた問いには言葉を詰まらせてしまった。

対外的には溺愛されている娘となっている都合上、さっきと違って簡単には口にできない。

「ごめん、さっき所々電話で話してる内容が聞こえたんだ。どうしても気になって」

「…………」

「香澄の声が硬かったし、顔も強張ってるし。……もしかして何か言えない事情がある?」

さすがに春臣さんは鋭い。

まるですべてお見通しのようだ。

その時ふいに春臣さんがテーブルの上に乗せていた私の手を包み込むように握る。

そして私の目をまっすぐ見つめ、低く落ち着いた声で話しかけた。

「俺で良かったら話聞くよ? 一人で抱え込むより話してスッキリしてみるのはどう? 聞いたことは他言しないって約束する。職業柄口は堅いからそこは安心してくれていいから」

「春臣さん……」

彼が本当に私を心配して、心からそう言ってくれているのが伝わってくる。

握られた手から伝わる体温がひどく温かくて、心まで包み込まれるような安心感があった。

弁護士という職業柄のせいなのか、春臣さんには話を聞いてもらいたいと思わせる不思議なチカラがあると感じる。

結局私はそのチカラに導かれるままに、ポツリポツリと父のこと、そして家庭環境のことを打ち明け始めた。
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