精霊機伝説

南雲遊火

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光の国との交渉編

第九十五章 新宰相就任

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 翌朝。
 といっても、例によって日が昇ることは無く、外は真っ暗である。

 ユーディンは、会議室に集まる一同──処刑されたムニンたち旧トレドット皇家に連なる六人や、反乱に加担し、処罰された宰相派を除く、一同の面々を見渡す。

(……こんなに、少なかったか)

 自分の予想以上の人望の無さに、ため息を呑み込み、渋い表情を浮かべた。

 文官の中で一番地位が高いのは、東のアルファージア家当主カール。次いで、西のルーブル家の女当主オーランジェ。
 以下、ダーザイン卿、クォーツ卿、カムリ卿──と並ぶが、彼らはそこまで高位の貴族ではない。

 元素騎士からは、これまでチェーザレが座っていた位置にルクレツィアが座る。
 多重の加護神々の呪いを受け、闇の元素騎士の資格を失ったに等しいルクレツィアだが、皆に知られたわけではなく混乱を避けるため、しばし、立場上はそのままで……と、無茶な願いを持ちかけたのは、ユーディンだ。

 そして、その隣──肩身が狭そうに、今だ三等騎士の制服を纏うデカルトが座り、特例として呼ばれた、四等降格騎士のギードがさらに並ぶ。
 一瞬、ユーディンと目が合ったが、デカルトはすぐに、その視線をそらせた。

(無理も、無いか……)

 無茶な願いをぶつけたのは、こちら側だ。

三等騎士リイヤ・オブシディアン。一等騎士ラジェ・ヘリオドールはどうした?」

 そういえば、アックスの姿も見えず、ユーディンは問いかけた。

「それについて……まずは、ご報告いたします」

 恭しく頭を下げ、ルクレツィアは口を開く。

「その……実は、昨日、一等騎士ラジェ・ヘリオドールおよびヘルメガータが、勝手に出撃しまして……デウスヘーラーと、交戦したとのことです」

 会議室が一気にざわめいた。
 虚を突かれ、ポカンと口を開ける修羅ユーディンに、申し訳なさそうにルクレツィアは続ける。

「それに関して、一等騎士ラジェ・ヘリオドール……負傷をしたわけではないのですが、今は休ませて・・・・います」

 多くは語れないけれど、とりあえず、コレで察して下さい! と、ルクレツィアはユーディンに目で訴える。
 察したユーディンは、「わかった」と、素直にうなずいた。

一等騎士ラジェ・ヘリオドールは、後で余が直々に問い質す」
「それで……デウスヘーラーについて、判明しわかったことが、いくつかあります」

 ルクレツィアは、エロヒム・ツァバオトもう一柱の光の神の憑代であるというサフィリンの身元についてはぼかしつつも、カイやアックスから聞いた話を、彼らの代わりに報告した。

「つまりは、託宣の『七人の生贄』については、今は無視して構わない……という事か?」
「はい。その……身内として、大変複雑ではありますが、どうも、兄を慕っていたらしい、憑代となった彼女・・の、私怨による『復讐』である可能性が高い、とのことでございます」

 まさか、あのチェーザレ・・・・・・・を、慕う女性・・が、存在した……だと……と、一同内心、そんな奇特・・な人間がいたのかと、言葉にならなかったことはさておき。
 彼の性格を熟知しているであろうとはいえ、身内の目の前で露骨に驚くわけにもいかず、げふごほんと、それぞれなんとか、咳払いで誤魔化した。

「復讐……か……」

 少し物思いに、ため息を吐くユーディン。
 陛下? と首をかしげるルクレツィアに、ユーディンは口を開いた。

「それに関して、余も皆に、一つ報告がある。知っている者もいるだろうが、宰相……否、宰相、ベルゲル=プラーナは、既にこの世には存在しない」

 ざわり──再度、会議室がざわついた。

「既に、処刑済み、ということでしょうか?」

 四十は軽く超えているだろうが、品のある端正な顔。その切れ長の眉をひそめるオーランジェに、ユーディンは「いや」と、首を横に振る。

「代表して、スルーズ=プラーナが、命乞いをしてきた。言葉通り、ベルゲルの『首』を、持参してな」
「な……」

 一同、目を見開いて驚いた。

「それで、陛下は……」
「諸々の事情があり、保留中・・・だ。今は一族郎党、全員牢にぶち込んだ」

 頭を抱えながらユーディンはカールに言葉を返した。

「諸々の事情……ステラ=プラーナの事でしょうか?」
「……話が早いな。もう、卿の耳に届いていたか」

 そういうことだ。と、カールに向かって、渋い顔のユーディンはさらに言葉を返す。

 宰相ベルゲル=プラーナの従弟、スルーズ=プラーナ。
 彼は、ステラの──そして、双方折り合いが悪いとはいえ、ソルの父親でもあった。

メタリアあちらでの件、我らも聞き及んでおります。が、僭越ながら、その立后の件も、一度、白紙に戻された方がよろしいかと」

 鋭い視線のオーランジェに、それができれば……という言葉を呑み込みながら、ユーディンはぐっとこらえる。

「その話についても、今は保留だ。まずは最優先・・・で、行わなければならないことが多々ある」

 入ってこい──と、ユーディンが手を打つと、扉が開いた。
 室内に歩を進める三人に、一同、息を飲む。

 最初に入ってきたのは、白い髪の女性。
 続いて、赤い髪の、小柄な男。
 そして、最後に、長かった緑の髪を、バッサリと切り落とした──。

「……一体何を、始める気ですか。陛下」

 小柄な男──ソル=プラーナが、当事者でありながら、まるで一同の気持ちを代弁するかのように、口を開いた。

「いや、な。プラーナ第五整備班長。入ってきた貴公の目には、この会議室・・・・・、どう映る? 素直に申してみよ。いつものように・・・・・・・な」
「会議室……?」

 首を左右に振りながら、ソルは部屋を見渡す。
 本来であるならば、有力貴族や、直接政治に関わる地位の高い文官、元素騎士や、中隊長以上の地位の武官たち。
 そのほかにも、VDの整備に関わる各班長たちの姿もある──はずなのだが。

「……少ないですね。人。空席目立つし。それに……元素騎士の現代表・・・が、心もとない」
「う……」

 突然矛先の向いたルクレツィアだが、事実なので言い返せず、なんだか申し訳ない気分になって、ソルに頭を下げた。
 それに、厳密には、今の自分は精霊機に乗れる資格を失い、自分とこの場に居ないステラ以外、非正規的な手段で選ばれた、イレギュラーな操者しかいない状況──。

「ふ、不敬だぞッ! ソル=プラーナ!」

 素直を通り越して正直すぎるソルに、声を震わせてカールが怒鳴る。
 が、言われたユーディンは、怒るどころか、声を出して笑い始めた。

「へ、陛下?」
「その通りだ。ソル。まさしく、余が言いたいことを、ハッキリと言ってくれた」

 訝し気に眉を顰めるソル。
 ユーディンは部屋中に響くよう、声を張り上げた。

「人望が無いのは余の不徳。認めよう。しかし、政治の空白をこれ以上作ってはいけない。そのため、余は使える者は・・・・・なんでも使う・・・・・・ことにした!」
「はぁ?」

 まぁ、いつもの事ではあるがな。とニヤリと笑う皇帝に、ソルは開いた口がふさがらない。

「というワケで、ソル。貴様に第五整備班の地位と兼任して、臨時宰相代理・・・・・・の地位もくれてやる。わかったら、今すぐとっとと、馬車馬のように働け」
「ちょ、待って……陛下!」

 これにはもちろん、異論が出ないわけがない。
 慌てたカールが、甲高い声をあげた。が。

「なんだ。アルファージア公。異論があるなら、貴殿でも構わんぞ? もちろん、ルーブル公でも」
「う……」

 カールとオーランジェが、口をつぐむ。
 宰相位は確かに魅力的ではある。が、しかし、今、国が混乱する最中に就く地位としては、はっきり言ってギャンブルに等しい。

 二人の様子に、ユーディンはしてやったりと口を歪ませる。
 一周ぐるりと見回すが、皇帝と目を合わせようとする度胸のある人間は、ただ一人・・・・、ソルをのぞいていなかった。

「まぁ、よく聞け。あくまで、こやつに与えるのは臨時・・の、宰相代理の地位だ。何か・・あった時に、宙を舞うだと思えばいい」
罪人・・としては、うってつけの適任・・、って事ですね」

 余は、そこまで言ってはおらんぞ。と、ユーディンは肩をすくめた。

「チェーザレ亡き今、余が、一番信頼できる者は誰かと考えて……考えて選んだのが、お前だ」
「……言っておくが、奴のように甘く無いからな。オレは」

 渋い顔を浮かべつつ、諦めたようなソルの言葉に、ユーディンは鼻で笑った。

「あぁ、もちろん、知っている・・・・・
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