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歯車狂いの夫婦編
第五十七章 決意と不安の揺らぎ
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メタリアの帝都から、数十キロ離れた、密林の中。
反乱軍の汚名を着せられた部隊の前に、母国の識別信号を出す、武装の無い一機のヴァイオレント・ドールが、立ちはだかった。
「はいはい、こっちこっち!」
黒いエラト。
その一人乗りの機体に、髭面の大柄な男と、仮面を身に着けたやや小柄な少年が、無理矢理乗り合わせていた。
大柄な男が、元地の元素騎士、ギード=ザインであることに気がついた一部が、やや、ざわついたことはさておき。
「いやー、ホント乗り心地最悪だね。属性の相性って大切」
「………………」
お気楽そうな少年に対し、真っ青な顔で、ギードが頭を抱えた。
エラトが跪き、ギードと少年が機体から地の上に降りる。
同様に、兵たちもヴァイオレント・ドールから降りるが、どういうことか、理解できない……と、ざわめきが広がり、「静粛に!」と、少年が、声を張り上げた。
「まずは、本当にお疲れ様。に……じゃない、三等騎士・ガレフィスも、ほとんどアドリブまかせだったけど演技、バッチリだったよ!」
「え、演技?」
ざわり……一同、はっきりと狼狽え始め、「結論を先に言おう!」と、少年が声を張り上げた。
「陛下は二等騎士・ビリジャンこそ、反乱の首謀者であることを、知っている。知っているうえで、あえて、彼女の手に乗ることを選んだ」
故に。少年は、兵たちに頭を下げた。
「陛下は君たちを、反乱軍とはみなしていない。聡い彼女を欺くためとはいえ、一部の者に、ほんの少しの情報しか伝えず、また、本気で攻撃をしたことを、陛下に代わって詫びる」
ざわめきの中に安堵の吐息が混じるが、次の言葉に、皆、息を飲んだ。
「我らは一度、敵軍の本隊と思わしき軍と、本国に近い場所で激突している。発見が早かったこともあり、幸いなことに、特に被害は出ていない」
怪我の功名、結果オーライ──と言ってしまえば聞こえはいいが、そもそもギードの独断暴走が発端になったとは、死んでも言えない……。
渋く苦い顔の当の本人をよそに、少年は、皇帝からの命令を伝えた。
「信頼する君たちに、陛下からの命を伝える! 君たちは表向きは『反乱軍』として、メタリア国内を逃げ回る。だが、実際は陛下の遊撃隊として、この国の情報を探り、できる事なら、アレイオラ軍の戦力を削って欲しい」
もちろん、補給物資の乏しい状況下で、無理をしてはいけない。
「数日のうちに、決着はつく。それまで、耐えてくれ……」
◆◇◆
時は、少し遡る。
救出されたモルガの様子を見に、ソルは医務室の扉に手をかけ、そして立ち止まった。
(歌……?)
かすかな、歌声が中から聴こえる。
「Aurum……Argentum……Brachium eius……」
意味は解らない。
ソルはそっと、扉を開け、そして凍り付いた。
「Aurum……Argentum……Brachium eius……」
寝台の上に座るモルガの左腕が、眩く輝いていた。
金色にも、銀色にも見える、不思議な色合いの左腕は、神々しくもあり、どこか禍々しくもあり。
「Aurum……Argentum……Brachium eius……」
愛おしげな表情で、繰り返される不可思議な言葉は、歌のように聴こえたが、呪文のようでもある。
ふと、どこから持ち出したのか、モルガの右手にはいびつな形の剣が握られていた。
「Aurum……Argentum……Brachium eius……autem……Obsidian Sanctum……」
「やめろッ!」
ソルが慌てて部屋に飛び込んだが、間に合わず。
モルガは自らの左腕を、躊躇いなく斬り落とした。
大量の血が噴き出すとおもいきや、一滴も血が零れることなく、腕は金属的な音をたてて床に転がった。
視線を戻すと、いびつな剣はザラザラと砂のように崩れ、モルガの左腕は、ちゃんと元のまま、そこに存在している。
当のモルガは、きょとんとした顔で、飛び込んできたソルを見つめていた。
「……何を、していた?」
「………………」
伸ばしてきたモルガの右手を、パンッっと音を立てて、ソルははらう。
「アレはやめろ。ちゃんと自分の言葉で話せ!」
一瞬ではあったが、怒涛のように頭の中に流れ込む映像。同時に襲われる、頭痛や吐き気の波。
嫌そうに顔をしかめたソルに、モルガは難しそうに言葉を選ぶよう、たどたどしく口を開いた。
「……わからない」
彼の言葉に、ソルは眉を顰める。
「わからない。おぼえてない。……でも、左腕、創らなきゃって、急に、そう思った。そんな気分になった」
ルクレツィアの左腕か……。
ソルは床に転がったままの、金の腕を抱えた。
見た目より随分と軽く、しかし、金属質なのは間違いないようで、とても丈夫で傷一つ入らない。
ぱっと見ただけでは、それが、どのような素材でできているのか、どのような構造になっているのか、理解不能。
「……モルガ、頼む。この力、今後絶対に、二度と使うな」
目を見開いたかとおもうと、すぐに目に見えて、しゅんと落ち込む弟子を、ギュッとソルは抱きしめた。
「お前は人間だ。神じゃない。ヒトには過ぎた能力を、安易に、やみくもに使うんじゃない」
何か言いたそうに──しかし、うまく言葉にならないのか、「うー」とうなるモルガ。
参ったな……と、抱きしめる手に力を籠め、ソルは小さくため息を吐く。
これでは、せっかくの決意が、揺らいでしまうではないか……。
◆◇◆
モルガを無理矢理寝台に押し込み、ソルはユーディンの元に向かう。
「……陛下」
「あー寝ます! 今からおとなしく休みますから!」
室内に入った途端、慌てて寝台に潜り込むユーディンに、ソルは思わず頭を抱えた。
無言で毛布を引っぺがすと、手にはしっかり杖が握られており……素振りをしていたことは明らかだった。
笑ってごまかそうとするユーディンに、かしこまったように、再度「陛下」と、ソルは言う。
「お話がございます」
「……うん、わかった」
寝台からのそのそと起き上がり、執務机の椅子に座る。
「先ほど、二等騎士・オブシディアンより連絡が入りました。……二等騎士・ビリジャンに、謀反の疑いあり。と」
謀反。その言葉に、ユーディンの表情が固まる。
「自分も、そう思います。状況証拠ではありますが、匂わせる要素は、現時点でこちら側でも把握できている」
「………………」
ユーディンは、無言でソルの言葉を聞いた。内容が内容なので、さすがに硬いが、特に悲観的だったり、絶望的な様子は見られない。
「故に、進む先は友軍ではなく敵軍です。作戦を、考え直す必要があります」
「このまま、進軍する」
陛下! 予想外の言葉に、思わずソルは叫んだ。
「先遣隊と、ルクレツィアがいる。相手が裏切ったからって、「はい、そうですか」って、自分たちだけ、Uターンして帰るわけにはいかない。……でしょ?」
それに……。と、ユーディンは立ち上がり、ソルの肩を、ポンっと叩く。
「一番、彼女にモノ申したいのは、君じゃないかな?」
「………………」
ソルは無言で、言葉は返さなかった。
「ソル?」
怪訝そうにユーディンが声をかけると、ソルは恭しく跪いた。
そして、声を、懸命に絞り出す。
「陛下……妻の叛旗は、夫である私の不徳」
どうか、毒杯を、賜りたく思います。
反乱軍の汚名を着せられた部隊の前に、母国の識別信号を出す、武装の無い一機のヴァイオレント・ドールが、立ちはだかった。
「はいはい、こっちこっち!」
黒いエラト。
その一人乗りの機体に、髭面の大柄な男と、仮面を身に着けたやや小柄な少年が、無理矢理乗り合わせていた。
大柄な男が、元地の元素騎士、ギード=ザインであることに気がついた一部が、やや、ざわついたことはさておき。
「いやー、ホント乗り心地最悪だね。属性の相性って大切」
「………………」
お気楽そうな少年に対し、真っ青な顔で、ギードが頭を抱えた。
エラトが跪き、ギードと少年が機体から地の上に降りる。
同様に、兵たちもヴァイオレント・ドールから降りるが、どういうことか、理解できない……と、ざわめきが広がり、「静粛に!」と、少年が、声を張り上げた。
「まずは、本当にお疲れ様。に……じゃない、三等騎士・ガレフィスも、ほとんどアドリブまかせだったけど演技、バッチリだったよ!」
「え、演技?」
ざわり……一同、はっきりと狼狽え始め、「結論を先に言おう!」と、少年が声を張り上げた。
「陛下は二等騎士・ビリジャンこそ、反乱の首謀者であることを、知っている。知っているうえで、あえて、彼女の手に乗ることを選んだ」
故に。少年は、兵たちに頭を下げた。
「陛下は君たちを、反乱軍とはみなしていない。聡い彼女を欺くためとはいえ、一部の者に、ほんの少しの情報しか伝えず、また、本気で攻撃をしたことを、陛下に代わって詫びる」
ざわめきの中に安堵の吐息が混じるが、次の言葉に、皆、息を飲んだ。
「我らは一度、敵軍の本隊と思わしき軍と、本国に近い場所で激突している。発見が早かったこともあり、幸いなことに、特に被害は出ていない」
怪我の功名、結果オーライ──と言ってしまえば聞こえはいいが、そもそもギードの独断暴走が発端になったとは、死んでも言えない……。
渋く苦い顔の当の本人をよそに、少年は、皇帝からの命令を伝えた。
「信頼する君たちに、陛下からの命を伝える! 君たちは表向きは『反乱軍』として、メタリア国内を逃げ回る。だが、実際は陛下の遊撃隊として、この国の情報を探り、できる事なら、アレイオラ軍の戦力を削って欲しい」
もちろん、補給物資の乏しい状況下で、無理をしてはいけない。
「数日のうちに、決着はつく。それまで、耐えてくれ……」
◆◇◆
時は、少し遡る。
救出されたモルガの様子を見に、ソルは医務室の扉に手をかけ、そして立ち止まった。
(歌……?)
かすかな、歌声が中から聴こえる。
「Aurum……Argentum……Brachium eius……」
意味は解らない。
ソルはそっと、扉を開け、そして凍り付いた。
「Aurum……Argentum……Brachium eius……」
寝台の上に座るモルガの左腕が、眩く輝いていた。
金色にも、銀色にも見える、不思議な色合いの左腕は、神々しくもあり、どこか禍々しくもあり。
「Aurum……Argentum……Brachium eius……」
愛おしげな表情で、繰り返される不可思議な言葉は、歌のように聴こえたが、呪文のようでもある。
ふと、どこから持ち出したのか、モルガの右手にはいびつな形の剣が握られていた。
「Aurum……Argentum……Brachium eius……autem……Obsidian Sanctum……」
「やめろッ!」
ソルが慌てて部屋に飛び込んだが、間に合わず。
モルガは自らの左腕を、躊躇いなく斬り落とした。
大量の血が噴き出すとおもいきや、一滴も血が零れることなく、腕は金属的な音をたてて床に転がった。
視線を戻すと、いびつな剣はザラザラと砂のように崩れ、モルガの左腕は、ちゃんと元のまま、そこに存在している。
当のモルガは、きょとんとした顔で、飛び込んできたソルを見つめていた。
「……何を、していた?」
「………………」
伸ばしてきたモルガの右手を、パンッっと音を立てて、ソルははらう。
「アレはやめろ。ちゃんと自分の言葉で話せ!」
一瞬ではあったが、怒涛のように頭の中に流れ込む映像。同時に襲われる、頭痛や吐き気の波。
嫌そうに顔をしかめたソルに、モルガは難しそうに言葉を選ぶよう、たどたどしく口を開いた。
「……わからない」
彼の言葉に、ソルは眉を顰める。
「わからない。おぼえてない。……でも、左腕、創らなきゃって、急に、そう思った。そんな気分になった」
ルクレツィアの左腕か……。
ソルは床に転がったままの、金の腕を抱えた。
見た目より随分と軽く、しかし、金属質なのは間違いないようで、とても丈夫で傷一つ入らない。
ぱっと見ただけでは、それが、どのような素材でできているのか、どのような構造になっているのか、理解不能。
「……モルガ、頼む。この力、今後絶対に、二度と使うな」
目を見開いたかとおもうと、すぐに目に見えて、しゅんと落ち込む弟子を、ギュッとソルは抱きしめた。
「お前は人間だ。神じゃない。ヒトには過ぎた能力を、安易に、やみくもに使うんじゃない」
何か言いたそうに──しかし、うまく言葉にならないのか、「うー」とうなるモルガ。
参ったな……と、抱きしめる手に力を籠め、ソルは小さくため息を吐く。
これでは、せっかくの決意が、揺らいでしまうではないか……。
◆◇◆
モルガを無理矢理寝台に押し込み、ソルはユーディンの元に向かう。
「……陛下」
「あー寝ます! 今からおとなしく休みますから!」
室内に入った途端、慌てて寝台に潜り込むユーディンに、ソルは思わず頭を抱えた。
無言で毛布を引っぺがすと、手にはしっかり杖が握られており……素振りをしていたことは明らかだった。
笑ってごまかそうとするユーディンに、かしこまったように、再度「陛下」と、ソルは言う。
「お話がございます」
「……うん、わかった」
寝台からのそのそと起き上がり、執務机の椅子に座る。
「先ほど、二等騎士・オブシディアンより連絡が入りました。……二等騎士・ビリジャンに、謀反の疑いあり。と」
謀反。その言葉に、ユーディンの表情が固まる。
「自分も、そう思います。状況証拠ではありますが、匂わせる要素は、現時点でこちら側でも把握できている」
「………………」
ユーディンは、無言でソルの言葉を聞いた。内容が内容なので、さすがに硬いが、特に悲観的だったり、絶望的な様子は見られない。
「故に、進む先は友軍ではなく敵軍です。作戦を、考え直す必要があります」
「このまま、進軍する」
陛下! 予想外の言葉に、思わずソルは叫んだ。
「先遣隊と、ルクレツィアがいる。相手が裏切ったからって、「はい、そうですか」って、自分たちだけ、Uターンして帰るわけにはいかない。……でしょ?」
それに……。と、ユーディンは立ち上がり、ソルの肩を、ポンっと叩く。
「一番、彼女にモノ申したいのは、君じゃないかな?」
「………………」
ソルは無言で、言葉は返さなかった。
「ソル?」
怪訝そうにユーディンが声をかけると、ソルは恭しく跪いた。
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