精霊機伝説

南雲遊火

文字の大きさ
上 下
41 / 110
混乱のメタリア編

第四十章 騎士の流儀 技師の流儀

しおりを挟む
 地宮軍のVDを載せ、移動式の簡易ドックの集団が、砂漠の大地を移動する。

「失礼します。陛下。ラング・ビリジャンサフィニア様が連れていた、我が闇宮軍所属の師団長と連絡が取れまし……」

 ルクレツィアに不意に声をかけられ、ユーディンが飛び上がるように逃げた。

「あ、申し訳ございません……」
「いや、ゴメン……こっちこそ……」

 執務机の陰に隠れながら、ユーディンが謝る。
 そのままの状況で、「報告の続き、おねがい」と、ユーディンが言うので、ルクレツィアはやや声を大きく張り上げた。

「はい。では……陛下の予測通り、サフィニア様は機動力の高いVDヴァイオレントドール隊を編成し、メタリアへ先行したそうです。ジェダイ様戦死の報は、既に入っているそうで……大きな混乱はないようですが……」
「そう……」

 ユーディンが、はぁ……と、ため息を吐く。

「一応、周囲を警戒させながら、こちらとの合流を待ちますか?」
「いや。このままでいい。……チェーザレに怒られると思ってあの場では言わなかったけど、君は、例のあの移動方法を使って、そのままサフィニアが置いて行った隊を指揮して、メタリアに向かって欲しいんだ」

 ルクレツィアが、目を見開いた。

「わ、私が……ですか?」

 うん、と、机の影から顔をのぞかせ、ユーディンがうなずく。

「君だって、日々、経験は積んでいるはずだし、元素騎士歴は浅くとも、騎士歴はそれなりに長い」

 十分、自信もって良いと思うよ。と、ユーディンがにっこりと笑った。

 しかし。

「陛下! 大変です!」

 入り口を塞ぐように立っていたルクレツィアを巻き込む形で、急にステラが室内に転がり込み、再度ユーディンは飛び上がった。

「ステラ―ッ!」
「ご、ごめんなさい! 緊急事態なんですッ!」

 非難の声をあげるユーディンに対し、どうした? と、ルクレツィアが起き上がりながらステラに落ち着いた口調で問う。

「喧嘩です! 兄様と、モル君と、あのバカが……」
「バ……カ……?」
「あ……えと、アキシナイト=ヘリオドールです!」

 目が点になるユーディンとルクレツィアに、ゴホゴホ──と、咳ばらいをして、誤魔化しながら、ステラが言いなおした。

「とにかく! 私じゃ手に負えません! 陛下! 手伝ってください!」


  ◆◇◆


 何かが壊れる音が、部屋の外にも漏れている。
 そのドアを塞ぐよう、仮面の地の元素騎士が立ち、無言の圧力で野次馬と対峙する。

「カイ……」

 ルクレツィアとステラ、そして、少し離れてユーディンが現れ、バラバラと野次馬が散っていった。

「何があった?」
「……」

 むっすりと、カイは口を横に結ぶ。

「神と人間が殴り合う・・・・様など、とても見せられん」

 よくよく見ると、巻き添えをくらって殴られたのか、頬が赤く腫れていた。

 ユーディンがそっと、部屋のドアを開ける。

「うわ……」

 ユーディン以外は口にしなかったが、思ったことは皆同じだった。

 酒臭ッ!

 細く開いたドアの向こうは、無数の紙や本が散乱し、酒瓶が大量に転がり、そして──。

「ッ!」

 つい先ほどまで、「元に戻る方法を得た!」と、ご機嫌だったはずの羽目達磨アックスが、半分近く黒く染まった状態で、へべれけのべろんべろんに酔っぱらった、真っ赤な顔のソルと、お互いにクロスカウンターを決めた瞬間だった。

「ストーップ! 二人ともストップ! カイ! アックスを止めて!」
了承・・した!」

 倒れたソルを抑え込みながら、ユーディンが指示を飛ばした。カイも嫌がることなく、アックスを羽交い絞めにする。

「ソル……飲み過ぎだよ。どうしたの……?」
どうしたもこうしたもあるもんかろうしたもほうしたもありゅもんふぁ……」

 完全に、ろれつの回っていないソル。
 アックスも頭に血がのぼっているうえに、半分反転しているため、文字通り話にならない・・・・・・

 エヘイエーの反転バチカルの恐ろしさを身をもって経験したユーディンは、半分とはいえ、よく死ななかったな……と、自分の膝の上で寝息をたてだしたソルに、苦笑を浮かべた。


  ◆◇◆


「あー……事の発端は……その、が、師匠ソル=プラーナに、モルガの現状説明に向かったことなのだが……」

 言いにくそうに、カイが口を開いた。

 ソルを寝台に寝させ、一同はぐちゃぐちゃに物が散乱する部屋を片付ける。

「それが、なんでアックスと殴り合いになってんの……」
「アイツ、いきなり兄ちゃんに「破門」って言いやがったんじゃ!」

 アックスの無数の翼が、びりびりと震える。
 一応、意思疎通ができる喋れるようになるまでは落ち着いたようだが、怒りを思い出したせいか、黒ずみが再度体中に広がり、わわわ……と、ユーディンが慌てた。

「まぁ、我らが師匠を訪ねた時点で、既に、あの状態ではあったがな」

 転がる酒瓶を指さし、カイがため息を吐く。

「お酒……かぁ……」

 ユーディンもつられて、ため息を吐いた。

 元々ソルは酒が好きであり、任務中の一口二口──整備の合間の支障が出ない程度であれば、ユーディンやチェーザレは大目にみていたが、ソルがあんなに目に見えて酔っぱらったところなど、プライベートでもユーディンは見たことがない。

 理由は、やはり──。

「サフィニア、かなぁ……」

 ユーディンの言葉に、ドキリ──と、アックスは動きを止めた。

「どうしたの?」
「え……んにゃ、なんもない」

 ぶんぶんと手を振る。

「なんでもないことはないだろう……」

 寝台の上のソルが、アックスに殴られた頬を押さえながら起き上がる。

「サフィニアは、貴様から聞いたと、言っていたぞ」
「わ、ワシじゃなくてミカじゃし……っつーか、アンタ、あの話・・・、聞いたんか……」

 狼狽えるアックスに、当たり前だ……と、睨む。

 何の話かわからない一同は、口出しできないまま、再び訪れる険悪な状況に、おろおろと成り行きを見守った。

「神だかなんだか知らんが、何故、無理矢理にでも、彼女を止めなかった!」
「なッ! ワシゃー口止めされとったし、やっぱりこーゆー場合、止めるのはであり、父親・・の役割じゃろーがッ!」

 ガンッ──ソルの投げた分厚い本の背表紙が、アックスの顔面に直撃した。反射的にアックスがその本を投げ返し、再び二人の手が出始めた。

「わわわ……ちょ、やめ……」

 ユーディンがカイに目で訴え、カイが止めようと動こうとしたその時。


 パァンッ!


 突然、一発の銃声が響き、一同、思わず動きを止めた。

「二人とも、いい加減にしなさいッ!」

 白く細い煙を吐く銃を構えたのは、ステラ。

 彼女の正面に位置する特殊加工を施した窓に、小さな無数のヒビが入り、ポロリと弾がこぼれた。

「結果的に、お義姉ねえ様を止められなかったのだから、兄様もアックスそこのバカと同罪です!」
「おい……」

 露骨なバカ扱いに、アックスが顔を引きつらせる。が、見たことのないステラの剣幕に、思わず固まった。

「他人に八つ当たりなんて見苦しい・・・・真似はやめて、そのイライラを人にぶつけるのではなく、兄様らしい方向・・・・・・・に、ぶつけなさい!」

 そう言うと、くるりと踵を返し、ステラは部屋を出ていく。

「あ、おい……」

 ルクレツィアがステラを追おうとするが、右手を後ろから掴まれて、振り返る。

 朱髪の騎士──ヘパイストの精霊が、跪いてルクレツィアを制止した。
 彼は、赤い目を細めて、にっこりとほほ笑む。

『どうぞ、そっとしておいてあげてください。彼女なら、大丈夫ですから』
「いい度胸だなエレミヤ・・・・……」

 振り返ると、不機嫌そうなカイが、ルクレツィアと精霊を睨んだ。

 仮面の奥から紫の瞳がギラギラと輝き、モルガの色をした髪の毛が、室内で風もないのに、ざわざわとうごめく。
「これは、自分のものだ」とでも言わんばかりに、ギュっと後ろからルクレツィアを抱きしめた。

 精霊の姿は自分ユーディンには見えないが、聞き覚えのある名前に、ユーディンは思わず納得した。

(そうか。モルガの言ってた『へパのあんちゃん』って……エレミヤの事だったんだ……)

 破壊神の記憶の中で会った、戦巫女ヤエルの、真面目で、そして優しい従者。

『シャダイ・エル・カイ様……その、私は、そんなつもりでは……』
「困っているじゃないか……ほら、わかったから。ステラを頼むぞ」

 御意。ルクレツィアに頭を下げ、エレミヤは立ち上がって、ステラを追った。

 さて……と、ユーディンは立ち上がると、ベッドの上で呆然としたままのソルの隣に、どさりと座る。

「ねぇ、ソル。ステラの言うことは、ボクも、もっともだと思うよ」

 ユーディンの言葉に、ハッと、ソルは顔をあげた。

 酔いが完全に醒めきっていないソルを、ユーディンは抱きしめる。

「そうだね……。弟子・・も帰ってきたことだし、君の流儀・・・・で、サフィニアを迎えに行こう。……ネ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...