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第4話 ~花商会~
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薫が個人的に経営しているというその小さなBARは、繁華街の端にあった。
「いらっしゃいませ」
カウンターの向こうに、一人の女性の姿がある。
品のある白い着物を纏い、入店したライヨウとジュッドに、優しくほほ笑んだ。
薫が手を回したのか、店内に、他の客の姿はない。
「ったく、約束の時間ぎりぎりに滑り込んだのに……アイツ、まだ来てないのかよ……」
ぶつくさとぼやくライヨウに、女性がクスクスと口元を隠して笑う。
「……わかりませんか? 江藤さん」
え? と、ライヨウがじっと女性を見た。
まず先ほど目に入った、白地に、遠目からだと雪のように見える、ほんのり淡い薄紅色の花模様の着物。
前髪に少し白髪が混ざり、小さいが上品な白い花の小さな簪でまとめている黒髪。
色白の肌、凛とした眼差し……。
はて、よくよく見ると、どこかでみた……ような……?
「どうぞ、「薫子」と、お呼びください」
女性……否、薫は、悪戯が成功した子どものように、嬉しそうな表情を浮かべた。
「お、驚いた……」
父親の石井は、「そのうち治るだろう」と言っていたが……元々整った顔立ちをしている薫だが、治るどころかむしろクォリティがあがって、本当に女性にしか見えない。
先ほどのヤクザと同一人物だなんて、誰が考え至るだろう……。
「直に潜入しないと、手に入れられない「情報」も、世の中にはたくさんありますから。それに、酔っぱらいの情報も、なかなか侮れませんし」
と、いうわけで。と、薫はカウンターの下から数枚の紙を取り出す。
「お待たせいたしました。お約束の情報です」
薫は紙をライヨウに1枚手渡し、ジュッドにも手渡そうとする。
しかし、ジュッドは首を横に振った。
「その、オレは……その、こちらの文字が読めないからいい」
その代り、出来れば口頭で、説明を頼む。と、ジュッドが申し訳なさそうに言った。
「了解しました」
薫は妖艶にほほ笑んで、では……と、説明を始める。
「電書魔術。それが、あなたたちが、求めている技術の「名称」です」
タブレット・マギウス……やはり聞いたことのない名前に、ライヨウがごくり……と、唾を飲んだ。
「ePUGをインストールし、電書魔術リーダーで展開。ePUGに記述された「魔術」を実行することで発動……というものらしいのですが……その、ついてこれてますか?」
「……一応、今のところは。オレが理解できてるから、大丈夫だ」
早くもちんぷんかんぷんそうなライヨウの隣で、ジュッドが苦笑を浮かべた。
ジュッドは傭兵業を生業にしていたが、元々手先が器用であり、傭兵の中では珍しく、昔から機械いじりが趣味だった。
ジュランと知り合い、意気投合したきっかけもそのあたり事情なのだが、それはまた、別の話。
薫は、では……と、続ける。
「ただし、発動するために、タブレットに挿したSIMと、空気中に散布された、Macro-extent Atmospherically-released Nano-size Actuator……通称MANAと呼ばれるモノが必要である……」
「ちょっと待った……。スマン、翻訳機がついてきてない。MANAがどんなものかの説明、もうちょっとかみ砕いて頼む」
えっと……そうですね。と、薫は整った眉を少し寄せ、言葉を選ぶようにジュッドに説明した。
「例えば、炎系のePUGを使いたい場合、空気中に油なりガゾリンなりに相当するような万能エネルギー源……コレがMANAなのですが、コレをあらかじめ撒いておいて、そこにePUGに記載された命令を、SIMで伝えて引火させる……といったようなニュアンスですね」
「理解した。ありがとう」
「……やっべぇ」
感謝の念を伝えるジュッドの隣で、ライヨウが頭を抱えた。
「何言ってるか、さっぱり解らなかった」
「……やはりオレが来て、正解だったな」
フフンと、得意げなジュッドに、噛みつこうとするライヨウを、まあまあ……と、薫がなだめる。
「で、その、現時点での問題といいますか、どうやってMANAを手に入れるか……なんですが……日本で手に入れようとなると、なかなか難しいですね。あるとすれば、こちら……くらいですか」
薫は、別の紙をライヨウに手渡す。
「外資系……本社は香港にある会社です」
「げ……」
資料を見たライヨウが、小さく呟いたことを、ジュッドは聞き逃さなかった。
「花商会。香港マフィアかつ、秘密結社ともいわれる三合会傘下……とも言われている豪商です」
何度かウチも、「取引」をしたことがありますが……と、薫が続ける。
「花商会は世界中……もちろん日本にも何件か支部を置いていまして、ジャンルにとらわれることなく、手広く……場合によっては非合法なモノも扱って商売をしています。三合会が過去に香港映画の支配権を持っていたことから、傘下の花商会が映像メディア産業を経由して、タブレットの電子書籍ソフトウェア業界への出資に手を伸ばしていても、特におかしい話では……どうかしました?」
ライヨウの様子に、思わず薫の言葉が止まる。
フルフルと震え、そして、いつもの彼では考えられないほど、小さく、か細く呟く。
「………………やめた」
「は?」
ジュッドの言葉に堰が外れたか、やけくそでライヨウが叫んだ。
「中止! 中止だ中止! 花商会はダメだ!」
ジュランのヤツも、きっと解ってくれる! 自己完結をはじめるライヨウに、ジュッドがどうしたと止めに入った。
「ダメなんだってー! 花商会と額田部! あいつらだけはもう二度と、ずぇーったいに、関わりたくない!」
なー、他のところはダメー? どっか無い? とうとう涙目のライヨウに、言いにくそうに薫が口を開いた。
「ePUGの開発だけなら、国内でも数件ありましたが、MANAともなると、ちょっとなかなか……製造ラインの大半が、国外になってますし……ね……」
国外……不慣れな土地とジュランが居ない中での転移座標の再計算等のリスクの山……天秤にかけるには少々博打がすぎる。
残された……選ぶしかない選択肢に、ライヨウは、轟沈してカウンターに無言で突っ伏すしかなかった。
「いらっしゃいませ」
カウンターの向こうに、一人の女性の姿がある。
品のある白い着物を纏い、入店したライヨウとジュッドに、優しくほほ笑んだ。
薫が手を回したのか、店内に、他の客の姿はない。
「ったく、約束の時間ぎりぎりに滑り込んだのに……アイツ、まだ来てないのかよ……」
ぶつくさとぼやくライヨウに、女性がクスクスと口元を隠して笑う。
「……わかりませんか? 江藤さん」
え? と、ライヨウがじっと女性を見た。
まず先ほど目に入った、白地に、遠目からだと雪のように見える、ほんのり淡い薄紅色の花模様の着物。
前髪に少し白髪が混ざり、小さいが上品な白い花の小さな簪でまとめている黒髪。
色白の肌、凛とした眼差し……。
はて、よくよく見ると、どこかでみた……ような……?
「どうぞ、「薫子」と、お呼びください」
女性……否、薫は、悪戯が成功した子どものように、嬉しそうな表情を浮かべた。
「お、驚いた……」
父親の石井は、「そのうち治るだろう」と言っていたが……元々整った顔立ちをしている薫だが、治るどころかむしろクォリティがあがって、本当に女性にしか見えない。
先ほどのヤクザと同一人物だなんて、誰が考え至るだろう……。
「直に潜入しないと、手に入れられない「情報」も、世の中にはたくさんありますから。それに、酔っぱらいの情報も、なかなか侮れませんし」
と、いうわけで。と、薫はカウンターの下から数枚の紙を取り出す。
「お待たせいたしました。お約束の情報です」
薫は紙をライヨウに1枚手渡し、ジュッドにも手渡そうとする。
しかし、ジュッドは首を横に振った。
「その、オレは……その、こちらの文字が読めないからいい」
その代り、出来れば口頭で、説明を頼む。と、ジュッドが申し訳なさそうに言った。
「了解しました」
薫は妖艶にほほ笑んで、では……と、説明を始める。
「電書魔術。それが、あなたたちが、求めている技術の「名称」です」
タブレット・マギウス……やはり聞いたことのない名前に、ライヨウがごくり……と、唾を飲んだ。
「ePUGをインストールし、電書魔術リーダーで展開。ePUGに記述された「魔術」を実行することで発動……というものらしいのですが……その、ついてこれてますか?」
「……一応、今のところは。オレが理解できてるから、大丈夫だ」
早くもちんぷんかんぷんそうなライヨウの隣で、ジュッドが苦笑を浮かべた。
ジュッドは傭兵業を生業にしていたが、元々手先が器用であり、傭兵の中では珍しく、昔から機械いじりが趣味だった。
ジュランと知り合い、意気投合したきっかけもそのあたり事情なのだが、それはまた、別の話。
薫は、では……と、続ける。
「ただし、発動するために、タブレットに挿したSIMと、空気中に散布された、Macro-extent Atmospherically-released Nano-size Actuator……通称MANAと呼ばれるモノが必要である……」
「ちょっと待った……。スマン、翻訳機がついてきてない。MANAがどんなものかの説明、もうちょっとかみ砕いて頼む」
えっと……そうですね。と、薫は整った眉を少し寄せ、言葉を選ぶようにジュッドに説明した。
「例えば、炎系のePUGを使いたい場合、空気中に油なりガゾリンなりに相当するような万能エネルギー源……コレがMANAなのですが、コレをあらかじめ撒いておいて、そこにePUGに記載された命令を、SIMで伝えて引火させる……といったようなニュアンスですね」
「理解した。ありがとう」
「……やっべぇ」
感謝の念を伝えるジュッドの隣で、ライヨウが頭を抱えた。
「何言ってるか、さっぱり解らなかった」
「……やはりオレが来て、正解だったな」
フフンと、得意げなジュッドに、噛みつこうとするライヨウを、まあまあ……と、薫がなだめる。
「で、その、現時点での問題といいますか、どうやってMANAを手に入れるか……なんですが……日本で手に入れようとなると、なかなか難しいですね。あるとすれば、こちら……くらいですか」
薫は、別の紙をライヨウに手渡す。
「外資系……本社は香港にある会社です」
「げ……」
資料を見たライヨウが、小さく呟いたことを、ジュッドは聞き逃さなかった。
「花商会。香港マフィアかつ、秘密結社ともいわれる三合会傘下……とも言われている豪商です」
何度かウチも、「取引」をしたことがありますが……と、薫が続ける。
「花商会は世界中……もちろん日本にも何件か支部を置いていまして、ジャンルにとらわれることなく、手広く……場合によっては非合法なモノも扱って商売をしています。三合会が過去に香港映画の支配権を持っていたことから、傘下の花商会が映像メディア産業を経由して、タブレットの電子書籍ソフトウェア業界への出資に手を伸ばしていても、特におかしい話では……どうかしました?」
ライヨウの様子に、思わず薫の言葉が止まる。
フルフルと震え、そして、いつもの彼では考えられないほど、小さく、か細く呟く。
「………………やめた」
「は?」
ジュッドの言葉に堰が外れたか、やけくそでライヨウが叫んだ。
「中止! 中止だ中止! 花商会はダメだ!」
ジュランのヤツも、きっと解ってくれる! 自己完結をはじめるライヨウに、ジュッドがどうしたと止めに入った。
「ダメなんだってー! 花商会と額田部! あいつらだけはもう二度と、ずぇーったいに、関わりたくない!」
なー、他のところはダメー? どっか無い? とうとう涙目のライヨウに、言いにくそうに薫が口を開いた。
「ePUGの開発だけなら、国内でも数件ありましたが、MANAともなると、ちょっとなかなか……製造ラインの大半が、国外になってますし……ね……」
国外……不慣れな土地とジュランが居ない中での転移座標の再計算等のリスクの山……天秤にかけるには少々博打がすぎる。
残された……選ぶしかない選択肢に、ライヨウは、轟沈してカウンターに無言で突っ伏すしかなかった。
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