電書魔術プロジェクト タブレットマギウス ~狂いし龍と妖魔の王妃~

南雲遊火

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第1話 ~防犯装置~

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 ふと、シュナは人の気配を感じ、目を開いた。
 暗闇の中、思ったより自分の顔の近くに、ぼんやりと男の顔が浮かぶ。
「きゃ……」
「シッ」
 悲鳴をあげかけたシュナに、「オレだ」と、小声でジュッドが囁く。
「お、おじさま? ……どうか、なさいましたの?」
 シュナは寝台から半分起き上がると、右手を伸ばして、手探りで明かりを付た。ぼんやりとした明かりがつき、彼女の長い鈍い銀の髪を、撫でるように反射する。
 シュナ……クリシュナ・コーゲツ・エトー。ジュランの娘であり、彼の助手を務める技術者。三期ほど約半年前に左腕を失った彼女は、今は義手を外しており、左肩の少し下あたりから、寝間着の薄衣がだらりと重力に従っていた。
 負傷してしばらくは臥せっていたようではあるが、体調はもうすっかり良いようで、ジュッドを見上げながら、苦笑を浮かべている。
「……寝ている女の子の部屋に、こっそり入ってくるなんて……おじさまが生きていること、に言いつけますわよ?」
「う……す、すまない。緊急事態なんだ。赦せ」
 息子とメイファ……かつては愛した妻の名前であり、今は養い子に与えた名を不意に出され、ジュッドは顔をひきつらせた。
 息子と養い子メイファの二人には、ジュランに自分が妖魔になったことは伏せてもらっているし、ジュッド自身、知られたくないのだ。
 しかし、彼の様子より「緊急事態」の言葉に、シュナは首を傾げる。
「どうか、なさいましたの?」
 再び、シュナはジュッドにきいた。ジュッドはを思い出し、簡潔にシュナに説明する。
「ジュランが、行方不明だ。たぶん、誘拐された」
「……はい?」
 やはりすぐには正確に状況と情報を呑み込めないようで、左右違う色の彼女の目が、大きく見開かれた。
「ライヨウが、オレの廟で眠ってる。……傷が塞がらないし、もらった精気エナジーを少し返してみたが目覚めない」
「まさか……お父様が? ……本当に?」
「……」
 ジュッドの無言を肯定と受け取り、シュナは「はぁ……」と、ため息を吐く。
「まぁ……困りましたわ。「仕事しない皇帝」といえども、仮にもウチの代表ですし……」
 ……とにかく、と、彼女は少し悩んだものの、首を横に振って、口を開いた。
「お父様も心配ですが、とりあえず一つずつ……」
 まずは、ライヨウのおじさまを、なんとかしましょう……。シュナは明かりを机の上に置き、寝台の下に置いていた機械仕掛けの義手を取り出し、装着した。


 部屋の中、乱雑かつ所狭しと並べられ、積まれた機材や道具の間をぬって、ジュッドはシュナに続く。
 城内にはジュランが「作業部屋」と称する私用の部屋がいくつかあり、その大半はこのように「物置」と化している。
 もちろん、各部屋にはすぐに何かしらの作業できるようにと要所要所にスペースは確保されており、ジュランの頭の中には、を、完璧に覚えているとのことだ。
 しかし……。
「もう少し、整理してほしいものだ……」
「まったくですわ……」
 部屋の主人以外の他人が踏み込むと迷路に近く、どこに何があるのかわかったものではない。
「キャナル、こっちであってるか?」
「はい。マスター・ジュテドニアス」
 巨大コンピュータアイオーンの端末である、拳大の宝石を握り、を探す。
 少し前にからもたらされた技術。通称電書魔術タブレットマギウス
「たしか、このあたりに……」
 シュナがゴソゴソと目的の薄い板タブレットを探す。すると、何かに反応したかのように突然、カッと強い明かりがつく。
 強いとはいえ、部屋全体を照らすような照明ではない。しかし、その光が下から照らすのは、真っ暗闇の中に浮かび上がる、白目をむいた男の生首……。
「きゃぁあああああ!」
「うわああぁぁあぁああ!」
 思わずジュッドとシュナは腰が抜け、二人して尻餅をついた。勢いで機材が倒れ、ドミノのように次々、ガタガタと倒れてゆく。
「……」
「あらやだ。後片付けが大変……」
 無言でありながら、表情が「マズイ……」と固まるジュッドに対し、ちょっとずれたシュナのコメント。
 同時に部屋の外が騒がしくなり、誰かがバタバタとやってくる音が聞こえる。
「ヤバ……」
「おじさま! こちらです! 隠れて!」
「スマン! まさか、そんなに驚いてくれるなんて」とでも言いたげに、笑いながら二人を見つめる諸悪の根源を盛大に睨みつけながら、ジュッドは作業台の下に、布をかぶって隠れた。
 ドアが開き、輝く生首へのリアクション……複数の悲鳴が、再び上がる。
「こ……コウガ様! 何やってんですか!」
 悪趣味です! と、ジュッドによく似た息子……ジェイドが、先ほどの父親とまったく同じように尻餅をついて抗議の声をあげた。
 隣には、同じく驚いたのであろう、腰の砕けたトルクメキア将軍アズハルト=グリゴリウスと、その姪であるナスターシャの姿もある。
「いやーみんな、なかなか良いリアクションしてくれるねー」
 生首改め、コウガ=ピースホープ。『聖闘士』と名高い、東の帝国ラディアータの半機械サイボーグの英雄が、けらけらと笑いながら、自らの名演技に満足そうにうなずく。
 もし、身体がちゃんと組みあがっていたのなら、そこらじゅう、ゴロゴロと笑い転げていただろう。
「定期メンテのオーバーホールで、なおるまで防犯装置の代わりをジュランから頼まれて請け負ってたんだけどさー。いやー、なかなか面白いなコレ。ウチ帰ってもやろうかなー」
「な、何考えてんだ……」
 アズハルトが頭を抱える。彼のその頭痛の原因が、調子のいい隣国の英雄なのか、妙なことを吹き込んだ自国の皇帝なのか、判断に迷う微妙なところである。
「シュナちゃんがこっちの予想以上に悲鳴をあげるモンだから、ついも驚いちゃってさー。うるさかった? ゴメンねー」
 なおったら責任もって部屋片付けるから。悪気もなくケラケラと笑う英雄を、ナスターシャは無遠慮ににらみつけた。
「そこのポンコツ英雄はともかく、シュナ様? こんな真夜中にどうしてこのような場所へ?」
 ポンコツ……あまりの言われように、コウガ、思わず絶句。
「え? あぁ、ちょっとお昼にお父様に頼まれてたことを忘れてて……ちょっと気になったら、眠れなくなっちゃって……」
 主人シュナの言葉に、ナスターシャは、はぁ……と、大きなため息を吐いた。
「まったく、夜更かしは美容の大敵とあれほど……」
美容そっちに関してはよくわからないけど、ただでさえ腕の事で神経質になってる侍女たちが、本気で泣くから、程々にね」
「わ、わかったわ。ナスカにジェイド……」
 二人とも、ゴメンね。と、シュナは姉代わり、兄代わりの二人ににっこりと笑い、「もう少し探してみて、見つからなければ諦める」と、約束した。
 部屋に戻るナスターシャとジェイドを見送る中、一人残ったアズハルトがシュナに提案する。
「オレも手伝おう。これだけ崩してしまっては危険だし、男手がいるだろう? それに……」
 ちらり……と、アズハルトの視線が、ジュッドのいる作業台の下に向けられた。
「十年に一度あるかないかの、スカした鉄面皮仏頂面野郎の素っ頓狂な悲鳴が聴けたからな。その辺きっちり、いじってやらんと」
「ありゃりゃ……せっかくフォーローしてやったのに、バレてたかー」
「う……うるさい……」
 ゴソゴソと布の下から出てきた顔を真っ赤にして上目づかいで睨むジュッドに対し、ニヤリ……と、将軍は笑った。
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