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甘さも理性も、舌の上で溶けていく
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湿気った空気が少し籠もる自室。その中にある、大の男二人が乗るには小さすぎる一人用のベッドが、激しく打ち付けられる腰の動きに合わせてギシギシと音を立てていた。
背後から容赦なく責め立てるサトルは、徐々にここを訪問する頻度が高まっている。その上、ほぼ毎回のようにセックスになだれ込む。
「なぁ、……ユウキ、もうイきそう?」
快感の波間に逸れた思考が、彼の声によって引き戻される。そんなことを、わざわざ聞くのは何でなんだ。答えられる余裕なんてない。そんなことわかっているだろうに。
「あ、あぁっ、ぐ、ぅ、~~~っ、ん」
「締め付けてくる、ってことは、イきそう……なのかな。じゃあ……口開けて」
「んむっ!? ん、ふっ……う」
突然口に放りこまれたのは、一粒のミルクチョコレート。ということは分かったが、それ以外何もわからない。大体、目の前がチカチカして、腹の中が熱くなって、イッてるところだ、今。だから何だっていうんだ。食わされる理由などないはずだ。
「う……っ、オレも、イク……っ」
後ろでイッた時の甘い快感と舌の上に拡がるチョコの甘さ。どちらに集中したら良いのかわからないまま、背後から挿し込まれたサトルの陰茎が脈打つ。 あぁ……また中で出されてしまった。
呼吸も落ち着き、ひと通り後始末が済んだあとは、毎回凝りもしない彼への説教の時間になった。
「中に出すのはやめろって、いつも言ってるだろ……後々大変なのはこっちなんだ」
お前の方はいいかも知れないけどな、と続けていると、うなだれたままだった顔が僅かに上がり、上目遣いで口を開いた。
「だって気持ちよくて……イクときに外出す余裕ないし……」
少しは堪えているのかもしれないが、反省しているようにはとても思えない。 それに、今回に限ってはその理屈に一つ穴がある。
「チョコを食わせる余裕があってもか?そもそもアレ何だよ、あんなタイミングで腹は減らないぞ」
「あー、あれか……セックスってエネルギー使うし、汗かくし。糖分補給しないと」
「そうだったとしても……」
「まあまあ、気にすんなって。美味しいからいいじゃん! 昔から好きだろ? このチョコ」
明らかに誤魔化されている。一体何を考えているのか。ただ、どうせ問い詰めてもはぐらかされるだけだ。これまでの経験から嫌というほど理解していた。
そしてまた、別の日のことだ。
多少のいざこざがあっても、性懲りもなく俺達は身体を重ねてしまう。邪魔の入らないところに二人きりでいると、どうにもキスがしたくなり、触れたくなる。お互いの身体への触れ方が、だんだんといやらしいものに変わっていく。
あたたかい。気持ちいい。重なった舌を絡ませながら、一つ一つとボタンを外していくのもすっかり慣れてしまった。
「ベッドいこっか」
「……そう、だな」
二人分の体重をかけられたベッドが、いつもの様に軋む。俺の上に覆いかぶさるサトルは、一度中に入ってしまえば堪え性がない。だが、俺の身体をじっくりと追い詰めるのはとても上手かった。ゆるい力加減で背中を撫でられながら、口の中を舌で蹂躙されているうちに、お互いのペニスはしっかりと臨戦態勢になる。何度も何度もしてきた性行為なのに、いつだって期待を裏切らないせいか、興奮するのもあっという間だ。
下着の中で窮屈な思いをしている箇所が、ふわりと掌で包みこまれる。
「んっ……ぁ」
強過ぎない抑えつけで刺激され、思わず声が漏れた。この行為においては、俺自身が快感を享受するためにしか役立たない性器だというのに、毎回しっかりと甘やかしてくれる。
「……かわいい」
「はぁっ……さと、る……」
布越しにお互いのものを擦り合わせていると、徐々に湿り気を帯びてきた。不快感が強くなる前に、脱ぎ捨てる。何度見ても、こんな大きさのものが体内に収められているとは信じ難い。
しかし、内側に入り込んできた時の圧迫感にも慣れきった身体は、この先得られるであろう快感への期待で疼き始める。会えばついセックスに持ち込んでしまうのを、サトルだけのせいにはできない。
「ごめん、もう入れたい」
こんな無茶振りにも、応えられるようにしてる俺も悪いんだろう。彼の手が、性器を通り過ぎてその奥へと移る。
「いいぞ、準備はできてる」
「えっ? ……あ、何だこれ……」
「聞くな。とりあえず、外せばすぐ入れられるようになってるから」
指先に引っかかったものが何なのか、彼が思い当たって口にする前に制する。今更、羞恥もなにもない筈なのに、顔が熱くなってきた。俺の態度にどう思ったのか分からないが、サトルは何も言わずに挿し込まれたアナルプラグをゆっくりと引き抜いた。
「んっ……、ほら、もう、」
「俺の、そんなに欲しかった?」
「……そうだ、だからはやく……っ、んん」
唇を塞がれて、舌が侵入してくる。息苦しさと、もどかしさ。埋めてほしいのは口の中じゃなくて腹の中だというのに。
「あーもうホント、そういうとこ」
「はぁ、っ、もうなんだって……良いだろ」
「うん、待たせてごめん……いくよ」
「あ゛…………っ、は、あ、あぁ……」
待ち望んだものがようやく与えられて、情けなく漏れ出た音が部屋の空気に染み込んでいく。全身が喜んでいるように肌が粟立つ。意に反して震える腕を彼の背中に巻き付け、快楽に呑まれないようにと自分の意識を逸らした。
「……ぅ、っ、もう、動いていい……?」
喉奥から漏れ出す音は言葉の形にできそうもなくて、返答の代わりに、彼の耳元に唇で触れた。
「っふ、あ、ぅ、ぁあ、ぁ」
俺の弱いところを知り尽くした彼の動きは、容赦がない。脳みそが芯から快楽に蕩けていく。
「ここ好きだよね、もう前触んなくてもイけるでしょ」
「ん、ぁ、あっ、ぅ、は、っあ、」
肯定も否定も口に出来やしない。出てくるのは意味のない音だけだ。休みを与えられないまま中を擦られて、登り詰めるのはあっという間だった。
「だめ、もう、……あ゛っ、いく、あぁ、――っ!」
「あ、……っ、ゆぅ、き、これ」
「ぁむ、んっ……ぅ」
まただ。ここ何回か、俺がイきそうになるとチョコを一粒放り込んでくる。あまい。きもちいい。視界が狭まって、中のものをぎゅっと締め付けて、全身が快感に制圧される。
「……オレも食べたい」
耳に届く音も遠くなりかけていて、脳みそがサトルの言葉を理解するのと同時くらいに、唇が重ねられた。
イったばかりの、まともに身体のコントロールが効かない状態で、侵入してくる舌を拒めるはずもない。 頬の裏や舌の根元をなぞり、サトルの舌は俺の口内に残るチョコレートをしつこく味わう。
「……おいしい」
ちろりと唇を舐める様子をぼんやりと眺めていると、余韻に浸る俺の身体が容赦なく責めたてられた。
「ぅあ゛、さ、さと……る、おれ、もうイって」
「オレ、まだだから」
「ん゛ぅ、あぁ、あ゛、やめ、~~~っ」
こっちのことはお構いなしでガツガツと打ち付けられ、さらに意識がぼやけていく。
「はあっ…、きもちぃ…、も、イク、出すよユウキ」
「ぐ、ぅ、……っうあ…」
熱い液体が最奥に叩きつけられる。抑止する隙なんてものは与えられない。体力の限界でそのまま眠りに落ちてしまう直前、そろそろいいかなぁ、と暢気な声が聞こえた気がした。
――――――
翌朝、所々痛む身体を何とか起こして洗面台に向かう途中、先に起きていたらしいサトルが優雅にコーヒーを飲んでいるところに遭遇した。自分の状況との落差に湧いてきた怒りが引き金となり、昨日の不満を気づけば投げつけていた。
「お前、いくらなんでも勝手すぎやしないか。無意味にチョコ食わせるし、中に出すし」
「あー、チョコはもう終わりかな」
「はっ? 結局何だったんだよ」
「秘密」
声色、表情から、どう考えても何かしらの意図が含まれている物言いだ。早くも追求から逃げようとするその体の、手先だけを何とか掴んで引き寄せる。
「おいサトル」
「いいって、そのうち分かるから!」
一体何がわかるって言うんだ。怖すぎる。スルリと逃げ出す手。軽い調子で言い残し去っていくのを、止めることも出来ずにその背中を眺め、ため息をつく。
昔はここまで好き勝手されなかったよな……。大体、こういう事教えたのって俺の方じゃなかったか。二人でいつものように遊んでた時に突然、深刻な告白をするような面持ちで「最近、チンコがおかしい」だなんて言い出して。サトルよりは多少ませていた俺が、オナニーの仕方を教えてやろうと抜いてやったんだ。
軽い気持ちのその行動が、まさかセックスにまで発展するとは思ってなかった。けど、サトルとする如何わしい事も案外悪くはなく、彼のペニスを身体に受け入れることも次第に慣れてしまった。
過去を思い返している間に、身支度を終えたサトルは俺の部屋から出ていくところだった。
「また遊ぼう、ユウキ」
遊ぶ、という言葉は果たして適切なのだろうか。確かに以前は一緒にゲームをしたり、菓子片手に映画鑑賞したりが主だった。一人暮らしを始めた俺の部屋にサトルが入り浸るようになってからは、セックスばかりしている気がする。
「あ! そうだ。しばらく来れないかもしんないから、コレやるよ。俺がいなくて寂しくなった時にでも食べて」
そうして渡されたのは、落ち着いたパッケージの色味が印象的なチョコレート。一口大のものがいくつか詰められたそれが、掴まれて上を向いた手のひらに乗せられた。その重さから、既に半分ほどまで減っていると予想できた。
「食いかけじゃねぇか、何でこんなもの」
「いーから、受け取ってくれよ」
少々強引に勧めてくるあたりに怪しさは感じたものの、差し出された物は受け取ることにした。
「そういや、しばらくって……どれくらいなんだ? 一ヶ月くらいか」
「うーん、決めてない」
「決めてない、って……」
「だーいじょうぶ! 意外とすぐだって」
「ん……? まあいいか、じゃあな」
「うん、またね」
やっぱり、何かある。発言も態度も違和感だらけだ。手渡されたチョコレートを見つめ、可能性を考えてはみるが何も思いつかなかった。
――――――
彼の意図がようやく分かったのは、二週間後。いつも通りの人間生活を一人でこなしていても、寂しい、という感情はあまり湧いてこなかった。
自分だけでやりたい事も人並みにあるし、忙しくしようと思えば簡単だ。性欲の解消だけは物足りなさを感じなくもないが、射精さえ出来てしまえば支障はなかった。
ゆったりとした時間の流れる、ひとりの週末。ベッドで横になった時にふと、あのチョコレートが視界に入った。掃除の後にでも食べようと冷蔵庫から出していて、すっかり忘れていた。今が夏でなくてよかったと考えながら、手渡された際のことを思い返す。
これだけの期間彼と会わなかったのは、随分久しぶりではないだろうか。そう思いながら、その甘い菓子の箱を手にとって、中身を一粒、口の中に放り込んだ。口内の熱で、外側から溶けて舌の上に甘さが広がる。
「んっ……!?」
じわじわと脳に伝わる味。しかし、それだけでは無い。香りから紐付く記憶を呼び起こされることがあるように、この味から思い出すのは、痺れるような甘い快感。さざ波から始まったものが大きな波に成長して意識を飲み込んでいく瞬間を思い起こされた俺は、思わず身体を丸めてしまった。
「はぁっ、う……っ」
ここに、いま、サトルはいない。その事実がひどく辛い。こんな菓子ひとつで、身体が無性に、彼を求めている。
しばらくして一度落ち着いたものの、未だ余韻は残っていた。彼に会う次の予定は特になく。というか、予定なんて立てなくても呼び鈴が鳴らされるものだから、こちらから呼びつける必要はこれまでなかった。
けれど、今は彼に会いたくて……サトルとセックスがしたくて仕方がない。
「……なんて言えばいいんだ、こんなの」
独り言をこぼしている間も惜しいほど追い詰められていた。携帯端末を手に取る。言い訳も思いつかないから、単純に「今から来れるか?」とだけ入力して、送信した。
予想よりも早い通知音に、彼からの返答だとは期待していなかった。が、手に取った端末の画面には「わかった、すぐ行く」とサトルからのメッセージが表示されていた。
待ち望んだチャイムが鳴るまでの間、収まるかとも思っていた衝動は結局落ち着かないままだった。
合鍵は随分前から持たせていたので、その場から動くことなく彼を迎えられた。
「ユウキ~来たよ…………って、大丈夫か?」
ベッドに伏したままの俺は、心配そうに見つめる瞳と向き合う。
「……お前、あのチョコ何だったんだ」
随分と冷たい目になっているのかもしれない、サトルは、言葉を慎重に選んでいるのかたどたどしく話しだした。
「あー……あれか。えっと……いっつも俺からで、ユウキが誘ってくれることってないじゃん?」
彼がベッドの縁、俺の頭の上辺りに腰掛け、重みで傾いたせいでほんの少し近づく。それに乗じて腕を伸ばして彼の腰に触れ、緩く撫でてみる。サトルは話を続けながら、優しく俺の頭を撫でた。
「だから、もっと俺のこと、考えてほしかったっていうか、……ヤッてる時に食べてたら、チョコの味がきっかけになるかな~って……それだけ、なんだけど」
思ったより効いちゃったんだな、と、見透かしたような言葉が続く。その通りだ。効きすぎた薬のせいで、くだらない要求を口走りそうになっている。
「ごめんな、こんなになるって思わなかった」
「もういいから……抱いてくれ、サトル」
「ん、……今日は、優しくできないかも」
そんな事を優しい目をして言うから、離れられないのかもしれない。
――――――
「ユウキ……大丈夫そう?」
さっきからもう、言葉らしい言葉が出なくなっている。慣れた快感のはずが、いつもに増して強く思考を鈍らせていた。
「あー……、はっ、ぁ、あぁ、あ゛」
「中、すごいな」
「ん゛っ、ぅ~~、っ、ひ、ぁ」
「あんまり動いてないけど、こんなになっちゃうんだ……ホント、かわいい」
ああ、もう、なんだっていい。きもちいい。まともな意識を繋ぎ止めようとしても、掴んだ端からどんどん溶けていく。
「ちょっ、しめつけ、キツいって」
そんなの、知るかよ。身体が勝手に締め付けてるだけだ。言葉よりも正直に、コイツを求めている。ただそれだけだ、きっと。
すぐに、細かく揺するような動きから、射精を追う動きに変わった。蕩けた思考も、中も、奥まで、ぐちゃぐちゃにかき回される音だけが脳内に響く。
「あっ、もう無理、イク、でる、っ、」
奥に擦り付けられる感触に、耳元で響く追い詰められた声がトドメになって俺もイッてしまった。
放たれたものを逃すまいと勝手に筋肉が収縮するのを感じながら、口内に甘みがもたらされない寂しさが事後の余韻に混ざっていった。
「あっ、まだ残ってる」
射精を終えて余裕を取り戻したのか、ゆったりとした彼の声がする。サトルがベッド横の机に置かれた箱から、件のチョコレートを取り出し、口の中に放り込んでいた。
「……なぁ、それ俺にもくれよ」
彼だけが美味しい思いをしているのがなんだか悔しくて、あ、と軽く口を開いて強請った。一粒放り込んでくれると思いきや、溶け始めたチョコレートを口移しされる。甘い味を纏った舌が入り込んでくるのを、自分の舌で捕まえて味わう。
やっぱり、あまい。そして、気持ちいい。
唇が離されれば、尽きる兆しのない欲望を宿した瞳がこちらを見つめていた。
「……もう一回、したい。いい?」
返答の代わりに再び唇を重ね、口内で深く繋がる。
今日くらいは、甘いあまい快楽に全てを任せ、流されてしまおう。
背後から容赦なく責め立てるサトルは、徐々にここを訪問する頻度が高まっている。その上、ほぼ毎回のようにセックスになだれ込む。
「なぁ、……ユウキ、もうイきそう?」
快感の波間に逸れた思考が、彼の声によって引き戻される。そんなことを、わざわざ聞くのは何でなんだ。答えられる余裕なんてない。そんなことわかっているだろうに。
「あ、あぁっ、ぐ、ぅ、~~~っ、ん」
「締め付けてくる、ってことは、イきそう……なのかな。じゃあ……口開けて」
「んむっ!? ん、ふっ……う」
突然口に放りこまれたのは、一粒のミルクチョコレート。ということは分かったが、それ以外何もわからない。大体、目の前がチカチカして、腹の中が熱くなって、イッてるところだ、今。だから何だっていうんだ。食わされる理由などないはずだ。
「う……っ、オレも、イク……っ」
後ろでイッた時の甘い快感と舌の上に拡がるチョコの甘さ。どちらに集中したら良いのかわからないまま、背後から挿し込まれたサトルの陰茎が脈打つ。 あぁ……また中で出されてしまった。
呼吸も落ち着き、ひと通り後始末が済んだあとは、毎回凝りもしない彼への説教の時間になった。
「中に出すのはやめろって、いつも言ってるだろ……後々大変なのはこっちなんだ」
お前の方はいいかも知れないけどな、と続けていると、うなだれたままだった顔が僅かに上がり、上目遣いで口を開いた。
「だって気持ちよくて……イクときに外出す余裕ないし……」
少しは堪えているのかもしれないが、反省しているようにはとても思えない。 それに、今回に限ってはその理屈に一つ穴がある。
「チョコを食わせる余裕があってもか?そもそもアレ何だよ、あんなタイミングで腹は減らないぞ」
「あー、あれか……セックスってエネルギー使うし、汗かくし。糖分補給しないと」
「そうだったとしても……」
「まあまあ、気にすんなって。美味しいからいいじゃん! 昔から好きだろ? このチョコ」
明らかに誤魔化されている。一体何を考えているのか。ただ、どうせ問い詰めてもはぐらかされるだけだ。これまでの経験から嫌というほど理解していた。
そしてまた、別の日のことだ。
多少のいざこざがあっても、性懲りもなく俺達は身体を重ねてしまう。邪魔の入らないところに二人きりでいると、どうにもキスがしたくなり、触れたくなる。お互いの身体への触れ方が、だんだんといやらしいものに変わっていく。
あたたかい。気持ちいい。重なった舌を絡ませながら、一つ一つとボタンを外していくのもすっかり慣れてしまった。
「ベッドいこっか」
「……そう、だな」
二人分の体重をかけられたベッドが、いつもの様に軋む。俺の上に覆いかぶさるサトルは、一度中に入ってしまえば堪え性がない。だが、俺の身体をじっくりと追い詰めるのはとても上手かった。ゆるい力加減で背中を撫でられながら、口の中を舌で蹂躙されているうちに、お互いのペニスはしっかりと臨戦態勢になる。何度も何度もしてきた性行為なのに、いつだって期待を裏切らないせいか、興奮するのもあっという間だ。
下着の中で窮屈な思いをしている箇所が、ふわりと掌で包みこまれる。
「んっ……ぁ」
強過ぎない抑えつけで刺激され、思わず声が漏れた。この行為においては、俺自身が快感を享受するためにしか役立たない性器だというのに、毎回しっかりと甘やかしてくれる。
「……かわいい」
「はぁっ……さと、る……」
布越しにお互いのものを擦り合わせていると、徐々に湿り気を帯びてきた。不快感が強くなる前に、脱ぎ捨てる。何度見ても、こんな大きさのものが体内に収められているとは信じ難い。
しかし、内側に入り込んできた時の圧迫感にも慣れきった身体は、この先得られるであろう快感への期待で疼き始める。会えばついセックスに持ち込んでしまうのを、サトルだけのせいにはできない。
「ごめん、もう入れたい」
こんな無茶振りにも、応えられるようにしてる俺も悪いんだろう。彼の手が、性器を通り過ぎてその奥へと移る。
「いいぞ、準備はできてる」
「えっ? ……あ、何だこれ……」
「聞くな。とりあえず、外せばすぐ入れられるようになってるから」
指先に引っかかったものが何なのか、彼が思い当たって口にする前に制する。今更、羞恥もなにもない筈なのに、顔が熱くなってきた。俺の態度にどう思ったのか分からないが、サトルは何も言わずに挿し込まれたアナルプラグをゆっくりと引き抜いた。
「んっ……、ほら、もう、」
「俺の、そんなに欲しかった?」
「……そうだ、だからはやく……っ、んん」
唇を塞がれて、舌が侵入してくる。息苦しさと、もどかしさ。埋めてほしいのは口の中じゃなくて腹の中だというのに。
「あーもうホント、そういうとこ」
「はぁ、っ、もうなんだって……良いだろ」
「うん、待たせてごめん……いくよ」
「あ゛…………っ、は、あ、あぁ……」
待ち望んだものがようやく与えられて、情けなく漏れ出た音が部屋の空気に染み込んでいく。全身が喜んでいるように肌が粟立つ。意に反して震える腕を彼の背中に巻き付け、快楽に呑まれないようにと自分の意識を逸らした。
「……ぅ、っ、もう、動いていい……?」
喉奥から漏れ出す音は言葉の形にできそうもなくて、返答の代わりに、彼の耳元に唇で触れた。
「っふ、あ、ぅ、ぁあ、ぁ」
俺の弱いところを知り尽くした彼の動きは、容赦がない。脳みそが芯から快楽に蕩けていく。
「ここ好きだよね、もう前触んなくてもイけるでしょ」
「ん、ぁ、あっ、ぅ、は、っあ、」
肯定も否定も口に出来やしない。出てくるのは意味のない音だけだ。休みを与えられないまま中を擦られて、登り詰めるのはあっという間だった。
「だめ、もう、……あ゛っ、いく、あぁ、――っ!」
「あ、……っ、ゆぅ、き、これ」
「ぁむ、んっ……ぅ」
まただ。ここ何回か、俺がイきそうになるとチョコを一粒放り込んでくる。あまい。きもちいい。視界が狭まって、中のものをぎゅっと締め付けて、全身が快感に制圧される。
「……オレも食べたい」
耳に届く音も遠くなりかけていて、脳みそがサトルの言葉を理解するのと同時くらいに、唇が重ねられた。
イったばかりの、まともに身体のコントロールが効かない状態で、侵入してくる舌を拒めるはずもない。 頬の裏や舌の根元をなぞり、サトルの舌は俺の口内に残るチョコレートをしつこく味わう。
「……おいしい」
ちろりと唇を舐める様子をぼんやりと眺めていると、余韻に浸る俺の身体が容赦なく責めたてられた。
「ぅあ゛、さ、さと……る、おれ、もうイって」
「オレ、まだだから」
「ん゛ぅ、あぁ、あ゛、やめ、~~~っ」
こっちのことはお構いなしでガツガツと打ち付けられ、さらに意識がぼやけていく。
「はあっ…、きもちぃ…、も、イク、出すよユウキ」
「ぐ、ぅ、……っうあ…」
熱い液体が最奥に叩きつけられる。抑止する隙なんてものは与えられない。体力の限界でそのまま眠りに落ちてしまう直前、そろそろいいかなぁ、と暢気な声が聞こえた気がした。
――――――
翌朝、所々痛む身体を何とか起こして洗面台に向かう途中、先に起きていたらしいサトルが優雅にコーヒーを飲んでいるところに遭遇した。自分の状況との落差に湧いてきた怒りが引き金となり、昨日の不満を気づけば投げつけていた。
「お前、いくらなんでも勝手すぎやしないか。無意味にチョコ食わせるし、中に出すし」
「あー、チョコはもう終わりかな」
「はっ? 結局何だったんだよ」
「秘密」
声色、表情から、どう考えても何かしらの意図が含まれている物言いだ。早くも追求から逃げようとするその体の、手先だけを何とか掴んで引き寄せる。
「おいサトル」
「いいって、そのうち分かるから!」
一体何がわかるって言うんだ。怖すぎる。スルリと逃げ出す手。軽い調子で言い残し去っていくのを、止めることも出来ずにその背中を眺め、ため息をつく。
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軽い気持ちのその行動が、まさかセックスにまで発展するとは思ってなかった。けど、サトルとする如何わしい事も案外悪くはなく、彼のペニスを身体に受け入れることも次第に慣れてしまった。
過去を思い返している間に、身支度を終えたサトルは俺の部屋から出ていくところだった。
「また遊ぼう、ユウキ」
遊ぶ、という言葉は果たして適切なのだろうか。確かに以前は一緒にゲームをしたり、菓子片手に映画鑑賞したりが主だった。一人暮らしを始めた俺の部屋にサトルが入り浸るようになってからは、セックスばかりしている気がする。
「あ! そうだ。しばらく来れないかもしんないから、コレやるよ。俺がいなくて寂しくなった時にでも食べて」
そうして渡されたのは、落ち着いたパッケージの色味が印象的なチョコレート。一口大のものがいくつか詰められたそれが、掴まれて上を向いた手のひらに乗せられた。その重さから、既に半分ほどまで減っていると予想できた。
「食いかけじゃねぇか、何でこんなもの」
「いーから、受け取ってくれよ」
少々強引に勧めてくるあたりに怪しさは感じたものの、差し出された物は受け取ることにした。
「そういや、しばらくって……どれくらいなんだ? 一ヶ月くらいか」
「うーん、決めてない」
「決めてない、って……」
「だーいじょうぶ! 意外とすぐだって」
「ん……? まあいいか、じゃあな」
「うん、またね」
やっぱり、何かある。発言も態度も違和感だらけだ。手渡されたチョコレートを見つめ、可能性を考えてはみるが何も思いつかなかった。
――――――
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しばらくして一度落ち着いたものの、未だ余韻は残っていた。彼に会う次の予定は特になく。というか、予定なんて立てなくても呼び鈴が鳴らされるものだから、こちらから呼びつける必要はこれまでなかった。
けれど、今は彼に会いたくて……サトルとセックスがしたくて仕方がない。
「……なんて言えばいいんだ、こんなの」
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「ユウキ~来たよ…………って、大丈夫か?」
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「だから、もっと俺のこと、考えてほしかったっていうか、……ヤッてる時に食べてたら、チョコの味がきっかけになるかな~って……それだけ、なんだけど」
思ったより効いちゃったんだな、と、見透かしたような言葉が続く。その通りだ。効きすぎた薬のせいで、くだらない要求を口走りそうになっている。
「ごめんな、こんなになるって思わなかった」
「もういいから……抱いてくれ、サトル」
「ん、……今日は、優しくできないかも」
そんな事を優しい目をして言うから、離れられないのかもしれない。
――――――
「ユウキ……大丈夫そう?」
さっきからもう、言葉らしい言葉が出なくなっている。慣れた快感のはずが、いつもに増して強く思考を鈍らせていた。
「あー……、はっ、ぁ、あぁ、あ゛」
「中、すごいな」
「ん゛っ、ぅ~~、っ、ひ、ぁ」
「あんまり動いてないけど、こんなになっちゃうんだ……ホント、かわいい」
ああ、もう、なんだっていい。きもちいい。まともな意識を繋ぎ止めようとしても、掴んだ端からどんどん溶けていく。
「ちょっ、しめつけ、キツいって」
そんなの、知るかよ。身体が勝手に締め付けてるだけだ。言葉よりも正直に、コイツを求めている。ただそれだけだ、きっと。
すぐに、細かく揺するような動きから、射精を追う動きに変わった。蕩けた思考も、中も、奥まで、ぐちゃぐちゃにかき回される音だけが脳内に響く。
「あっ、もう無理、イク、でる、っ、」
奥に擦り付けられる感触に、耳元で響く追い詰められた声がトドメになって俺もイッてしまった。
放たれたものを逃すまいと勝手に筋肉が収縮するのを感じながら、口内に甘みがもたらされない寂しさが事後の余韻に混ざっていった。
「あっ、まだ残ってる」
射精を終えて余裕を取り戻したのか、ゆったりとした彼の声がする。サトルがベッド横の机に置かれた箱から、件のチョコレートを取り出し、口の中に放り込んでいた。
「……なぁ、それ俺にもくれよ」
彼だけが美味しい思いをしているのがなんだか悔しくて、あ、と軽く口を開いて強請った。一粒放り込んでくれると思いきや、溶け始めたチョコレートを口移しされる。甘い味を纏った舌が入り込んでくるのを、自分の舌で捕まえて味わう。
やっぱり、あまい。そして、気持ちいい。
唇が離されれば、尽きる兆しのない欲望を宿した瞳がこちらを見つめていた。
「……もう一回、したい。いい?」
返答の代わりに再び唇を重ね、口内で深く繋がる。
今日くらいは、甘いあまい快楽に全てを任せ、流されてしまおう。
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おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます

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