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未知の壁画。巨大な狼

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 ベルギオンは店を回って必要なものを買い求める。
 応急処置の為に薬草。包帯。
 道中の為に水筒に水。水は宿屋で貰った。
 魔石が埋まっているので明りはあると聞いたが、念の為に松明を二本用意する。
 魔法を封じ込めた魔具も見かけたが、とても手が出ない。
 準備を整えて次の日。ハンス達と合流した。
 間引きのときは余裕綽々といった様子だったが、今回はハンスもレティアも緊張しているようだ。

「来たか。ほな移動しよか」

 ハンスの一声で移動を開始する。
 道中獣や弱いモンスターと遭遇したものの、問題なくヌワバ平原を超えた。
 そして目的地の穴へ到着する。
 穴は地面に向かって洞窟のように続いていた。
 洞穴のようなものだと思っていたベルギオンはやや考えを改める。
 こうして見ると少し不吉だ。
 それに幅が広い。

「まるで入った人間を飲み込もうとしているようだな」
「縁起でもないで……」
「不気味ですね」

 灯はいらないと聞いていた通り、魔石の輝きで中は視界が保たれている。
 先頭にキリアとハンス、続いてベルギオン、ラグルと並び最後尾にレティアと並ぶ。
 そのまま陣形を保ち、ゆっくりと穴へと入った。
 穴の入り口は緩い坂になっており、少し歩くと平坦になっていく。
 静かな空気に耐えかねたのか、ハンスが喋る。

「モンスターの巣穴は始めてやな」
「低級とはいえ、危険が大きいからね。でも潰せたなら実績になるわ」

 レティアがそう言った。

「そういうものか。評判は確かに大事よね」

 その言葉にキリアが感心したように言う。
 冒険者にとって実績は武器になる。
 特に正式登録の出来ていない冒険者にとっては是非ともほしいものだった。
 ベルギオンは依頼料だけで釣られたようなものだが、それ以上の意味があるようだ。

 キリアが物珍しそうに周りを見渡している。

「随分綺麗ねぇ」
「魔石自体が淡く光っている所為か、幻想的な感じはするな」

 毛色は違うが、鍾乳洞を見ているようだ。
 五人で歩いているうちに少しずつウルフが奥から出てくる。
 弓で撃てるものは撃ち取り、それでも来たものはキリアのハルバードでなぎ払われた。
 サー・ウルフが出てきた時前衛が倒しに行こうとすると、ラグルが声をかけてそれを止める。

「少し試させてください」
「アレを使うのね。分かった。ハンスも下がっといて」

 キリアはラグルが何をするのか検討が付いたのか、ハンスと共に下がる。
 何をするつもりなのかベルギオンが見ていると、 ラグルは弓を番えるゆっくりと言葉を口ずさむ。

「雷はあらゆるものより早く疾走する。その一撃を避ける術なし。|雷の矢(サンダーアロー)」

 ラグルが言い終わると、バチバチと雷の弾けるような音と共に矢が帯電する。
 そしてふっ、と弦からラグルの指が離され、その一撃がサー・ウルフへと迸る。

(早い……!)

 敵は矢を受けた箇所を黒焦げにし息絶えた。結構な威力だ。

「穣ちゃん。案外えげつないのぉ」

 ハンスが感心したように言う。
 ベルギオンは先ほどの一撃に驚きながらラグルに尋ねた。

「魔法を覚えたのか」
「矢に纏わせるのが精一杯ですけど、なんとかなりました。あまり多くは撃てませんけど……」

 ラグルはやや恥ずかしそうに言う。本当は使いこなしたかったのだろう。
 しかし、今のを見る限り問題は無い。 

「そうか。だが今のを見る限り心強いな」

 そう言いながらベルギオンは気づく。

(下手するともう俺が一番弱くないか?)

 ハルバードを手にしたキリアには勝てない。
 ラグルに弓を持たせると雷で強化までやってのけていた。

(今考える事じゃないか)

 少し自問自答するものの、味方が強くなるに越した事は無いと割り切る。
 出てくる敵を潰しながら進むと、道中分かれ道があった。
 奇妙な事に左は魔石が無いのか真っ暗だ。
 それに分かれ道というより、偶然穴が繋がったかのような感じを受けた。
 一同は一旦足を止めて話し合う。

「どっちに行く?」
「松明があるから左でも問題は無いぞ」
「時間はあるし、左からいこうや。ダメなら戻ってくればええ」
「そうだな……道が分かるようにしておくか」

 ベルギオンは剣を担ぐと、分かれている境目を切る。
 魔石の部分に当たり弾かれるが、しっかりと斬った後が付いた。

「よし、行こう」

 松明に火をつけて先頭のハンスと後ろのレティアが持つ。
 そのまま進んでいくと、敵に遭遇せず行き止まりに着いた。
 松明で入り口付近を見る限り広間になっているようだ。
 ベルギオンは小さい声でハンスに呼びかける。

「何かいるかもしれない。気をつけてゆっくり照らしてくれ」
「ああ、わかッとるで」

 ハンスはゆっくりと部屋の中に入る。後ろもそれに続いた。
 二つの松明で部屋を照らす。

「なんだこれ……壁画?」

 ベルギオンの呟きが漏れた。
 明りによって見えるようになった壁一面に絵が描かれている。
 よく見ると戦闘の様子を画いたもののようだ。

「これは竜と人と……亜人かしら?」
「向かいには何がおるんや――なんやこれ。人間に翼が生えとるで」
「今は居ない魔物なんじゃないかしら? でもその割には禍々しさは無いわねぇ」

 街で見た絵本では魔物は常に禍々しく書かれていた。
 悪魔と言い換えても良い。
 しかしこの壁画に描かれているのは、むしろ神聖な――

「天使?」
「そらおかしいで。この様子なら天使様と人間が戦っとるやないか」

 ベルギオンがそういうと、ハンスが不思議そうに聞き返してきた。
 神と共に戦った天使は神聖なものとして伝わっている。
 しかしベルギオンは見れば見るほど、壁画の中で人を殺し回っている何かは天使のように思えた。

「何なんでしょう?」
「分からないわ。そもそも此処はウルフの巣穴でしょ? なんでこんなものがあるのかしら」
「この道には魔石もなかったし、偶然繋がったのか?」
「……気にはなるが、目的は別だ。特に何も無さそうだし戻ろう」

 そう言ってベルギオンは引き返す。
 皆も其々顔を顰めながらそれに続いた。

(あれは一体なんだったんだ。最後の審判? 黙示録?)

 ベルギオンは壁画を見てキリスト教で伝わる出来事を思い出すものの、余計に分からなくなるのだった。
 やがて再び分かれ道にたどり着く。目印も間違いない。
 明りのある場所に戻ったので松明は消しておく。
 熱があったので仕舞えず、ベルギオンが二つとも持つ。

「……皆切り替えて右や。油断すんなや」
「そうね」

 先ほどの真っ暗な道とは違い、再びウルフ達が出てくる。

「じゃま。それっ」

 キリアがハルバートを振るう度に出てきたウルフ達が叩き飛ばされていく。
 切り替えが早いのだろう。動きに無駄が無い。
 そうして進むうちに他のメンバーも調子を取り戻していく。
 そして、巣穴の最深部に到達する。
 最深部も広間になっており、かなり大きいつくりになっていた。
 その中で狼が一匹横たわって眠っている。

「ボスはグレーター・ウルフで、ロード・ゴブリンより弱いって話だったよな」
「そうきいたで。ギルドの穣ちゃんにも確認したはずや……」
「どうみても、こいつの方が強そうなんだけど」

 一行が目にしたのはグレーター・ウルフの番ではなく、聞いていたよりも大きい狼だった。
 眠っているのか此方には気付いていないものの、その存在だけで威圧されている。

「こいつがボス? ならもう一匹はどこに」
「――姉さん、あれ」

 ラグルが指を向けると、そこには狼の骨格をした骨が二組転がっている。
 番いが食われたようだ。

「こりゃ巣の乗っ取りか」
「あいつの体に軽い怪我がいくつもある。やったのはつい最近だろう」

 グレーター・ウルフ2体をあの程度の怪我で殺して食った。
 それを思うとベルギオンの中で警戒が一気に大きくなっていく。
 すると狼が目蓋を開け、ギロリと此方を見る。
 それだけでベルギオンの背筋に寒気が走った。
 ベルギオンだけではない。他のメンバーたちもキリア以外一歩下がった。
 キリアだけが威風堂々と狼を見据えている。

(逃げるか? だめだ。こいつが通れるくらいには通路は広い。人間の足では……)

 のそり、と狼がその巨体を立ち上がらせる。
 その巨体は高さ2メートル半。全長4メートルはある。
 それを見た時点でベルギオンは逃げる考えを捨てた。
 此処に至ってはもはや――殺すか、殺されるか。

「構えろ。来るぞ」

 狼が大きく息を吸い、天に向く。そして

「WHAAOOO――――――――!!!」

 凄まじい殺意と共に啼いた。
 唯一人、キリアだけがそれを見て笑っていた。



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