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予備のナイフ

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「――ずぁっ!」

 ベルギオンは向かってきた先頭のウルフに剣を振り下ろす。

「CaWn!」

 切られたウルフは悲鳴と共に倒れこむ。

(少し斬る事に慣れたな)

 切った感触を感じながら思う。
 そうしている間に矢がラグルから放たれる。

「近づく奴は仕留める。狙える奴からいけ」
「はい!」

 ハンスに言っていた通り、敵はかなり脆い。
 ゴブリン達より脅威はあるものの、バスターソードを振り回すだけで対処できた。

「Wuu――」

 数匹ほど切り倒した辺りから、ウルフが此方を警戒してくる。
 しかし足が止まればラグルの矢で刈り取るだけだ。

(いい感じに腰が引けてるな。狩りの経験が無いのか、波状攻撃も仕掛けてこない)

 バスターソードを握りなおし、ベルギオンは敵を見る。
 野生の狼がいればもっと狡猾だろう。モンスターは形は似ていても、知っている動物とは別物だ。
 上に行けば賢さも備わるようだが、今回のサー・ウルフはウルフ達と大差が無いように思えた。
 隣ではハンスとレティアが群れに直接殴り込んでいる。
 鞭で範囲内を攻撃し、それに漏れた敵をハンスが狩るというスタイルだ。
 あれなら確かに数を相手にするなら効率がいい。

「こっちはこっちでやるだけだが」
「そうですね、っ」

 ラグルが言い終わると同時に撃った矢が、サー・ウルフを仕留める。
 何時見ても見事な腕前だ。

「距離が開けてきたな。突っ込むから援護を頼む。やばそうなら叫べ」
「怪我はしないで下さいね」

 ベルギオンは敵の集まっている場所に向かって走り、飛び掛ってくる敵を切り伏せる。
 抜けようとした敵は蹴りで弾きとばした。
 危ない局面は少しあったが、お互いフォローを挟む事で乗り切った。
 そうして2時間ほど戦闘が続き、ウルフの姿が無くなる。
 ベルギオンはそれを確認すると、勢い良く座り込む。
 体も疲れているが、緊張の所為か精神の疲労が強い。

「終わったか。お疲れ」
「疲れました……」

 ラグルも弓を引き続け疲れたのか、玉のような汗を流している。
 髪や衣服が肌に張り付いていた。
 ハンス達も汗をかいて居たが、怪我は泣く擦り傷程度ですんだようだ。

「お疲れぇ……流石に疲れたわぁ」
「そうね。でも何時もより調子が良かった気がする」
「レティアも思ったか? ワイも調子良かったで。何時もならもうちょい食ろうとったし」

 そう言いながらハンスは水筒を取り出すと、口からがぶ飲みする。

(なるほど水筒か。ナイフも新調したいし、この依頼の金で店を覗いてみるか)

 呼吸が整ってきたベルギオンは汗を拭うと立ち上がる。

「牙を取るんだったか?」
「そうや。ウルフは死ぬと牙が直ぐ抜けるようになる。
 ちなみに牙も一個銅貨1枚で買い取ってくれるで。サー・ウルフのなら2枚やな」

 ロードゴブリンの時のように何かの材料になるのだろう。
 倒した数も少なくない。ありがたい話だった。

「そいつはいい話だ。暗くなる前に引き抜こう」

 そうして全員で死んだウルフ達から牙を引き抜く。
 念のため死んだ振りをした奴が居ないか見て回ったが、問題は無かった。
 犬歯のみだが数が多く少し時間がかかった。

「サー・ウルフが6体分、普通のが70体か。えーっといくらになるんや……ひーふーみーの」
「銅貨470枚だな。それに牙で164枚か」

 4人で割っても銅貨150枚を超える。
 一日の仕事としてはなかなかに思えた。
 そんなベルギオンを他三人が感心したように見る。

「計算が早いですね」
「数え始めたと思ったらおわっとったで」
「びっくりしたわ……算術師でもやってたの?」
「触れる機会があってな」

 ベルギオンはそう言ってごまかす。

「毛皮とかは……だめだな。戦ったときも思ったが脆い」
「そやな。あんまり質がええとはいえん。上のなら見事な毛並みとは聞くけど」
「そろそろ帰りましょう。暗くなるわ」

 ベルギオンは疑問に思ったことをハンスに尋ねる。

「死体はどうするんだ?」
「ギルドが片すことになっとる。モンスターはそのままにするとアンデット化するさかい。
 アンデットになってもうたら銅貨一枚の得にもならんからなぁ」

 そう言ってハンスは帰り支度を始めた。
 ベルギオンは最後に後ろを振り向くと、ウルフ達の亡骸に手を合わせる。
 そこまで距離も無かったので、徒歩でカノフの街へ帰還した。
 
 陽が落ち始め、逢魔時の時間だ。
 ギルドに戻ると人気もまばらになっていた。
 受付嬢に牙を渡し、確認してもらう。
 そうして報酬を受け取って分けると、一人ずつシュテル銀貨2枚と端数の銅貨が渡る。

「普段は銀貨1枚ちょっとがええとこなんやけど、いい仕事になったわ。また機会があれば組もうな」
「じゃあね」
「ああ、また縁があれば」
「ありがとうございました」

 ハンス達は上機嫌でギルドから出て行った。
 何か機会があればまた会うだろう。
 ベルギオンが考えていると、ラグルが尋ねてきた。

「そういえばベルギオンさん、割り勘ってなんだったんですか?」
「そうだったな。支払う料金を同じだけ負担する時に使ってる言葉だ。
 他人のハンス達はともかく、組んでいる俺とラグルで戦ったのに、矢代をラグルだけが支払うと不公平だろ?」

 そう言って説明すると、ラグルは少し考えた後口を開いた。

「そういう事だったんですね。でも私は弓しか使えないから弓を使っているわけですし……」

 ラグルの言葉を首を振って否定する。
 こういった話はよくあるが、分かりやすくしておくに限る。

「金は必要だが、重要じゃない。ラグルが弓を使ったほうが強いなら、その分は皆で負担すれば良い」
「……分かりました。これ以上は我が侭になっちゃいますね」
「気持ちは分からんでもないが、まあ俺のためと思ってくれれば良い」

 そういってラグルの頭を撫でる。
 丁度いい高さの所為か、髪もサラサラでつい撫でたくなる。
 幸いラグルが嫌がる様子は無いが、やりすぎると良くないだろう。

(妹が居たらこんな感じだったのかな)

 やがて宿に戻ると、キリアが部屋の中で夕食を食べていた。
 パンにウィンナーとレタスを挟んだものと、カップにスープが入っている。
 キリアが食べながら挨拶してきた。

「ふぉかえり」

 その様子にベルギオンは呆れた。
 相当な美人の筈だが、親しみやすすぎる。

「食ってから喋れ。俺たちの分も貰ってくるか」
「なら私が――」
「一人で十分だろう? 少し待ってろ」

 一緒に来ようとしたラグルを止めると、部屋からでて食堂から料理を二人分貰う。
 部屋に戻って三人で食べた。
 食べながら依頼の事を話し合う。

「そっちはどうだった? こっちは荷物を運ぶだけだったし割りと早く終わったわ。
 銀貨1枚と銅貨20枚の話だったんだけど、ボーナスで銀貨2枚になったよ」
「こっちも数は稼げたな。間引きはこの街の性質か余り参加者は多くない様子だ。
 その分危険だが今日だけで頭割り銀貨2枚と少しだ」

 それを聞くとキリアが目を輝かせる。
 戦えて尚且つ金が手に入るのだ。キリア向けといえるだろう。

「おー、いいじゃない。ウルフを狩ったんだっけ。次行くときは私も絶対参加させてよ?」
「分かった。次があればな。俺たちだけでやれるなら、かなり美味しいし」

 危険との兼ね合いだが、少数で出来るほど効率が良くなるのはゲームでも現実でも同じだ。
 此方は失敗できないという大前提があったが――。
 そうして話しながら時間をすごし、誰から言うまでも無く皆ベットへと入る。
 依頼を始めた初日という事もあり疲れていたのだろう。キリアとラグルの寝息が直ぐ聞こえてきた。
 ベルギオンは暫し待ち、キリアとラグルが寝静まった事を確認する。
 その後ゆっくりと部屋から剣を持って出た。

(こういうのは余り好きじゃなかったんだが、好き嫌いをいう場面じゃないな)
 
 出てきた場所は宿屋の裏だ。
 小さい空き地となっており、剣を降っても迷惑は掛からない。

「この体は俺が作ったものじゃない。だが、維持しなきゃいけないのは俺だな」

 ウルフ狩りのことを思い出しながら、ベルギオンは体力の続く限り剣を振り続けた。

 ベットに戻って気が付くと朝が来ていた。
 天気は少し曇りのようだ。
 湿度が高いのか少し蒸している。
 ラグルは起きて身嗜みを整えているが、キリアは未だにベットから出ようとしない。
 そんな二人を見ながらベルギオンは用件を伝える。

「そうだ。少し買い物があるんだが来るか?」
「もう少し寝る……Zzz」
「私は付いて行きたいです」

 キリアは予想したとおり再び寝てしまった。
 ラグルを引き連れて朝食をとり、通りに出る。

「まずナイフを買いに行く。ゴブリンの時にダメにしたからな。構わないか?」
「いいですよ」

 ラグルの許可を得て、武器を扱っている店に着く。
 店主は壮年の男だ。ガッチリとした体格をしている。
 もしかしたら売っている武器もこの男が作ったのかもしれない。
 店主は無骨な声で二人を迎えた。

「いらっしゃい」
「店主、ナイフを見せてくれ」

 ベルギオンがそう言うと、店主は視線を腰に寄せて言う。

「腰に立派な武器があるじゃないか」
「備えは幾つあってもいいだろう」
「違いないな。どんなナイフが良い?」

 店主はそう頷くと後ろへ向いてナイフを探し始めた。

「あまり金は無いからな。シュテル銀貨3枚で2本買える奴を頼む」
「それで2本か……、切れ味は今一つだが頑丈なコレなんかどうだ?」

 彼は箱に入った二本をカウンターへと置く。
 ベルギオンはそれを一つ手に取ると、じっくりと見る。
 値段的には安いが、見事な輝きだ。

「刀身に模様が入っているのか。これを貰おう」
「はいよ。稼いだら上物を買いに来てくれ」
「稼いだら他所に移動してるよ。また来たとき覗くからその時は少しまけてくれ」
「安物じゃなければ考えておく」

 そうやり取りすると店から出た。
 買ったナイフの一本を取り出しラグルに渡す。

「ほら、ラグル。一本もって置け。金はいい」
「えっ、私にですか?」

 持たされたラグルは意外だったのか驚く。

「弓は懐に入られると終わりだからな。なるべくそうしない様に俺もキリアも動くようにしてるが、
 万が一もある。ナイフがあれば何も無いよりはいいだろう」
「それはそうですけど……、ううん、貰います。大事にしますね」

 そういえば初めての贈り物がナイフか。女性に渡すにしては無骨だ。
 経験が無いのだから許して欲しい所だが、それを言うのははばかられる。

 ラグルはナイフを感慨深そうに眺めた後、懐に仕舞った。

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