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竜人の簡単な歴史、そして悪い状況

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「……そうか、いや大したことじゃない。そうだ。

 さっき普通の人間って言ってたけど、人間以外にも来たりするのか」



 そんな事も知らないんですか、と言いたげな少し冷たい視線がラグルからベルギオンに浴びせられる。

 その視線に耐性の無かったベルギオンは少しだけ竦む。



「そうですか。えっと、北の大森林はエルフ族やドワーフ族、それに私達竜人族や他にも亜人族達が主に暮らしているんです。

 住んでいる場所は種族毎に分かれていますけど」

「竜人……俺には普通に見えるけど」



 それに竜人という言葉は始めて聞いた。

 どういう種族なのか気になる。

 そう言うとラグルは少しだけ悲しげな顔をしてしまう。悪い事をきいたか。

 長老に竜人について聞いてみる方が良いかもしれないな。



「血が薄いので。夜目が利く程度です。――濃い血を受け継ぐ人はもう殆ど居なくなってしまって」

「なるほど」

「この辺りは余り危険な獣やモンスターは居ないので、今まで問題はなかったんです。でも最近ゴブリン達が住み着くようになって……」



 亜人族。ゲームやアニメなら良く見かけていたが、実際に居るようだ。

 イメージは湧くが、実際にあってみないと何ともいえない。

 ただエルフは綺麗なイメージで描かれる事が多い。一目見てみてみたい。



「あいつ等が出てくるようになったのは最近か」

「はい。長老はロードゴブリンが来ているかもしれないと」

「ロードか。そりゃまずいな」



 ロードってなんだ。と思ったが有名な言葉かもしれない。

 冒険者で通した以上聞くのもまずいだろうか。

 会話の流れから多分かなり強いゴブリンだろう。



「姉が討伐に出ようとしたんですが皆に止められてしまって」

「そりゃ凄い姉ちゃんだな。ただあいつ等は群れてるし一人じゃ無理だろ。

 止めて正解だよ。しかしそうするとラグルが襲われたってのはまずいな」

「はい。始めは農作物が荒らされたりする程度だったんですが、数が増えてきたのか最近過激になってきて。でも襲われたのは初めてです」



 追われた恐怖を思い出しのか、少しラグルは身を振るわせる。

 そのラグルの頭に手を載せ、何度かやさしく叩いてやる。



(甥っ子はこれで笑顔になったもんだが)



「や、やめて下さい! 恥ずかしいです」



 とラグルに怒られてしまう。

 内心少ししょんぼりした。まあ女の子の頭を気安く触る物でもないか。

 しかし元気は出たようで、なによりだ。

 その表情を見て、ベルギオンは心の動揺が収まっていくのを感じた。

 諦めるのはまだまだ早いだろう。遭難も防げた事だし。

 暫く話しながら歩くと、ある程度均した道にでる。



「見えてきましたよ」



 ラグルに言われてベルギオンは正面を向くと、森を広く切り開いて出来た町が見えてくる。

 森の中で作ったにしては中々大きい。少しずつ切り開いてきたのだろう。

 家は木で出来てる。それに畑等も手入れされていた。

 先ほど川もあったし、人里から遠いみたいだが住むだけならそう悪くない場所なのだろう。



「先に長老の家に案内しますね」

「頼んだ」



 ラグルに続いて町を歩く。

 余所者のベルギオンにどう反応するのか気になったが、ラグルが居るからか多少じろじろと見られるものの変な視線は感じなかった。



「ここです。長老、いらっしゃいますか」



 ラグルはそう言って一回り大きい家のドアを何度かノックする。



「あいとる」



 少ししわがれた声が中から聞こえてくる。

 ラグルはドアを開けて、ベルギオンを中へと促した。



「入ります」

「失礼」



 中に入ると、材料は竹や木ばかりだが見事な家具が幾つも置かれている。

 そこに白い髭を伸ばした男の老人が椅子に座って茶を飲んでいた。



「どうしたラグル。それに其方の男は誰かの」



 ジロリと、長老に見据えられる。

 この眼、まるで観察されているようだ。

 少し癇に障ったが、村の若い娘が誰かも分からない男を連れてきたんだ。

 その位はされるものかとベルギオンは勝手に納得する。



「薬草を摘みに湖の近くへ行ってきたんですが、そこでゴブリン達に襲われて……、冒険者のベルギオンさんに危ない所を助けて貰いました」



 それを聞いた長老は先ほどの態度を会釈で謝る。



「おお、それはラグルが世話になりました。しかしゴブリン共、とうとう我らを襲い始めたか。

 ラグル、お前は一度家に戻りキリアに無事を伝えてきなさい。ベルギオン殿と少し話がしたいのでの」



「分かりました。ベルギオンさんは食事をしたいと言っていたのでその用意もしてきます」

「構わん。芋を煮たやつがあるのでこっちで食事を振舞うとしよう。構わんかなベルギオン殿」



 そう意見を振られ、ベルギオンは反射的に頷いてしまう。

 とりあえず食事は食べれるようだ。

 そうしてラグルは家へ戻り、長老は鍋の置いてある竈に火をつけてベルギオンに茶を振舞う。



「たいした物はないがの」

「いえ、朝から何も食べていなかったので助かります」



 ずずっと、茶を啜る。

 何かの葉っぱを干した物だろう。

 すこし渋みはあったが美味しく飲める。



「さて、まずはラグルを助けていただいた事、感謝に堪えませぬ」

「いえ、運が良かっただけです。襲っていたやつらもそうやばいモンスターでもなかったし」

「それでもベルギオン殿が居なければ命が危うかったようだ。さて、今日は宿の当てはあるのですかな」

「恥かしながら全く」

「ではラグルの家の隣に小屋があった筈。それを使うといい。キリアにも伝えておきましょう」

「キリア?」

「おお、これは失礼。ラグルの姉で家長のキリア・ロティエの事です」

「そうでしたか。屋根のある所なら問題ありません」



 野宿よりは全然良さそうだ。



(野宿なんて経験も無いしな)



 旅人は珍しいのか、長老は他にも幾つか上機嫌で話を振ってくる。

 少しでも情報が欲しいベルギオンにはそれは願っても無い事だ。

 年寄りの長話に感謝するときが来るとは思わなかったが。



「ベルギオン殿は冒険者とのこと。この辺りに来るのは中々大変だったでしょう。商人でも中々此方には来ませんし」

「ええ。しかし森で道に迷ったようで大分深い所まできてしまったみたいです」

「なるほどのう。今は刈り入れ時で人手がおりませんが、手が空いたら道案内をつけましょう」

「良いのですか? 案内人も帰り道が危険では」

「キリアに頼みましょう。彼女なら多少のゴブリンは物ともしません。

 大した礼にはなりませんがそれまでは逗留すると良いでしょう」



 それは願っても無い相談だ。

 金もないし、何をするにもある程度人のいる大きい町に行きたいと考えていた。

 森を抜ければ道くらいはあるだろうし、次の指針になる。

 ベルギオンはそう考えて、是非とも御願いします。と頭を下げた。



「おや、スープも温まったようですな。お注ぎしましょう」

「御馳走になります」



 出されたスープには大きく切った芋が幾つも入っており、付け合せに硬く焼かれたパンが出された。

 こういう村では食料は貴重な筈だ。味わって頂こう。

 温かいスープは塩が利いており、パンもスープに漬けるとふやけて食べやすくなる。

 自分で思っていたより腹が減っていたのか、ベルギオンはガツガツと椀につがれたスープを平らげてしまう。

 満ち足りた気分だった。



「御代わりはいりますかな。ああ遠慮はいりませんぞ。芋は掘れますし塩は岩塩が近いのですぐ手に入ります」

「すみません。ではもう一杯だけ」



 よそって貰ったスープを、先ほどより味わって食べる。

 暖かい。今此処に生きている感覚を、ようやく味わえた気がした。
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