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男娼
楽園(5)
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♦
「ふんふふ~ん♪」
晴柊は上機嫌で鼻歌交じりにベッドに寝そべり、琳太郎からもらった海の写真を眺めていた。晴柊の部屋は八城が買い与えてくれた、地下街の中でも一等地の立派なモデルルームの様な家であった。地下街なため高さはないが、部屋だけはタワーマンションの様な内装である。風呂もトイレもキッチンも、普通の家同様についている。
八城の家は地上の別のところにあるのだが、地下街に赴き晴柊を抱くときには、この晴柊に与えた部屋で致すのだった。とはいえ、八城も毎日来るわけではない。仕事が忙しければ1週間顔を出さないことだってある。そのため、実質晴柊の一人暮らしなのであった。
そしてこの部屋を知っているのは、八城と晴柊、そして生駒だけである。この部屋の地下奥深くには、晴柊の恐れるあの部屋もある。
晴柊がこんなに上機嫌なのは、今日、琳太郎と会うことができるからだった。先日2回目の来店をした琳太郎は、帰り際1週間後にまた来ると言い残していた。
そして今日が、その1週間後なのである。興奮からか、起床予定時間より1時間ほど前にして目が覚めた晴柊は、ベッドでこの間貰った写真を見ている。今日はサクラの写真をくれるのだろうか。楽しみで仕方が無い、出勤前にワクワクとした気分は初めてだった。
今日はどんな話を聞こう。晴柊は写真を大事そうに抱え、天井を見ていたその時だった。
晴柊の寝室の扉がコンコンとノックされる。誰か来た。生駒だろうか?家に入ってきたことに気付かなかったと、ベッドから体を起こす。
「晴柊、起きてるかい?」
その声は、生駒ではなく八城だった。晴柊はマズいと、急いで写真をベッドの下に隠した。
「お、起きてるよ。」
晴柊は平静を装って声を出す。八城が扉を開け中に入ってきた。
「急にどうしたの?びっくりした。」
「仕事が思いのほか早く片付いてね。だから、君に会いに来た。……今日は店を休みなさい。」
「え……」
八城が抱きに来るため、晴柊が出勤を休むことは初めてではない。彼のオーナー権限で晴柊の当日欠勤などどうとでもなる。そして晴柊もなんとも思わないでそれを受け入れていた。
けれど、今日だけは心が晴柊を違う方向へと引っ張っていく。今日は待ちに待った琳太郎と会える日。晴柊は後ろ髪を引かれるような思いになる。そしてその感情の揺らぎを、八城は決して見逃さなかった。
「あ、あの、俺今日は休みたくな――」
「は?私が休めと言っているのに、拒否するつもりですか?」
八城の長い腕が晴柊の首に向かって伸び、容赦なく喉元を掴まれる。晴柊は思わず苦しそうに顔を歪めた。
「貴方、”私に抱かれたくない”とでも言うんですか?今日は店を休みなさい。いいですね?」
「……は、い……」
晴柊は絞り出すような声で答えた。これ以上八城怒らせれば、また地下深く、あの暗い部屋で酷いことをされる。
晴柊の答えを聞くと八城は手を離す。酸素を一気に取り込み咳き込む晴柊を尻目に、八城は晴柊の髪を掴み上を向かせ、視線を合わさせる。
「勘違いしないでくださいね。最初から私は貴方にお願いじゃなく命令しているんです。それともまた分からせて欲しいんですか?」
「あ、い、嫌、です……ごめんなさい、空弧っ……」
「はは。でも貴方以外とあのお仕置き嫌いじゃないんじゃ?いつも意識飛ばすほど気持ちよさそうにしているじゃないですか。」
八城の晴柊の髪を掴んでいた手が離れ、晴柊の頬に滑っていく。撫でるように触れる彼の手のひらが今にでも頬を叩いてくるかもしれないと、晴柊は怯えた様に目を細めた。
「違うっ……好きじゃないっ……」
「じゃぁ、私に抱かれるのは?」
「え……?」
「折檻ではなく、いつもの様に優しく、私に抱かれるのは嫌いですか?」
八城の鋭い眼光が、晴柊を縛り付けた。仕置きの苦しさを思い出し激しい動悸を感じていた晴柊にとって、まるで洗脳されたように、八城とのセックスは寧ろ心地いいものだと思わせる。仕置きの時の手荒な抱き方ではない。いつもの様に、まるで晴柊を、そして八城自身己を慰めるかのような甘いセックスが晴柊の脳裏を過る。
「嫌いじゃない……好きです……」
「そうですよね。貴方は私無しじゃ生きていけないんです。私に嫌われたくないでしょう?じゃあ、良い子にできますか?」
「はいっ……」
そうだ、自分は八城が居ないと生きていけないんだ。金も、家も、ご飯も水も、全部八城がいるから自分は今生きている。独りぼっちはもう嫌だ。もう、捨てられたくない。晴柊はコクコクと八城の質問に答えるように頷いた。晴柊の頭の中はまるで琳太郎のことを忘れ去ったかのように、あっという間に自分の主人である八城空弧でいっぱいになった。
♦
「はぁ?もういっぺん言ってみろよ。」
「ですので、キャストのハルヒは今日体調が悪く欠勤してまして……」
「……チッ。」
店頭に赴いていた琳太郎は、指名した晴柊が休みだと言うことを黒服から聞かされ、不服そうに舌打ちした。本人と連絡を取れる手段は持ち合わせていないため、店に来るまで知る由も無かった。柄にもなく今日を待ちわびていたのは、琳太郎も同じだった。
「他のキャストでしたら――」
「いい。帰る。」
他のキャストを紹介しようとする黒服の話を遮り、琳太郎は店を去った。晴柊でないなら意味が無い。約束していた手土産の写真をスーツの内ポケットから取り出し、じっと眺める。これを見てまたあの眩しいほどの笑顔を浮かべる晴柊が見たかったと、琳太郎は大事そうにその写真をしまった。
「ふんふふ~ん♪」
晴柊は上機嫌で鼻歌交じりにベッドに寝そべり、琳太郎からもらった海の写真を眺めていた。晴柊の部屋は八城が買い与えてくれた、地下街の中でも一等地の立派なモデルルームの様な家であった。地下街なため高さはないが、部屋だけはタワーマンションの様な内装である。風呂もトイレもキッチンも、普通の家同様についている。
八城の家は地上の別のところにあるのだが、地下街に赴き晴柊を抱くときには、この晴柊に与えた部屋で致すのだった。とはいえ、八城も毎日来るわけではない。仕事が忙しければ1週間顔を出さないことだってある。そのため、実質晴柊の一人暮らしなのであった。
そしてこの部屋を知っているのは、八城と晴柊、そして生駒だけである。この部屋の地下奥深くには、晴柊の恐れるあの部屋もある。
晴柊がこんなに上機嫌なのは、今日、琳太郎と会うことができるからだった。先日2回目の来店をした琳太郎は、帰り際1週間後にまた来ると言い残していた。
そして今日が、その1週間後なのである。興奮からか、起床予定時間より1時間ほど前にして目が覚めた晴柊は、ベッドでこの間貰った写真を見ている。今日はサクラの写真をくれるのだろうか。楽しみで仕方が無い、出勤前にワクワクとした気分は初めてだった。
今日はどんな話を聞こう。晴柊は写真を大事そうに抱え、天井を見ていたその時だった。
晴柊の寝室の扉がコンコンとノックされる。誰か来た。生駒だろうか?家に入ってきたことに気付かなかったと、ベッドから体を起こす。
「晴柊、起きてるかい?」
その声は、生駒ではなく八城だった。晴柊はマズいと、急いで写真をベッドの下に隠した。
「お、起きてるよ。」
晴柊は平静を装って声を出す。八城が扉を開け中に入ってきた。
「急にどうしたの?びっくりした。」
「仕事が思いのほか早く片付いてね。だから、君に会いに来た。……今日は店を休みなさい。」
「え……」
八城が抱きに来るため、晴柊が出勤を休むことは初めてではない。彼のオーナー権限で晴柊の当日欠勤などどうとでもなる。そして晴柊もなんとも思わないでそれを受け入れていた。
けれど、今日だけは心が晴柊を違う方向へと引っ張っていく。今日は待ちに待った琳太郎と会える日。晴柊は後ろ髪を引かれるような思いになる。そしてその感情の揺らぎを、八城は決して見逃さなかった。
「あ、あの、俺今日は休みたくな――」
「は?私が休めと言っているのに、拒否するつもりですか?」
八城の長い腕が晴柊の首に向かって伸び、容赦なく喉元を掴まれる。晴柊は思わず苦しそうに顔を歪めた。
「貴方、”私に抱かれたくない”とでも言うんですか?今日は店を休みなさい。いいですね?」
「……は、い……」
晴柊は絞り出すような声で答えた。これ以上八城怒らせれば、また地下深く、あの暗い部屋で酷いことをされる。
晴柊の答えを聞くと八城は手を離す。酸素を一気に取り込み咳き込む晴柊を尻目に、八城は晴柊の髪を掴み上を向かせ、視線を合わさせる。
「勘違いしないでくださいね。最初から私は貴方にお願いじゃなく命令しているんです。それともまた分からせて欲しいんですか?」
「あ、い、嫌、です……ごめんなさい、空弧っ……」
「はは。でも貴方以外とあのお仕置き嫌いじゃないんじゃ?いつも意識飛ばすほど気持ちよさそうにしているじゃないですか。」
八城の晴柊の髪を掴んでいた手が離れ、晴柊の頬に滑っていく。撫でるように触れる彼の手のひらが今にでも頬を叩いてくるかもしれないと、晴柊は怯えた様に目を細めた。
「違うっ……好きじゃないっ……」
「じゃぁ、私に抱かれるのは?」
「え……?」
「折檻ではなく、いつもの様に優しく、私に抱かれるのは嫌いですか?」
八城の鋭い眼光が、晴柊を縛り付けた。仕置きの苦しさを思い出し激しい動悸を感じていた晴柊にとって、まるで洗脳されたように、八城とのセックスは寧ろ心地いいものだと思わせる。仕置きの時の手荒な抱き方ではない。いつもの様に、まるで晴柊を、そして八城自身己を慰めるかのような甘いセックスが晴柊の脳裏を過る。
「嫌いじゃない……好きです……」
「そうですよね。貴方は私無しじゃ生きていけないんです。私に嫌われたくないでしょう?じゃあ、良い子にできますか?」
「はいっ……」
そうだ、自分は八城が居ないと生きていけないんだ。金も、家も、ご飯も水も、全部八城がいるから自分は今生きている。独りぼっちはもう嫌だ。もう、捨てられたくない。晴柊はコクコクと八城の質問に答えるように頷いた。晴柊の頭の中はまるで琳太郎のことを忘れ去ったかのように、あっという間に自分の主人である八城空弧でいっぱいになった。
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「はぁ?もういっぺん言ってみろよ。」
「ですので、キャストのハルヒは今日体調が悪く欠勤してまして……」
「……チッ。」
店頭に赴いていた琳太郎は、指名した晴柊が休みだと言うことを黒服から聞かされ、不服そうに舌打ちした。本人と連絡を取れる手段は持ち合わせていないため、店に来るまで知る由も無かった。柄にもなく今日を待ちわびていたのは、琳太郎も同じだった。
「他のキャストでしたら――」
「いい。帰る。」
他のキャストを紹介しようとする黒服の話を遮り、琳太郎は店を去った。晴柊でないなら意味が無い。約束していた手土産の写真をスーツの内ポケットから取り出し、じっと眺める。これを見てまたあの眩しいほどの笑顔を浮かべる晴柊が見たかったと、琳太郎は大事そうにその写真をしまった。
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