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オメガバース

運命の番(7)

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「晴柊が好きだよ。」


思いもよらない言葉に、晴柊は頭が真っ白になる。友達として、親友として。生駒の告白は晴柊にとっては突然であった。まさか。男の自分に?Ωの自分に?晴柊は思わず息を呑む。固まる晴柊に、生駒は身体を退かし、ベッドから降りた。


「返事、今度でいいから。ゆっくり考えて。」


生駒はそう言うと脱衣所の方へと行ってしまった。


晴柊は生駒の家を出て琳太郎とのマンションへ向かう。あの時の生駒の目はこれでもかというほど真剣だった。晴柊は、自分の気持ちがぐちゃぐちゃになっていた。自分で自分がわからない。生駒のことは好きだ。好きだけれど、でも―――。



その後晴柊は生駒の家を後にし、マンションに帰った。琳太郎は仕事に行ってしまっただろうか。部屋に着き、扉を開けると琳太郎の靴があった。靴を捨てるようにして脱ぎ、リビングへと入る。そこには大きな窓の前でネクタイを締め仕度をしている琳太郎がいた。


琳太郎は晴柊の方を振り返らないまま、ネクタイをきゅっと上げる。いつもと違う雰囲気なのは晴柊にもすぐにわかった。


「ただいま……」

「連絡の一つくらい、寄こすべきだったんじゃないか。」


冷たい声が、晴柊を刺す。


「あっ、えっと、ごめんなさい、俺酔いつぶれて……」

「俺がいくら心配してもお前がそんなんならどうしようもない。もう好きにしろ。」


琳太郎は晴柊から連絡が途絶えたことに酷く心配し、不安な思いになっていた。また、どこかで事件に巻き込まれているのではないか。らしくもなく胸がはち切れそうな想いまでしていた。無事な晴柊の顔を見れたことは良かったが、まるで自分の気持ちを踏みにじられた気分だった。琳太郎はジャケットを羽織ると、立ちすくむ晴柊の横を通って仕事に向かおうとする。


「あっ……待って……」


晴柊は思わず琳太郎の腕を掴み引き留めてしまう。きちんと謝らないと。琳太郎が言う通り自分の危機管理が足りな過ぎた。怒りいつもと違う様子の琳太郎の態度から、自分のした事の重大性をやっと晴柊は理解した。

晴柊の何か言いたげな様子に琳太郎は気付いていた。しかし、琳太郎は自分のむしゃくしゃとした気持ちが折り合いをつけられず、今は距離を取りたい、そう思った。


「……急いでる。後にしてくれ。」


すると、琳太郎は晴柊の腕を払い、淡々と家を出て行ってしまった。琳太郎に拒絶された苦しみが晴柊を動けなくさせた。彼に拒絶されたことでどうしてこんなにショックを受けてるんだ。恩があるから?罪悪感?


なんなんだ、この気持ちは。



それから数日。琳太郎は帰ってこなかった。晴柊は、こちらから連絡する勇気も出なかった。琳太郎は相当怒っていた。嫌われたかもしれない。ちゃんと謝って仲直り―――できなかったら?そう思うと、晴柊はあと一歩が踏み出せなかった。生駒のこと、琳太郎のこと。一気に押し寄せ晴柊は自分がわからなくなっていた。ただただ、モヤモヤとした気持ちだけが胸に残っていた。


そして今日はあれから初めて生駒と出勤が被る日であった。有耶無耶にするわけにはいかない、返事をしないと。


出勤し着替えようと休憩室に行くと、そこには生駒が既にいた。晴柊は思わず一瞬固まるが、すぐにいつも通り平然を装う。


「お疲れ様。」

「お疲れ。」


しーんと沈黙が続く。心なしか空気が重たい。きっかけを出してくれたのは生駒だった。


「返事、決まった?」


晴柊の制服を着る手がわかりやすく止まる。俺は、ー――――


「生駒くん、野瀬くーん!レジおねがーい!」


タイミングが良いのか悪いのか、店長から呼び出しが入る。2人はバタバタと混み始めている店内に繰り出した。



「つ、疲れたぁ~~~。」

「本当に……今日なんか、忙しかったな……。」

出勤終わり、帰り路を歩く2人はくたくたの様子だった。週末と言うこともあってかひっきりなし客が来店し、常に混雑状態。レジも品出しもてんやわんやという状態だった。2人は出勤初めの気まずさなど最早気にしていられないほどの忙しさに見舞われていたのだった。


「早く帰って、寝よ寝よ……」


住宅街に差し掛かろうとするところ。忙しさのおかげで雰囲気がいつも通り過ぎて、もはや空気もいつも通りかと思われた。


「今度こそ、返事。聞いて良い?」


しかしそう思っていたのは晴柊だけだったらしい。これ以上有耶無耶にするのは失礼だよな、と、晴柊は足を止める生駒に向き直る。彼の街頭に照らされ僅かに影が落ちた目は真っすぐで、真剣だった。自分も、きちんと答えなければ。


「俺、あっくんのこと好きだよ。でも……それはきっと、恋愛じゃなくて、親友として。独りぼっちだった俺に寄り添ってくれて、俺、本当にあっくんには感謝してる。けどやっぱり付き合うとか、そういうのは違う、と……思う……」

「俺がβだから?」

「え?」

「俺がβで、晴柊を守れないから?」


生駒がずっと晴柊に対して想いを告げなかった理由。βとΩというお互いの性。βはΩの番にはなれない。いざというとき、自分では守ることができない。晴柊にはもっと相応しいαがきっといる。長年そう思っていたが、実際それらしきαが現れ、晴柊が受け入れている姿を見たときに、自分は引けるほど晴柊に対する気持ちは浅くは無かった。


「約束する。俺、晴柊をどんなことがあっても守る。番にはなれないけど、でも、俺は誰よりも晴柊が好きだよ。」


いつも力になって支えてくれた。困ったことがあれば助けてくれて、自分のことを心配してくれて寄り添ってくれた。生駒はずっと自分のことを好きでいてくれたから、大切にしてくれていたんだ。


琳太郎も同じだ。何度も助けてくれて、心配してくれた。それなのにどうして、生駒と琳太郎に向ける自分の感情は違うのだろう。2人が与えてくれているものは同じはずなのに、自分は随分前から生駒には持たない感情を、琳太郎に持っていたではないか。


それは、俺たちがαとΩだからかもしれない。運命の番だからかもしれない。けれど、最早そんな理屈はどうだっていい。俺自身の気持ちが、本能が、そう叫んでる。


晴柊の心臓が高鳴った。やっと気づいたのだ。次第に晴柊の心の靄が晴れていく。


「あっくん……!」


生駒の目に映る晴柊の顔つきが変わる。どこか泣きそうだけれど、その表情は凛としていた。


「ごめん、俺……俺、好きな人がいる。」

「それは、一緒に住んでるあの人?」

「うん。だから、ごめん。あっくんの気持ちには答えられない。」


晴柊の目は迷いが無かった。生駒は思い返す。晴柊の芯の通ったところが前から好きだった、と。Ωである自分を卑下して腐るでもなく、ただただこの世に抗って生きて行こうとする、強くて清い晴柊が大好きだ。


大好きな人のこんな顔を見て、後押しできないわけないじゃないか。


「わかった。……それ、伝えなきゃいけないんだろ。」

「あっくん―――」

「ほら、そうとなれば行った行った!」


生駒のどこか切なそうな顔に晴柊が後ろ髪を引かれそうになった時、生駒は晴柊の背中をとんっと押した。


「友達になってくれて、親友でいてくれてありがとう……!」


いつもこうして生駒は晴柊を正しい道に導く手助けをしてくれる。晴柊はぐっと感情を堪えた。彼と同じ気持ちを持って答えてあげられはしないけれど、やっぱり一番の親友だと晴柊は思いを噛みしめ、走り出す。


次琳太郎に会える時まで。いや、それじゃだめだ。今すぐ、伝えたい。


晴柊は自分の気持ちを自覚した途端、それを押し込めているのは不可能だとでも言うように足が止まらなかった。人通りのある道を駆け抜ける。こんな夜に猛ダッシュする青年を見れば、通行人はなんだなんだと視線を向ける。しかし、そんなのはどうでもよかった。


今すぐ、琳太郎に会いたい。


晴柊は以前、αの男達に襲われそうになったあのクラブへと足を運んだ。あそこは琳太郎の管轄する店だと言っていた。手掛かりはここしかない。自分がレイプされた場所だとか、またαに襲われるだとか、そんなのもうどうだっていい。不思議と恐怖心は湧かなかった。


階段を駆け下り、クラブ内に入る。相変わらずうるさい音楽が鳴り響いている。スタッフらしき人に晴柊は飛び掛かる勢いで声を掛けた。


「あのっ!!琳太郎、薊琳太郎はどこにいますか!?」


晴柊の必死の形相と、晴柊の口から出てきた言葉にスタッフは混乱しつつも慌てたように答えた。


「琳太郎さん?えっと、さっきここに来たけど……今は向かいの系列店にいるんじゃないかな……」


晴柊はその言葉を聞いてすぐに移動する。もう息も絶え絶えで走るのも辛かった。


また騒がしい店内へと入る。照明は暗く、人の顔を確認するのがやっとだ。あたりをキョロキョロと見回し、琳太郎らしき影を探す。こんな人混みのフロアにはいないだろう。晴柊は見上げると2階に何かスペースがあることに気が付く。傍に階段を見つけ駆け上がろうとしたときだった。


晴柊の腕がぐっと引かれる。
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