狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

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10章

161話 夜泣き

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芽実が産まれて1か月。晴柊の体調も安定し、産前を取り戻しつつあった。赤子の成長スピードというのも恐ろしく、目は開き、最近は良く笑うようになってくれた。


これで穏やかな日が来る……訳が無いのだ。慣れない育児。寧ろここからが本番であった。おむつ替えに沐浴、最初は右も左も分からない。琳太郎や側近たちと奮闘しながらの毎日だ。そして何より、芽実は良く夜泣きをする子であった。


「ふぎゃぁ、ふぎゃぁ~!!」


深夜2時。晴柊の目がパチリと開く。琳太郎と晴柊の寝室に置かれたベビーベッドで眠っていた芽実の泣き声が轟く。芽実にとって朝も夜も関係ないのだ。おむつか、ミルクか……晴柊は眠たそうに目を擦りながらも、急いで起き上がり芽実を抱き上げた。


「よしよし、どうした~?さっきミルク飲んだばかりだろ~?嫌な夢でも見たかな……」


身体をゆすり、自らが揺り篭の役割を担う。1時間ほど前にも夜泣きしたばかりだったのに。今度はどうしたのだろうか。赤ちゃんは喋られないから、こうして意思疎通するしかないのだ。難儀なものであると晴柊は泣きじゃくる芽実を必死にあやしていた。


すると、後ろから擦り寄る影が。


「また泣いてんのか。」


晴柊の隣で寝ていた琳太郎だった。芽実の大きな泣き声で起きたのは晴柊だけではなかった。この室内にいて夜泣きの声でも起きないほど、琳太郎の眠りは深くは無いし、鈍感でもなかった。


晴柊ばかりに負担を強いてはいけないと、琳太郎は芽実の抱っこを変わる。育児に積極的な琳太郎パパを誰が予想しただろうか。


「なんだよ、またうんこ垂らしたのか?おら、あんま泣いてかーちゃん困らせんなよ。男だろ。」


生まれたての子供に「漢だろ」なんて精神論通用するわけが無いと思いつつも、彼の気遣いが有難い。琳太郎は仕事で忙しいのだから、芽実の世話は自分がしなければと思っていた。けれど、四六時中傍にいてやれない自分だからこそ、自分が傍にいてやれるときくらい晴柊には休んでてほしい。お互いの気遣いが、お互いを支え合っていた。


「ちょっと外出るわ。晴柊は少しでもいいから寝てろ。」


琳太郎はそういうと芽実を抱いたまま寝室を後にしていった。ここ数日まともに寝られていなかったからありがたい。琳太郎にもしっかり寝て欲しいのだが……寝ないのは得意だという彼の不眠症に、今ばかりは感謝せざるを得ない。



次の日の夜。今日は芽実の機嫌が良かった。特に夜泣きをすることもなく時刻は深夜0時。お互い風呂を済ませ、寝室のベッドでゆっくり、琳太郎と隣り合って眠りにつこうとしていた。久しぶりに穏やかな時間が流れている気がしていた。


「これからあっという間に大きくなっていくんだろうな。」

「気がはえーよ。」

「寝返り打てるようになって、ハイハイできるようになって……喋れるようになって。楽しみだな。」

「本当だな。やっぱり、顔はお前似な気がする。特に目がそっくりだ。」


最近になって、芽実の顔立ちがはっきりしてきていた。確かに、どことなく自分寄りな気がする、と晴柊は思うのだった。


「男の子なら、琳太郎に似てくれた方が良かったのにな。俺に似たら女顔って揶揄われちゃうかも。」

「そんなことになったら俺がソイツぶっ飛ばすし、俺が出る前に篠ケ谷達が黙ってないだろうな。それに、お前は女顔っていじめられてたって言うけど、晴柊が気付いていないだけでそれってよくある「好きな子を虐めたくなる」みたいな奴だったんじゃねえの?」


その発想は無かったな、と、晴柊は思うのだった。そんな分かりづらい愛情表現わかる訳ないじゃないか。それに、不快だったのには変わりないのだ。


「どうだろうな~。……ま、今となってはどうでもいいんだけどね~。俺の顔が心底好きな旦那さんがいるし♡」


晴柊が小悪魔な笑顔を浮かべて琳太郎にぴとりとくっついた。すると、琳太郎の手が晴柊の腰をなぞる様にして滑る。晴柊は思わずびくりと身体を揺らした。そんな触り方をされるのはあまりにも久々だった。


「……大体1年。」

「……え…?」


ドキドキと胸が高鳴り、動揺していた晴柊に琳太郎が話しかける。


「一年、お前を抱いてない。」


晴柊の心拍数がみるみる上がっていく。間違いなく、そういう雰囲気だ。あまりにも長い間触れ合っていなかったせいで、晴柊は妙に緊張していた。手を繋いだりハグをしたり、おやすみのキスをしたりということはあったが、こんなに欲情した琳太郎を見るのは彼の言う通り1年ぶりだ。


「……そう、だな……芽実ができてからはもう……」

「俺は、そろそろお前とセックスがしたい。……晴柊は?」


直球な言葉。晴柊は琳太郎に抱きしめられる。0距離で、琳太郎の胸板に頬が当たる。


「あ、えっと………俺、は――」


晴柊が答えようとしたときだった。


「んぎゃぁぁ~~!」


芽実の泣き叫ぶ声。2人の甘くなりかけていた空気がストップする。晴柊は急な大きな泣き声に肩をビクつかせる。そして反射的にガバりと起き上がり、芽実に駆け寄った。


「あ、お、おしめか!今取り換えてやるからな!」


晴柊はまるで何もなかったかのように、誤魔化すように、芽実を抱き上げオムツを変えようとする。琳太郎はそんな晴柊の腕を掴んだ。


「ちょっと待て。」

「おぎゃぁ、おぎゃぁ!!」


琳太郎は今日こそは、と意気込んでいたのだ。もうこれ以上我慢はできなかった。寝室の扉を開け、今日の当番である遊馬を呼びつける。


「今晩、芽実のこと任せても良いか。」

「はい、勿論です。」


そういうと、琳太郎は晴柊から芽実を奪いベビーベッドに戻し、後の事を遊馬に任せる。そして戸惑る晴柊の手を引き歩き始めた。


「り、琳太郎?どこ行くんだよ!」

「そんなの一つしかねーだろ。今日こそは絶対にヤる。」


そういった琳太郎は、あの離れに足を進めていた。あの寝室では芽実がいて、夜泣きがなくとも晴柊はあそこでセックスすることは気が引けるはずだと琳太郎は見越していた。琳太郎にとってあの離れは忌まわしい場所ではあったが、晴柊と子づくりをしたときから、そんな思いは無くなっていた。


離れに着くなり扉をあけ、戸惑う晴柊をベッドに放り投げるようにして寝かせる。少し雑な扱いだと思ったが、乱暴なわけではない。琳太郎に珍しく余裕がないのだろう。


「琳太郎……?」

「妊娠してからは勿論、産まれてからも、お前が落ち着くまで待とうと思ってたけどな。育児が今後何十年と落ち着く気なんてしねーし、そんなん待ってられるか。お前は俺のもんだ。芽実にも渡すかよ。」

「生後1か月の我が子に張り合うなよ……!」

「俺のことも構っとかねえと、癇癪起こすってことは覚えとけよ。」


琳太郎はそういうと、晴柊に噛みつくようにキスをした。琳太郎の舌が、晴柊の舌を絡めとる。頭の中がフワフワする感覚。まるで脳みそを舌でぐちゃぐちゃにされているような。こんな感覚、久々だ。晴柊の身体から力が抜け始める。しかしどうしても、頭の四隅に泣きじゃくる芽実の存在がチラつく。


晴柊は口を離す。


「やっぱり、戻らないと……琉生君に任せっきりじゃ申し訳ない……」

「……」


しっかり親の自覚が芽生えているのだろう。それは琳太郎も同じだ。けれど、晴柊はきっと我が子を差し置いて自分がセックスすることに”罪悪感”を覚えている。


「晴柊。ここでのことは俺しか知らない。俺しか見てない。」

「………」

「お前は芽実にとって母親だけど、俺の母親な訳じゃねえ。俺の恋人で妻なんだろ。いくら乱れても、喘いでも、はしたない姿を見せたっていいんだ。……それともなんだ、俺とのセックスは汚らわしいか?不貞なのか?」


晴柊はすぐにぶんぶんと頭を横に振った。汚いだなんて、そんな訳ないじゃないか。


「が、我慢してるのはアンタだけじゃないんだぞ……!」

「はは、じゃあ問題ねえな。今晩は我慢しなくていいぞ。……ちょっと早い預け保育だ。一晩目を離すからって、親失格になる訳じゃない。今晩は俺だけを見てろ、晴柊。」



晴柊の口をもう一度塞ぐ。今日泣くことになるのは、どうやら芽実だけではないらしい。晴柊の身体を縛っていたものが、少しずつ解けていく。
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