狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

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9章

152話 発覚

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あれから数週間。晴柊は些細な変化に敏感になっていた。


「な、なんかお腹張ってる感じする……!」


晴柊はごそごそと慌てながら妊娠検査薬を取り出し、トイレへと行く。しかし、結果は陰性。晴柊はショックを受ける、といったこんな一連の流れがしばらく続いていた。


「晴柊、まだあれから少ししか経ってないんだから、そんなに焦らないで。」

「うーん……」


陽性反応が出なかった検査薬を、晴柊は悲し気にゴミ箱へと捨てた。


「大体なぁ、男女だってそう簡単に妊娠できないのに、お前が直ぐに結果が出ると思うか?あと10回くらいはトライする気でいろよ、根性ねー奴だな。」


いつもの如く、晴柊を優しく慰める遊馬と、尻を叩く係の篠ケ谷。見事な飴と鞭である。篠ケ谷の言っていることは十分理解できる。焦燥なのは頭でわかっているつもりだが、どうも落ち着かないのだった。


でも、ここまで来たのだ。赤ちゃんが自分たちのところにやってきてくれるまで諦めないぞ!と、晴柊は気を持ち直すのだった。



あれから晴柊は、あまり気にしすぎ無くなっていた。数日に一度は試していた検査薬の使用も、まるで忘れた様にピタリと止めていた。今日もいつもの様にご飯仕度に勤しんでいる。味噌汁に、琳太郎の好きな焼き魚。琳太郎はもっぱら和食派である。今日の帰りは早めだと聞いていたため、一緒にご飯が食べられると晴柊はいつも以上に気合を入れていた。


気合を入れ過ぎたのだろうか。晴柊は少し身体に倦怠感を覚えた。なんだか数日前から頭がボーっとする気がする。風邪でも引いたかな……。そんな晴柊の違和感にいち早く気付いたのは篠ケ谷だった。


「お前、具合わりーの?」

「え……?うーん、なんかちょっと身体怠い気はするけど……でも別に……」

「おい馬鹿、お前……!!」


それこそ初期症状なんじゃねえの!?と、篠ケ谷は慌てた様に検査薬を引っ張り出し、鍋に掛けていた火を消させると、急いで晴柊をトイレへと連れて行った。


「ちょ、ちょっと!多分違うよ、また気のせいで―――」

「こういう時に試すもんだろーが!」


晴柊はトイレへと無理矢理押し込まれる。篠ケ谷含め側近たちは、晴柊の全力サポートに周るべく、妊娠について沢山勉強してくれているらしい。そんなことを聞いたら、やっぱり期待に答えたくなるではないか、と、晴柊は思っていた。しかし、きっと今回も思い過ごしに違いない。しかし、篠ケ谷の様子から唯では帰してくれ無さそうだと、しぶしぶズボンを降ろし便座に腰掛ける。


あまり期待しすぎてはいけない。その分悲しさが倍になってやってくるから。晴柊は嫌というほど覚えた教訓を胸に刻みながら、用を足す。


「終わったよ~。」


晴柊はトイレから出てくるなり、直ぐにキッチンへと戻ろうとする。検査結果が出るには1分ほど掛かる。もうすぐ帰宅する琳太郎に合わせ早く食事を作り終えなければという感情が勝っていたため、晴柊は結果を見ずにその場を離れて行ってしまった。


「ったくあいつ……」


篠ケ谷が仕方なく、検査結果をじっと見守った。


数分後、屋敷中に篠ケ谷の叫び声が響き渡る。炊けたご飯を混ぜていた晴柊は肩をビクリと震わせた。すぐにドタドタと走り迫る足音。晴柊は恐る恐ると言った形相で振り返ると、鬼の形相でキッチンに来た篠ケ谷と目が合った。


「お前!!!!!!これ見ろ!!!!!」


ただでさえ声が大きい篠ケ谷が、一段と叫ぶ。晴柊は目の前にずいっと差し出された先ほどの検査薬を見た。そこには、陽性窓に線が付いた検査薬。


「……これって、さっき俺が使ったやつ?」

「それ以外にあるかよ!!!!!」


篠ケ谷がいつもの調子で晴柊の頭を叩こうとしたが、もうコイツは妊婦だと一瞬で認識したのか手が引っ込む。

放心状態の晴柊を急いで椅子に座らせ、慌ただしくブランケットを取りに行ったと思えば、まるで晴柊を一刻も冷してはいけないとばかりに晴柊を毛布でぐるぐる巻きにする篠ケ谷。


「お前!!妊娠してんだよ!!!」

「へ……」


晴柊の止まっていた時がゆっくりと動き出し、現実を見せていく。俺、本当に妊娠したのか?このお腹に、琳太郎との子が?夢みたいだ。いや、夢なんかじゃ嫌だ。



丁度直ぐに帰宅してきた琳太郎が合流する。椅子に座らされ真冬でもないのに布団でぐるぐる巻きにされている晴柊を訝し気に見た後、誰よりも興奮している篠ケ谷が、口をパクパクとさせながら机の上を指刺している。晴柊も晴柊で、言葉が上手く出てこないとでも言うように琳太郎の顔を見ながら金魚がエサを食べるように口をパクパクさせている。


「2人してなんなんだよ……」


琳太郎が机に近寄った。机の上には1本の妊娠検査薬。晴柊が幾度も試したが、その度に反応は出ず陰性で、悲しそうにゴミ箱へと入れていたもの。


琳太郎はその検査薬を覗いた。すると、今までとは違い、小窓に陽性判定がついていた。琳太郎はすぐに晴柊の顔を見る。


「お前……これ……」

「俺…妊娠、したかも……」


琳太郎は晴柊の言葉を聞くなり、布団にくるまされた晴柊ごと姫抱きし、いつもよりも丁寧に、しかし迅速に運んだ。


「日下部!急いで九条のところに向かえ!」


何事だと廊下で話をしていた日下部は、琳太郎の圧に押されつられるようにして慌てて車を準備する。妊娠発覚でこの騒ぎよう。先が思いやられるが、全員が喜びと興奮を隠しきれずにいた。



「おめでとう。妊娠5週目だよ。」


ベッドに寝転がった晴柊は九条の診察を受けていた。雪崩の様に運ばれてきた晴柊のぐるぐる巻きにされた異様な姿と、御一行の形相に九条は何事だと身構えたが、無事、妊娠できたということを確認し九条もホッと肩を撫でおろした。


「おめでとう、晴柊。」


琳太郎が晴柊の手をぎゅっと握る。晴柊はまだ信じられない、とでもいうように、自らの腹を撫でている。


「本当に……俺、妊娠したんだ……」

「ああ、奇跡みたいだな。」


2人は診察室で、幸せを噛みしめた。一歩ずつ琳太郎と未来に向かって進んでいる。晴柊は胸の奥が一段と熱くなった。
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