狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

文字の大きさ
上 下
129 / 173
8章

128話 晴柊の嫉妬

しおりを挟む
128話 晴柊の嫉妬

「おい、組長の傍から離れるなよ。スマホは肌身離さず持て。俺らの番号も入れてあるから、何かあったら――」

「も―心配しすぎだよ!1泊2日なんだし!じゃあ、お土産買ってくるからね~!」


篠ケ谷のお母さんムーブをよそに、晴柊はルンルンで車に乗り込む。今日は2人きりの旅行。旅行自体も、2人きりで外に出るというのも散歩以外では初めてである。琳太郎の運転する車ですら初体験。晴柊にとって初が並んだ今日の旅行は楽しみで仕方が無かったのである。


「ったくあいつ浮かれやがって……」

「大丈夫だよ。俺がいるんだから。」

「まあ、そうですけど……」

「じゃあ留守は任せたぞ、篠ケ谷。日下部には事務所の方に行かせてるから。」

「はい、承知いたしました。」


琳太郎は晴柊が待つ車に乗り込み、出発していった。篠ケ谷は車を見送り、屋敷に入る。良い息抜きになればいい、篠ケ谷も取り越し苦労はほどほどにしておこうと思うのだった。



「すごいね~!広い!」


晴柊はあたりをキョロキョロ見回す。部屋に通され、少々長めの移動を終えた2人は外に出る前に休憩することにした。晴柊は旅館の部屋を探検している。


「あれ?なんだこれ……うわっ!部屋に露天風呂がある!!すごーい!!……でもなんで?あのチケットのプランじゃ露天風呂付きの客室じゃなかった気が……」

「大浴場にお前を連れて行きたくない。」


琳太郎は晴柊の裸を誰にも見せたくないという独占欲から、部屋をグレードアップさせていた。晴柊は琳太郎の仕事のことはよくわからないが、お金を持っていることだけはわかっていた。たまに彼の財力が少し恐ろしくなる。


「ありがとう。こんな旅行初めて。」


晴柊が嬉しそうな笑顔を浮かべた。客室露天風呂、というよりは、自分たちのデートのためにより良いプランを考えてくれていた琳太郎が嬉しかったのである。


「なぁなぁ、外行こ~!食べたいものいっぱいあるんだ!」

「晩飯の分、あけとけよ。」

「わかってるって!」



「ん~!美味しい!!」


晴柊の目がキラキラと輝く。ホカホカのコロッケを頬張り、晴柊は幸せそうな顔を浮かべていた。あれも食べたい、これも食べたい、と、晴柊に甘い琳太郎は何でも買い与える。


「これ美味しいよ。ほら。」


道端にも関わらず周りの目は一切気にならないと言うように琳太郎にあーんをする。琳太郎も若干背を屈ませ一口食べる。旅館の浴衣を着ているとはいえど、琳太郎の並外れたスタイルはそれでも目立つ。


「うん、上手い。」

「あのお団子も食べたい!すみませーん!…これと、あと、これ!ください!」


晴柊が年相応にはしゃぐところを見ることができて琳太郎も満足であった。こうして外に出て2人でゆっくり羽を伸ばすことも、頻繁にできるわけではない。


「おっ、兄ちゃんべっぴんさんだね~。そこのお兄さんも、芸能人みたいだな。1本おまけしとくよ!」

「わ、本当!?おっちゃんありがと~!」


晴柊はウキウキで団子三本を持ち、近くのベンチに琳太郎と並んで座った。2本琳太郎に渡し、ぱくぱくと食べ始める。晴柊の食欲旺盛っぷりにはいつも驚かされるが、美味しそうに食べるので琳太郎は自分が食べることよりもそっちのけで見入ってしまうのだった。


「あ、琳太郎。俺ちょっとお手洗い行ってくるから待っててな。」


晴柊は団子を1本食べ終えるとそのまま店の中のトイレを借りに行った。琳太郎は1人晴柊の帰りを待ちながらぼーっと温泉街特有の雰囲気を感じ取っていた。琳太郎もまた旅行は久しぶりだった。幼い頃に片手で数えるだけしか行ったことが無い。まさかこんな未来がくるとは自分でも思っていなかった。

物思いに耽っていると、急に声を掛けられる。


「すみませ~ん。お兄さん今お一人ですかぁ?」

「旅行に?よかったら私たちと一緒に周りませんか?」


2人組の女性が琳太郎に話しかけてくる。普段はびっしりスーツに身を包み派手な容姿を持つ者が多い側近たちを連れているからか、必然と声を掛けられることは無い。しかし今日はラフに旅館着だしメンチを切る側近もいない。琳太郎は適当にやり過ごそうとしていた。変にヤクザっぽさを出せばせっかくの2人の旅行も台無しだと思った。


「ごめん、お待た――」


晴柊が店から出ようとしたとき、逆ナンされている琳太郎を見つける。思わずハッと足を止めてしまう。今までこんな場面遭遇してこなかったし、というか心配すらしていなかった。当たり前の様に琳太郎は自分だけのものだと、不安一つ覚えていなかった。しかし今、女性達にきゃっきゃと囲まれている琳太郎を見て、晴柊のなかに珍しく独占欲が湧いてくる。


晴柊は思わず琳太郎のもとに駆け寄ると、手を引いて立ち上がらせる。


「帰ろ。」


少しムッとした様子で、女性達を置いてきぼりにするように晴柊は琳太郎を連れ足早に去っていった。


「おい。もういいのか?まだ周りきってない。」

「……もういい。」

「なに不貞腐れてんだよ。」


晴柊が足を止める。


「琳太郎が俺を隠しておきたいって気持ち、ちょっとわかった気がする。……俺も、カッコいい琳太郎を、あの女の人たちに見せていたくないって、思った。」


晴柊はそういうと、少し照れたように視線を逸らし旅館に向けて歩き始めた。珍しく晴柊が嫉妬している。琳太郎は口元がにやけそうなのを必死に抑え、晴柊の好きなようにさせた。


「そうだな。俺もお前の可愛い浴衣姿をあまり見せたくはない。部屋に行って風呂に入ろう。俺たち2人の旅行だもんな。」


晴柊は嬉しさから心を射貫かれたようにきゅんっとさせる。そして顔が赤くなるのを誤魔化すようにそそくさと旅館に向かって歩き始めた。さっきまでの嫉妬からきた不機嫌はあっという間に吹き飛んでいく。
しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...