狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

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7章

119話  答え合わせ

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手伝い最終日。八城は去ろうとする晴柊を呼び留めた。


「君に話しておきたいことがあって。」

「え?」

「私は、薊琳太郎の血縁者です。血の繋がった、弟。」


八城は目を細め笑顔を浮かべながら晴柊に伝える。晴柊は言葉を失った。八城空弧が琳太郎の弟?まさか、晴柊は動揺したように口を開いた。


「どういうことだよ……」

「彼が妾の子であることはご存知で?私は先日亡くなった男の本妻の子供です。つまり、父親が一緒。そして私は明楼会本家の正統な血を継ぐものってことです。」


八城はデスクに腰掛けながら動揺する晴柊に喋りかけた。まだパズルのピースが嵌らない晴柊は、慌てるようにして問いただした。


「でも、本妻の女性は子どもをつくれなかったって、だから――」

「そう。だから、嫉妬と憎悪で愛人の子である幼い薊琳太郎を刺した。でも、あの時、彼女のお腹には既に私がいたんですよ。やっとの思いで授かったんでしょうね。それを知っていたのは先代の薊邦彦だけ。私の母は必死に訴えていたそうです。「子供ができた。この子を次期当主に。」ってね。しかし、薊邦彦は認めなかった。その理由は知りません。母に飽きていたのか、はたまた面倒ごとだと感じたのか。何にせよ、あの男は妾との間にできたあの人を世継ぎに選んだんです。そこで私の母の精神は病み、彼を刺したというわけです。本妻という立場もあり彼女は真相を隠されたまま屋敷を追い出されました。そして私を産んで5年後、自ら首を括って自死を選びました。もちろん私の存在はひた隠しにされてきましたし、その後もまるで遠ざけるように海外に住む親戚に引き取られ、今に至る訳です。事のすべては彼女が残した遺書に記されていて、私は真実を知りました。」


晴柊は思い返していた。随所随所で八城が酷く琳太郎と己を比較し、時にはその比較が地雷になっていたことを。すべて、辻褄が合う。


「でも今更なんで明楼会に接触を?」

「私は恨んでいます。母を苦しめた薊邦彦も、薊琳太郎も、あの組も。彼らより自分の方が不幸なんてことあってたまるかと、そんな思いで今の地位まで上り詰めましたが、やっぱり足りない。もっともっと、壊したい。」

「琳太郎は悪くないだろ!巻き込むなよ!」

「確かに、彼は何もしてないですね。でもそんな道理とか関係なく腹が立ってしょうがないんです。ケジメとかっていうのは、そちらのお得意分野では?誰がやったとか、俺は関係ないとか、そんなのは組織では意味を成しません。」


晴柊は息を飲んだ。幼少期に母に置いて行かれた自分と重なるところもあった。しかし、八城が良からぬことを考えていることも、感じていた。


「どうアプローチしようかと悩んでいたところに晴柊君を見つけたわけです。利用しない手はないでしょう。」

「何を考えてる。」

「取引しましょう、私と。君は薊琳太郎のもとを離れて私のところに来てください。そうしたら、私が本妻の息子であるということは黙っておいてあげます。私が今この状況で血縁者ということをカミングアウトすれば、彼の立場は危うくなるでしょう。私の手中に組が渡るかも。それは君にとっても本望じゃないですよね。それともいっそのこと貴方達お得意の手で私を殺しますか?まあそれも無駄です。私が死んでも明楼会に真実を行き渡らせるよう手配は済んでいます。「正統な血を持つ男を私欲で殺した」と、それこそ組における彼の居場所は無くなるでしょうね。」


全て八城の計画通りであった。長い長い計画が実った瞬間。


「どうしますか?晴柊君。この取引、応じますか?」


琳太郎の元を離れる。そうしないと、彼が必死に築き上げてきたものが壊れてしまう。そんなことできるわけないじゃないか。この世に神様なんていない。いたら、こんな残酷な運命は無いだろう。どうして神様は琳太郎ばかり苦しめるのだ。晴柊は天を呪った。



「弟……?」

「あーあ、言っちゃった。」


手すりにもたれかかり、一人気の抜けた八城が口を開いた。


「どうも、お兄さん。私は貴方を刺した女の息子です。似ていますか?私は母似だと言われていましたよ。」


晴柊は八城の笑顔が最早不気味に感じた。八城は淡々と、晴柊と話したことと同じことを琳太郎に告げる。作り話にしてはあまりにも周到すぎる。琳太郎はじっとその話を聞いた。真実を受け入れるように。


「やっとあの男が死んだ。組であの男だけが私の存在を認識していましたからね、邪魔で仕方なかったですよ。晴れて近づけるようになったのでこのネタを使って晴柊君を強請って貴方をどん底に堕とそう、という計画だったんですけど……そんな長くは続きませんでしたねえ。」


自分と血の繋がった男。琳太郎は目の前にいる八城を見ながら、まるで自分が現実にいないかのような感覚に陥っていく。


「組を乗っ取るか?」


冷たく八城に言葉を放つ。晴柊の行動も、八城が考えていることも、全て理解した琳太郎はただじっと彼を見据えた。琳太郎は驚くほど冷静だった。


「そうですね。晴柊君も結局奪い返されてしまいそうですし……まだ私は貴方を不幸にし足りない。」

「はは。」


八城の言葉に、琳太郎は乾いた笑いで返した。まるで嘲笑ともとれる笑い。八城の眉間に皺が寄り、何がおかしいんだという顔で見据える。


「ご苦労なことだな。何年も何年も、俺に恨み募らせて生きてきたのか。それがないと生きられないんだろう、可哀想に。親の愛情を受けられずに育った自分と、幼い頃から人に囲まれ期待され育ってきた俺との差に嫉妬したか?どちらにせよ、お前が明楼会を手にするなんて無理だな。」

「世襲でひと悶着起こしている貴方が言っても笑えちゃうだけですよ、琳太郎さん。あの男も馬鹿ですよねえ。結局貴方を選んだばかりに組の存続が揺らいでしまっているんですから。」

「その馬鹿な男とお前は一緒だよ。いつまでも世襲だ世継ぎだ正統だって、血の繋がりなんてものに縛られてやがる。そんなんじゃどのみち組は近いうちに衰退するよ。いいか、お前が本妻の息子だろうとなんだろうと、関係ない話なんだよ。わかったか?つまり相手にもならないってことだ。帰るぞ、晴柊。」

「で、でもっ……」

「……何その自信。俺が血縁者だって言えば貴方終わりですよ。」

「じゃあ言えば。好きにしろよ。でも俺はコイツも組もお前には渡さない。っていうか、お前別に明楼会なんてどうでもいいんだろ。俺や親父に執着しているだけで、組長なんて座は求めてない。うちの組は今のお前にとってメリットが少なすぎるし面倒なだけだろ。本当に経営者か?ああでも、俺を陥れるために晴柊に目を付けたことだけは褒めてやるよ。俺が唯一執着してる人間だからな。」


琳太郎はそう言うと、呆気にとられた様子の八城を置いて、晴柊の手を引く。八城は見たことのない顔をしていた。


ずっと望んでいた復讐が果たせなかった悔しさ、生きる目的を失った喪失感、晴柊すら手元に残らない絶望。


この人はこのままだと消えてしまう。晴柊は、直感でそう感じた。晴柊は琳太郎の手を離し、八城に歩み寄った。地面をただぼうっと眺める八城の頬を両手で掴み、ぐいっと上を向かせる。


「アンタ、自分のために生きなよ。復讐とか、憎しみとかじゃなくて。ここまで登り詰めたんなら、そのエネルギー全部自分のために使え、勿体ない。俺はアンタを愛してやれないし、傍にもいてやれない。でも、琳太郎の弟なら、家族なら、俺はアンタを大切にしたいとは思うよ。」


余計なお世話かもしれないけど、と、晴柊は付け加えた。八城はそれまでの浮かなかった顔に再び眉間に皺を寄せた。しかし暴言を吐くでも悪態をつくでもなく、ただぎゅっと、唇を強く食いしばり、自分の頬に添えられた晴柊の手にそっと自分の手を重ねる。晴柊は初めて、八城が年相応に見えた。いつも大人びていた印象だったが、まるで今にでも泣き出しそうな子供のような顔。彼の失われた幼少期が見えたようだった。


彼もまた、被害者だ。今となっては何故邦彦が彼の存在を認めなかったのかはわからない。もしかしたら、邦彦にも考えがあり、加害者と扱うにはあまりに不躾かもしれない。けれど、琳太郎も八城も、裏社会の犠牲者に変わりはない。八城は、自分の母親が徐々に壊れていく様を目の前で見ていた。そして、首を括った彼女を発見したのも八城である。5歳の目に飛び込んだ現実と絶望。そして、その小さな体に背負うには重すぎる真実。


晴柊も琳太郎も、それをわかっている。


「行くぞ。」


琳太郎が晴柊の腕を引き、八城から引きはがすと、そのままパーティー会場を抜けようと歩いていく。八城は追いかけてはこなかった。


琳太郎は最後に歩みを止め、顔だけ僅かに八城の方に向け置き土産のように言葉を残した。


「別に「俺は」お前を恨んでない。晴柊に手出したことは許さねえけど。じゃあな。」


不器用な琳太郎の答え。急に血縁の弟がいると知って一番動揺してもおかしくないはずなのに、琳太郎はきっぱりと言い放った。決して八城を突き放すのではない、琳太郎なりの受け入れ方だった。これで八城が少しでも報われたらいい、晴柊はお人好しにもそう思った。
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