狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

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7章

117話 惚気

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八城との生活は晴柊にとって苦しいものではなかった。あるのはただただ、寂しさだけである。琳太郎に会いたい。触れたい。もう一生叶わないのなら、最後は欲張ってキスだけでなく抱いてもらうんだった。

外に出ても欲しい物だってないし、行きたいところもない。晴柊はただ無気力に過ごしていた。


そして夜になれば八城が帰ってくる。あの日以来、八城の晴柊に対する雰囲気は変わった。人を挑発するような物腰と気に食わない笑顔は変わらないが、どこか、晴柊に甘え、求めるようになった。


「晴柊君。」


そして変わらず、八城は晴柊を抱き続ける。寂しさに飢えた獣のように。


「ん、ん゛っ、ぁ……な、んぅ、っ…に…ぁ…!!」


八城は晴柊のモノを扱きながら自分のモノを晴柊の身体に入れ込み、体温を感じ取っていた。


「傍にいて。」

「ぁん、ん、はぁっ…いる、だろ…ぁ˝、ああ゛ん、……!」


しかし、晴柊が八城の傍にいるのは、八城のためではない。全て琳太郎のためである。晴柊が八城に大人しく抱かれる度、八城は己に刻み込まれるのを理解していた。彼が自分のものにはならないということを。


晴柊で心の穴を埋める八城、晴柊に守られる琳太郎。そして琳太郎を守ることだけが生きがいの晴柊。歪な関係が3人を取り巻いていた。


「約束してください、ねえ。彼を守るためでも理由は何でもいい。彼の元に戻らないで、俺の傍にいて。」

「ん゛、ん、ぁ……ひ、ぅ˝、ぁああ、ん…!!?」


八城は晴柊のモノをぎゅぅっと握るようにして掴む。晴柊は痛みと苦しさで身体を暴れさせる。もう少しでイきそうだったところを急に寸止めされ、頭がはち切れそうになった。


「約束すると言ってください。」

「わかった、する、するから……ぁ、あ゛、ん…い、ぐ…ぁあ、いっ…ああああ゛ん、……!!」


晴柊は射精した。約束も何も、俺はお前の元を離れる以外の選択肢が無いのだ。だってお前は―――だから。
八城は何をそんなに恐れているのか。晴柊はぼうっとする頭のなかで僅かながらに疑問が浮かんでいた。



「パーティー?」

「えぇ。君も同席してください。」


デジャブを感じた。詳しいことはわからないが、仕事の一環でパーティーに参加しなければいけないらしい。八城は事後、ベッドの上で晴柊に話を持ち掛けた。


「社長となると、他の企業のお偉いさんらに媚びを売っておく必要がありましてね。」

「でも、なんでわざわざ俺を?」

「彼も来るそうですよ。薊琳太郎さんも。」


八城はにっこりと晴柊を見て言った。晴柊は思わずびくっと身体を震わせる。


「………余計に、俺を連れていく意味がわからない。」

「決まっているでしょう。見せつけるんですよ。君は私のものだって、ね。」


八城は晴柊の髪を撫でた。


「……クズ。」

「あなたにとっても酷な話でしょうが、私の元を離れる気がないという証明だと思ってきちんと演じてください。あくまでも人前ではラブラブな恋人関係で。」


晴柊は八城に背を向け布団を被る。会いたくない。けれど、会いたい。でも会ってしまったら、琳太郎の顔を見たら揺らいでしまいそうだ。琳太郎と過ごす幸せを、暖かさを知ってしまっているから。でも、きっと怒っているだろうな。むしろ琳太郎はもう俺のことなんて――晴柊はぐるぐると色んなことを考えた。自分の気持ちはどうであれ、八城の言うことを聞くしかない。晴柊はそっと目を瞑り、まるで現実逃避するように眠りについた。



「ぴったりだね。」


八城は満足気に晴柊を見た。晴柊の身体にフィットした、一寸も狂わないサイズ感のスーツ。八城は晴柊のこの日のために仕立て上げたものだった。


以前琳太郎に連れて行ってもらったパーティーは愛園主催のものであったため悪趣味な格好をさせられたものだが、今となればウィルとも出会えていい思い出である。


しかし、今日のパーティーはその真逆、悪い思い出になりそうだ。正直、琳太郎と顔を合わせるのが気まずいとかいうレベルの話ではない。また掴みかかられるか、はたまた殴られるか、冷酷な目でみられるか、目すら合わせてもらえないか……今から想像するだけで胃がキリキリする。何より晴柊は琳太郎のことが大好きなのだ。大好きな人からそんな仕打ちがされると思えば誰でも憂鬱な気持ちになる。


「もっと楽しそうな顔をしてくださいよ。恋人とのデートなんだから。」

「向こうに着いたらうまくやる。」


それならいいけど、と、八城は晴柊のネクタイを整える。八城の言う通り、切り替えなければ。今更勘付かれる訳にはいかない。


八城の車に乗り、都内のホテル会場へと着いた。煌びやかなドレスを纏った女性やテレビで見たことのある芸能人、華やかな会場である。こんな中にヤクザの琳太郎が?と思うが、きっと裏でひっそり動いているのであろう。琳太郎はきっと太いパイプを持つ人物が沢山いるこんな好機を逃すことはしない。


もしかしたらうまく鉢合わせないで終わるかもしれない。晴柊はそんな期待を抱きながら、車を降りる。


「っていうか……いいの、俺みたいなちんちくりんの男連れて。アンタの面子だってあるだろ。」

「構いません。私、ゲイ公表済みなので。それに、君はそこらのモデルに劣らない容姿を持ち合わせているよ。逆に今まで目立って来なかったのが不思議なくらいだ。」


八城は歩きながら晴柊に親し気に話す。晴柊は今までの人生である意味目立っていたのだが、それは容姿を上回る彼の不遇な生い立ち等であって、ちやほやされたりといったことではなかった。そのため、未だにその褒められる感覚がしっくりこないのである。


会場に着くと、そこは外よりも格段と賑やかで、華やかだった。自然と晴柊は彼の姿を探してしまう。


「私の傍から離れないで。ただニコニコしていればいいから。」


八城は晴柊に耳打ちする。早速、八城に話しかける人が数名現れた。晴柊は1歩後ろでその様子を眺める。美味しそうな食事が並んでいるが、正直食べる気にはなれなかった。手持無沙汰で晴柊はただ、まるで気配を消すように立っていた。


雑踏が成す賑やかさ。話し声。足音。グラスが当たる音。全てが、晴柊の脳内の奥に、まるで籠ったような音声として流れる。そして少しずつ、晴柊の視界から色が失われていく。自分だけがこの世界とは別のところに居るようだった。


そんなとき、晴柊の視界の隅に、眩しい程輝いて見える人物が通った。まさか。


晴柊は条件反射的にそちらを向く。そこには、開いた扉の向こうの廊下を歩いている琳太郎の姿が見えた。篠ケ谷と遊馬の姿もある。誰かと話をした後、この大きな会場とは別の部屋に向かって行く様だった。


向こう一行は晴柊の存在には気付いていないようだった。それでいい。自分が一目元気そうな琳太郎の姿見られただけでも、満足だ。晴柊は一瞬追いかけてしまいそうになった足を必死に抑えた。


いつの間にか大勢で話していた八城が晴柊の様子に気付き、うまく会話からすり抜ける。ぼーっと、もう居ない彼の姿を追いかけるように扉の外を見る晴柊の手を取り、水を差すように声を掛けた。


「見つけちゃったの?」

「……」

「取引、もうやめたい?彼の元に戻りたい?まあそうなったら私は――」

「違う、大丈夫。わかってるから。」


晴柊は八城の胸元を軽く押す。八城はそんな晴柊の手を引いた。


「あっ、ちょっと。話は良いのかよ。」

「十分愛想は振りまいてきました。外の空気が吸いたい、あっちに行きましょう。」


八城は晴柊の手を引き、会場内から直接外に出る。人は閑散としていて夜風が気持ちよかった。アルコールは一滴も接種していないのに、身体の熱が放たれていく気がした。


「人混みは苦手?」

「得意ではないかな。」

「美味しそうなご飯も沢山ありましたよ。取ってきましょうか?」

「いい。気分じゃないから。」


晴柊は手すりに手を置き、広い庭を眺めた。大きな噴水があり、晴柊はそれをじっと眺めた。


「彼の姿を見てしまったから?」


八城は早速晴柊の核心を突く。


「……約束はちゃんとする。恋人「ごっこ」。」


晴柊はそう言うと、八城の手を取って繋いだ。指1本1本を絡めるように、恋人繋ぎをする。


「逆効果だったかなぁ……」

「?…なんか言った?」


八城はボソリと、晴柊にも聞こえないボリュームで呟く。八城は琳太郎に自分たちを見せつけるだけでなく、晴柊が今日で踏ん切りを付ければいいとどこかで考えていた。最初は琳太郎から晴柊を取り上げる目的だけだったはずなのに、今では晴柊がいつまでも琳太郎を思うことですら嫌になっていた。


こんなに愛されている琳太郎が憎い、羨ましい。八城の欲望が暴走し、晴柊を取り込んでしまいたい気持ちになる。


しかし、そんな自分の気持ちに一番自分が気付きたくない、そういうように八城は己自身を誤魔化し続けていた。


「いいえ、何も。……彼のどこが好きなんですか?」

「えっ……急に何?」

「彼の話をしている君のほうが、傍から見れば恋人同士っぽく見せられると思って。」

「なんだよそれ……。どこが、かぁ……どこなんだろうなぁ。乱暴だし口悪いし言うこと聞かないし。……でも、優しいよ。不器用なりに向き合おうとしてくれるし、俺のこと考えてくれてる。あと、実は甘えた。はは、そこは空弧と似てる。」


晴柊は八城の元に来てから初めて笑顔を見せていた。まだあどけなさが残る少年が、眉尻を下げ屈託のない笑顔を見せながら愛おしい人の話をしている。紛れもなく「恋」をしている顔だ。


少しの間、八城は水を差さず楽しそうに、まるで思い出を語るかのような晴柊を眺めながら話を聞いていた。
しかし、楽しそうに琳太郎の話をする晴柊を見て、八城は自分が嫉妬心を寄せていることに嫌気がさしていく。琳太郎は、晴柊のこの笑顔を一身に独り占めしているのだから。


「ねえ、晴柊く―――」

「晴柊。」


2人の背後から、低い凛とした男の声が掛かった。八城の手を握っていた晴柊の手がビクっと反応する。振り返らなくてもわかる、琳太郎だ。晴柊は必死に顔を作った。落ち着け、動揺するな。晴柊は無表情を装い、振り返る。


「久しぶり、琳太郎。」
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