狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

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6章 こちら側の世界

96話 真っ直ぐな男の片想い

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数日後、晴柊は生駒が最後に会いたがっているということを伝えられた。まさか琳太郎が許可するとは。晴柊は驚いたが、琳太郎が言うのだから何か思うところがあるのだろう。


「本当にいいの?俺はもう、別に…」

「良いんだ。」


琳太郎はこの一点張りである。晴柊は普段着に着替えると、琳太郎と日下部と共に外に出た。いつもの公園で待ち合わせをしているらしい。シルバを連れないでこの公園にくることは初めてだった。


公園の入り口にバイクを止めた青年がいる。生駒だ。いつもの散歩のときの格好とは違う。


「どうも!」


一人だけやけに元気である。本当に怖いもの知らずだな、と晴柊は思うのだった。


「10分だけだぞ。」

「はーい!」


生駒は晴柊とベンチに座り、そのすぐ傍に琳太郎と日下部が立っていた。白昼の公園。親子連れや老夫婦の散歩など、穏やかな時間が流れる公園で、明らかに似合わない風貌の男2人に囲まれた少年2人。どうしても目立つ構図が出来上がっていた。


「どうしても最後、晴柊に聞いておきたくて。」

「うん?」

「晴柊は、どうしてこの人たちと一緒にいるの?この人たち、ヤクザでしょ?」


生駒が核心を突いてくる。今までおかしいと思いつつも本人は聞いてこなかった。最後となって、本人を目の前にしてずばりと聞かれる。ヤクザを目の前にヤクザでしょと聞く素人を琳太郎は知らなかった。


「……まぁ、色々あって…」

「色々って?」


晴柊は思わず黙りこくる。この感じ、外壁工事の人を思い出す。あの人も妙に食い下がってきたなと思いだす。


「……とにかく、大丈夫だよ。生駒くんが思うようなことは、無いんだ。」

「俺が思うようなことってなんだよ。……やっぱり、俺、ちゃんと2人で話さないと納得できないや。……ごめん!」


そういった生駒が立ち上がる。晴柊はこの状態で話しても濁すだけだ、生駒はそう思った。そうとなれば2人で話すしかない。日下部と琳太郎が嫌な予感を察知した時、生駒は晴柊を担ぎ上げ、そのまま公園の外に向かってダッシュした。


「おい!待て!」


日下部が2人を追う。琳太郎は慌てて追いかけることはせず、静かに怒っているのがわかる。ここが昼間の公園でなければ銃を出していたのではないかという空気である。晴柊だけが状況がつかめず混乱していた。


生駒は公園の入り口に止めていたバイクの後ろに晴柊を乗せ、自分も乗ると手際よくエンジンをかけ去る。


「生駒くん!?駄目だ、降ろして!」

「いや~これマズいよね。でもさ、俺こういうのハッキリさせないとダメな性分で。俺、晴柊のこと好きだからさ。」

「聞いてる!?なんて言ってるの!?ねえ、降ろして!」

「捕まってないと落ちちゃうよ!」


早速バイクが猛スピードで動いたため、晴柊は生駒の声が思うように聞き取れなかった。ただ、落ちちゃうということだけは聞こえたため、降りなければいけないという感情とは反対に、生駒の腰にしがみつく。


大変なことになった。こうなれば、琳太郎が生駒相手に何をするかわからない。彼を守るためにも、穏便に済ませなければならなかったのに。晴柊は頭の中をぐるぐると回転させる。どうしたらいいのだ、と。


しばらくして、生駒のバイクがやっと止まる。そこは港であった。さっきまで都心にいたはずなのに、まるで別世界に来たようだった。


「生駒くん、今すぐ戻ろう。大変なことになっちゃう。いや、もう大変なことなんだけど…」

「ああ、もう覚悟してるよ。それより、決死の思いで晴柊を連れ出したんだ。ちゃんと話をしよう。」


生駒はバイクを止めると港の地べたによいしょッと座る。びっくりするほど誰も人がいない。


「……どうして僕にそんなに構うの?」


晴柊もつられた様に少し離れた隣に座る。


「うーん。最初はシルバに興味を持った。けど、すぐに晴柊のことを知りたいと思った。でも、晴柊は知られたくないって感じだった。最初は色々考えたよ。無理矢理匿われてんじゃないのか、とかさ。でも、一回夜に会っただろ。あそこでさっきのお兄さんを見て、あ~この人はいつも散歩に付いていってるお兄さんたちとは違う。もっともっと晴柊のことを知ってる人だって、なんか直感で思った。その時、俺は晴柊のこと取られたくないんだって気付いたんだよね。」


「…?」


晴柊は思わず首を傾げる。どういうことなのか。


「俺、晴柊のこと好きだよ。」

「えぇ!?」


晴柊が思わず身を後ろに下げようとしてしまう。顔がみるみるうちに赤くなっていく。そんな素振り全く見せなかったじゃないか、と言いたげであった。


「晴柊は?ここは俺しかいないんだからさ、本当のこと教えて。あの人に無理やり傍にいさせられてるんじゃないの?俺、晴柊が嫌なことされてるなら助けてあげたい。もしそれが俺の勘違いなら、そう言って。」


生駒が真剣な目で晴柊を見つめた。晴柊は、この人は本当に誠実な人なんだと思った。怖いもの知らずなわけじゃない。怖くないわけないじゃないか。それを上回るほど、ありえないほど、真っ直ぐなんだ。晴柊は、そんな生駒に自分も本当のことを伝えようと思った。


「俺ね、最初は無理矢理監禁されてた。俺、家庭環境最悪でさ。高校卒業してヤクザに売り飛ばされた。最初は酷いことされて、逃げたいって思ってたし、琳太郎のことは心底嫌いだった。けどね、今は自分で選んで琳太郎の傍にいるよ。俺は琳太郎と一緒にいることが幸せなんだ。…嘘じゃないし、気が狂ったんでもない。傍から見れば可笑しいかもしれないけど、それでも俺は琳太郎を愛してる。」


晴柊は優しく、穏やかな口調で喋っていた。本当に愛おしい人を思い浮かべながら喋る晴柊に、生駒は自分の心配事は要らなかったと気付いた。


「あ、そうだ。ほら、これ。」


晴柊は徐に生駒に背中を見せる。そして髪の毛をどかし、うなじを見せる。先日彫ったタトゥーが生駒の目に飛び込んだ。


「この前、俺が入れたいって頼んだんだ。俺はもう、強制されてなんかないよ。一緒にいたくて、あの人たちといる。」


晴柊が振り返って、無邪気な笑顔を見せた。


「そっか……な~んだ~、俺の心配は無用だったんだな~。」


生駒が眉を下げて困ったように笑うと、後ろに大の字に寝転がった。彼は本気で自分のことを心配したのであろう。何か良からぬことを考えてこんな無茶なことをしたのではない。自分からちゃんと琳太郎に話を付けて許してもらおう、晴柊がそう思ったとき。


後ろから、近づいてくる足音が聞こえた。2人同時に振り返ると、そこには琳太郎と日下部がいた。


「げっ。はっや…」


生駒が苦笑いする。こちらに歩みを進める琳太郎の顔は険悪である。


「待って、琳太郎!生駒くんは――」


晴柊が今にでも殴り掛かりそうな琳太郎を止めるために動こうとしたとき。生駒が琳太郎を説得しようとする晴柊を遮るように立ち上がり、そのまま深々と頭を下げた。


「すみません。なんもしないって約束破って。どうしても、晴柊と2人で話しがしたかったんです。あんたらに無理やり酷いことさせられてるんじゃないかって思ったけど、今はそうじゃないのもわかりました。俺も、晴柊のこと好きです。…でも、好きな奴の幸せが一番だから。これ以上あんたらの邪魔はしないし、もう晴柊にも会わない。約束します。」


生駒は頭をあげ、琳太郎を真っ直ぐ見た。琳太郎は、はぁっとため息を付く。


「10時と16時。」

「え?」

「晴柊の散歩時間。お前が話し相手になれ。」


まさかの答えだった。晴柊も驚いたように目を見開く。琳太郎は、生駒の存在を許したのだ。彼の誠実さが響いたのか。いや、そんな感情で動く男ではないと日下部は思った。


琳太郎は、生駒が晴柊の幸せが一番と発言したことに心が揺らいでいた。自分も惚れたやつの幸せが一番だ。晴柊のことを考えた時、生駒の存在は晴柊にとって重要だと思った。側近にも、組の長であり恋人である自分にも、埋められない晴柊の心の穴。琳太郎はそれを認めることにしたのだった。


「二度と勝手な真似はするなよ。」


そう言うと、ぽかんとした生駒を置いて晴柊を連れて琳太郎は去って行った。生駒は晴柊に好意を寄せているが、それは決して独りよがりなものではない。晴柊の幸せが一番である、だから、自分が入る隙は無いと分かっている。だから、琳太郎は生駒の存在を認めたのだった。自分の嫉妬や独占欲を抑えた琳太郎の行動に、日下部は変化と成長を我が子の様に感じるのだった。


「…ありがとうございます!またなー晴柊!」


生駒が嬉しそうに後ろでぶんぶんと手を振っている。晴柊はまだ状況の整理が付いていないようだった。本当にそれでいいのか?と言いたげな表情である。


「あいつはきっと、お前が悲しむようなことはしない。たまに散歩の時間に会って話すくらい、許してやることにした。それだけだ。」

「…ありがとう、琳太郎。」


全て自分のために、琳太郎が許してくれた。晴柊はわかっていた。嬉しそうに琳太郎にお礼を言い、ぎゅっと手を握る。
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