狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

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1章 はじまり

19話 やるしかない

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「……そんなに気になる?僕の身体。」


シャワーを浴びる晴柊に見惚れるかのように、晴柊の身体に釘付けになっていた組員の男に話しかけた。ハッとした組員がすいません、と謝ろうとすると、その言葉を遮るようにして身体をさっきの様に密着させる。


「傷だらけでしょ。汚いね。」

「そ、そんなことないですっ……!」


濡れた晴柊の身体がピタッとくっついたことで、組員のワイシャツを濡らした。組員の男は若かった。晴柊と2つ3つしか変わらない。ヤクザになりたてだからか、染まりきってはおらず、まだ青年に近い雰囲気でどこか親近感を湧かせていた。今日の当番がたまたまこの人でラッキーだったな、と晴柊は思った。


そんな初々しい反応を見せる組員の手を取って、自分の身体にある傷跡に触れさせる。じっと彼を見つめたまま、そのまま、流れるようにゆっくりと風呂場の床に座り込むようにして姿勢を崩す。



組員の男の肩に手を滑らせて、彼もそのままつられるようにして座り込んだ。尻もちをつくような形になった男を見下ろし、晴柊は彼の陰部にスーツ越しに触れた。


「勃ってる。見てただけなのに。」


男はかぁっと顔を赤らめ、触れてきた晴柊の手を制止するように掴むと、慌てた表情で晴柊を見た。


「だ、駄目です!あの、……!」

「いいじゃん、こんなことしたなんて言いつけたりしないよ。俺も怒られたくないし。」


ね?と、晴柊はうっすら笑みを浮かべる。僅かに髪の毛先が濡れ、晴柊の絹の様な肌に吸い付いている様が何とも色っぽかった。


晴柊はそのまま身をかがめ、男のモノをスーツ越しにはむっと加えた。男も、口では何か言っているが、抵抗という抵抗を見せなくなっていた。彼が本気になれば、晴柊を引きはがすことは簡単だ。でもしようとしないということは、うまく流されているな、と晴柊の計画は順調に遂行されていた。


監視カメラの存在は、部下の中でも篠ケ谷と日下部にしか知らせていなかった。そして、今琳太郎は大事な商談中である。晴柊にとっては運よく、リアルタイムで追われることは無い状態だった。


男の息が上がり始める。その表情を上目で確認すると、組員の男が興奮に飲まれていくのがわかった。


「…………ごめんね。」


晴柊はそう呟いた瞬間、がぶっと思いきり男のモノを噛んだ。


「……っ゛!?!?!?」


いきなりの衝撃に、一瞬動くことができなくなる組員の男。その隙に、晴柊はすぐに立ち上がりお風呂場を出て、外から鍵を閉めた。男が少し痛みに悶えた後、すぐに扉を叩く。


「まて!!!」


晴柊はすぐに下着とシャツを着た。ズボンはここに来てから着たことはないし、最早最初に来た時に着ていた服を探す時間もない。後ろで閉じ込められ必死にこじ開けようと動く組員を無視し、とりあえずこのまま行こうとすぐに脱衣所を後にした。少しでも時間稼ぎできるよう、脱衣所の鍵も閉める。


まず、第一関門は突破した。次は玄関の暗号キーである。晴柊はキッチンに行き、フライパンを取り出した。包丁や鋏といった明らかに凶器になりうるものはこの家には置かれていなかったが、辛うじてフライパンや鍋など最低限のものはあった。これで、鍵の部分を破壊してしまおう。無理だったら椅子でも何でも使って――。


急がなければ、あの組員がドアを壊して来てしまう。玄関に行き、電子ロック部分に思いっきりフライパンを振りかざしたそのときだった。


ピピッ。


電子音が鳴る。そしてガチャンと閉まっていた鍵が縦方向に動き、解除される。


誰か来た。


晴柊の身体から汗が噴き出る。琳太郎だったら―――殺されることを覚悟の上だったが、それでも恐怖に息を飲み、フライパンを振りかざした。やるしかないっ――!


「……は?」


そこにいたのは、篠ケ谷だった。篠ケ谷は晴柊がフライパンを振りかざして玄関にいることに、最初は驚いたが、すぐに理解ができた。今だとは思わなかっただけで、前から予想していたことだったからだ。


素人の晴柊が篠ケ谷にフライパンを当てる前に、篠ケ谷が僅かに動いた。



駄目だ、負ける、晴柊がそう思ったときだった。


「っ……!」

「……え……っ?」


晴柊のフライパンは、その勢いを止められることなく、篠ケ谷に当てられた。晴柊にも、篠ケ谷が止められたのにわざと当てられたことがわかっていた。なんで?と悩むうちに、篠ケ谷が少しよろけた後すぐにこちらに飛びかかろうとしてきたので、考えてる暇はない、動け、とすぐに合間をくぐって部屋の外へと出た。いつぶりかわからない外だった。


晴柊は、無我夢中で裸足で駆け抜けた。エレベーターは使わないで非常階段を駆け下りる。この間にも、あの篠ケ谷の不可解な行動が引っかかり続けていた。あれは、あのまま止められていたはずだ。それなのに、―――。


気付けば1階についており、エントランス部分を抜け外に出る。空気が1か月前より暖かい。空は、酷く真っ青で、太陽が眩しいくらい晴柊を照らしていた。
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